81 力説されるが何かがおかしい
一日目から一週間後の夜。
【風向き変動予想!! 一時間後条件合致します!!】
【整備技官より報告!! ワイバーン機動力重視装備完了!!】
【発射台準備!! ハーフリット達ウロウロするな!!】
「わーい」
「うわーい」
ワイバーン・オレンジ七号捕獲作戦実行部隊は、作戦の第三段階に向け戦闘準備を続けていた。
【これが脱出降下装置です。自動でも作動しますが、ここのボタンを押すと手動で浮遊球体を発動させる事ができます。大丈夫ですね?】
「ええ、訓練シミュレーションでは一応問題ありませんでしたよ」
【では、お気をつけて】
「はい。……ああザイツ、君の方の準備は大丈夫か?」
「なんとか。ケイトはどうだ?」
「私もなんとか、だな」
魔王海軍が慌ただしく動き回る片隅で出撃準備をしていたケイトは、傍らに座って手持ちの呪具を確かめているザイツにそう言うと、疲れたように首を回して手で揉んだ。
「空を飛んだ経験が無い訳じゃないが、戦闘用騎獣は初めてだからなぁ。重力で意識が飛ばないよう気を付けないと」
「……がんばれよ」
作戦の必要性から、ケイトは危険な交戦エリアで、ワイバーンに騎乗しなくてはならなかった。
「君は後からの移動だが、それでも気を付けるんだよザイツ。夜だからな、どんな事故があるか判らない」
「……」
「……ザイツ?」
会話で気を紛らわそうとしたケイトは、ザイツが装備点検をしながら、やや上の空になっている事に気付く。
「……ザイツ、君は何を企んでいるのかな?」
「……いいや、別に?」
「嘘付け。君が考えてる時は、大抵何か小狡い事だろうが? ……懐のカンカネラ君、何か聞いていないかい?」
【ん? 何か悪巧みであるかザイツ? 姫様のご迷惑になったら許さないであるぞ?】
「ないない。そんなことぜーんぜんないない。オレイイコ。オレイイコ」
「……ザイツ、片言になってるんだが?」
「……」
ケイトは、どこからか買いそろえてきた呪具を、素知らぬ顔で手甲やポケットに入れるザイツをしばらく見下ろしていたが、やがて小さく嘆息する。
「……やはりエスター少尉か? 何を企んでいるザイツ?」
「なんの事だか」
「図星か。……ふぅ、作戦中止にならない程度に、うまくやる事だね」
「あれケイト? 悪さするなと怒るんじゃないのか?」
「やっぱり悪さするんじゃないか」
「いや? しないけど。お前なら、作戦の邪魔になる事は絶対許さないとか言いそうだったからさ」
「……」
白々しくとぼけながら尋ねてくるザイツに、少々呆れたような視線を向けていたケイトは、やがて視線を逸らし言う。
「私は作戦が成功すればそれでいいのさ。最重要任務を果たすのがエスター少尉だろうと、他の誰かだろうとね。最も確実な手段を取らざるを得ない魔王海軍首脳陣の決定が、そうではなかったというだけだ」
「……あれ? もしかしてケイト、エスター少尉を作戦に使いたくなかったか?」
「いや、そうじゃない。彼女はとても優秀だからな」
言葉を濁すケイトの表情は、どことなく渋顔だ。
「だが、彼女を作戦から外してでもなんとかなるなら、私は、そうなっても良いような気はするんだ」
「……ああ、なるほどな」
悪巧みを積極的には協力しないが、止めない。
そう言外で言われた事に気付いたザイツは、苦笑を浮かべ立っているケイトを見上げた。
「なんか優しいじゃねぇか、ケイト」
「……ザイツ」
「……え?」
からかうように言うザイツを、何故かケイトは、非常に真剣な表情で見下ろしてくる。
「……知ってるかザイツ?」
「え?」
「男顔負けに優秀、多大な功績と名声有り、自他共に認めるしっかり者、……更に周囲から、あいつは一人でも大丈夫だと安心されているようなタイプの女はな……」
「な、なんだ?」
ケイトの両手が、がっしりとザイツの両肩を掴む。
「……好意を感じる男に多少でも頼って隙を見せていないと――嫁き遅れるんだ」
「……そうなのか?」
ザイツには良く判らなかったが、ケイトの言葉には、非常に切実なものが感じられた。
「……いや、今のは一人言だ、忘れてくれザイツ」
「え? すごい力説された気が……」
「いや、気にするな。……気にしないよな?」
「…………あ、うん?」
「まぁ、とにかくだ。……ジェレミア閣下から話を聞いたところ、エスター少尉以外のハーフリット飛行士達――あのコリン君だったか? 彼も随分優秀みたいだからな。もし何かがあっても、彼らなら問題無く大丈夫だろう。うん」
「うん」
とにかく、ケイトが自分の邪魔をしてこない事は、ザイツにもよく判った。
『……それじゃあ、ちょっとやらかすかな』
ザイツは最後の呪符をカンカネラを入れたウエストポーチに入れ、悪巧み決行を決意した。
作戦の第三弾。
オレンジ七号をおびき出す囮役と共に、追跡役のワイバーンに乗ってケイトが出撃する。
囮役のワイバーン飛行士達はあくまで囮役であり、オレンジ七号に倒されて撃墜される役目だ。
「殺されないよう、上手く落ちるんだぞっ」
「大丈夫大丈夫、それ用の重装備なんだぞ」
「囮チームは気を付けて。一分程度範囲内にオレンジ七号を留めてもらえば、精霊魔法の索敵で、目標をロックできますから」
囮がおびき寄せられたオレンジ七号に倒されている間に、ケイトが索敵魔法でオレンジ七号をロックオンし、帰っていくオレンジ七号を、背後強襲役のワイバーン飛行士達と共に追跡する。ここまでが、作戦第三弾だ。
「ケイトも、気を付けろよ。無理はするな」
「大丈夫だ。……索敵範囲から逃げられない速度で追跡ができれば、これでオレンジ七号の隠れ家が判る」
クレマン&ウィルジニーの臭いを振りかけられている囮役とは違い、暗闇に紛れるよう消臭効果もある塗料で真っ黒に塗られたワイバーンに騎乗したケイトは、同乗飛行士達と共にしっかりと固定ベルトを締め、短い詠唱で精霊シルフを呼びだす。
「シルフ、索敵対象は一体、ワイバーン・オレンジ七号のみだ」
【了解。マスター・ケイト】
トンボのような羽根を揺らし、シルフはケイトが被る黒いマントの中へと入り込む。
【――時間だ!! 風向きよし!! 風力よし!! 湿度良し!! 視界良好!!】
やがて管制塔から連絡を受けたマーマン海兵達の手によって、発射台に乗せられたワイバーンとワイバーン飛行士達が、飛び立つための体勢を取る。そして。
【3、2、1――発射!!】
作戦は決行される。
弓矢のように美しい曲線を描き、囮役とケイトを乗せたワイバーンは、真っ暗な空へと飛び出して行った。
――奴等だ!!―
夜の海で魚を捕っていたオレンジ七号は、風が運んできた宿敵の匂いをはっきりと感じ取り、戦意に猛った。
―やはり、あの町にいたのだな!! やっと出て来たな!! 臆病者共め!!―
―とうとう奴等が!! バジルの仇が現れたのだ!! 忌々しい人族と、その隷属竜め!!―
捕らえていた大きな怪魚を放りだし、オレンジ七号は夜空へと高く飛び上がる。
強い戦闘衝動は、オレンジ七号の脳裏から大切に守っている存在を、記憶の片隅へと追いやってしまう。
―殺す!! 殺す殺す!! 我ブレスで焼き尽くし、牙爪で引き裂きズタズタにしてやる!!―
オレンジ七号にとって仇である竜と騎士への憎悪は、それほど強く激しいものだった。
何度も高度を上げ、そこから落ちるようにして速度をぐんぐんと上げ、オレンジ七号は激しい憤怒と歓喜に狂いながら目標へと迫る。
探し求めた怨仇を見つけて我を忘れかけ、身体の限界を見失っているせいだろうか。その動きは全盛期以上に、鋭く速い。
――あれか!!―
やがて狂気に染まるオレンジ七号の感覚は、闇に包まれた空を飛ぶ、数体の騎竜を捕捉する。
―あれだな!! あれが敵だな!! 全てあいつらの臭いがする!!―
本来一組であるはずの仇が複数だったとしても、今のオレンジ七号の戦意は増すばかりだ。
―殺す!! あいつらが百現れるなら百殺す!! 千現れるなら千殺す!! ――殺せる!!―
主人であり、友だった存在の仇。
憎きそれを『何度でも』殺す事ができるのは幸運だと、オレンジ七号は
咆吼する。
【グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!】
それは幸福な狂気に満ちた、オレンジ七号の哄笑だった。
「――来た!! かかった!! 目標接近なんだぞ!!」
「止めるぞ!! 少しでも長く粘れ!! 疲れさせるんだぞ!!」
「勝利は後続に託すんだぞ!! 俺達は俺達の役目を果たすんだぞ!!」
未だかつてないほど殺気立ち、猛然と襲いかかって来るオレンジ七号を察知した囮役のワイバーン飛行士達は、その凶姿に圧倒されながらも奮い立ち、戦闘を開始した。
「ブレス発射!!」
「飛行軌道阻止だ!! 速く飛ばせるな!!」
囮役は、ワイバーンの中でも身体が大きく体力があり、粘り強い戦闘が期待できる個体の中から選ばれている。
「組み付け!! ――よし!! 体力を奪ってやるんだぞ!!」
【グルォオオオオオオオオオ!!】
防御力を重視する、やや鈍重な装甲に身を包んだワイバーン飛行士達は、自分達の役割を理解し、攻撃被弾を覚悟でオレンジ七号に接近して退路を塞ぎ、オレンジ七号を疲れさせる嫌な攻撃を、断続的に繰り返した。
「うわぁあああああ!!」
一騎、また一騎と撃墜されようと、その戦意は衰えない。
「まだだ!! まだ終わらせない!!」
【ギャゥアアアア!!】
ハーフリットを脆弱で臆病と侮る者達が見れば驚愕するだろう。その姿は勇猛果敢だ。
「勝利に、繋ぐんだぞ!!」
「最後に勝てば!! 俺達の勝ちなんだぞ!!」
最後に勝てば――最後に残った者達が平穏に暮らせる場所を守れれば、自分達の勝利。
そうハーフリット達が考えるのは、自分達が利己的に生きればすぐに絶滅してしまう、弱い個体だと本能的に理解しているからだった。
一体一体では簡単に殺されてしまう個体だからこそ、子孫を生き残らせる勝利のため、ハーフリット達は戦いにおいて自己犠牲を恐れない。
「……あいたたた」
【撃墜ワイバーン、飛行士、後部魔撃手、全員無事を確認。回収しました。……よくやったな】
「えへへっ。お腹へったんだぞーっ。おやつおやつーっ」
誰かがやらなくてはならないなら、自分がやる。
そんな先祖の想いを引き継ぎ生きるハーフリットは、一仕事終え助け出された船の上で、いつもの陽気な笑顔に戻って空腹を訴えるのだった。
「――よし!」
そしてその奮闘を、交戦エリア遥か上空から冷静に見守っていたケイトは、自分の役目を果たしていた。
【マスター・ケイト。『ワイバーン・オレンジ七号』解析終了イタシマシタ。追尾魔法、発動可能デス】
「了解シルフ。――さてと、追跡開始だ。頼むよ?」
「任せるんだぞっ」
精霊魔法索敵を発動させるケイトを乗せたワイバーンは、『仇』全てを撃墜させてその場を離れるオレンジ七号の後を、そっと飛び始めた。
【作戦第三段階成功――出撃だ、エスター少尉!】
「――はい」
「……」
そしていよいよ、『英雄』の出番が回ってきた。




