80 無茶振りするが何かがおかしい
――といっても、ザイツがコリンに言いたい事は、以前懲罰房で言ってしまっている。
『激励とか、そもそもガラじゃないんだよな。……だったら、今ここで俺が言う事は……』
ならばまたも落ち込んでいるコリンに何を言えばいいか。頭の中で考えをまとめながらザイツは甲板に向かう。
「……ひゃっ?! 人族っ!」
「ザイツな」
「……ざ、ザイツ……」
暗い甲板の片隅で膝を抱え泣いていたコリンを見つけたザイツは、しかめっ面で必死に涙を拭うコリンを見下ろし。
「コリン君!! もっと熱くなれよぉおおおお!!」
「えぇっ?! 姫様っ、俺熱出すのはイヤなんだぞっ!!」
「……姫、あんたはちょっと黙っててくれ」
後ろからよく判らない激励を送っているキョウの声を聞きながら、まとめた言葉を口にする。
「おいコリン」
「な、なんだよ」
それは。
「――お前、エスターをどんな事をしても助けたいか?」
「――っ」
簡単な、意思確認だった。
「それはっ……で……でも……」
「『でも』はいらない」
「だって!」
「だっても言い訳もいらない」
「っ!」
「助けたいか、助けたくないか。――彼女を、あの辛い役目から解放してやりたいか、やりたくないかだけ、はっきり答えろ」
コリンの丸い大きな目が更に見開かれ、そしてザイツを睨み付ける。
何度もエスターを助けようとして、何度も挫折したコリンは、ザイツの言葉に反発する。
「たっ――助けたいって言ったら、なんとかなるのかよ!!」
自分のような臆病者が。
自分のような幼稚な愚か者が。
自分のようなハーフリットが。
そう泣きそうな顔に精一杯の反発心を込めて怒鳴るコリンに、ザイツは返す。
「――ああ、『なる』さ」
「……えっ」
「なんとかなる。してやる。チャンスは俺が作ってやる」
やや不機嫌そうに断言するザイツに、驚いたコリンは狼狽え慌てる。
「だ、だってもう会議で、エスター隊長にオレンジ七号討伐は命令されたんだぞっ」
「そうだな」
「エスター隊長だって、それを受けてっ」
「そうだな」
「魔王海軍総司令官の正式な辞令を覆す事は、お姫様だってとても難しいって、さっきバルトロ爺ちゃんが言ってたじゃないかっ」
「言ったな」
「だったら――」
「それがどうした?」
コリンはぽかんと口を開けた。
ザイツは内心で憶える様々な葛藤を隠して、コリンに言う。
「魔王海軍が何を決めようが知るか。あのハーフリット娘が本音押し殺して英雄の務めを全うしようとしてたって、俺には関係無い」
「え……え」
「――俺は、そこのお姫様の雇われだ。だから姫がして欲しい事をする。……姫があのエスター隊長とお前を助けてやりたいって言うなら、俺は全力でサポートするだけだ」
だから、お前の願いを言ってみろ。
「……」
あっさりと、まるでどうでも良い事のように告げてくるザイツの言葉には、まるで現実味が無い。
「……た」
だがその現実感の無さが後押しするように――気付けばコリンは立ち上がり、ザイツを睨み付けながら、自分の望みを叫んでいた。
「助けたい!! 俺は――俺が!! エスター隊長を守りたい!! 隊長の大切なオレンジ七号も助けたい!! 俺は彼女をこれ以上辛い目に合わせたくない!! そのためなら何でもする!!」
全てを聞いたザイツは、小さく頷き身を返す。
「――よし、じゃあ任せろ。――なんとかしてやる」
「……っ」
ザイツのやるべき事は決まった。
「……どう、なんとかするんですかザイツさん?」
「……それはこれから考える」
「……」
「……」
あとは、やるべき事を実現させる方法を、考えるだけだった。
「し、仕方ないだろ。あそこはああ言わなきゃ、ペシャンコになったコリンが奮起しねぇだろ」
「……ザイツさんて基本安定思考のくせして時々、自分で自分に無茶振りしますよね……」
「させてんのは誰だよ?」
「私ですね。ありがとうございます」
「……何か思いついたら、姫にも手伝ってもらうからな?」
「はいっ」
キョウはザイツの悪知恵に期待し、明るい笑顔で頷いた。
こうして時間は過ぎ、魔王海軍首脳陣と魔王女一行は作戦計画を詰め準備を進めた。
「――やはり、決行はこの日の夜半がベストか」
「気象予報的に、ここがベストでしょう。不測の事態があった時は、予備計画と臨機応変で対処を」
「何もかも計画通り行く方が珍しいさ。予備計画は複数必要だな。プランaと……」
「よし、プランbでいこう。プランbは何だ?」
「あ?ねぇよそんなもん」
ケイトの推理を元にしたかなり無鉄砲な作戦計画は、プロである魔王海軍首脳陣達の改正によって無理なく現実に即したものへと仕上がった。
「エスター少尉、重要任務だ。頼むぞ」
「はい」
そして魔王海軍総司令バルトロがエギーリャに帰還した数日後、ワイバーン・オレンジ七号捕獲計画は無事、決行の日を迎える事となったのだった。
「――聞け、バロークの民ら」
作戦一日目。
風が無く空気が停滞するような日の夜刻。まず魔王海軍を率いたジェレミアは、バローク町で発言権を持つ家長(成人男性)達を町の広場へと集め、口火を切った。
「大変残念な事を、私は諸君らに知らせねばならない」
ジェレミアは、魔王海軍のマーマン族を畏れるバローク民によく聞こえるよう、ややゆっくりと大きな声で言葉を続ける。
「我ら魔王海軍は、異常事態を察知した」
不穏な言葉に、バロークの男達も何があったのかと耳を澄ませる。
「――とても悲しい事だが、この町の墓地に葬られたクレマン・パラディール卿とレッドドラゴン・ウィルジニーに――アンデッド化の兆しが見られたのだ」
「なっ」
「なんだってっ?!」
「そしてここ数週間内に見られたワイバーン襲撃は、そのアンデッド化した二方の魔力に過敏反応したワイバーンが、恐怖のあまり狂化した結果だった事が判明した」
勿論嘘だ。
だがもっともらしいジェレミアの嘘を信じ、バローク民は、驚愕してざわめいた。
アンデッド――動く死体は、本能の赴くまま命在る者を襲い貪るモンスターであり。遺体がそうなってしまう原因は様々だが、人族にとって恐ろしい厄災だ。
特に生前強い力を持っていた者のアンデッド化は、生前の体術や魔法を使ってくる事もあり、英雄クラスのアンデッドともなれば、その脅威は計り知れない。
「お待ち下さい! クレマン様と愛竜の御遺体はきちんと清め、浄化の聖句で鎮魂の儀式も行ったはずです!!」
「勿論、それは確認した。バロークの民の落ち度だとはこちらも思ってはいない。――だが万全の状態にしてもなお、遺体がアンデッド化してしまう事例はある。原因は現在究明中だが、これはおそらく、不幸な事故のようなものであろう」
周囲から頼りにされているのだろう、頑健な壮年の人族の言葉にジェレミアは答え、まずバローク民に責任は無いと明言した。
魔王軍に難癖をつけられる事を怯えていたバローク民達は、その言葉に安堵する。
そしてその安堵を突くように、ジェレミアは魔王軍の決定を告げる。
「――だが非常に残念な事だが、クレマン卿とウィルジニー、二方の遺体をこのままにしておく事はできない」
「――っ」
「二方の遺体は魔王海軍が一時回収し、退不死儀式を行った上で、聖魔法と炎によって浄化し灰にする」
これが作戦の第一弾。
住民に納得してもらう、クレマン&ウィルジニーの遺体確保だった。
正直に事情を説明するよりも、実行作戦ではより実害を強調する嘘で、バローク住民達の不安と恐怖を煽り、反発心を失わせた。
「つまり、墓にお二方の御遺体が……おられなくなると言うことですか?」
「……そうだ。異論はあるか?」
「っ……い、いいえ。……確かにアンデッド化はとても危険な事です。……浄化し、灰にするしか、お二方の御遺体を安らかに眠らせる方法はありません……」
「その通り。これは周辺住民と地域の治安を守るための、やむを得ない決定である……了承してくれるな?」
「……はい」
「……お身体を燃やされるとは……クレマン様……おいたわしや」
「悲しいが……仕方があるまい」
自分達に大きな実害があるとなっては、住民も強くは言えない。
悲痛な表情を浮かべ涙を飲みながらも、バローク民達はジェレミアの言葉を受け入れた。
『――計画通り』
と内心で悪い笑みを浮かべつつ、ジェレミアは背後へと合図し、マーマン海兵に用意していたものを持って来させる。
「……こ、これは?」
「これはクレマン卿が、初陣の際に身につけておられた鎧と、その時ウィルジニーからお守りとしてもらった、鱗の欠片だ」
これは『お墓に代わりのものがある方が……』とキョウから出された一案だった。
わざわざゼルモア神聖教国の聖都から、最高速ワイバーン便で取り寄せたそれを掲げた後、ジェレミアはそれを民の先頭に立つ壮年の男へと渡した。
なお万一を考え、鎧は完璧な消臭処理済みだ。
「代わりに墓へ収めるといい。……クレマン卿と愛竜の魂は変わらず、故郷バロークで安らかに眠り続けることだろう」
「……おおっ、感謝します! ――うう、クレマン様!」
「クレマン様……どうぞ安らかに……っ」
少年用の小さな鎧を見たバローク民達は、英雄のかつての勇姿を思い出し、泣きながら祈りを捧げた。
『――計画通り』
そんな純朴なバローク民達を確認しながら、ジェレミアはまた秘かに悪い笑みを浮かべた。
こうして魔王海軍は民の反発を抑えつつ、クレマン・パラディールとレッドドラゴン・ウィルジニーの遺体を掘り起こす事に成功した。
【消臭布で包め!!】
【船へ!! 手早くしろ!!】
二人の遺体はマーマン海兵達の手で素早く掘り出され、墓を完全に清め、消臭処理を施したマーマン海兵達は、遺体を飛空母船エギーリャへと持ち帰った。
「さて。――クレマン卿。……貴方が愛した町のため、民のため、そして死闘を繰り広げた好敵手のため、どうかお許し下さい。」
「……ごめんな。恨むならこんな計画立てたケイトを恨んでくれ」
「おいザイツ?!」
【御遺体の前です。お静かに】
「すみません」
そして持ち帰られ、エギーリャの最下層にある遺体安置所に運び込まれた二つの遺体に、ケイトとザイツ、そして製薬の知識を持つエギーリャの医務官達は、揃って黙祷を捧げてから、作業に入る。
【――ふむ、流石は竜族の中でも強い魔力と肉体を持つレッドドラゴン。かなり生前の姿を保っておりますな。これならば、生前に近い香りを抽出する事は可能でしょう】
「クレマン卿は……普通の人族だし、仕方が無い。取り寄せた所持品も合わせて、体臭を調合してみよう」
【効果時間は?】
「三十分程度保てば。その後は、速やかに消えてくれるのが好ましいです。可能ですか?」
【別途に消臭薬を使えば可能でしょう】
「了解。――ザイツ、妖精寄せの臭気増幅薬は、調合できるか?」
「ああ。あれってあると便利だからな。……素材は……ああ、あるある。これだけ薬草が揃ってるなら、調合可能だ」
【ほう、貴方は妖精魔法使いですか。調合の心得もあるとは、助かります】
作戦第二弾。
その場に居る者達の目的は、二つの遺体を素材に、その臭気を薬剤として抽出する事だった。
「完成したクレマン&ウィジニーの香水を振りかければ、囮の一丁上がりか。遺体を直接どうこうするわけでもないから、誰かに見られても問題ないしな」
「ああ。なるべく条件を満たした風の強い日に決行すれば、より成功確率は上がるだろう。……あとは、獲物がひっかかってくれる事を祈るしかない」
「確かにこればっかりは、祈る他ねぇな」
白衣にマスク姿のザイツとケイトは、医務官達の手を借りながら作業を進め、幸運を祈った。そして。
「――よしっ、完成だ!」
「では、次に移るぞ」
作戦は順調に、次の過程へと進んでいった。
「作戦なのかーっ」
「作戦なんだぞーっ」
「もうすぐ出番なんだぞーっ」
「……皆、落ち着きなさい」
隊員達を宥める『英雄』の出番も、近づいていた。




