79 事態は進むが何かがおかしい
「……クレマン・パラディール卿の遺体を掘り起こす」
「はい。意見があるのならば言って下さい。今聞きます」
改めて作戦を聞き、バルトロは厳しく表情を引き締める。
竜騎士クレマンことクレマン・パラディール卿は、ザイツですら知っている、ゼルモア神聖教国だけでは留まらない人族領域の英雄だ。
貧しい漁師の子として生まれ、レッドドラゴン・ウィルジニーに認められて竜騎士となったクレマンが、弱き人族を守り魔の領域と戦うその勇姿は、特に民衆の尊敬を集め、活躍を歌う数多くの吟遊詩人の声によって、各地へと伝えられている。
「文武両道、容姿端麗、清廉潔白。騎士として誇り高くありながら驕り無く、勇敢でありながら無益な殺生を好まず、どれほど名を上げようと、常に最前線で弱き者達の盾として戦い続けた高潔なる天空の勇者。――魔王女殿下、竜騎士クレマンの名は、大陸中に敬意をもって知れ渡っております」
キョウの命令に対し意見を許されたバルトロは、そう言うと真剣に言葉を続けた。
「人魔を問わず、遺体を辱める行為は故人への侮辱にございます。……だからこそ、高名なクレマン卿の遺体を利用するこの作戦がもし人領域の者に知られれば、敗戦国だけでない多くの国々の反発を招くことでありましょう」
「……はい、そうですね」
「命令とあらば従います。なれど魔王女殿下、ご決断は非常に重要なれば、このバルトロは不敬を承知で、実行前に重ねて問わねばなりませぬ。――殿下、この作戦は真に実行すべきものでございましょうや? ――この作戦は真、事件解決に繋がるものでございましょうや?」
貴人に対する敬意を保ちながら、バルトロは強い疑念をキョウへと示した。
「……それは」
明確な答えをこの場に出さなければ許さない。そう気迫で伝えるバルトロに相対して、キョウは強張りそうになりながらも、ケイトと視線を交わし頷き合う。
「――はい。そう考えます。……その理由を私は、作戦立案者から説明され、そして納得しました」
「作戦立案者……」
「必要ならば、もう一度彼女から説明させましょう。ケイトさん」
「はい」
バルトロの大きな魚眼が、キョウの後ろに歩み寄ったケイトを鋭く射貫く。
「それは是非、伺いたいものだ」
「御意のままに、閣下」
――貴様が魔王女殿下に不埒な入れ知恵をした、不貞の輩か。
そう剣呑な殺気で訴えてくるバルトロに、ケイトは涼しい顔で一礼し発言する。
「閣下、私ケイトは、ワイバーン・オレンジ七号をおびき出す存在は、クレマン・パラディール卿とレッドドラゴン・ウィルジニー以外にはありえないと考えます」
「何故だ?」
「彼らが、オレンジ七号の仇だからです。オレンジ七号と主バジル・アビルトンは、彼らと戦い敗れ、オレンジ七号はバジルと死に別れました」
バルトロは微妙な渋顔になる。
「だから主の仇を討つため、オレンジ七号は彼らを捜しているとでも言うのか?」
「はい、閣下」
「……どうにも信じがたいな。確かにワイバーンはハーフリット達によく懐いてはいるが、仇討ちなどという複雑な思考を持つほど、知能が高いようには見えぬ」
「確かに、ワイバーンの知能は普通の牛馬より多少高い程度、というのが一般認識です。……ですがオレンジ七号は、その程度の知能でも仇討ちを志したのでしょう。それほどまでにオレンジ七号にとって主バジル・アビルトンは大切な存在であり、奪ったクレマン卿とウィルジニーを憎悪したのです」
「ただの憶測だな」
「はい、閣下。ですがそう憶測する要素が、この事件にはありました」
「……なんだと?」
「少々失礼します」
そう言うとケイトは、手にしていた文書の束からいくつかを引き出し準備する。
「……さて閣下、一つ質問をお許し下さい」
「許す。なんだ人族の娘?」
「オレンジ七号は何故、『この町』を襲っているのだと思いますか?」
「……ん?」
意外な質問だったのか、バルトロは言葉を失い少しの間考える。
「……それは、だから食料他色々を得るためだろう?」
「はい。ですが何故、この町なのでしょう? このバローク周辺には似たような規模で、しかも魔王軍が警戒していない村や町は、いくらでも点在しています」
「他の町村も、襲っているのではないか?」
「いいえ。魔王海軍の報告書を拝見した所、確認した他の町や村からの、被害報告はありませんでした。なお、私達が通ってきた北側の町村にも、ワイバーンによる被害はありません。そんなものがあれば、冒険者ギルドの酒場や事務所で、噂の一つにでもなっているでしょうから」
「……どういう事だ?」
「それはつまり、『この町には、オレンジ七号を引き寄せるなにかがある』という事だと、私は考えました」
バルトロから反論は無い。ケイトはバルトの横に跪き、バルトへ先程抜き出した文書を差し出して見せる。
「ではそれは何か、と考えた私の目に止まったのは、魔王海軍に提出された、バローク町の行事予定表でした」
「これか。確かにバローク町の行事には、認可の判が必要だが……」
バルトロの目が文書を辿り、そして止まる。
「……ん?」
「お気付きに、いえ、思い出されたようですね」
「……」
ケイトは、驚いた表情になって文書を見下ろすバルトロに、念を押すように説明する。
「オレンジ七号が、このバローク町を初めて強襲したのは――クレマン・パラディール卿とウィルジニーの遺体が魔王軍の確認を終え、故郷であるこのバローク町の住人の手によって弔われ、墓地に葬られたその日だったのです」
ケイトの言葉に、バルトロも思い出す。
その日は人族主体で執り行われた葬儀に出席はしなかったが、敬意に値する敵だったクレマンに対し、バルトロも自室で秘かに弔意を示していた。
そして魔領域の言葉での鎮魂の祈りを終えしばらくしてから、騎乗者の存在しないワイバーンがバロークの町を強襲したと報告を受けたのだった。
「……ワイバーンの騒動で記憶が薄れていたが、そうだ。確かにあの日は、クレマン・パラディールの葬儀であった」
「はい、閣下。オレンジ七号は、その時バロークの町に仇がいると、気付いたのです」
「どのようにしてだ? 空から偶々見つけたとでも言うのか?」
「いえ、その頃自由に空を飛んでいたなら、魔王海軍の探索網にもっと早くひっかかっていてもおかしくありません。オレンジ七号は『あるもの』に引き寄せられ、バロークの町へと飛んできたのです」
「あるもの? それはなんだ?」
今度は図形入りの文書を取り出し、ケイトは答える。
「クレマン・パラディール、そしてレッドドラゴン・ウィルジニーの、『臭い』です」
「――!」
「二方の御遺体は――失礼な表現で恐縮ですが、きちんと保存されていたにしろ多少は腐敗が進み、かなりの臭気を放っていたでしょう。特にレッドドラゴンは身体も大きいですからね。防腐処理を施した剥製などならまだしも、ただの遺体なら相当臭ったはずです」
「う……うむ。それは、確かに」
「そして閣下、その臭気が、強い風に乗ってオレンジ七号へと届いていたら? オレンジ七号がそれに気付いたら? ……その結果は、オレンジ七号のバローク町強襲へと繋がりませんか?」
「……」
ケイトが広げて見せたのは、魔王海軍の、気象観測資料だった。
「この気象観測資料と共に、ワイバーン被害報告も御覧下さい閣下。臭気が強くなる湿度、温度に風向き、風速。――これがクレマン卿とウィルジニーの葬儀の時のものです」
「……」
「そしてそれ以降、これと同じ条件が揃った日に、オレンジ七号はバロークの町へと襲いかかってくるのです。――よく御覧下さい。被害報告のあった日の風向きを、風圧を、湿度を、気温を。……非常に似通った日であると、言えませんか? だからこそ、墓から漂う僅かな臭気が、オレンジ七号の隠れ家へと届いている可能性があると、言えませんか?」
バルトロは資料を凝視し、それをよくよく確かめた末――ケイトの言葉通りである事を認めた。
「……確かに、お前の言う通りだ。……確かにその可能性はあった、という事は認めよう」
「ありがとうございます、閣下」
「……勿論確証には至るには証拠が足りぬが……だが……しかし」
バルトロは、やがて小さく首を振り、嘆くように言う。
「……だがそれでは……オレンジ七号は、既に墓地で眠る者達に誘われ、彷徨っているというのか?」
「オレンジ七号には、仇が死んだなどと想像もしていないのでしょう。だからこそ、自分が気付いた仇の匂いを死臭だとも気付かず、バローク町のみを狙っている」
「……」
「もしかしたら、バローク町でのみ強奪をしているのは、仇が自分を止めに来ると思ったからかもしれませんね。……クレマン卿ならば、御存命ならばきっとそうしていたでしょうから」
「……憐れな」
ぽつりと呟くバルトロに、ケイトも頷く。
既にいない主人の仇を討つために、既にいない仇を追い求めるオレンジ七号の姿は、想像すればただひたすら、虚しく憐れだった。
「……止めなくてはなりません」
キョウの言葉に、バルトロとケイトは顔を上げる。
「この事件に関わる全ての方々のために、一刻も早くオレンジ七号は止めなくてはなりません。……どうか協力してください、バルトロさん」
「魔王女殿下……御意のままに!」
勢い良く頭を下げるバルトロに頷いたキョウは。胸をなで下ろすように小さく息を吐き、ケイトと頷き合う。
こうして魔王海軍と魔王女一行の共同作戦は、実行に移される事となった。
その後魔王海軍の重鎮と作戦実行者を集めて行われた作戦会議は、かなりの時間をかけ、綿密に計画は立てられていった。
「あ、あの……嫌だったら、断ってもいいんですよ? 本当ですよ? ……エスターさん」
「いいえ魔王女殿下。任務を果たす事は、魔王軍兵士の誉れです」
この会議においても、重要な役割――オレンジ七号を討ち取る役目として最も適任とされたのは、ハーフリット飛行士の英雄エスターだった。
周囲を遮るようにして意志を尋ねるキョウに、エスターは命令に従う事を宣言した。
そしてその後、明日に持ち越される会議は一端終了となり、退室を許された。
『……』
時刻はすでに深夜に届き、日付が変わる寸前だ。
エスターは士官に相応しい規則正しくゆっくりとした足取りで廊下を歩き、自室へと戻る。
『……嫌だったら? ……オレンジ七号を……懐かしい父さんの相棒を討ち取れと命じられて、嫌じゃないはずがありません。……それでもこの力を必要とされたなら、私は全力で応えるしかないのです……魔王女殿下』
心配そうな眼差しを向ける長身の美女を思い出し、エスターは苦い羨望を憶えた。
そして支配者に相応しい力を持って生まれた姫君には、判っているようでやはり、エスターの立場は判らないのだろうと思う。
『……私が……英雄が使えないと判断されれば……ハーフリットは魔王国においても、立場を失ってしまう。……英雄の名を継いだ以上……私は私情を殺し、魔王国のため戦わねばならないのです。……そうでなければ……守れないのです』
エスターの脳裏に、懐かしい故郷と仲間が次々と浮かんだ。
やがて身内が浮かび、死んだ父が浮かび、帰りを待っている母が浮かび――自分の後ろで泣いていた、小さな少年ハーフリットが浮かぶ。
『……守りたいと、思ったのです』
大きな者達に怯え、仇討ちなどという大きな責任を押しつけられようとしていた、年下の少年を、エスターは守りたかった。
血の繋がりはなくても家族のような存在だった少年の、臆病な心も幸せそうな笑顔も大切だった。だからこそエスターは躊躇無く髪を切り、英雄の枷を自らに付けた。
『あの子は、アビルトン家の子供じゃない。……幸せなことに、私のように、英雄の血は流れていない。……だから、穏やかな一生を送ってほしいと思った。……私の代わりに、平穏な幸せを享受して欲しかった』
――コリン。
名を呟けば、心の片隅に微かな温もりを感じ、エスターはそっと胸を押さえる。
「――隊長っ」
「――っ」
その背に声をかけられ、思わずエスターの肩はびくりと跳ねる。
「隊長っ! やっぱり隊長は、オレンジ七号を討ち取るのを拒否しなかった!!」
「コリン、廊下は走ってはいけません」
叱るように返すと、走って来たのだろうコリンは、ぐっと顔をしかめながらそれでも止まり、エスターを見返す。
会議室でまたエスターに反論しようとしていたコリンは、失態をやらかす前に会議室の外に連れ出されていた。
「私は大丈夫よコリン」
「っ……」
先手を打って断言したエスターを、コリンは睨む。
「例え何者だろうと、魔王軍に仇なすならば倒すのは私達兵士の役目だわ。……そこに私情を挟む余地はないのよ」
「……」
「……大丈夫よ。……私は今度こそ、役目を果たすわ。だから貴方が心配する事は、何もないの」
コリンが唇を噛み締めるのが判り、エスターは困る反面少しだけ嬉しくなる。
感情豊かなコリンは、まるでエスターができない分を埋めるように、よく怒りよく笑った。自分のために怒り泣いてくれるその姿に、エスターは救われていた。
「――お嬢様は、嘘付きなんだぞっ」
「――っ」
そんなエスターに、コリンは感情を爆発させて怒った。
「全然大丈夫なんかじゃないくせに!! 大丈夫なんて嘘付きだっ!!」
「コリン……」
「お嬢様なんて本当は大きな犬が怖かったくせに!! 大きな悪ガキだって怖かったくせに!! リンゴの木から落ちてる毛虫だって怖かったくせに!! ――あの日――俺達を責めたドラゴニュート達だって!! 怖くて怖くて仕方が無かったくせに!!」
エスターは息を飲む。
「本当は――本当は恐がりな女の子のくせに!! なのに大丈夫だって!! いつも俺を庇って!! 大丈夫なふりして!! 俺っ!! 俺が弱いから!! 俺が頼りにならないから!!」
そんなエスターに、ボロボロと涙を流しながらコリンは訴える。
「ち、違うわコリン。貴方が弱いなんて思ってない。私は貴方を守りたかっただけ――」
「俺はそんな事望んでない!!」
大きく首を振るコリンに、エスターは言葉を詰まらせた。
小さな頃から自分の背に逃げ込んで来たコリンに、嫌がられているとは、思わなかった。
「……ごめんなさい」
「っ……え?」
「嫌がっていたのね」
「違う!! 違うんだぞ!! そうじゃないんだぞ!! 俺――俺は!!」
酷く狼狽えるコリンに、エスターは自分が情けない顔をしているのだろうと気付いた。
隊長として相応しくないと気を引き締める。
「……とにかく、作戦は実行されるの。……私も貴方も作戦に従い、務めを果たしましょう」
「お、俺は!!」
「拒否は聞かないわコリン。――いいえ、コリン一等空士。貴方もハーフリット飛行士として誓いを立てた身でしょう。責任を果たしなさい」
「――っ」
「いいわね?」
「――ぅ」
「う?」
コリンは小さくしゃくりあげ。
「うぁあああんバカバカぁあああああああああああああああああああああ!!」
「え……」
泣きながらその場から走り去って行った。
「……コリン……流石に大きくなって、うぁあああんはどうかと思うの……」
エスターは戸惑う眼差しでコリンを見送った後、小さく首を振り部屋へと戻って行った。
「……あちゃー」
「……」
そんな二人を、物陰から覗く二人がいた。
エスターが気になり追って来たキョウと、付き合わされたザイツだ。
「やっぱりあの二人、うまく行きませんよザイツさんっ。すれ違いですっ。誤解ですっ。切ない片想いですっ」
「……そうかもなー……って、なんでマント引っ張るんだ姫?」
「だってほっとけないじゃないですかっ。今のエスターさんの一番の味方になれるのは、やっぱりコリン君じゃないですかっ」
「いや、ほっといていいんじゃねぇか? 他人が口出しするような事じゃ……」
眠くなってきたので適当に返そうとしたザイツは、キョウに恨みがましい表情で睨まれ舌打ちする。
「ちっ……判った、判ったよ。口出すならコリンの方な。夜中に女の部屋に押しかけるわけにもいかないし」
「ザイツさんっ」
目を輝かせたキョウから視線を逸らし、ザイツは内心で呟く。
『……確かに、あの頑固な女を守れるのは、やっぱり頑固にあの女を慕う、あいつしかいないんだろうよ。……同族の、バカだが一生懸命なあいつしかな』
ザイツは大真面目に空回りするコリンに若干の憐憫を憶えながら、コリンが走って行った甲板へと向かった。




