8 クエスト申請をしたが何かがおかしい④
―カトラ国シュネイ町冒険者ギルド事務所―客室―
シュネイ町の中央大通りの終点。
町を外敵から守る防壁にほど近い、大通り沿いとはいえ静かな町区に立つ石造りの古びた屋敷が、シュネイ町の冒険者ギルド事務所だ。
「にうー、にうー」
「……あれ、君もしかして……酒場で隠れてた猫さん? ……エサをもらえると思ってついて来ちゃったのかな?」
「にゃん♪」
【ひぃ?! 何故こちらを見るのだ肉食毛玉!!】
「あっ、カンカネラさんは食べ物じゃないよ猫さんっ! ……うーん……ハンバーガーはタマネギ入っているから駄目だけど……」
「……お客様、よろしければミルクと動物用の小皿をお持ちしましょうか?」
「っ……あ。ありがとうございます……ギルド員さん」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
元々は成功した商人の商売用別宅として建てられたその事務所内にある、豪華で広々とした客間の椅子に座っていたキョウは、魔烏のカンカネラを逃がし、窓から入って来た小さな黒猫を捕まえて撫でながら、客間から一礼して出て行く冒険者ギルドの事務所職員にぎこちなく答えて笑みを返した。
「……」
やがて客間のドアが閉じられ、事務所職員が遠ざかって行く足音が聞こえなくなると、キョウは肩をがっくりと落として言葉を漏らす。
「……どうして、私達はこんな所に来る事になってしまったんでしょう……ザイツさん?」
「……そりゃあ……お互い色々失敗しちまったからじゃねぇか、キョウ姫?」
キョウの問いに、開いた窓縁に寄りかかってキョウに答えたザイツは、窓の外に見える事務所の中庭を整備するギルド員を眺めながらため息をつきボソリと答える。
「……まさか俺も……王子様と一対一勝負するために、ギルドの事務所に来る事になるとは思わなかったよ」
――清潔な水路に囲まれた石畳の広間となっている事務所の中庭は、色々な用途でギルドが使う、闘技場だった。
数刻前。怒号と悲鳴が飛び交い混乱していた酒場の客間で、キョウに同行を断られたカトラ第三王子ジルベルトは、凄まじい殺気を込めた目線をザイツに向けながら、その場の皆にこう宣言したのだった。
[――判りました、ならばこうしましょう姫。――皆聞け!! 私は魔王女殿下クローディ姫の旅路が安らかなる事を願う騎士として、この冒険者ザイツに決闘を申し込む!! 冒険者ザイツ!! 貴様が姫の護衛を名乗るならば、それに相応しい実力をこの私に示してもらおう!!]
[……え]
[その実力が到底姫を守るに足るものでないと判れば――私は自主的に姫の旅路を共に行き、その御身をお守りする!!]
[なな、なんですかそれはジルベルト王子殿下?!! ストーカー?!!]
[? すとーかーとはなんですかなクローディ姫?]
[い……いえ。――で、でも何故ザイツさんが、そんな事をしなければならないんですか?!!]
ジルベルトの言葉に驚いたキョウは、すぐに首を振ってそれを拒否しようとした。
[……なるほど、そこのザイツの実力を見せてもらうというのは、冒険者ギルドとして依存はありません]
[えぇ?!!]
[ここでザイツの実力を示す事は、護衛依頼を受諾したギルドの信用を魔王の国に示す事にもなります。――魔王女殿下!! どうか是非ご承諾下さい! 場所はこちらで用意させていただきます!]
[じ、事務所所長さん?!!]
だが王子の言葉には、ザイツの上役に当たる冒険者ギルドシュネイ町事務所所長も乗ってしまった。
[ギルドとしても、低ランクの依頼しかこなした事のないザイツを、このまま魔王女殿下の護衛として送り出してよいものか判断しかねております。ここではっきりと実力を示してもらえれば、ギルドとしても自信を持って依頼受諾ができますし、フォローする冒険者を更に用意もできます]
[え……で、でも……]
[ご心配には及びません。事務所に併設しております闘技場は、生命維持魔法によって守られた戦闘空間です。例えザイツが王子殿下に完膚無きまでに負けたとしても、その命が奪われる事はありません]
[そ……そうなんですか?]
[――怪我は負いますし、痛みは全て実戦と同じですから、激痛で狂い死ぬほど痛い目には遭うかもしれませんがね]
[…………え? あの……今の……ちょっと聞こえなかったんですけど……?]
[いえいえ、なんでもございません魔王女殿下。ええ、些細な事です]
キョウに聞こえない程の極々小さい声で物騒な事を付け足し、事務所所長はジルベルトに賛同した。
[い……いえでもですね……ジルベルト王子殿下は……その……良い鎧甲冑とピカピカの剣ですごく強そうで……それに比べてザイツさんはいかにも旅装束の軽装で……だから決闘なんて……すごく不利なんじゃないかと……]
[だから臆して戦わせたくない、では確かに、ギルドは護衛として彼を認める事はできないでしょうね]
[け、ケイトさん……]
[姫、姫がお思いになられている以上に、人族の領域は危険な所です。……彼を護衛とするなら、実績とランクでは計りにくい彼の実力を、一度しっかりと確かめておく事は大切だと思いますよ]
[でも……]
[……いずれにしろ、このまま逃げてもあの王子が追って来そうですし]
[……う……]
それでも断ろうとするキョウをケイトが宥め。
更に所長補佐やジルベルトに従っていた騎士達もザイツの実力を計る事に賛同し――それがキョウのためだと煩く言い始めたところで、ザイツが折れた。
[……判ったよ]
[ザイツさん!!]
[……王子様、道具や魔道具の使用は?]
[小細工道具程度、いくらでも使うといい下郎。――だが道具を補給しにいくと行って逃げ出されては、お前を信頼したクローディ姫がおかわいそうだ。店に買い出しに行く事は許さん]
[……あんた……何がなんでも姫の前で、俺を叩きのめしたくてたまらないんだな]
[ふん、なんの事だかわからんな]
鼻で笑うジルベルトに、ザイツはため息をついて答えた。
[……今持ってるものと装備でなんとかしろって事か。……判った、そうする]
[ざ、ザイツさん……]
[大丈夫だ姫。……ギルドの闘技場なら殺される事はないだろうし……どのみち俺がこの依頼を受けるなら、避けては通れないようだ]
[……依頼……受けてくれるんですか?]
[一度受けるって言ったしな。……依頼の途中放棄は、信用に関わる]
低ランク冒険者といえどもな、と苦笑するザイツを見上げ、キョウは本当にいいんですかと心配そうに問いかける。
――そんなキョウの様子を見たジルベルトから向けられる殺気が増すのを感じながら、ザイツはその場の皆と共に、シュネイ町の冒険者ギルド事務所へと移動したのだった。
そして闘技場の準備ができるまで、ザイツ達は事務所の客間で待機している。
「……きちんと貴方はいりませんと断ったら、諦めてくれると思ったのに」
持って来てもらった猫用の小皿にミルクを注ぎ、それを美味しそうに舐める子猫を撫でながら困ったように呟くキョウに、楽しそうな声が返った。
「まさかまさか。あそこまでギトギトしい下心……ではなく熱情たっぷりの恋情を込めた目線で姫様を見つめていたジルベルト王子が、あの程度で諦めるわけがないじゃありませんか。……というか自分が女にフラれるなんて、あのバカ王子断じて認めてませんよ。自分の容貌に絶対の自信持ってますから」
声の主はケイトだった。
一応同行者候補であるとはいえ、まだ魔王女の道中護衛クエストを受けていないケイトは、ジルベルトに敵視され闘技場に引っ張り出される事も無く、実にリラックスした様子で客間の隅に備え付けられた本棚を物色していた。
なおその本棚の上では、猫に狙われたカンカネラが恨めしげに猫を睨んでいる。
「今バカ王子って言いましたケイトさん?」
「いえいえ、王族様々に対してそのような恐れ多い。姫様の空耳でございましょう」
「……」
「しかし身も蓋もない事を言ってしまえば、ジルベルト王子は所詮第三王子ですからね。カトラ国王位継承権が低い以上……より大きな力を望むなら、姫様に――大国の次期王に、婿入りする野心を抱いても仕方のない事でしょう。そのつもりなら、ちょっとやそっとで諦めるはずもないでしょうねぇ」
「……婿……ですか」
「ええ。確か魔王の国の王家は後宮制で、魔女王の場合は多くの殿方が王の婿として後宮入りされるのですよね? 枠が多い分、狙ってくる人族の王侯貴族達はこれから増えると思いますよ」
何せこれからは『人魔友好』なんですから、とどこか馬鹿にした口調でケイトが言うと、キョウは子猫の前に蹲ったまま、頭を抱えて小さな声で返す。
「……じ……自分ではちょっと……そ……想像できません。……男後宮とか……自分がその主とか……漫画でそんなのがあった気がするけど……あ、あれは大奥か」
『マンガ? ……しかし男後宮……想像すると……うわぁ』
キョウの言葉に、つい男ばかりの後宮を想像してみたザイツは――そのムサ苦しい男所帯に想像した事を後悔した。
「そ――そんな事はどうでもいいんですっ」
ザイツが想像したのと同じようなムサ苦しい光景を想像したのか、キョウは何かを振り払うようにブンブンと首を振り、子猫を驚かせないようにそっと立ち上がる。
「問題は今からの事ですっ。……ザイツさん、あの王子と戦って怪我しないで戻ってこれますかっ?」
「勝ち負けはどうでもいいのか?」
「五体満足で戻って来てくれれば充分です!! ……それでまだ何か文句を言うようなら、早速で情けないですが、魔王陛下にお願いしてでもこの騒ぎを収めていただきます」
頼む時に魔王が服を着てればいいなとザイツは思った。
「わ……私のせいで……こんな事でザイツさんが大怪我したりしたら……っ」
「姫様がトドメとはいえ、どちらかと言えばこの状況は、ザイツ青年の敬語を目指したらしい罵倒が引き金になった結果のような気がしますがね」
「ケイトさんっ」
涙目で睨むキョウに、失礼しましたとケイトは笑顔で一礼した。
楽しそうな学者の声にため息をつき、ザイツは答える。
「キョウ姫、怪我云々は気にしなくていい。そういうのは全部込みなのが冒険者の護衛依頼で、怪我しないように上手く立ち回るのも仕事だ。……俺は失敗したけど」
「……ザイツさん」
「……受けると決めたのは俺だ。それは本当にいいんだ。……だから、泣かないでくれるか?」
「っ……な、泣いてましたかっ?! すみませんっ!!」
『……あー、せっかくのきれいな目元をそんなに擦って……』
慌ててゴシゴシと目を擦る美女の姿に、やはり長命種族とは思えない幼さを感じて内心で狼狽えながらも、ザイツは話を進めた。
「……ザイツさん?」
「い、いや……なんでも。そ、それでな。……戦って無事に戻ってこれるかどうかは……正直あの王子様がどんなヤツなのか全然知らないんで、さっぱり判らねぇんだ」
「判らない……ですか」
聞き返すキョウに頷き、ザイツは続ける。
「うん。ただ装備に天地の差がある事だけは確実だ。勿論俺が地の方で。その分の不利は自覚してる」
「すごそうな鎧甲冑でしたもんね」
「そのすごそうなアレコレを身に付けた本人も、剣の腕なら中々の物だよ青年」
カトラ国民であるケイトの言葉に、ザイツは視線を向けた。
「幼少からカトラ随一の剣豪と名高い騎士ヒューイット卿に師事して修行を積み、剣帯の儀を迎える十八歳で免許皆伝。いくつもの剣術大会で優勝し、今ではカトラ王国でも五指に数えられると言われている剣の腕前だ。二十才で初陣を迎えて以来、騎士団員としても数多くの武勲を立てているな。五人いるカトラ王家の王子達の中でも、最も武勇に優れた騎士と言えるだろう」
「……詳しいんだな、学者ねーちゃん」
「敬愛するカトラ王家の事だからねぇ、このくらいは常識だよ」
ケイトは皮肉げにそう言うと、笑って肩を竦めた。
ふぅん、と呟き少し考えたザイツは、やがてケイトに問いかける。
「……もしかしてあの王子様は、実戦は騎士団員としてだけか?」
「それはそうだろう。王子がたった一人で悪や魔物を討ち果たすのは、大昔の英雄譚くらいだ」
「じゃあ剣術大会っていうのは、道具や魔法、体術の使用は?」
「禁じ手な大会が殆どだ。純粋な剣技を競う場でそういったものに頼るのは、誇り高い騎士様達にとっては邪道なんだそうだよ」
「……ふーん」
「ああ、だからと言って王子が魔法や体術を使えないわけじゃないぞ。ヒューイット卿は自ら編み出した剣技体術を弟子であるジルベルト王子に習得させたし、王子は神聖魔法に適正があり、魔力も高いためかなり高位の神聖魔法を習得し実戦で使用している」
「神聖魔法……回復や支援が主な属性ですよね、ケイトさん」
「数少ないが効果的な攻撃魔法もありますよ姫様。――特に神聖属性の魔力を剣に込め飛ばす遠距離攻撃魔法【光斬の刃】は、王子の得意技です」
「え、遠距離攻撃……」
想像して恐怖を覚えたのか、キョウはローブの胸元を握り絞め眉根を寄せた。
だが何かを考えていたザイツは、やがて小さく頷き言う。
「……それなら、なんとかなるかもしれない」
キョウとケイトは思わずザイツを見つめた。
ザイツは特に気負うでもなく、マントの中から肩に担いだ荷物を入れた袋を
取り出すと、中から小さな布製の袋を取り出す。
「……闘技場は確か防御結界に包まれているから観客に影響は無いし……ならこれを使っても大丈夫だろ」
「ザイツさん、何か思いついたんですかっ?」
「青年、勝つ算段はあるか?」
「……まぁ、ちょっとな」
ザイツの返答に、キョウは心配そうに、ケイトはどこか楽しそうにザイツを見つめる。
「……そ、そういうわけなんで、ちょっと準備してくる」
美女二人に見つめられ、照れくさくなったザイツは視線を逸らすと部屋から出た。
「逃がすなって、俺偉そうな騎士サマ達から言われてるんだけど?」
「逃げたりしねぇよ。ちょっと戦闘準備がしたいから、屋敷の庭先を借りたいんだ。いいか?」
「ああ、そういう事ならいいよ。……受けたクエストで上から横槍入れられるなんて、お前もついてないなザイツ」
幸い入口を見張っていた若いギルド員は顔見知りだったので、あっさりとザイツを通してくれた。
ザイツはそのまま廊下をぬけ階段を下りると、屋敷の外側を囲む庭へと続く扉を開けて外に出る。鉄柵に囲まれた広い庭は見苦しくない程度に整備されてはいるが、育った木々や草花をそのまま残してもいる、ちょっとした自然庭園になっていた。
「さてと、どの辺がいいかな……」
「その袋はなんだい青年?」
「うわ?! ……学者ねーちゃんついて来てたのかよ」
手にした小袋の開け口を緩めながら呟いたザイツは、真後ろからかかった声に驚いて振り返る。
「立場上勝手に出歩きづらい姫様に頼まれたんだ。満腹になったようだから、この子を外に出してやってくれってね。このままでは魔烏君とケンカになってしまうんだそうだ」
「にうー、にうぅー」
ケイトは小さな黒猫を腕に抱いていた。
「……あれこいつ……姫が言った通り、本当に酒場の客間に隠れてた猫か? ……いやまさかな」
「酒場に隠れてた?」
「い、いやなんでもない」
「ふぅん? まぁいい。さぁ行きなさい黒猫君、姫様はもうじきこの町を去ってしまうからね、飼ってはやれないんだよ」
「にうー」
ケイトに庭へと降ろされた黒猫はしばらくザイツ達を見上げていたが、やがて庭の草むらの中へと消えていった。
「可愛いな、人の言葉がわかるようだ」
「……まさか?」
「判らんぞ? 魔道師の使い魔なら、主人の魔力を分け与えられる事によって賢くなっているからな」
「主人持ちなら、姫に飯もらいに来たりしねぇんじゃねぇの?」
「貧乏な主人のため、自分で食い扶持をなんとかしている健気な使い魔なのかもしれん」
「世知辛い話だな」
確かに、と言いケイトは言葉を続けた。
「……それで、その小袋は君に景気の良い勝利を与えてくれるのかな?」
「……どうかな。これ自体は、そんなご大層な代物じゃねぇよ」
ザイツは袋を広く開け、ケイトに見せる。
中にあるくすんだ土気色の粉末をしばらく見たケイトは、近づいて匂いを確かめ、少し考えた後当惑したようにザイツに言う。
「これは……チットリオの木の根か?」
「ああ。へぇ、粉末状態になってて判るなんて、あんたやっぱり物知りなんだな学者ねーちゃん」
「大陸の動植物分布は、私の専攻と無関係ではないからな。……チットリオ。学名チトーリ・ラウッド。落葉広葉樹。高木は15~20メイが一般的。大陸北西部から中央にかけて広く分布し、適潤で肥沃な土壌で育つ。頑丈な根が作る地中の空洞は、ウッドゴブリンの生息地でもある。樹液と根には鎮痛効果と血止め効果があるが、製薬素材としては独特の強い匂いのためあまり好まれない……知識としてはこのくらいか?」
すげーな、とザイツは苦笑した。
「俺ガクメーとか知らなかったよ」
「普通に生活する上では全く必要ないだろうしな。……しかし青年、そんなものでどうするんだ?」
「これか?」
「ああ。……私が知る限り、チットリオの木の根は多少血止め効果がある程度の臭いばかりの代物だぞ。血止めなら店できちんとした治療薬品を買った方が効果は高いだろうし、戦闘に役に立つとも思えん。……手持ちの治療薬が無いなら、私の手持ちをいくつか譲ってやってもいいが?」
気遣いを感じさせるケイトの言葉に、だがザイツは首を振る。
「いや、これは薬として使うんじゃねぇんだ」
「……他に使い方があったのか?」
「妖精魔法にはな」
「!! 君は妖精魔法を使うのか?!」
ケイトが明らかに驚いたのを見て、ザイツは苦笑を深めた。こんな事は珍しくも無い。
グランツァー大陸には、古くから伝わり適正魔力を持った者が修練する事で使用する事ができる、『魔法』という行使力がある。
魔法が大きく分けると、
神聖魔法―回復支援が主。
暗黒魔法―攻撃が主。
精霊魔法―支援と特殊技能が主。
妖精魔法―支援と特殊技能が主。
それ以外の分類不可能魔法
――の四種類+αになるが、その中でも精霊魔法の下位互換と呼ばれる妖精魔法は、適正が合った魔力を持っている者でさえ使いたがらない。
気まぐれな妖精を礎とする妖精魔法は役に立つ魔法が少なく、数少ない役に立つ魔法も、癖が強すぎて危なっかしい。金と時間をかけて修練するだけ損。というのが一般的な評価だからだ。
「妖精魔法……別名『ランダム自爆宴会芸魔法』か。青年、君は他に適正は無かったのか?」
「無かった。だからクエストで組む連中には魔法は一切期待されず、専ら体術勝負だった」
「……そうだろうなぁ。まぁ人族は魔法に適正がある方が稀少だし、物理攻撃が基本なら、気にされる事もなかっただろうが……」
それにしても妖精魔法……と呟いたケイトは、困ったような、それでいてどこか楽しみなような複雑な顔でザイツを見上げる。
「……青年。まさか君は、妖精魔法で決闘自体をめちゃくちゃにする気か?」
「さてな? ……だがどんな魔法を使ってもいいと、王子様には言われてるんだ。せいぜい下々は知恵を振り絞って、勝ちを拾えるよう戦わせてもらうさ」
ケイトは少しだけ驚いたようにザイツを見たが、やがて楽しそうに笑い声をたて、呆れたように言った。
「……君は……臆病なようでいてなかなか大胆だな。……いや、虚勢を張っているだけなのか? その胡散臭い東方流れと思われる扁平顔は、実に表情が読みにくい」
悪かったな、と変えそうとしたザイツの唇に、ケイトの指が触れ。
一瞬言葉を失ったザイツを見つめ、ケイトは言う。
「……だが、君のような若者はなかなか面白い」
「……」
「もっと良く知り、鍛えてみたいな。……一人前になった姿を見てみたいと、そんな気分にさせてくれるよ君は」
人族らしくやや小柄で細身の美女が発した言葉に、リアクションに困ったザイツは、内心の動揺を隠すようにやはり黙った。
そんなザイツに少しだけ艶めいた表情で、ケイトは語りかける。
「……どうだ青年、助けてやるから姫様の護衛は諦めて、私の下で働いてみないか?」
「……え?」
「私はこうみえてもハイランク冒険者だ。君一人くらい雇う甲斐性はあるぞ。……それに冒険者ギルドとカトラ王家には二、三貸しもあるから、あの馬鹿王子が逃げた君を害そうとしても守ってやれるだろう。……悪い話ではないと思うが?」
「……まぁな」
確かに悪い話ではない、と思いながらザイツは答える。
高ランクの冒険者が、従者や弟子という形で低ランクの冒険者を雇う事は珍しい事では無い。
「……あの優しい姫君なら、君の安全が確保されると知れば喜んで許してくれると思うが。……どうだ?」
「……」
それもまた、この危機を脱する一方法だと理解しながら。
「……だったら賭をしないか?」
「……賭け?」
ザイツは逆にケイトへと提案した。
「ああ。……今からやる王子との一騎打ち、俺が負けたら俺はあんたの従者になる。……俺が勝ったら、あんたは姫の旅に俺と同行して、姫の力になって欲しい」
「……え」
「あんたは博識で、ハイランクの頼りになる冒険者で、何より姫と同性の女だ。あんたのような人が旅についてきてくれれば、姫は安心すると思う」
ケイトは驚いたように目を見開き、ザイツを凝視する。
「逃げ道を提示してやったつもりだったんだが、それでも君は戦うのか?」
「俺が逃げたら、姫の旅はあの下心王子がつきまとわれるものになるだろうからな。……それはなんていうか……気の毒だ」
「……惚れたか?」
「……どうだろう?」
ケイトの問いに、ザイツは本気で悩んだ。
確かに『クローディ姫』は妖しく魅入られるほど美しい。だがザイツが放っておけないのは、雑踏で見つけた迷子のような頼りなさを感じさせる姫の内面――『キョウ』の方だった。それは恋情と呼ぶにはかなり奇妙で、色気がない気分だ。
「……なんだそれは」
そんな事を考え黙り込んだザイツに、ケイトは頭を掻き言う。
「やれやれ……正直王子が出張ってきた辺りで面倒事になりそうだと思ったから、この依頼からは正式に降りるつもりだったんだ」
「……」
「……だが、君がその面倒から姫を守るというのなら……いいだろう、その賭けに乗ってやる」
「本当か学者ねーちゃん!」
提案が受け入れられたザイツは笑顔になって、ケイトの手を取った。
「っ……ケイトだ。パーティーメンバーになるなら、そう呼んでくれ。……ザイツ」
「判った、ありがとうなケイト! ――それじゃあ後でなっ」
捕まえた右手を二、三度振って本心からの礼を言い、ザイツは小袋を手に、ケイトから離れて行った。
「……あんな……明るい顔で笑う事もできるんだな。……普段ブスッとしている分……中々印象深かった……」
そんなザイツに掴まれていた右手をなんとなく見下ろしたケイトは、やや複雑な表情で離れて行くザイツの背を見つめ、一人言を漏らす。
「……同行を望むのは……あくまで姫様のため、か。……ふむ。……全く好みで無い……という事も無いから、少々妬ましかったな」
ため息をつき、ケイトは客間へと戻り。
そんなケイトの一人言など聞こえるはずもなく、ザイツは戦闘準備のため、事務所の庭を物色した。
『さてと……なんとかするか!』