75 資料は揃うが何かがおかしい
ザイツ達が甲板での昼食オコノミヤキ会を終え、参加者全員で食器や鉄板を洗って火元を始末した頃に、ワイバーンに乗ったハウルグが帰って来た。
「ただいま戻りました、魔王女殿下」
「あ、おかえりなさいハウルグさん。もうお昼は食べました?」
「はい、ドワーフ工兵殿をこっちに連れ帰る際、お礼がてら近くの食堂で食事してまいりました」
「あ、そうですか。……実はハウルグさんとケイトさんの分も一応、取っておいたんですけど……」
「いやいやいや、お気持ちだけ、お気持ちだけいただいておきます魔王女殿下っ」
「そうですか? ……美味しいんですけどね……タコ」
「あははははっ」
逃げやがったな、と冷たい目線を向けるザイツにとても良い笑顔を返した後、ハウルグはワイバーンから降りてくる老人を紹介する。
老人は所々三つ編みにした長い髭に、小柄だが屈強な体躯を持つ、典型的なドワーフだった。
「バース連合国ウィスティーア駐屯軍所属、ドワーフ工兵隊のガムリ軍曹です。鉱物の目利きとしては特に優秀で、仲間内でも評判だそうですよ」
「ふん、ワシらドワーフにとっては、石の目利きなんぞ当たり前の事なんじゃがのう……おおっと、これはいかん」
三つ編みにした灰色の髭を撫でさすっていたガムリは、長身の美女――キョウに気付くと慌てて跪き、恭しく頭を垂れる。
「あ、こんにちは」
「魔王女殿下。お召しを受け、ドワーフ族のガムリ参上つかまつりました」
「はい、よろしくお願いしますドワーフ族のガムリさん、力を貸して下さい」
「もったいない御言葉。……して殿下、このガムリは、何をすればよろしいのでしょうか?」
「えっ……それを説明してくれる人が今……どうなってるかな」
戸惑うキョウに、ザイツも首を振る。
一応昼食はどうだと声をかけても、途絶える事の無い不気味な呟きしか返してこないケイトが、今現在どうなっているかザイツにも判るわけがなかった。
「ザイツさん、ケイトさんはまだ、遠いですか?」
「ああ、遠いな。……さっき気象観測資料を受け取ったみたいで、机に広げてブツブツウフフと呟いていた」
「ブツブツウフフって……何か私達に言ってました?」
「いや。……ああそうだ。『葬式』、とか『風向き』、とか言ってたようだが……あれって別に、俺に言った訳じゃないだろうしな……」
「お葬式に、風向き?」
「おっと、こりゃまるで謎かけだなぁ」
ますます訳が判らない単語に、キョウもハウルグも首を捻った。
難しい話は面倒なのか、食器を手にしたカンカネラは、厨房に返して来ると一言残し、甲板から立ち去る。
「まぁ……とりあえず図書室に行ってみないか? ドワーフの爺さん、そこにあんたに仕事を頼みたいヤツがいるんだ」
「ほう? そういう事なら行こうじゃないか、人族の小僧」
「……ちょっと今、あいつは仕事に入り込んでて、話が通じないかもしれないんだけど」
「なに、仕事に入り込んでいる時には、よくある事さ」
「そ、そうなのか?」
ドワーフの職人なら大体そうだ、と返されたザイツは、あんなのが集団でいたら嫌だと思った。
「――おはようございます皆さん!!」
「うわっ」
図書室の扉をノックした数秒後、意外にもケイトは扉を勢い良く開け、図書室から飛び出して来た。
「素晴らしい朝ですね!! まさに希望の朝!! 新たな朝!! そして事件解明の朝です!!」
「い、いや、もう昼過ぎだぞケイト……」
「筋道が見えて来た!! 魔王海軍から借り受けたワイバーン襲撃事件記録に、魔王海軍が町助役から押収したバローク町行政記録各種、ザイツ達からもらったバローク町民意見記録、そして気象観測資料……熟読し思考するごとに乱立していた仮説は一本の推論となり、それは検証実証を伴い解答へと近づく!! これこそが真相解明!! 正に知性の神髄!!」
一度中で身支度を調えたのか、ケイトの身なりはすっきりとしていたが、その眼球は充血し、あきらかに現実に無い何かを見ている。
「お……おい、大丈夫かケイト? どっか悪くしてないか?」
「何を言うザイツ!! 私は実に快調さ!! まるであと一ヶ月は、寝ないでも大丈夫そうだ!! 最高にハイってやつだ!!」
「……ケイト」
「……ケイトさん」
だめだこいつ早く何とかしないと。
そう呟くザイツとキョウの前に進み出てケイトに話しかけたのは、ドワーフだった。
「それで、ワシに仕事を頼みたいっちゅーのはお前さんかい? 人族の姉ちゃん」
「おお!! これは御労足いただき感謝いたしますドワーフ殿!! 是非貴方の御力を、我が実験検証のためお貸しいただきたい!!」
「ふんふん、つまりあんたが頼む事をやれって事だな。いいだろう」
「よろしくお願いします!!」
来る前に言った通り、異常なテンションのケイトを前にしても、ドワーフは気にしない様子だった。
「……ふんふん、どうやらこの人族の姉ちゃんの仕事は、完成に近づいているらしい。仕上げにかかる時の職人達の目と、よぉ似とるからのぅ」
楽しそうな口調でそう言われてしまえば、そういうものか、とザイツも納得するしかない。
「それで、ワシに頼みたい仕事は何じゃい姉ちゃん?」
「それではドワーフ殿、中で説明させて下さい。――そうです、姫様」
「あ、はい?」
「昨夜から付箋した部分をまとめていただき、ありがとうございました」
「ああ、いえ」
「後のまとめはお任せ下さい。幸い情報は揃いました。私の仮説が正しければ、もう少しで結果をお見せできるはずです」
「はい……あの、あまり無理はしないで下さいね?」
ややテンションを落とし冷静な様子になったケイトに、キョウは気遣うように声をかけた。
「いいえ」
だがケイトは、以外にもキョウの言葉に首を振り、厳しい表情になって続ける。
「私の推論が正しければ、私は今どれほど無理をしても、急がなくてはなりません」
「ど、どうしてですか?」
――人の命が、かかっているかもしれないからです。
そう答えたケイトは、ドワーフを迎え入れ図書室へと戻って行った。
「……人の、命?」
「ど……どういう事だ? ……オレンジ七号が襲撃の結果、人を殺すって事か?」
「でも、今のところ大きな人的被害は無いんですよね?」
「……うーん」
突然言われた深刻な言葉に、キョウとザイツは思わず顔を見合わせた。
「……」
そして。
「ケイトの視界にすら入ってなかったぜ~、流石にここまでスルーされると、俺様ちょっと寂しいぜ~しくしくしく」
「あ、いたんだおっさん。ってか、おっさんがしくしくとか鬱陶しい」
「おっさんでも、心はいつでも少年なんだよ」
「それは余計に鬱陶しいな」
ドワーフと意気投合したケイトを見送ったハウルグは、廊下の隅でいじけていた。
タコから逃げた罰があたったと、ザイツは思っておいた。
それからしばらくドワーフと話し合っていたケイトは、やがてドワーフを連れて図書室を出ると、ジェレミアに頼んでワイバーン飛行士の一人を借り、バロークへと飛んで行く。
「一緒に行かなくていいのかケイト?」
「今はいい。ただの検証だからな。……だが、戦う準備はしておいてくれザイツ、じき必要になるかもしれない」
「お、おう」
落ち着いたのか冷静な表情に戻ったケイトを見送ったザイツは、ケイトが口にする言葉にやや不穏なものを感じつつ、船で待つ。
「――まったく!! あんなふざけた書類が通っとるとはのう!! 指示したのがバロークの町長なら、そりゃ噂に違わぬロクデナシじゃのう!!」
「ご協力感謝します、ドワーフ殿」
「なんのなんの!! 石を愛するモンとして、あれは許せんわい!!」
そして夕闇が空を包む頃、ケイトはドワーフを連れて帰って来る。
「……これで確認が持てた。……後はやはり、町助役をどう説得するか……」
「え?」
「ああ、いやなんでもない。――全ての資料をまとめてから、私の推理を説明する」
「その前に寝ろ」
「いや、あと一ヶ月は……」
「寝て下さいケイトさん!! 自分では気付いてないかもしれませんが、顔色と眼球と足取りが怖い事になってますからね!! 戦闘になるかもしれないんだったら、消耗した状態はまずいでしょう!!」
「あ、はい」
そのまま作業を再開しようとするも止められ、ケイトは図書室に(勝手に)設置した寝床で、しばらく眠る。
「椅子と椅子を組み合わせたベットって……かなり狭いんですけど落ちないんですかね?」
「慣れてんじゃねぇかこの女? ……学者ってのは、色んな意味で常人ズレした生活してるみたいだな」
「じゃあここは俺が、お姫様抱っこでベッドに……」
「そのまま一緒に入り込みそうだから、却下しますハウルグさん」
「ああ、心外ですね魔王女殿下、魔王陛下の騎士たるこの私が、そのような非礼を御婦人に対して行うとでも――」
「しそうです」
「しそうだ」
「ひでー」
ケイトが眠った以上今はやることもなく、襲撃も無く平和だったため、ザイツ達も一度解散し、眠りにつく。
「――さてと、スッキリしたところで、まとめるか!!」
熟睡したケイトが目覚めたのは、夜明け前だった。
「……確かに、睡眠不足の不安定な頭で事に当たるのは危険だったな。……この事件は、確実に解決しなければならん」
ケイトは机に戻ると、バロークの町で買って来た大きな紙を机の上に広げ、各資料を基に推理の実証解説表を作り始める。
「……正直、外れていて欲しい推理なんだが……色々と実証されてしまったからな」
重いため息を吐くケイトが、自分の推理を仲間とジェレミアに披露したのは、それから数時間後の事だった。
そして。
「なるほど、そういう事か」
「これは……」
「……ふぅん」
「……」
ケイトが実証解説した推理を聞いたザイツ、キョウ、ハウルグ、そしてジェレミアは、いずれも真剣な表情でケイトの推理を吟味し、考え込む。
ケイトの推理は、それぞれが納得できる完成度だった。――だからこそ。
その場の誰もが、これからどうすればよいのか、どうすればこれ以上の被害を出さず事件を収められるのかを考えていた。
探索パート終了




