74 悪魔の眷属を食べるが何かがおかしい
飛空母船エギーリャに所蔵されている気象観測資料の閲覧と、ドワーフの召喚をエギーリャの現トップであるジェレミアに要求した後で、ザイツは与えられた小さな船室でしばらく眠った。
―気象観測予想と、ドワーフ? ……それがワイバーン襲撃と、どう関わるんだ? ……判らんが、魔王女殿下のご命令とあらば仕方があるまい―
ザイツ達同様、ジェレミアもケイトの要求自体が理解できないようだったが、それでも魔王女には従うと、協力を約束してくれた。
「ぐー……」
徹夜した疲れもあり、僅か数時間だったがザイツは、いつになく周囲に頓着する事無く、深く熟睡した。
そして昼前。
「ザイツー、ザイツー、起きるであるぞー」
「ん……ぅお?!」
「んぎゃっ?!」
ぺしぺしと頬を叩かれる感触と声、そして身体に感じる重みで目を覚ましたザイツは、目を開けた至近距離にあった幼女メイドカンカネラの姿に驚き、思わず身体の上に乗っていたそれを蹴り落として目を覚ました。
「いたーいっ、であるーっ。か弱い幼女に酷いであるーっ」
「黙れ本体♂カラス」
「今は完璧に♀化してるであるっ。寝室でメイド幼女虐待なんて最低であるぞっ、っていやんっ♪ 言葉だけだと、なんだか卑猥な響きであるんぎゃっ?!」
床の上でわめかれ五月蠅かったので、ザイツはとりあえずカンカネラを踏んで通り過ぎ、洗面所で顔を洗った。
贅沢な事に、清潔な真水が常時使えるようになっているエギーリャの洗面所は、とても気持ちがいい。
「……腹減った。……朝……は過ぎてるな。昼前か?」
「もうすぐお昼ごはんであるっ。だから我輩が姫様の代わりに、お前を起こしに来てやったのであるっ」
「ああ……キョウ姫も起きたか」
「お前よりずーっと早くお目覚めになられて、もったいなくも甲板で、お前をお待ちであるぞっ」
「……甲板?」
「我輩も姫様のお手伝いしたであるっ。というわけでザイツ、さっさとお昼ご飯を食べにいくであるっ。さぁさぁさぁっ」
「そ、そうか?」
事情は良く判らなかったが、甲板で昼食と聞いたザイツは、着崩していた服を整えてマントを羽織ると、カンカネラに押されるようにして部屋を出た。
「姫様が一生懸命作られているのであるっ。どんなものだろうとお前は、最高の御馳走だと喜んで食べるのであるぞ!!」
「……え? 姫が飯作ってるのか? なんで?」
「さぁさぁ行くであるっ。さぁさぁさぁさぁっ」
「お、おーい?」
更にグイグイと押されるまま、ザイツは狭い鉄階段を昇り甲板への扉を開いた。
『姫が料理なんて珍しいけど、このバカラスはなんでこんな必死に……――?!』
そして多少疑問に思いながらも、扉を開け甲板へと目を向けたザイツは。
「――あっ、ザイツさんおはようございますっ」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
自分に挨拶をするキョウが、不気味な吸盤で覆われた、ドス黒い魔物の触手のようなおぞましい何かを、バケツの中から取りだしているのを見た。
テラリとぬめる不形態な禿頭。
骸骨の空洞を思わせる、空虚な黒目。
禿頭から威嚇するように吐き出される、汚らしい黒い粘液。
そして周囲を呪うように、ウゾウゾと不気味に蠢く八本の触手(足)。
――タコだった。
悪魔の眷属と迷信される、見る者に名状しがたき嫌悪を与える海洋軟体生物を、エプロン姿のキョウが手にしていた。
「お昼ご飯ですよーっ」
「――っ!!!」
ザイツは躊躇無く、扉を閉めた。
「こらぁああああああああああ!! ザイツ逃げるなである!! 何故逃げるである!! 姫様の御厚意をなんと心得るかぁあああああああああああ!!」
そのまま階段を駆け下りようとしたザイツに捕まったまま、カンカネラが叫ぶ。
「厚意であの気持ち悪い生物を喰わせるヤツがいるかぁあああああああ!!」
「毒は無いである!! 毒物鑑定はしたである!! 多分すっっっっっごく不味いだけである!! 大人しく生贄になるである雇われ冒険者ぁあああああああああ!!」
「生贄って言ったな?! 今言ったな?!」
「姫様の笑顔を守るため、生贄になるである!! 姫様は本気なのである!! 本気でアレを、食べ物にしようとしているのである!!」
「止めろよ!!」
カンカネラはハラハラと涙をこぼした。
「と……止められなかったのである。……マーマン達が、小舟の船底にへばりついている多量のアレを捨てようとしている所を見かけた姫様が……『捨てるなんてもったいないですよっ。私が作りますから、お昼ご飯にしましょう』と……とても嬉しそうな……幸せそうな笑顔でおっしゃって……」
「い、いや……どんなに喜んでても、止めろよ……おかしいだろそれは……」
ザイツにしてみれば、あの悪魔の眷属達を見て食べようと考えるキョウは、到底理解できなかった。
『……魔族の感覚ってやつなのか? わ……判らねぇ……腹減ってたって、あの不気味軟体を喰おうとは思わねぇだろ普通……』
「ザイツさんー?」
「うわぁ?!」
一瞬考え込んだザイツの後ろには、既にキョウが回り込んでいた。
「どうしたんですか? もうすぐお昼ですよ~♪」
新鮮です~、と片手に捕獲された悪魔の眷属が、呪うようにザイツへ触手(足)を伸ばす。
「い、いや……まだ腹減って無くギャア?!」
ザイツの言葉を遮るように、カンカネラの鉄拳がザイツの横腹を抉る。
「どうかしましたか?」
「い……いや……姫……その…………変わった食材……だな?」
「あ、そうですよね。こっちのひとって、あんまりこういうの食べないですよね。……マーマンさん達も、食べないみたいですし」
どうしてかな~? と首を傾げるキョウの姿が、ザイツにしてみれば理解不能だ。
「でも、食に好奇心旺盛なハーフリットさん達は、美味しかったら食べたいって言ってくれましたし、がんばりますねっ」
「ひ……姫……俺もあんまり……そういうゲテモノは……」
「がんばって美味しく作りますから、ザイツさんも楽しみにしててくださいねっ」
「…………」
キョウと向き合ったザイツは、カンカネラが止められなかった理由が判った。
「……あ、それとも……ザイツさんも、食べたくない……ですか?」
「……………………い、いや。……ちょっと驚いただけだ。……たのしみ……だな」
「本当ですか? よかったっ」
悪魔の眷属を握り締めたキョウの笑顔は――皆に美味しいものを食べさせたい、という本心からの善意と厚意と挑戦に、満ち溢れていたからだ。
「さーって。野菜切ったし後はタコタコ~♪ ザイツさん、ちょっと待っててくださいね~」
「……畏れるなザイツ。毒は無い。毒は」
「……ああ。……なぁバカラス……さっき甲板チラッと見えたんだがよ……」
「ん?」
「……ケイトはまだ部屋に籠もってるとしてもよ……甲板に、おっさんも来てなかったよな?」
「……ハウルグ様なら、ドワーフを借る時の説明役を買って出られ、先程出かけられた」
逃げやがったなと吐き捨て、ザイツは悲壮な気分で甲板へと向かった。
――そしてその数十分後。
「――えっ?! ――美味い?!」
「あ、よかったですっ」
ザイツの悲壮な気分は、良い意味で裏切られた。
「ちょっと変わった風味だけど、香ばしくて中はふっくらしてて……え――え? これ本当にアレなのか? アレ入ってるんだよな?」
「入ってますよ。やだなザイツさん、作ってる所見たじゃないですか」
「美味しいなら食べるーっ」
「お姫様下さいーっ」
「はいはい、じゃあ並んでー」
驚いたように悪魔の眷属入り料理を食べるザイツにつられて群がってくるハーフリットを並ばせ、キョウは設置した鉄板から、ジュウジュウと音を立てて焼かれている料理を、ハーフリット達が差し出した皿へと、フライパン返しで次々乗せた。
「これ、なんだ姫?」
「お好み焼きですよ。イカを入れるのがオーソドックススタイルなんですけど、タコを具材にしても、結構美味しいんですよねっ」
「そういう料理なのか、うん、本当に美味いよ」
ザイツの言葉に、キョウはよかった、と笑う。
キョウの言う『お好み焼き』とは、水で溶いた小麦粉と山芋、卵の生地に、葉野菜や葱、海藻チップ、ゆでたタコ等を混ぜ込んで丸く焼き上げた、ザイツの知らない料理だった。
カリッと焼かれた外側と、ふっくらとした内側。
外側に塗られたソースは湧き上がる湯気に混じり、その香りに食欲がそそられる。
「……アレって、茹でると綺麗な赤色になるんだな……」
「ええ、タコは茹でるときれいですよ。……うーん、紅ショウガの代わりに赤カブの塩漬け入れてみたけど、これはこれでなかなか良いかも。……あとはマヨネーズがあればなー……」
「まよねーず? ……高級な料理に使われる、調味料か?」
「そっか。高級品なんですよね。その場で作るしかない、新鮮さが命の生ものだしなぁ」
「高級なものを使うって事は、オコノミヤキって高級料理なのか?」
「ち、違いますよ。……とある国では、一般家庭のお昼ご飯になるくらい極々普通の食べ物です」
「ふぅん?」
異国の風習まで知ってるキョウを博識だなと思いながら、ザイツは更に乗せられたお好み焼きを、フォークで割って食べた。
「お姫様っ、おかわり欲しいんだぞっ」
「俺もっ」
「俺も俺もーっ」
「一枚目以降はセルフサービスです」
「せるふ?」
「自分で焼くって事です。はい、タネはこれ。がんばってね」
「自分で作るのっ?」
「じゃあ俺っ、おっきいの作るっ」
「ずるいぞ俺もっ」
「俺は小さいのを、重ねて高くするっ」
やがて二枚目を求めて、ハーフリット達が鉄板に群がった。
野営にも使われているらしい魔王軍の大きな鉄板の上で、ハーフリット達は初めて作る、少々不格好なお好み焼きに奮闘する。
ザイツの隣に座ったキョウは、そんなハーフリット達を優しい目で眺める。
「……みんなで作ると、美味しいですよね」
「えぇ? 分け前減るだけだろ」
「あはは、じゃあ全部無くなっちゃう前に、ザイツさんも二枚目いきます?」
「そうだな、あともう一枚くらい、いけそうな気がするけど……ん?」
「ザイツさん? ……あ」
人影に気付き顔を上げたザイツにつられ、キョウも空を見上げた。
甲板から突き出ている管制塔の屋上に、ワイバーンと並ぶ小さな影があった。
「折角だし、彼女にも試食してもらいましょうか?」
「姫、もしかしてあそこまで配達するのは俺か?」
「だってお料理しているときに、火元から離れちゃいけないですよ」
常識です、と言いながらキョウは素早くお好み焼きをもう一枚焼き、ソースと乾燥した海藻の粉末をたっぷりと振りかけて、ザイツに渡す。
「……やれやれ」
面倒だったザイツは皿を受け取るとエルフのマントに魔力を込め、一歩一歩管制塔の壁を蹴りながら、真上へと飛び上がった。
『……歌?』
管制塔の出っ張りを利用して何度も飛び上がったザイツは、屋上付近で上から、小さな歌声が聞こえてくるのに気付いた。
「――きいちご♪ すもも♪ りんごも入れて~♪ あの子が大好きパイにしよう~♪」
『そういや、ハーフリット達は歌も好きだったな』
素朴で単純な歌詞と明るい拍子の歌は、子供のようなハーフリットには良く似合っていた。
「――でも、あんたもそんな子供みたいな歌、歌うんだな?」
「えっ……あら。魔王女殿下のお供の方ですか。こんな所まで、どうされました?」
下からの声に驚いて歌を止め見下ろして来たのは、エスターだった。
エスターは常の落ち着いた態度を忘れたようにザイツを見ると、ザイツに差し出された更に驚き目を丸くする。
「その魔王女殿下からのお届けものだ。――あの薄気味悪いタコを使った、それでいて美味い料理の紹介だとさ」
「まぁ、これタコのお料理ですか? タコって食べられたんですか?」
「オコノミヤキだ。勿論毒も無いし、味は魔王女殿下と俺、あと下で喰ってるハーフリット達が保証する。挑戦してみるか?」
「……うわぁ、良い香り。食べていいんですか? 嬉しい」
皿を受け取ったエスターはニコリと微笑み、お好み焼きをフォークで一口食べると、幸せそうに頬をほころばせた。
「おいしい」
「そっか。……ふーん」
そのままお好み焼きを食べるエスターの様子に、ザイツは思わずくすりと笑う。
「どうかしました?」
「いや。……今初めて、あんたが下の奴等と同じ、ハーフリットに見えた」
「……あはははっ」
ザイツの言葉にきょとんとしたエスターは、やがてザイツを見上げ笑い出す。
「嫌ですね、お供の方。私はただのハーフリットです。他の隊員達と、何も変わりません」
「そうか? 他と比べると、すげー大人びてて、強そうにみえるぜ?」
「王都の軍学校で、身分ある子達の態度を学んだんです。強がっているだけですよ。私がオロオロしてたら、みんなが困りますもの」
楽しそうに笑うエスターは、ザイツの目にも外見年齢相応の少女にしかみえなかった。
「そういうもんか。……英雄ってのも、大変だな」
「でも、必要な存在です」
それでもエスターは、当たり前のようにザイツへ言葉を返す。
「私達ハーフリット族は役立たずの無駄飯喰いじゃない、こんなに強い英雄がいる。……そう人族にも、魔族、魔獣族にも主張しないと、荒れた土地の片隅に追いやられて、ひもじい思いをするだけです」
「……そんな目に、あったのか?」
「……」
肯定の笑みを浮かべ沈黙するエスターは、普段の落ち着いた姿に戻っていた。
「……昔。まだ魔王の国が、それほど豊かでなかった頃の話だったそうです。……魔王の国は夢の楽園ではない、民の税金で動かされている現実の国ですもの。……力も魔力も弱い、戦う力を持っていなかったハーフリット族が冷遇されるのは、ある意味当たり前でした」
エスターは遠い水平線を眺めながら、言葉を続ける。
「『弱者はただ服従しろ。強者を敬え。そうしたら、生きる事を許してやる』……そう、強い種族から言われても、先祖は何も言えなかったんです。……私達は本当に弱い種族でしたから」
「……でも、そうじゃなくなった」
エスターは頷く。
「四代目魔王陛下の御治世です。この方は軍備増強のため、その当時ドラゴニュート族が主力だった空軍に、他種族混合の飛行部隊を加入させる計画を立てられ、そしてその飛行士に、私達ハーフリットの先祖達が選ばれたのです。……魔王陛下は直接ハーフリット庄に訪れ、ハーフリット達に道を示しました」
―選べハーフリット族―
―飢えながらこのまま隷属種族として生きるか、地位を勝ち取るため戦って死ぬか―
―奴隷の生か、英雄の死か―
―お前が子に、孫にどう思われたいか、考えて選べ―
「最初は何もかも、試行錯誤のワイバーン飛行士だったんです。死ぬ事を前提とされていたのも、仕方がない事でした」
「でも、あんたらの先祖は選んだんだな」
「はい。――『いいよ、やる』と、私の先祖はそう答えたのです」
―むずかしいことは、わからないよ王様―
―でも、ハーフリットが英雄になったら、お腹いっぱい食べられるんだろ?―
―みんなにも、食べさせてやれるんだろ?―
―なら……いいよ、やる―
―英雄が必要なら、俺がなるよ―
「先祖の決意と命を賭した活躍があったから、今のハーフリット族の平穏があるんです。だから先祖に平穏を与えられた私も、必要ならば、先祖と同じ役割を果たすべきだと思っています」
「それが、英雄か」
「はい。昔は昔で、今は今で、力を示さなくてはならない事情がありますから」
「味方の中であっても弱肉強食なのは、人族の国と変わらないんだな」
「そうなんですね。……あっといけない。冷めてしまいます」
ふと更に目を戻したエスターが、また少女の表情に戻ってお好み焼きを食べ始める。
「とっても美味しいですねっ。この作り方はご存じですか?」
「姫に聞けば、判ると思う。……聞いてやろうか?」
「ええ。多分食べ損ねているコリンにも、作って食べさせてあげましょう」
「あれ、下にコリンがいないってよく知ってたな?」
「今コリンは、罰則代わりに偵察任務にこき使われているんです」
「なるほどな……」
背後から、微かな羽音と風をザイツは感じた。
「ああ、それじゃあな。食べ終わったら皿は返してくれ」
「はい、御馳走様でした。魔王女殿下にもお礼を言わなければ」
「うん。……なぁ」
「はい?」
出っ張りを伝って下に降りながら、ザイツはエスターに問う。
「……英雄だから、躊躇しないのか?」
『家族』を殺す事を。
言葉にしないザイツの問いに、エスターは小さく息を吐き、前を向く。
「……辛くねぇの?」
「……考えないようにしています」
エスターの答えに肩を竦め、ザイツは管制塔の裏側に向けて、下って行った。
「――……お嬢様」
「あ、やっぱりいた」
「うわっ?!」
そして管制塔の裏側かなり後方から、エスターを見ているワイバーンに乗ったコリンを見つけた。
「こっそり見てるなよコリン、格好悪いなぁ」
「う、うるさい人族っ! ちょっと報告で戻っただけなんだぞっ。まだ仕事なんだぞ」
「はいはい、ご苦労様」
必死の形相のコリンに苦笑しながら、ザイツはふと頭に浮かぶまま、言葉を続ける。
「……英雄なんて、ただの女一人には重すぎる肩書きだろ」
「……え」
――必ずお前が支えろよ。
一人言のように言うと、ザイツは酷く感傷的な気分になりながら、下へと戻った。
『……考えないように、なんて一生できる事じゃねぇだろうが』




