70 美味しい光景だが何かがおかしい
エスター小隊と魔王海軍が誇る最新鋭設備を駆使した追跡虚しく、バロークの町襲撃を阻まれたワイバーン・オレンジ七号は、夜闇と雲影に紛れるように飛びながら、戦闘区域から逃走していった。
「黒幕――つまり、オレンジ七号は誰かに、町を襲撃させられているって事ですか?」
「オレンジ七号が無理矢理させられてんのか、利害の一致で共闘してんのかは、まだ判らないけどな。……だがいずれにしろ、オレンジ七号が今、一匹じゃない可能性は高いと思う」
「どちらにせよ……その犯人は許せませんねっ! オレンジ七号を実行犯にして、こんな騒動と迷惑を引き起こすなんてっ!」
戦闘区域の実況検分に向かう魔王海軍に便乗し、小型高速船でバロークの港にやって来たキョウは、港を見渡しながらそう言うと、真剣な顔で拳を握った。
「あー……確かに夜中にこれは、ご近所迷惑ってやつだよな」
ザイツも頷き、日付がもうじき変わる深夜の港を見渡す。
上空で戦闘が起こったバロークの港は、運か、それともエスター小隊の実力か、魔法やブレスによる大きな破壊こそなかったものの、魔王軍の高速船に囲まれて船灯に照らされ、大変物々しい様子になってしまっていた。
「ああ……これじゃあ魚が逃げちまってるよ……」
「貴重な夜漁の時期だってのに……いや、もう少し遠出すればなんとか……」
【襲撃の実況検分が終わるまで、港の利用及び立ち入りを禁じる。そこの漁師達、大人しく船を下り、事情聴取後帰宅するように】
「ま、待てよ!! 仕事させてくれ!! こっちは生活がかかってんだよ兵隊さん!!」
【逆らうなら相応の対処をするが?】
「ひぃっ! さっ逆らう気はねぇよ!! だがせめて明日の仕込みだけでも――」
【早くしろ!】
「横暴だぁ!!」
またもやオレンジ七号を取り逃がし、続く騒動に苛立ちを隠せないマーマン族の水兵達。
そんなマーマン族の水兵に追い立てられ、悲鳴を上げながら船を下ろされる漁師達。
その漁師達の安否を気遣い、建物の影から港の様子を恐る恐る伺う女子供達。
襲撃犯が小さな港町と町人の生活に与えている影響は、ザイツの目から見ても深刻だった。このままではより深刻な騒動に発展しかねないだろうと、ザイツは関係各所に同情する。
「――ただ幸か不幸か、黒幕か共犯者の存在のおかげで、魔王海軍は今まで以上にオレンジ七号を生け捕りにしたいと思ったはずです」
「えっ、本当ですかっ?」
「はい。黒幕か共犯者の、動機や背後関係を洗いたいでしょうからね」
一方、冷静な視線で港を眺めながらそう言ったのは、ケイトだった。
「動機? 背後関係? ……物盗んでるんだから、犯人は泥棒じゃないんですかケイトさん?」
「その可能性もありますが。そうじゃない場合もあると思いますよ姫様」
「そうじゃない場合……あ! 人に嫌がらせして喜ぶ変質者、愉快犯とかっ?!」
「……まぁ、その可能性もありますが。おそらく魔王軍は、もっと具体的な事を危惧するでしょう。ですよね、ハウルグ卿?」
「ああ、そうだなぁ……」
港を遠巻きに眺める町人達を眺めながら、ハウルグも頷く。
「殿下、ここは敗戦直後の不安定な占領地です。再び争乱を起こしたい連中にとっては、恰好の火種になるんですよ」
「……争乱?」
キョウは不可解な表情で首を捻る。
「なんで争乱を起こすんですか? 折角戦争が終わったのに?」
「そりゃあまぁ……まだ戦争が終わって欲しくなかった奴等や、勝敗や戦果が気に入らなかった奴等や、戦争が終わった事を理解してない奴等があちこちにいるからでしょうね」
「そんな勝手な理由で、敗戦後生活を一生懸命立て直している人達の町を荒らすんですか?」
「そんな可能性も、残念ながらあるって事です」
そう返し肩を竦めたハウルグを、心底嫌そうな顔で睨みキョウは言う。
「もしそんなのが犯人の動機だったら、最悪です」
「同感です。ジェレミアもそう思ってるでしょう、だからあいつも多分、そういう可能性に思い当たり危惧しています」
ハウルグの視線の先では、ワイバーンから降りたエスターと、エスターから報告を受けているジェレミアの姿があった。
「エスター小隊、任務完遂に至らず、目標を取り逃がしました」
「結果的に、目標を殺さなかった事は良かっただろう。……どうやらこの一件は、オレンジ七号の単独犯行ではないらしいぞエスター少尉。より綿密な、背後関係の調査が必要だ」
「はい」
「それに町を略奪の被害から守るという、最低限の目的は果たされている。戦闘経験は次に活かし、引き続き任務に当たれ」
「了解いたしました」
どうやらジェレミアもエスターも努めて動揺を態度に出さず、冷静に現状を対処しているようだった。
そんな会話中にふと、ジェレミアが気遣わしげな表情になる。
「……負傷者達は現在治療中だが、君は大丈夫なのかエスター少尉? 自分達ごと攻撃させるなど、無茶が過ぎるぞ」
「衝撃はありましたが、問題ありません。隊員達が放ったブレス攻撃は、みな正確にオレンジ七号にのみ着弾しました」
「だが一緒にいた君の後部魔撃手は、現在魔力の風圧による全身打撲と裂傷で治療を受けているではないか。至近距離から高密度魔力の塊であるワイバーンのブレスを炸裂させられて、無事のはずがない」
「サファファ巫兵長には悪い事をしましたが、私は大丈夫です」
「……」
「……?」
難しい表情のジェレミアが、片手をエスターの額へと向けた。
「――ぐっ」
そしてジェレミアの片手はそのまま、強くエスターの額を突き飛ばす。
『あっ』
ザイツは力に堪えようとしたエスターが一瞬、凍り付くように表情を強張らせ、小さな悲鳴を噛み殺すのを見た。
「――やはりだ。激痛で立っているのも辛いのだろう?」
「……いいえ」
「誤魔化すな。適切な治療を後回しにして動き回れば、痛みは増して行くばかりだぞ」
倒れかけるエスターを支え、更に抱き上げながらジェレミアは不機嫌な声で言う。
「ですが今は、小隊長が休んで良い時ではありません」
「無理を押さなくてはいけないほど、事態が緊迫しているわけでもない。なんのために指揮代行可能な副官がいると思っている?」
「……」
「常に余裕ある態度で部下を指揮できるよう、体調を整えておく事も士官の大切な務めだ。――命令だ、休め」
「……了解いたしました。申し訳ありません、ジェレミア閣下」
「構わん。お前が頑固な娘なのは、昔から知っている」
そっけないがどこか暖かい口調でそう返したジェレミアは、エスターを抱きかかえたまま、怪我人が運ばれていた船へと戻って行った。
「あの……ジェレミア閣下、私は歩けますが……」
「うっかり転ばれたら、症状が悪化する」
「そこまで迂闊ではありません」
「どうだろうな。ハーフリット族はしょっちゅう、甲板を転がってる気がするぞ?」
「それは船が揺れるからです。……あとは揺れに合わせて自分で転がって、遊んでいる事もありますが」
「……つくづく、子供か」
「……申し訳ありません」
遠ざかって行く二人の会話はよく聞こえなかったが、ザイツにはそれなりに楽しそうに見えた。
「……ちょっといいなぁ」
「え?」
ザイツが横から聞こえた声に振り向くと、そこには何故か少々目を輝かせたキョウとケイトが並んでいた。
「長身のイケメン騎士様にお姫様抱っこされる、異種族のかわいい女の子……コバル○か少女漫画みたい。なかなか絵になりますよねケイトさんっ?」
「ふむ……確かに。脂ぎった中年親父か助平爺さん辺りが同じ事をしたら、性的嫌がらせにしかなりませんが……これが、美形騎士補正というものでしょうか……」
「……」
女達って、よく判らないポイントで喜ぶよなぁ……、と思いながら、ザイツは一歩キョウ達から離れた。
「お~いケイトケイトぉ~、ここにも美形騎士美形騎士。憧れるならヤってやろうか~? お姫様抱っこ~♪」
「手つきと目つきがいやらしいおっさん騎士からのお申し出は、謹んでご辞退申し上げます」
「ははは。慇懃無礼につれねぇなぁ……っと?」
「ん?」
一方、相変わらずケイトを楽しんでからかったハウルグは、何かに気付いたのか視線を船影になっている夜空へと向けた。つられたザイツもついでに見上げる。
「……あれ? コリン?」
「……」
いつの間にか停泊している高速船の上にワイバーンと一緒に乗っていたのは、ワイバーン飛行士の装備を身につけたコリンだった。後ろには相棒のルビビもいる。
「お前まさか、また脱走してきたのか?」
「そ、そんな事はしてないんだぞっ。手が足りなくなったからって、早めに出されたんだぞ」
「ああ、なるほど。……確かさっきの戦闘で、四騎くらい撃墜されたっけか」
「命に関わるような怪我をした隊員やワイバーンはいないけど、安静にしていた方が良い負傷者が数名出たって……」
「そうだな。無茶したエスター少尉も、そうみたいだし」
「……」
ザイツの言葉に、コリンは沈黙する。
「……コリン」
「……」
遠目な上暗がりで、ザイツにはコリンの表情は殆ど見えない。
だが黙り込み俯く小さなハーフリットが、今どれほど落ち込んでいるのかは、先程少し会話しただけのザイツにも、なんとなく察する事ができた。
「……俺」
「……うん」
「……俺、また……何もできなかったんだぞ」
コリンの肩が、小さく震えた。
「……懲罰房送りになってなかったら、一緒に戦えたんだぞ。……一緒に戦えたら……きっと少しでも……隊長の力になれたんだぞ」
「あぁ……まぁ、な」
否定できず、ザイツは曖昧に頷く。
作戦本部からの情報で、戦闘中真っ先に撃墜されたのは、コリンの代理で小隊に臨時編入された飛行士が乗っていたワイバーンだったとザイツは聞いている。
『代理じゃやっぱり実力不足だったんだな。こいつは飛行士として実力者らしいし、確かに一緒に戦っていれば、エスター少尉の力になってただろうに……』
コリンにしてみれば、今まで迷惑をかけてきたエスターに汚名返上ができる機会。
だが不始末のせいで懲罰房送りになっていたコリンは、その機会を逃してしまった。
「……俺って、どうしてこうなんだぞ……」
タイミングが悪かった、の一言では済ませられない後悔を滲ませながら、コリンは顔を上げ――ジェレミアに運ばれているエスターを見つめた。
「……」
船前で地面に下ろされたエスターは、ジェレミアを見上げて何事か言い、頭を下げる。
頷いたジェレミアは、顔を上げたエスターの頭を、ぽんと軽く撫でた。どことなく嬉しそうだ。
「あー……いやほらコリン、あの色男マーマンには、変な意図はないと思うぞ?」
「……」
「……だってな、普通サイズ種族の男が、お前達ハーフリット族の女に変な気起こしたら、それこそ犯罪者めいてるし……幼児性愛者とか言われちまうし?」
「……」
柄にもなく慰めようとしたザイツだが、コリンは再び俯くと、ワイバーンの操縦桿を握り指示を出した。
ワイバーンはコリンに応えて一吠えすると、大きくはばたき飛び上がる。
「……任務に、戻るんだぞ」
「あ、おい……」
「大丈夫なんだぞ。変な事は考えないんだぞ。……今は、できる事するしかないんだぞ。……それもできなかったら、もう今度こそ、エスター隊長に合わせる顔がないんだぞ」
ザイツが言葉を返す前に、コリンは夜空へと飛び去って行った。
「……やれやれ」
「……コリン君……」
コリンに気付いたキョウも空を見上げ、呟く。
「……乙女の夢的には、ヒロインを一途に慕ってくる年下の男の子も、需要あるんですけどね」
「いいかげん、その夢世界から戻って来てくれねぇか姫?」
「ですね、つい目に美味しい光景にうっとりしてしまいましたが、そんな事をしている場合ではありませんでした」
「おいしいて……」
すみません、と真面目な顔に戻ったキョウは、ザイツらを見返し言葉を続ける。
「――話を戻しますがとにかく、魔王軍にもこの町にも大迷惑をかけた上、オレンジ七号が殺されかねないこの状況を企てた黒幕がいるとしたら、見逃せませんっ」
「ということは?」
「ということで……私達がこの事件解決に、協力できたらいいなと思います」
まぁそうだろうなと思いながら、ザイツはやや諦めの気持ちで首を振る。
「見た感じリリエの『おエルフ様』の時と違って、あの色男マーマン……じゃなくてジェレミア閣下は、真っ当に事件に対応しているようだぜ?」
「そうですけど。でもジェレミアさん達は魔王軍で、基本的に魔王の国の利益のために動いていますよね」
「それはそうだな」
「……彼らは魔王軍の利益になるならこの事件を解決するため、この町の人達を必要以上に押さえ付けたり、オレンジ七号を殺してしまったり……する事もあるんじゃないかと思って」
「……ありそうだな」
「ありそうでしょう?」
ザイツは頷く。マーマン族は美しい女を略奪された過去から、大の人族嫌いだ。その必要があれば、町人達への残酷な拷問くらい躊躇無くやるだろうとザイツも思っている。
「でももしそうなってしまっても、私達がいれば、暴力はいけませんと止められると思うんですよっ」
「……」
暴力はいけませんと突撃したキョウに吹っ飛ばされるジェレミアを、ザイツは幻視した。
そしてそれを止める力を持たないザイツは雇い主には逆らわず、最小限の労力でなんとかなるだろう方法をさっさと選択する。
「――じゃあ、そういう事なんでがんばれ、名探偵ケイト」
「――えっ?」
こうして魔王女一行は、黒幕がいるかもしれない、ワイバーン襲撃事件を調査する事になった。




