68 恐怖するが何かがおかしい
甲板のハーフリット達に、キョウが手持ちの菓子パンを全て食べられてしまう頃には、バロークの町はうっすらとした夕闇に包まれていた。
そろそろ一旦町に戻り、宿の手配をと考えていた魔王女一行は。
「オレンジ七号襲撃の影響で住民達も苛立ち、夜のバロークは小さなトラブルが頻発する不穏さです。今宵はどうぞ、エギーリャの来賓室に御逗留下さい」
というジェレミアの言葉で、その晩は飛空母船エギーリャに一泊する事になった。
「何もございませんが、新鮮な魚料理だけはご満足いただけると思います」
更に付け加えたジェレミアの言葉は、ハウルグ以外の一行を大いに喜ばせた。
「おや、ハウルグ卿は魚は苦手ですか?」
「肉の方が好きなんだよなぁ。……お前狙ってる時と同じく、本能と血が猛るからよ~ケイト~♪」
「貴方も懲りませんねぇ。――サラマンダー!」
「――ごっ?! 護衛殿ぉ!!」
「――えっ?」
好色に寄ってくるハウルグに火の精霊を放ったケイトは、そのすぐ後に、船内は無駄な火気厳禁と、ジェレミアから怒られる事になった。
そしてその夜。
「――うわぁ。本当に美味しいですねぇザイツさんっ、この焼き魚っ」
「うん……当たり前だが、干したヤツとは全然違うのな。すげぇ瑞々しい」
「よかったでありますなぁ、姫様っ♪」
魔王女一行は、魔王海軍の夕食に感嘆していた。
「へぇ~、俺は魚好きじゃねぇけど、これならいけるわ。魔王海軍は料理番の腕が良いとは聞いてたが、こりゃ本当に美味いな」
「そういうものなのですか? もしかして海軍は、美食家が多いのですかハウルグ卿?」
「いやいや、そうじゃねぇのよ。海軍は航海に出れば、長期間船内で暮らす事も珍しくないからな。それでそんな時、ずう~っと不味い飯喰わされたら、海兵達の不満が爆発するだろ?」
「それは確かに。不味い料理人だったら殺意湧きますね」
メニューは塩振りで焼いた赤身の魚に貝類のスープ、海藻サラダにパンと贅沢なものではなかったが、それぞれ素材を吟味され丁寧に料理された事がよく判る、良質なごちそうだった。
「でも、色んな種類を食べたいハーフリット君達には、魚ばっかりは辛かったみたいですけどね」
「ん?」
食事が来る前に、こっそりハーフリット達が走って行った兵舎の食堂を覗いてきたキョウは、その様子を思い出したのか、クスリと笑う。
「マーマンさんに、訴えていたんですよ」
―また魚なんだぞ~っ―
―味はともかく、たまにはお肉が食べたいんだぞ~っ―
―こらお前達、贅沢言うんじゃないっ。美味い上身体にも良い、魚は最高だろうがっ―
―だってだって、陸軍配属になったトム達は、毎日お肉だって言ってたんだぜっ―
―トロール部隊の隊長さんは、毎日こ~んなに大きな焼肉を食べさせてくれるってっ―
―うちはうちっ、よそはよそっ!!―
―言い方がおかーさんなんだぞ~っ―
―じゃあたまには、よその子になりたいんだぜおかーさん~っ―
―五日に一度くらい、肉を要求するんだぜおかーさん~っ―
―誰がおかーさんかぁ!! せめておとーさんにせんかぁ!!―
「あははは。本人は否定してましたけど、マーマンさん達の物言いって、ハーフリット君達のお母さんみたいでしたね~」
「マーマン海兵達も大変だな。……しかし、ここのメニューには肉がでないのか」
「魚ばっかりの食事事情は、やっぱり種族特有なんですかね? ……うーん、味付けや調理法を変えるだけで、ある程度のバリエーションは確保できると思うんですけど……」
フォークとナイフで器用に焼き魚の身をほぐして口に運びながら、キョウは考える。
「塩焼き照り焼き、煮魚に唐揚げ……マヨネーズと野菜を加えてホイル焼き……とか。あの辺は王道として」
ほいるって何だろうと思いながら、ザイツはなんとなくキョウの話を聞く。
「……そういえば、このブリとサンマが混ざったみたいな食感のお魚は、お刺身も合うかもしれないなぁ」
「オサシミ? ……そういえば前も聞いたような気がしたが、食べ物なのかそれ?」
「食べ物っていうか、食べ方ですよザイツさん」
キョウは嬉しそうに笑い、ザイツに教えた。
「平たく言うと――生です」
「――――――――な、ま?」
キョウの言葉に、ザイツは思わず顔を強張らせる。
ザイツには、死肉をそのまま食べるという感覚は、理解できない。
「え……と、肉、を? そのまま? ま、丸かじり?」
「いえいえ~、切り揃えて、贅沢な場合頭とか骨を器にして、その上に並べたりとかですね~♪ 尾頭付きお造り、いいな~♪」
「――あ……頭とか骨の……器……」
更に殺した生き物の頭や骨を器にするという所行は、はっきり言って怖い。
「そういえば、生きたのをそのまま食べる、躍り食いなんてのもありますね。私はやった事はありませんでしたけど、一度くらい試してみたかったかもしれません。あははは」
「――――」
ザイツは阿鼻叫喚の地獄で喰われる人族と、愉悦の笑みを浮かべその血肉をすする魔族の姿を幻視してしまった。
「……どうしました、ザイツさん?」
「……ひ、姫」
「はい?」
「…………お、俺は美味くないから……食べたくなったらケイトで頼む」
「え?」
ザイツは、とりあえず保身に走った。
「おいぃ?! よく聞こえなかったが、今私を売らなかったかザイツ?!」
「すまんケイト。でも俺は喰われたくない……」
「喰われ?! 一体なんの話だ?!」
「え? ザイツさんちょっとちょっと? え? 無いですよそんな。あれは魚限定ですってばっ」
「マゾクコワイマゾクコワイマゾクコワイマゾクコワイマゾクコワイマゾクコワイ……」
「だから誤解ですってばー!!」
恐ろしい誤解が解けるまで、数分かかった。
「俺もケイト食べたいぜ~? 違う意味で♪」
「船内は火気厳禁か……ふむ、これはよく刺さりそうなフォークですなぁ」
「そう言って構えるお前は躊躇無いぜ~」
――そんな和やかな一時を破ったのは、突如船内に響いた、けたたましいベルの音だった。
「ひゃっ?!」
「っ! なんだ?!」
「――ああ、緊急出撃コールのようですね」
「出撃ですかっ? もう夜なのにっ?」
「おそれながら殿下、襲撃の多くは真っ暗な夜するものですよ」
驚くキョウとザイツを宥めるようにハウルグはそう言うと、席を立って廊下を覗いた。
「現れたんだぞ!! 現れたんだぞ!!」
「急ぐんだぞ!! 急ぐんだぞ!!」
【目標バローグ中央街に接近中ー!!】
【滑走台準備ー!!】
そんなハウルグなど視界にも入れず、ヘルメットを抱えたハーフリットやマーマンが大勢、狭い廊下を走っていく。
「どうやら、おいでなすったようだな」
「目標……」
同じく廊下をのぞいたザイツも、何が起こったのか理解できた。
「――オレンジ七号だな? おっさん」
「だな。さて、今度こそなんとかできると良いんだがなぁ」
「一応、目標接近の伝達は早いみたいだけど」
「飛空母船エギーリャの管制塔機能なら、バロークの町周辺までは監視区域にできる。竜を目標地点まで飛ばす滑走台も最新型だし、これ以上の出撃拠点はねぇよ」
「竜を、飛ばす?」
「ああ、……そうだ、管制塔側廊下の隅なら見られるな。こんな機会めったにないし、来るか?」
そう言うとハウルグは手招きし、さっさと歩き出した。
「あっ、私もいいですかハウルグさんっ」
「我輩も行くでありますっ」
「魔王海軍のお邪魔になりませんかね? 見つかって怒られたら謝って下さいよハウルグ卿っ」
「平気だぜケイト~。あそこは海軍との合同演習中、サボるために見つけた場所だ♪」
「真面目に仕事なさい選良騎士!!」
つられたように追うザイツに、キョウ達も続いた。
ハウルグは甲板に急ぐ人混みを上手く避け、大小様々なパイプが剥き出しの細い廊下をいくつも抜け、暗がりを進んで行く。
「――ほら、こっから甲板が見下ろせる」
「お、おおぉ……」
連れて来られたのは、廊下のパイプと掃除用具倉庫によって、隠れたようになっている小さなはめ込み窓の前だった。
窓を覗き込み、ザイツは思わず感嘆の声を漏らす。
「――引け引けぇー!!」
「小隊配置完了!! これより発射態勢に入る!!」
暗闇を照らす松明群の灯りに照らされ、先端を甲板からゆっくりと上空へと向けるのは、クロスボウのような形をした、巨大な発射台だった。
「あれで、ワイバーンを上空に撃ち放つんだ」
「……ワイバーン飛行士は、弓矢ってわけか」
「そう。軽量小型のワイバーンと飛行士達だからこそできる出撃方法だな」
飛行士が乗ったワイバーンが身体を丸めて矢を番える位置で体勢をとり、弓の弦に当たるぶ厚い金属網を、屈強なマーマン達が後方下へと引き絞る。
「普通に飛び立つ何十倍もの速さで飛び立ち、初速即最高速度にできる飛空母船の最新鋭設備だ。あのスピードに乗ったワイバーンには、ドラゴニュート族や竜騎士クレマンのレッドドラゴンだって追い付けねぇよ」
「け、けどそれだと、発射の風圧だってすげぇんじゃねぇのか? ハーフリット達が潰れたり吹っ飛ばされたりしないのか?」
「しない。それを抑えるのが、後方魔撃手であるゴブリンシャーマンの役目だ」
ザイツは発射台のワイバーンの身体が、うっすらと輝く卵型の魔防壁に包まれているのに気付いた。
「そうか、ゴブリンシャーマンの防御魔法なら、初速の衝撃からワイバーンと乗組員を守る事ができるのか」
「そう。ワイバーン、ハーフリット飛行士、ゴブリンシャーマン後方魔撃手、そしてサポートするマーマン族。全て揃って初めて戦えるのがワイバーン飛行部隊だ。……軍隊は総合力だってのが陛下の持論だが、良い見本だろう?」
「一体一体は弱いが、力を合わせればってやつか……それってむしろ、人族のやり方だったんだけどな」
それを理解した魔王軍に、旧弊な特権階級が威張り散らすゼルモア神聖教国の軍隊では勝てなかっただろうとザイツは思った。
「そうそう。……だから、その人族っぽい所が気に入らないって腐る魔王国のお偉方も多いんだけどな。……個人の武勇を誇る、ドラゴニュート族とか」
何かを思い出したか、ハウルグは嘲るような笑声を漏らし首を振った。
【――あっ、ハウルグ様!! 殿下までお連れして、何をなさっているのです!!】
「うぉ!! ……えーと、誰だっけ?」
「あ、確かウーゴ准尉ですよハウルグ卿」
「コリン達を捕まえに来たマーマン海兵だ」
「ああ、……もしかして作戦本部にもいたか?」
【おりましたとも!】
そのハウルグの背後に、突然大柄なマーマン、ウーゴ准尉が現れる。
「お前もサボりか?」
【目下作戦行動中であります!! この前を通り過ぎようとした時、無人のはずの場所で声が聞こえたため、確認したのであります!!】
お前と一緒にすんな、と言外の声が聞こえてきそうな勢いで、ウーゴは答える。
「あ……そういや、防音効果はなかったなここ」
「なかったなじゃないですよハウルグさんっ。……す、すみませんウーゴさん……急に船が騒がしくなったので、心配になってしまって……」
「おお魔王女殿下!! これはお見苦しい所を!! ご無礼をお許し下さい!!」
幸いハウルグよりも敬う対象であるキョウのすまなさそうな態度に、ウーゴは恐縮して頭を下げた。
「確かに、姫君には馴染み無いこの状況、さぞ恐ろしかった事でございましょう。どうぞ作戦本部にいらして下さい。ここよりも遥かに、安心できます」
「えっ、いいんですか? でもご迷惑じゃ……」
「行きましょう殿下」
「ハウルグさん?」
「オレンジ七号とエスター少尉の事を気になさっているなら、多少図々しくでも状況は把握しておいた方がいいでしょう」
「そこは私も、ハウルグ卿に賛成ですね。……事件について無知では、どうする事もできません」
「ケイトさん……そうですね。ウーゴさん、お邪魔はしませんから、どうぞ連れて行ってください」
「かしこまりました」
ウーゴが恭しく頭を下げた時、ザイツは窓から鋭い影がいくつも上空に突き抜け、一瞬で消えて行くのを見た。
「――っ……はえぇ」
ワイバーン飛行隊が、一斉に飛び立ったのだった。
窓を見上げ確認しても、ワイバーン達の輝きはすぐにザイツの視界から消え、夜空にそれを捜す事はできない。
『あのエスター少尉が、出撃したのか。……懲罰房のコリンは、居残りだろうけど。……これで彼女に何かあれば、ますますコリンが落ち込むだろうな……』
ザイツは多少懲罰房の生意気なハーフリットを心配しながら、内されるキョウの後に続き、エギーリャの作戦本部へと向かった。
キョウ「ちなみに(カニなんかは)縛って生きたまま茹でて……」
ザイツ「キキタクナイキキタクナイガクガクブルブル(((( ;゜Д゜))))」




