7 クエスト申請をしたが何かがおかしい③
「魔国の姫君はこちらか?!!」
そう周囲が震えるような大声で言いながら客室へと入って来たのは、華やかでみるからに高性能だろう白銀の鎧甲冑の一団だった。――正しくは鎧甲冑を身につけた大柄な男達の一団だったが、ザイツの目にはまず、同性の容貌などよりはるかに魅力的な鎧甲冑が映った。
「我が名はジルベルド・テンベルク・レオン・ギ・デ・カトラ!! クローディ魔王女殿下!! カトラ王第三子、そしてカトラ王国金鷹騎士団団長であるこの私が、魔王女殿下の御旅の安全をお守りするため、ここに参上致しました!! 冒険者などという野卑な護衛を雇うより、どうかこの私を頼りになさって下さい!!」
「っ……え、えぇ?」
いつの間にかもう一度自分のマントを握り締めながら、戸惑ったように入口を見返すキョウ姫の前に立って、ザイツは自信満々で自己紹介する鎧甲冑を観察した。
『……鎧は鉄と鋼……そして稀少鉱石ミスリルを練り込んだ合金白銀製。強化を兼ねた金色の甲冑装飾はドラゴンの爪、鎧下の胴衣はあの光沢と鱗の具合からして多分フロストドラゴンの皮かな。……魔法防御用の魔石や護符は無いようだが、俺の見立て通りなら物理耐性だけで大した一品……白金貨5枚は下らない、とんでもねぇ豪華武具だ。こんなの付けた骸が戦場に転がってたら、略奪したい傭兵や盗賊共の取り合いで大騒ぎになるぜ。というかむしろ俺が略奪したい……剥ぎ取りたい』
のんびりと物騒な事を考えるザイツだったが、キョウは豪華鎧甲冑(の男)に驚いたのか、不安そうに羽根を縮めてザイツのマントの影に隠れ様子を伺っていた。
そんなキョウに引っ張られるように、ザイツはキョウを隠したまま、そっと部屋の隅に下がった。
「ん? ところで姫はいずこか……」
「――お待ち下さいジルベルト王子殿下!!」
そのため一瞬目的のキョウを見失っていたらしい豪華鎧甲冑(の男)に、厳しい声がかけられる。
「何故貴方様が、魔王女殿下が旅をなさる事、そしてこのカトラ王国シュネイ町で護衛を雇うという事をご存じなのですか?!!」
「む……」
『おや?』
跪いたまま厳しい表情で豪華鎧甲冑(の男)へと声を発したのは、冒険者ギルド・シュネイ町事務所所長だった。
「クローディ魔王女殿下の道中護衛は、魔王女殿下自ら我ら冒険者ギルドに申請なされた正式な依頼です! いかにカトラ王家といえども、クエスト情報を不用意に得た上でそこに干渉するなど、冒険者ギルドに対する越権行為ではありませんか!!」
「……」
先程までどちらかといえば温厚な物腰だった事務所所長の剣幕に、鼻白んだのか豪華鎧甲冑(の男)は僅かに沈黙した。
「控えい! このお方をどなたと心得る!! いかに冒険者ギルト所属といえども、お前がカトラの臣民である事は変わらんのだぞ!! 王家の権威を軽んじるか!!」
「ご無礼致しました。――なれど、事はギルドの権限と信用に関わる大問題でございます。ご返答いただかねば、私はギルドの事務所を預かる身として、退く事はできません!!」
豪華鎧甲冑(の男)の背後に立つ鎧甲冑(の男)の居丈高な言葉にも一切怯まず、事務所所長は言い切る。
『……ああ、確かに中立を掲げている冒険者ギルドの――特に依頼人の情報が特定の王家にダダ漏れなんて事になってたら、信用無くすもんな』
そんな事務所所長の怒りが、ザイツにも理解できた。
依頼人と依頼人の申請クエストは、言わば依頼人が冒険者ギルドを信用して預けた極私的な情報だ。例え王家といえども、それを部外者が簡単に覗き見るような事ができてはその信用が揺らぎかねない。
「……心配するな冒険者ギルド・シュネイ町事務所所長」
事務所所長の本気が伝わったのか、豪華鎧甲冑(の男)は少々落ち着いた声になって事務所所長に答えた。
「私は冒険者ギルドの誰かから情報を得たわけではない。お前達からの情報漏洩などに頼らなくても、クローディ魔王女殿下のご来訪に関する諸々の事は、全て我らカトラの騎士団が誇る情報網から得る事ができた」
ほんとかよ、と疑いながらもザイツはここに来るまでにキョウが『やらかした』事を思い出し、できるかもしれない、とも少しだけ思い直す。
「……失礼ですがそれは、どういった情報だったのでしょうか」
「ふん、そこまで詳細を問いただすは、騎士団に対するそちらの越権行為だろう。それとも貴様、カトラの王子たるこの私の言葉を疑うのか?」
「……いいえ、そのような事はけして」
『……キョウ姫は国境付近の村人達に、堕天魔族の姿で挨拶して逃げられまくってたって言ってたしな。……誰かが『堕天魔族が来た』とカトラ騎士団の詰め所にでも通報すれば、騎士団はそこから情報を辿る事はできるかもしれない。……カトラ騎士団の情報の伝達速度にもよると思うが……』
「……ふふ」
「ん?」
すると、そんなピリピリする周囲とザイツに苦笑するように、横から微かな声が漏れた。振り向くといつのまにかキョウの更に後ろにはケイトが立っており、冷めた様子で豪華鎧甲冑達を見ている。
「……ケイトさん?」
「……何かあんのか学者ねーちゃん?」
「――いぃや? 私とてカトラ国民だ。下々の身としては、王家の王子様のお言葉に異を唱えるなどとてもとても恐れ多くて……」
「嘘つけ」
――建前と本音。言葉の内容ではなくそこに込めた空気で、ケイトは能弁に王子への不信を伝えていた。
言葉の内容と言いたい事とは、ここまで切り離せるのかとザイツは感心しつつ、初めて豪華鎧甲冑の中身である男を、どんな人間なのかと良く見てみる。
「――とにかくだ。高貴な生まれ育ちであるクローディ姫が、下々の最たる冒険者などというヤクザ者共と共に旅などできるはずがなかろう! 姫はこの私がお守りして、諸国にお連れする!」
「お、王子殿下、ですがこれはギルドが受けた正規の……」
「だから貴様らギルドは手を引けと言っておるのだ!! 姫は人族が今後友好を築いていかなければならない、次期魔王であらせられるのだぞ! グランツァー大陸の平和と安寧のためにも、姫の旅路に協力するのは誇り高き人族の王族をおいて他にあるまい!! 下賤な冒険者などの護衛では、どんな無礼を働くか判ったものではないわ!!」
そう言い放った男――ジルベルトはようやく部屋の隅に避難していたキョウに気付いたのか、顔を上げて視線を向けた。キョウの前に立っていたザイツも、向き合うような形でジルベルトを正面から見た。
『へー……こいつが王子様か』
長身の堕天魔族であるキョウよりも頭一つは大きい恵まれた体躯に、よく焼けてはいるが白い肌と金髪碧眼、そして少し飛び出た広い額と高い鼻を持つ彫りの深い美青年を眺めたザイツは、豪華な鎧甲冑がよく似合う派手な顔だと感心する。
『役者か、英雄譚の挿絵みてぇだな。……なるほど……よく判らんが、とにかくすげー偉そうだ』
ジルベルトはキョウの前に立つ冒険者など視界にも入っていないのか、ザイツの後ろに見える白い羽根をただ見つめて表情を輝かせた。
「おお!! そんな所におられましたか姫君!!」
「――ひぇっ」
小さなキョウの悲鳴と共に、ビクリとザイツのマントを握る手が震動した。
同時に強く抱かれたのか、『痛いです姫様ー!』という魔烏カンカネラの悲鳴も聞こえる。
「……美しい。夜闇を優しく包む月明かりのごとき、気高くもたおやかな姫君の麗しいお姿を拝し、このジルベルト感激に打ち震えております」
「え? ……ぁ……はぁ……そ、そうですか……」
優美な足取りで近づきながら、ジルベルトはうっとりとした甘ったるい表情を浮かべて言葉を紡いだ。
一方ザイツの後ろにあるキョウは、ジルベルトの賛美に酷く居心地悪そうにしながら、曖昧な言葉を返している。
「お初にお目にかかりますクローディ姫。尊くもか弱い御身をお守りするべく、カトラ王国第三王子たるこのジルベルトが剣を捧げに参りました。どうかこの私を、旅の護衛としてお連れ下さい」
「い、いえ……あの……お気持ちだけで……も、もう……護衛の冒険者さんは頼みましたから……」
「おお姫、どうか冒険者と旅をしようなどという、無謀な事はおやめ下さい。奴等は善悪の別無く、金で卑しい仕事をする無頼の輩です。尊き御身に、いつ汚らわしい災難が降りかかるやもしれませぬ」
「そ、そんな事無いと……ざ……ザイツさんはいい人だと思いますし……」
「……ザイツ、というのがその下賤者ですか?」
「……ざ……ザイツさんは下賤者なんかじゃなくて……冒険者さんですから……ええと……」
『……怖がってんなぁキョウ姫。……いや、怖いかもなぁ。……コイツ色男だけど――嫌な目をしてやがる』
次第に言葉尻が弱まる、自分のマントを握って離さないキョウの様子を背後に感じながら、ザイツは近づいてくるジルベルトを見返して思わず肩を竦める。
若い娘達がこぞって魅入られ恋に落ちそうな容貌でありながら、キョウに華やかな笑顔を向け優しげな声で話しかけるジルベルトの大きな碧眼には――どこかギラギラとした獰猛な欲望が宿っているように思えた。
『略奪前の傭兵とか盗賊とか……いや、なんでか、ヒヨコを見つけて丸呑みしようとしてた蛇を思い出した。……外見で誤魔化されなきゃ、あんな目で見られれば怖いだろうよ』
そんな事をザイツが考えているうちに、ジルベルトと従う騎士達は、ザイツのすぐ前に立ち。そのままキョウの前に立つ邪魔者を見おろすジルベルトの目は、酷薄に眇められる。
「下がれ下郎。クエスト取り下げの違約金程度は払ってやる。卑しい冒険者風情は、すぐにこの場から立ち去るといい」
「……」
まるで野良犬でも追い払うような声で、ジルベルトは不快そうにそう言った。
――それをどうやって断ろうかと、ザイツは俯いて騎士達から視線を逸らしながら考えた。
『『やだ、依頼の受諾はギルドが先なんだ、あんたらこそさっさと失せろ』……じゃあ、やっぱダメだろうな。相手お偉いさんだし。……ここはなるべく丁寧な口を聞いて、できるだけカドが立たないように断わった方がいいはずだ……と思う』
ザイツの中で、自分のマントを握り締める背後の娘を見捨てるという選択肢は、先程からほぼ消えて無くなっている。
目上の命令に従うのがトラブル回避だとは判っていても、それ以上に今は、できるなら自分を信じると言ったキョウの護衛をしてやりたいと思っていた。
それがどういった感情からくるものか。――色々と怖いので、それはなるべく考えないようにして、目の前の騎士達への対応を考える。
『……あーでも俺、キョウ姫以外の王族とまともに話した事なんて無いんだよな。そもそも敬語? とか使った事ねぇし……でも使わないとやっぱり丁寧じゃねぇよなぁ……今まで聞いた丁寧っぽい言葉を混ぜれば……なんとかなる……か? ……丁寧……丁寧……うーん……』
動かないザイツに苛立ったのか、ジルベルトの背後に控える騎士達から声が飛んだ。
「何をボサッと突っ立っている!」
「よもや貴様、たかが冒険者の分際で、王子殿下の御意志に背く気ではあるまいな?!」
そのつもりだが、それを伝える言葉が判らず考え込んでいたザイツは、今この場で首が繋がったら、敬語を習おうと心に決めとりあえず顔を上げた。
すると更に騎士達は怒る。
「――っ」
「な! き、貴様!! 殿下の許しも賜らず顔を合わせるとは何事か!!」
「貴人の話は跪くか、略式でも敬意を示すため頭を下げたまま承るという礼儀も知らんのか!!」
『なにそれ知らねぇよ?!! ツラ付き合わせて話すのもダメなのかよ?!! なんだそりゃ!! ありえねぇくらい面倒臭ぇ!! 偉い連中なんぞと金輪際、もう二度と関わりたくねぇぞ!! ……あ、でもキョウ姫も偉いか』
いつも通り頭の中であれこれゴチャゴチャと考えながらも、結局言葉にする余裕も無かったので口を閉じ、ザイツはそのまま無言で王子以下騎士団の者達を、じっと見返す。
「……」
「な……なんと不遜な!!」
「貴様!!」
「ザ……ザイツさん……」
怒りを増す騎士達と心配そうなキョウの声を受けながらも、ザイツは沈黙を守った。
考えがまとまらないまま切羽詰まったら、とりあえず黙って余裕ぶった顔をしとけ、時間が稼げる。――というのが、独り立ちする前に世話になっていた傭兵団長の対敵術だったからだ。
お前の地味な扁平顔は、黙っているとどことなく胡散臭くてそれっぽく見える。という、褒められているのか貶されているのか判らない団長の言葉も思い出しつつ、ザイツは沈黙しながら頭の中で一生懸命『丁寧な言葉』を思い出し、返答を組み立てる。
『よし……これでいい……か?! と、とにかく基本は『ですます』でいくぞ!! それでそれっぽくなるはずだ!! 多分!!』
内心大いに動揺しながらも表情には出さず。
ザイツはようやく頭の中で作り上げた答えを、胡散臭く見えるらしい余裕ぶった表情で、ジルベルト達へと返した。
「――ご無礼致します王子殿下。ですがご命令には従いかねます。姫様の護衛は俺です。助平親父顔負けの下心でギラギラした貴方様はこれ以上姫様の視界に入れたくないので、騎士団の皆様と共に、お帰りやがっていただければ幸いです。さっさと失せて下さいお願いします」
「……」
「……」
「……」
「……」
――結果、数秒の沈黙が周囲を包んだ。――そして。
「き――貴っ様ぁあああ!!!」
「ななななんという無礼千万な冒険者だ!!」
「そこになおれ!! 手打ちにしてくれるわ!!!」
「おおおお待ち下さい騎士様方!! 魔王女殿下の御前で刃傷沙汰など!!」
「ザザザイツー!! 気持ちは判るけどそこでケンカ売っちゃダメだろー?!!」
「ほほう……実に慇懃無礼だな青年。ですます調でもここまで相手にケンカを売る事ができるのか」
「なんで感心してるんですかケイトさん?!」
酒場の客間は、爆発したような怒号と悲鳴と一部感心に包まれた。
憤怒する騎士の前で、屈辱のあまりか顔色を失って震えているジルベルトを見ながら、ザイツは自分が失敗した事を悟った。
「……すまんキョウ姫。穏便を目指してみたんだが、俺の付け焼き刃の敬語じゃ、やっぱり駄目だったよ」
「えぇ?!! 今の敬語のつもりだったんですかザイツさん?!!」
「うん」
驚愕するキョウの声を聞きながら、ザイツは内心途方に暮れて頷き。
「くっくくくく……下々の者にここまで愚弄されたのは初めてだ!!」
「……」
その耳に、地響きのようなジルベルトの声が響く。
「姫の御前で血を流す事は出来ん!! 表に出ろ下郎!! 我剣の錆にしてやる!!」
『うわ怖ぇ!! これ死ぬか?!!』
隠す事も無いジルベルトの猛々しい殺気に、ザイツは現実的な死の予感を感じ、最悪の事態を想像した。
『か、回避する方法は――なさそうだな!! って嫌だぞ!! あいつの剣なんて見るからに手入れが行き届いててよく切れそうじゃねぇか!! 冗談じゃねぇ!! 死にたくねぇ!!』
恐怖しザイツは内心で嘆く。
『……あーでも、選んで決めて失敗したのは俺だしな』
――ただ勿論死にたくはなかったが、やってしまった自覚はあったので、目の前に迫る危機にはある程度の納得ができた。
冒険者などをやっていると、ただ通りがかっただけで死の危険に遭遇するような不運も、別段珍しくはない。
『――にしたってやっぱり死にたくねーけどな!! あーどうしよ!! どうにかしてこの王子様から逃げねぇと確実に死ぬ!! どうする俺?!! 考えろ!! この危機を脱する手段をなんとか考えつくんだ!!』
おそらくこの場の誰よりも慌てふためきながら、ザイツは必死に頭を働かせた。
――もっとも。
「……」
「――貴様!! あくまでふてぶてしい態度を貫くか!!」
「王子殿下のお怒りの前に涼しい顔とは!! やはり冒険者は無頼者よ!! 覚悟するがいい!!」
あくまで沈黙を守る姿勢と、感情の起伏が出にくい表情のせいで、ザイツの恐慌が外に出る事は殆どなかった。
そのため騎士達は更に怒気を増し、すぐにでもザイツをひったてようと取り囲んで来る。
「来い!!」
「――っ」
ガントレットを装備した騎士の無骨な手が、乱暴にザイツの胸ぐら部分のマントを掴んだ――その時。
「やめて下さい!! 彼は困っていた私を守ろうとしてくれただけです!!」
周囲が驚くほど、強い声が飛んだ。
「っ……姫」
「控えなさいカトラの騎士ら!! 貴方方のその乱暴な振る舞いは、異国の王族たる私の前で、行うに足るものでしょうか?!!」
驚いたようなジルベルトの声にザイツが後ろを振り向いてみると、キョウはザイツの影から離れて全身を現した状態で、ジルベルトと騎士達を見返していた。
「こ……これは」
「……ご無礼を」
背筋を伸ばして立ち、冷たく感じるほど怜悧な美貌を張り詰めたように強張らせたキョウは、周囲が目を見張るほど気高く見え。その姿に気圧されたように、騎士達はザイツから離れて頭を垂れた。
それを確かめた後、キョウは静かな眼差しを下がらないジルベルトへと向けて言葉を続ける。
「貴方様もです、ジルベルト王子殿下」
「っ……クローディ姫」
「貴方様は突然冒険者ギルドと私の話し合いに乱入したあげく、一方的で強引な申し出を冒険者ギルドと私に押しつけてこようとなさいました。……いかにカトラ第三王子である貴方様といえど、これは非礼と誹られても仕方のない、軽率なお振る舞いではありませんか?」
まさか自分がここに来た事をキョウに非難されるとは思わなかったのか、ジルベルトは一瞬言葉を詰まらせた。
「……おっしゃる通りですクローディ姫。姫の御身を想い気遣うあまり、先走ってしまったこのジルベルトの非礼を、どうかお許し下さい」
だがすぐに気を取り直すと、ジルベルトは優美に一礼した後、熱っぽい艶やかな表情をキョウへと向ける。
「ですがクローディ姫、どうかそのような無知で卑しい無礼者ではなく、このジルベルトを頼りになさって下さい。……我が血筋に宿った誇りと武勇こそ、姫のような高貴な麗しい女性をお守りするに相応しいはずです。私の方が、そこの冒険者などよりよほど姫のお力となれます」
見る者を魅入らせるような真摯な表情で、ジルベルトはキョウへと語りかけた。
―――下心はアレでも、女ならついうっとりしそうな王子様だな、と半ば感心しながらその様子を見たザイツは、ふと視線を移したキョウが、王子の賛美と申し込みを楽しむどころか、どこか寂しげな表情を浮かべているのに気付いた。
「……それは……このお姫様は……きれいで……だけど……」
『……は? このお姫様って……あんたが姫様だろうが??』
よく判らないキョウの呟きは、一番近くにいたザイツ以外には聞こえていなかったようだった。
そんなザイツの視線に気付いたキョウは、微かに目を伏せ寂しげに笑う。
『……』
――その頼りない、まるで一人取り残された子供のような様子が、キョウの輝くような美貌よりも何故かザイツの内心に強く響いた。
『……なんだそりゃ?』
そんな自分の感情に首を捻るザイツの横で、気弱を押さえた表情でキョウはジルベルトへと向き直ると、静かに返す。
「……申し訳ありませんがジルベルト様、貴方様のようには、私は思いません」
「……なんと?」
「私は貴方様より、ザイツさんに旅に同行してもらいたいのです。彼は確かに完璧ではないでしょうが、信用できる人だと思っています」
「! お……同じ王家に連なる身分である私より、そこのどこの馬の骨ともしれない冒険者を信用するというのですか姫?!」
「はい」
キョウはこくりと頷き、嬉しそうな柔らかい微笑みを浮かべてジルベルトに答えた。
「ザイツさんは一方的にお話してばかりの貴方様と違って、私の話をきちんと聞いた上で話しを返してくれますもの。一緒にいて安心できます」
「……ほう」
――そういえばこの王子様、延々自分を売り込んでばっかだな――とザイツが先ほどまでを思い返しながら向けた視線が、ジルベルトとぶつかる。
「……なるほど、冒険者というのは、短時間で依頼人に取り入るのがとても上手い人種のようですな」
「……え?」
「……ですがその実力はどうでしょう? ……あの者がクローディ姫をお守りできる実力の持ち主と納得できない限り……貴女様の安らかな旅路を願う私としては、到底退く事などできません」
その大きな碧眼は、先程とは比べものにならないほど強烈な憎悪と殺気を宿し、ザイツを捕えていた。
『あれ……これ更にやばくね?』
一難去ったら死亡フラグ




