66 聞き取りするが何かがおかしい
飛空母船エギーリャ 作戦本部
「お~いジェレミア、調子はどうだ~?」
「ん?」
「な! なんだ貴様は!! どこから入って来た?!」
「遅れて到着した、魔王女殿下の護衛だな?! それにしても、王庭騎士様に対し無礼であろう!!」
「……いや待て。――えっ」
魔王女一行への説明を終え、執務に戻り報告を受けていた王庭騎士ジェレミアは、エギーリャ作戦本部に突如入り込んできた大男に一瞬眉を潜め、そして驚いた。
「お前――完全に人化しているが、やはりハウルグか?!」
「おい~す。やっぱり判ってくれたか莫逆の友~」
「人化は呪いか?! 懲罰か?! 一体何をやらかしたお前?! またいつも通りどこかの人妻か玄人女達にでも手を出して、旦那共の恨みを買ったか?!」
「おぃいジェレミア、俺がしょっちゅう女とトラブル起こしてるような言い方はよせよ。誤解を招くじゃねぇか」
芝居がかった仕草で肩を竦めたハウルグへ、呆れた視線を向け、ジェレミアは返す。
「私が知る限り、お前が従騎士時代から今までで引き起こした騒動の、90%は女絡みだ」
「そうだったかねぇ~? なら今回は、残りの10%側の騒動って事で」
「ふん……なら魔王陛下からお預かりした、部下絡みという所か。相変わらず、落ち着かない男だ」
「はははは」
朗らかに笑うハウルグに、ジェレミアは呆れたような表情を見せつつも表情を和らげ、本部にいたマーマン達に大丈夫だと手で示した。
マーマン達は、突如現れた王庭騎士に驚きつつも、ジェレミアに一礼し仕事に戻る。
「――それで、オレンジ七号の『捕獲』作戦は進んでいるかジェレミア? ハーフリット達にやらせている討伐作戦と並行して、やってるんだろう?」
「……む」
そして周囲が自分達を気にかけなくなったのを見計らった後、ハウルグはジェレミアの執務机を見下ろし問いかけた。
「判っているだろうがなハウルグ、本来ならばいかに同じ王庭騎士と言えど、配属部隊が違うお前に話す事ではないのだぞ」
そりゃあな、と頷きながらもハウルグは退かない。
「だが魔王女殿下からのご質問、と考えれば答えるだろうジェレミア? ……あのお優しいお姫様は、エスター少尉とワイバーン・オレンジ七号の関係を聞き、死なせたくない、殺させたくないとお心を痛めておられるぜ」
「……やれやれ。……本当に、お優しくなられたものだ」
甘いほどだ、と呟きながら、ジェレミアは執務机に重ねられている書類に視線を戻し、やや逡巡した後返答した。
「――探索は継続中だ。付近の無人島群、外国領土まで捜索範囲は広げているが、現状ではまだ巣穴は見つからんし、オレンジ七号も捕まらん」
「なるほど。まぁ、そう上手くはいかねぇか」
悔しいのか、ぶっきらぼうに答えるジェレミアに苦笑しながら、ハウルグは執務机上の書類を覗き見た。
マーマン水兵達からの報告書らしいそれらに、芳しい結果が無い事は一瞥しただけでも明らかだ。
「おっ、外国領土も捜索してんだな。魔王国と友好的じゃない国からの報告もあるようだが……もう許可が下りたのか?」
「まさか。正攻法で許可を取るのは時間がかかるからな、別の手を使わせてもらった」
「別の手?」
「人族を使った。――要するに、各国に設置されている冒険者ギルドに、ワイバーンの探索依頼を出したんだ」
「へぇ~、人族をあてにしたのか?」
揶揄するようなハウルグの声を、ジェレミアは微かに目を細め、鼻で嗤う。
「人族の冒険者なら、捜索中オレンジ七号に何人殺されてたところで、こっちは全く困らん。……むしろいい気味だからな。せいぜい報奨金につられて動き回ってもらうさ」
「ははは、相変わらず人族嫌いだな」
「当然だ。……過去に美しい姿と歌声、そして万病に効くとされる血肉を狙われ、我が同族の女達がどれほど人族に奪われたと思う?」
そのマーメイドを思わせるジェレミアの華やかな面差しに、陰惨な殺気が宿った。事情を知るハウルグが、それを止める気は勿論無い。
「……だからといって私もマーマン族も、占領地域の治安維持を怠るような真似はせんがな。お預かりした立場での怠慢は、魔王陛下への不忠だ」
「お前達マーマン族のそういう、義理堅い海の男気質に、魔王陛下は期待してるよな」
「ご期待には添いたいのだが……未だ成果が上がらん。くそ」
ジェレミアは重ねられた書類をめくりながら、上品な姿形に似合わぬ罵声を吐き捨てた。
「巣穴が見つからなくても、バローグの町で強奪しているオレンジ七号を捕らえられれば良いのだが……それも上手くいかんのだ」
「罠か何かを仕掛けたのか?」
「仕掛けた。――仕掛けたが、今の所全敗中だっ!」
叫ぶジェレミアは、何枚目かの書類を引き抜き机の上に投げ出した。
「おぉ?」
見ても良いのだと判断したハウルグがそれを拾い上げ見下ろすと、細々と書き加えられた報告と、失敗印らしい×マークの羅列が目に飛び込んでくる。
「何々……捕獲作戦その4、5……釣餌作戦、ペイント弾作戦、捕獲網弾作戦、捕獲檻作戦――うははははははははっ!!」
「笑うなっ」
ざっと目を通したハウルグは、思わず笑ってしまう。
釣餌作戦――餌だけ盗られて失敗。
ペイント&臭弾作戦――全弾避けられマーマン水兵が代わりに着弾。失敗。
捕獲網弾作戦――逃げられハーフリット空兵が代わりに捕縛。失敗。
捕獲檻作戦――檻を壊され餌だけ盗られて失敗。
睡眠餌作戦――ひっかからず失敗。
結界作戦――発動前に察知され逃走。失敗。
乙女の歌声作戦――見向きもされず失敗。
発情メス作戦――発情するメスに見向きもされず失敗。――メスに興味がないのか?!
発情オス作戦――発情するオスをブレスで撃墜され失敗。――男色ではなかったか……。
etc,etc……。
ジェレミア達があの手この手で仕掛けた捕獲罠は、まるでその苦労をオレンジ七号が馬鹿にしているかのように、あっさりとかわされていた。
「ジェレミアお前最後っ、メスに興味を示さないからオスってうはははははははっはっ!!」
「だぁああああああ!! うるさい!! 仕方が無いだろう!! 藁にも縋る思いだったんだ!!」
「うははは。発情するオスって、俺がオレンジ七号でも撃ち落とすわ。はははははっ」
「だから笑うなぁあああ!! ハウルグ!! 貴様我らの苦肉の策を馬鹿にするかぁああ!!」
ジェレミア、そしておそらく一緒に作戦を立てたのだろう作戦本部のマーマン水兵達に剣呑な視線を向けられ、ハウルグは苦労しながら笑いを収めた。
「いやいや、苦労してんのは判ったよジェレミア。悪かった」
「ふんっ」
「……しかし頭いいなぁオレンジ七号。確かワイバーンってのは竜族にしては知能が低くて、せいぜい普通の牛馬より、多少意思の疎通が図れる程度じゃなかったか?」
「……ああ」
そんなハウルグの疑問に、ジェレミアは渋顔に苦笑を混じらせ口元を歪める。
「それは多分、共に空を飛んでいた相棒のせいだ」
「相棒……撃墜王バジルか?」
「あのイタズラ者の悪ガキと組んでいれば、余計な悪知恵が発達するようにもなるだろうさ」
「へぇ? ……俺は功績しか知らないが、バジル・アビルトンってのはそういうタイプだったのか?」
「ふん」
ジェレミアは完全に苦笑し、×だらけの報告書を指で弾く。
「そういうタイプどころか、いくつになってもあいつは、食べ物とパイプ、それに歌が大好きな、呑気者でイタズラ者の悪ガキハーフリットだったぞっ。私の父であるマーマン族長以下、共闘するマーマン族の海兵達は、振り回されて大変だったんだっ」
「へぇ~」
「飯が足りないとワイバーンで買い食いに行くわ、敵の飯が美味そうだったからと盗りにいくわ、娘が産まれた記念にと夜の甲板で無許可パーティー(食料庫から食料確保)を開くわ……あいつを船にのせた船長は、怒り過ぎて鱗がハゲると有名だったんだからなっ」
嫌がるような言葉とは裏腹に、笑い混じりのその声は明るかった。
「悪い関係じゃあ、無かったようだな?」
「まさか、散々迷惑をかけられたんだぞ? ……まぁ、気質は悪いヤツではなかったから、それなりの信頼関係を築く事はできていたらしいが。……父も兄達も、一応私も、マーマン族海兵達はバジルを、友と呼んでいたしな」
「友か」
「……」
「……なぁジェレミア、友の相棒や娘達に、辛い思いをさせたい訳じゃねぇんだろう?」
ジェレミアの表情が、僅かに翳る。
「……当たり前だ。……だが必要な事だ。……バジルが残してしまった不始末は、跡継ぎである娘のエスターが終わらせなくてはならない」
「それができる、実力者だからか? いや、それだけじゃねぇか」
「ああ。エスター少尉は、英雄の後継者としてその実力を示さねばならん。……さもなくば、バジルの功績を疎み妬んでいた者達から、貶められるだけだ」
「貶められる、なぁ。……はぁ、なるほどなるほど」
ジェレミアの言葉に、ハウルグは呆れたような表情で嗤い首を振る。
「腕力も魔力も無い、か弱いハーフリット族の活躍が気にくわない、お強い高位魔族様々が五月蠅いって事か」
「そういう事だ。……お前とて、ドラゴニュート族の権勢くらいは知ってるだろう?」
ハウルグの頭に、自ら翼竜に変化して戦うドラゴニュート族が浮かぶ。
「ああ、身体も態度もバカでかい、長く魔王の国の空戦を担ってきた、高位魔族様々な」
飛行能力、そして高位魔族の中でも特に優れた身体能力を持つドラゴニュート族は、自他共に認める魔王の国の空戦最大勢力だ。
自部族の武勇を誇る彼らは、反面自分達よりも弱い部族を下等と見下す傾向が強かった。
「ドラゴニュート族族長以下族長血筋は特にな、ここ数十年めざましい成果を上げ続けて来た、ハーフリット達が気に入らないんだ」
「嫉妬か」
「認めないだろうがそうだろう。――『自ら空を飛べない者が、真の空戦などできるはずもない』、と、バカにしている」
「アホか。だったらなんで人族の中から、クレマン・パラディール卿みたいな空戦の英雄が出現するんだよ。かの竜騎士に討ち取られたドラゴニュート族だって、少なくないはずだろう?」
「ああいう、極一部の例外は認めないそうだ」
「都合良いなオイ」
「そういうものだ。……とにかくそんな連中にとって、ドラゴニュート族以上の武功を立てて国の英雄となったハーフリット、バジル・アビルトンは、竜騎士クレマン並みに認めたくない、気にくわない存在なわけだ。……そしてその娘、後継者であるエスター少尉もな」
ジェレミアは、眉根を寄せてため息をついた。
「バジルが遺したワイバーンが、魔王の国支配下の領土で暴れている現状は……ああいった連中にとっては恰好の攻撃材料になるんだ」
「なるほどな。そういう連中を黙らせるためにも、バジルの跡継ぎであるエスター少尉に、この一件の収拾をつけさせなきゃならないって事か」
「そういう事だ。なんだかんだで、魔王の国において実力と功績は大きい。非難や侮蔑の声を跳ね返したいのならば、エスター少尉自身が結果を出すしかない」
「ジェレミア……」
「逆に力を示す事ができなければ、ハーフリット達はやはり役立たずな下等種族と、この国の中でも貶められてしまうだろう。戦士不適格と、ワイバーンも取り上げられてしまうかもしれない。……長年ハーフリット族と共闘してきたマーマン族として、それは容認できん」
「それが、お前がエスター少尉達にオレンジ七号討伐を命じた理由か」
「そうだ。彼らに恨まれようと、彼らの立場を守るのは私の義務だ」
義務、と繰り返したハウルグは、ジェレミアを見下ろし笑う。
「相変わらず生真面目で、損な性分だよなぁお前。言葉も足りねぇし」
「ふんっ。……どうせあのチビ達に丁寧に説明した所で、理解しちゃくれないんだ。……あいつら……会議の度に書類で、紙飛行機作って遊び出しやがって……っ!!」
「ははははっ。確かに、エスター少尉以外はまるでガキみたいだけどなぁ。ご苦労さん」
「五月蠅いっ。……もういいだろうっ、さっさと出て行け騒動男っ」
「ひっでぇの~。ま、聞きたい事はもう聞けたし、殿下の所に帰るか」
再び渋顔に戻ったジェレミアは、そっぽを向いた。
その後ろ頭に向かってひらひらと手を振ったハウルグは、出入り口ドアへと手をかけながら、一人言のように呟く。
「……事情は判ったけどよ……仇討ちといい討伐といい……まだ若い娘に、酷な役目を負わせるよなぁ……」
「……戦う事を決めたのは、エスター少尉だ」
やはり一人言のように、ジェレミアは返す。
「……周囲から討ち取られた英雄の仇討ちを望まれていると知った時、彼女は自ら髪を切り、戦士として役目を負うと宣言した。……自分の後ろで震えている、まだ小さい『弟』にはさせられないと言ってな」
「そうか。……養い子とはいえ、あのコリンも名乗り出れば、仇討ちを果たす子の一人になりえたのか」
小さく頷いたジェレミアは、小さく付け加えた。
「……コリン一等空兵はおそらく、名乗り出る事ができなかった子供の頃の怯懦を、悔いているんだろう。……亡養父とエスター少尉に恩を返すためにも、エスター少尉にこれ以上戦わせまいと、必死だ」
「そんな小難しい感情じゃあねぇと思うけどなぁ」
ジェレミアの言葉に、ハウルグはもう一度小さく笑う。
「男が女を守ろうとする理由なんて、もっと単純で俗っぽいモンだと俺は思うぜ?」
「……」
一瞬沈黙したジェレミアは、やがて照れたように、俗物めと吐き捨てた。




