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次期魔王に雇われたが何かがおかしい  作者: 宮路広子
空の英雄と魔王女一行 ~ワイバーンは何が欲しい騒動~
66/201

64 双方の話を聞いたが何かがおかしい


 バロークの港から飛空母船まで。多少時間がかかる海路を、ハウルグとガンバーは水兵マーマンが操る船で、のんびりと運ばれていた。


「ほら見ろガンバー、あれが魔王軍の最新兵器、飛空母船エギーリャだ。大勢の水兵や空兵が、あそこで生活してるんだぜ~」

【ヒヒ~ンっ】

「……もしかしたら、休憩中のマーメイドねーちゃん達が、その辺で泳いでるかもしれねぇなぁ……。しかも裸で。裸で」

【ヒヒ~ンっ】

「よーしガンバー、おっぱい浪漫種族を捜してみようぜっ♪ 水面に鱗がキラキラしてたら、俺に教えてくれな~♪」

【ヒヒ~ンっ】


 そう言って船の上から周囲を見渡す人族の大男と馬に。


「……」


 船を操舵していたマーマンは、一瞬なんとも言えない顔で視線を向けたが、やがて小さく首を振り仕事に戻る。


「おっぱい~は浪漫~浪漫は~丸見え~最高~♪ でもチラリも~またよ~し~♪ おっ、あの波の下、鱗っぽいモンが光ってねぇかっ? ……あ~、魚の群れか~。ざんねん~♪」

【ヒヒ~ン~♪ ヒヒ~ン~♪」

「…………」


 順調に進む船の上でハウルグとガンバーは、一面に広がる大海原をあちこち見渡しながら遊んでいた。


「……しかし……少々きな臭さが残ってる……か?」


 ――そんなハウルグの視線が止まり、その目はふと細まる。


「なぁ、マーマンさんよ。この区域ではまだ戦闘が続いてたのかい?」

【っ……なぜ、そのような事が判りますか、客人?】

「なんとなく町から海上にかけて、空気が魔力攻撃の残滓で、濁ったような匂いがしてな」

【匂い……ですか? ……人族にしては、鋭い嗅覚をお持ちのようだ】

「耳も良いぜ~。と言っても、()()()()()()()と比べると、全然だけどなぁ」

【……?】


 事情を知る者にしか判らない皮肉を言って、ハウルグは笑った。

 事情を知らないマーマンは、多少戸惑ったように沈黙した後、ハウルグに返す。


【……お察しの通りです客人。バローク近海域ではここ数日の間に、何度も小規模の戦闘が起こっております】

「そりゃあ……敗戦したバロークの人族が地下組織でも作って、占領してる魔王軍を相手に、泥沼の抵抗を繰り広げてるって事かい?」


 もしそうなっていたら、バローク町中の治安は悪化してそうだと、ハウルグは僅かに眉根を寄せる。


【……いいえ、そういった類の話ではありません客人】


 だがマーマンは首を振り、ハウルグに返す。


【むしろバロークの住民達は、魔王軍に早く賊を捕らえてもらいたがっています。被害を受けているのは、彼らなので】

「つまり、バロークの町が襲われてるって事か?」

【そうですね。……町が、と言える程大規模な戦闘には、なっていないのですが】

「へぇ、ってことは、敵は少数なのか?」

【……そうですね。少数といえば、少数です】


 頷いたマーマンは、だが戸惑うように視線を伏せ、寂しげに言葉を漏らす。


【……だからと言って、決して戦い易い相手でも無いのですが。……エスター少尉が、お気の毒です】

「……どういう意味だ?」


 聞き返すハウルグに、マーマンは手短に事情を説明し、小さなため息を漏らした。


「……そいつぁ……仕方がねぇが、確かに、やりきれねぇなぁ……」


 事情を聞いたハウルグはつられたように吐息を漏らし、そしてそれを誤魔化すように、ガンバーのたてがみを撫でた。



 一方ハウルグを除いた魔王女一行とハーフリット、ゴブリンシャーマン達は、飛空母船エギーリャの司令官代理である王庭騎士ジェレミアに、長く広い机にいくつもの椅子が並べられた、エギーリャの会議室へと案内されていた。


「殿下をお迎えするには殺風景な部屋です。お許し下さい」

「いえ。窓から海も見えていて、明るくて素敵なお部屋ですね」

「お褒めに与り光栄です」


 如才なく答えながら、ジェレミアはキョウに、長机の最前列の椅子を勧めた。


「皆さんもどうぞ」


 腰掛けたキョウの言葉で、その場の全員もキョウの下座に当たる、長机の後方に次々と着席する。ただしケイトとザイツは、キョウのすぐ傍に立つ。


「ザイツさんケイトさん、座らなくていいんですか?」

「護衛だからな」

「この方が、耳打ちしやすいですしね」

「ですか。……ええと、それでは、お話を聞かせてください」

「はいはいはい!!」

「うわ?!」


 そして背後を確かめてから発せられたキョウの声に、並んで座っていたハーフリット達が一斉に賑わった。


「はいはいはい!! おれっ、おれおひめさまにはなすー!!」

「おれおれっ!! おれ知ってるよ!! いっぱい知ってるよっ!!」

「あのねー!! エスター隊長が大変なんだ!!」

「王庭騎士様は、お願いしても聞いてくれないんだ!!」

「イジワルなんだ!!」

「すぐ怒るし!!」

「あれこれうるさいし!!」

「魚ばっか食べるし!!」

「ここの食事メニューが魚ばっかりだし!!」

「魚はきらいじゃないけど、肉も食べたいんだぞ!!」

「果物も食べたいんだぞ!!」

「きのこも食べたいんだぞ!!」

「お菓子も食べたいんだぞ!!」

「一日六回は食事しないと死んじゃうんだぞ!!」


 それは食い過ぎだろう、と思いながら、ザイツは訴えられているジェレミアを見た

 二番手の上座に腰掛けたジェレミアは、疲れたような渋顔で、頭を抑えている。


「……ええと……つまりハーフリットさん達は、この船の食事改善を訴えるために脱走を……」

「してないと思うぞ、姫」

「で、ですよねーザイツさん。……どこで話題がズレたんだろう?」

「……姫様、ハーフリット達の反論は後ほど聞くとして、まずは現在の責任者らしい王庭騎士ジェレミア様に、経緯を説明していただいてはどうでしょうか?」

「なるほど、それでいきますケイトさん」


 後ろから小声で助言するザイツとケイトに頷き、キョウはジェレミアに向き直る。


「こほん。……それではまずジェレミアさん、貴方はハーフリットさん達に何を命令して、反発されているのですか?」

「恐れながら、お答えいたします魔王女殿下」


 キョウの問いに、ジェレミアは席を立ち返答した。


「――私はこの飛空母船エギーリャ所属空兵、エスター少尉及びエスター小隊の隊員達に、治安維持任務として、バローグの町を襲う略奪犯を討伐するよう命令を下しました」


 途端に、ガタンと音を立ててコリンが立ち上がる。


「略奪犯なんて言うな!!」


 慌てて制止しようとするエスターより早く、ザイツが背後に回り、座らせる。


「うわっ?! 離せむぐっ!!」

「はいはい。お姫様は後からちゃんと反論を聞いてくれるから、今は騎士様の話を聞いとけ。……それとも騒いで、追い出されたいか?」

「むー……」


 追い出されたくは無いらしく、コリンはジェレミアを睨みながらも大人しくなった。

 その様子を一瞥したジェレミアは、すぐに視線を戻してキョウへと向き直った。

 キョウは頷き、質問を続ける。


「その命令を、コリン君達エスター小隊の隊員達が拒否し、コリン君が脱走したんですね」

「はい」

「その理由を、ジェレミアさんは判りますか?」

「はい」


 ジェレミアは冷静な声で、キョウに説明する。


「その略奪犯が――バジル・アビルトンの騎竜、オレンジ七号だと知ったからです」

「……えっ」


 ジェレミアの言葉に、キョウ、そしてケイトとザイツはそれぞれ驚く。


「バジルさん……エスターさんのお父様ですよね? ……亡くなられた」

「はい。確かに二年前バローク近海で戦死した撃墜王バジルは、エスター少尉の父親です」

「あ……この辺りでお亡くなりになったんですか?」

「はい。……奇しくもバジルの仇である竜騎士クレマンは、同じバローク近海で討ち取られる事になりましたが」


 どこか感慨深げにジェレミアは言い、続ける。


「――二年前、バジルと後部魔撃手のゴブリンシャーマン、そして騎竜オレンジ七号は、バローク海域で竜騎士クレマンの手によって撃墜されました。……そしてその後、バジルと後部魔撃手の遺体は魔王海軍が回収できたのですが、同じく重症を負い墜ちたはずのオレンジ七号の遺体だけは、どれほど探索しても見つからなかったのです」

「……そういえば、魔王軍は自国の兵士の遺体を出来る限り回収するな」

「できなければ、外道な人族共に遺体を晒し者にされ、辱められるからな」

「……」


 何気なく言葉を発したザイツに、ジェレミアは吐き捨てるような冷たい声で返した。

 ――ジェレミアが言う通りの非道な光景を、戦場で何度も見ているため、ザイツは言い返せずに黙る。


「……もしかしたら重症となって逃げているのかもしれないと、戦況が許す限り探索は続けられていたらしいのですが……早々にクレマンら竜騎士達の猛攻で戦線が押し上げられてしまったため、魔王海軍はオレンジ七号を諦めて、離脱するしかなかったそうです」


 生存は絶望的と判断されたわけか。と、キョウの後ろに立つケイトが呟いた。

 キョウは真剣な表情で話を聞き、続ける。


「――でも、オレンジ七号は、生きていたんですね?」

「はい。――オレンジ七号は、人族の土地を襲い、食料や家畜を奪う略奪者として、生きていたのです」

「っ……それは……」


 ジェレミアは静かに、だがはっきりとキョウに答えた。 

ハーフリット達は顔を強張らせ、その中心に座るエスターは、僅かに目を伏せる。

 

「オレンジ七号は現在、何度も魔王軍が送った制止勧告も投降勧告も無視し、バロークの町のあちこちで被害を出しながら逃げ続けているのです。……このままでは治安、そして占領地の住民感情の悪化は避けられません。――だから私は、オレンジ七号討伐の命令を下しました」

「……」


 何か間違っていますか?

 そうジェレミアに視線で問いかけられ、キョウとキョウの後ろに立つケイトは反論できず、難しい表情で沈黙した。


『……そりゃあ、反論できねぇよな。……話が通じない、捕まらないオレンジ七号を、討伐する以外にどうすりゃいいんだよ? じゃあバロークの被害を見過ごしてりゃいいのかって話になっちまう』


 すると、ザイツの内心の声に反発するように、下座から声が響く。


「――だからって!! オレンジ七号をエスター隊長に討伐させるなんて、残酷過ぎるんだぞ!!」


 コリンだった。

 コリンはエスターの制止を振り切るように椅子から立ち上がり、ジェレミアを睨み付ける。

 制止させるかと一瞬迷ったらしいジェレミアは、キョウがコリンの話を聞いているのを確かめると、そのまま何も言わず話を聞いた。


「オレンジ七号はバジル様の騎竜!! 相棒だったんだ!! 俺達ハーフリットにとって、絆を結んだ騎竜は家族も同様だ!! バジル様の娘であるエスター隊長だって、オレンジ七号は家族同然に仲良しだったんだぞ!! ――それを!!」

「そうだそうだ!!」

「コリンの言う通りなんだぞ!!」

「酷いんだぞ!!」

「せっかく生きてたのに!!」

「俺達エスター隊長に、そんな事させたくないんだぞ!!」


 コリンの言葉に、次々立ち上がったハーフリット達も続いた。

 どうやら皆気持ちは同じだったらしく、だからこそ、命令を下したジェレミアには並々ならぬ恨みがあるようだった。


「……そう。それでコリン君は、どうして脱走したの?」

「エスター隊長を、戦わせないためなんだぞ!!」

「どうやって?」

「――エスター隊長の代理になるベテラン飛行士を、ハーフリット庄から連れて来ようと思ったんだぞ!!」


 コリンは胸を張って答える。


「今回出兵してない実力者の飛行士は、ハーフリット庄に沢山いるんだぞ!! その中から数人連れてきて、エスター隊長の代理になってもらって、一緒に戦おうと思ったんだぞ!!」


 そういう計画だったのか、とザイツは首を捻った。


「……でも正式な命令を代理人にやらせるって、いいのか?」

「良いわけないだろう」


 ザイツの一人言には、不機嫌なジェレミアの声が返る。


「何度も何度も言い聞かせたはずだがなハーフリット共、私はあくまで、エスター小隊に命令を下したのだ。エスター少尉とお前達以外が、任務に当たる事など認めん」

「なんでだよ王庭騎士様!! 任務達成できればそれでいいじゃん!!」

「――お前達以上の実力を持つ適任者は、他にいない」

「――えっ」


 突然褒められたコリン達は、ぎょっとしたようにジェレミアを見返した。

 ジェレミアはキョウへと視線を戻し、キョウが頷くのを確かめてから、話を続ける。


「殿下、私は司令官代理として、被害を最も少なくできる作戦を作戦本部の隊員と協議し、そして命令を下したつもりです」

「……つまり、エスターさん達の力は、オレンジ七号を討伐するのには、不可欠という事ですか?」

「はい。何度か交戦しましたが、現在のオレンジ七号は難敵です。その討伐には、実力功績は元より、父親の傍でその動きを見てきたエスター少尉、そしてエスター少尉のサポートに適した小隊隊員達の力が必要だと、私は判断しております」

「そんなの!!」

「――恨みたいなら恨め、小僧」

「――っ」


 噛み付いてきたコリンに振り返り、ジェレミアは断言する。


「誰に恨まれようと、私は最も被害が少ないと予想される作戦計画を実行し、命令を下す。……それが魔王陛下から魔王軍における権限を預けられた、王庭騎士としての私の義務だ」


 ジェレミアの言葉には、反論を許さない冷徹な迫力があった。

 コリンはそんなジェレミアを睨み、その視線がぶつかる。


「……ジェレミアさん、コリン君。事情はだいたい判りました。――座って下さい」


 二人のにらみ合いを遮ったのは、以外にもキョウだった。

 キョウは二人を座らせると、一息付くようにしてしばらく黙った後、視線を下座へと移した。その先には、エスターがいる。


「……質問に答えてくれますか、エスターさん?」

「はい、魔王女殿下」

「じゃあ。……コリン君達の言った通り、エスターさんにとってオレンジ七号は大切な存在ですか?」


 僅かに躊躇したような沈黙後、エスターは答える。


「……はい。父のパートナーであったオレンジ七号は……私にとっても、大切な家族です」


 キョウは頷き、また問う。


「では、討伐したくはありませんか?」

「……個人的な感情で言うならば、殺したくはありません」


 心情的に魔王女に偽証はできないのか、少々答えに苦慮しながらも、エスターは答える。

 そんなエスターに、キョウは確認するように最後の質問を投げた。


「――それでも命令には、従いますか?」


 エスターは、躊躇無く答えた。


「はい。それが私の、役目ですから」


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