61 助けを求められたが何かがおかしい
「助けてーっ」
「オ助けテーっ」
木陰から馬車の傍へと飛び出して来たのは、頭から引き摺る程長いフード付きマントを被った、小柄な二人だった。
頭、顔から足の先まですっぽりと隠れたマントの中で、二人は手を合わせてキョウに懇願する。
「二人とも、どうしたの?」
『いや、小柄っつーか……ガキ?』
話を聞くために馬車から降りたキョウ、そしてキョウを守るハウルグ、カンカネラと共に二人の前に立ったザイツは、自分のヘソくらいまでしかない二人の身長にまず驚いた。
「とっても悪い奴に追われてるんだぞっ!!」
「極悪非道ノ悪の親玉ネっ!! か弱イ我々を助けルネっ!!」
「極悪非道の悪いヤツで、悪の親玉? それって具体的に、どういう悪者なのかな?」
目線を合わせるように、少し屈んで話を聞くキョウに、二人は必死に訴える。
「え、ええとっ……あいつらは酷いんだぜ!! 俺達をこき使うんだ!! そんで言うこと聞かないと、怒るんだっ!!」
「怒って殴るネっ!!」
「働かされてて言うこと聞かなきゃ、怒られるのも殴られるのも普通じゃね?」
「そうですかザイツさん? でも殴るのは良くないと思いますけど……」
「ぬぬっ」
「ぐグっ」
特に同情しないザイツの返しに、呻った二人は更に続ける。
「つまみ喰いしただけで、頭をコブができるほど思いっきり叩くんだ!!」
「尻モ叩くネ!!」
「食料が貴重なら当然だろ。盗み食いの罪は大抵重い」
「ご、ご飯も一日三回しかくれないんだぜっ!! お十時も三時も夜食もないんだぜっ!!」
「充分だろ」
「しかモあんまり美味しクないネ!! ここしばらク魚ばっかリネ!!」
「贅沢言うな」
しかし続けられる言葉に、ザイツは益々同情する気が無くなってくる。
「……お前ら商家かどっかの、小間使いかなんかか? 折角飯が一日三度も食える勤め先なんだから、文句言わずしっかり働いたらどうだ? 子供には辛いかもしれないけど」
「おっ、俺らは子供じゃ――」
「コリン!!」
「むぐっ?!」
ザイツに反論しようとした片方の口を、もう片方が慌てて塞いだ。
「馬鹿コリンっ、子供のフリして憐れみヲ乞う計画だったネ!!」
「――おお!! そうだった!! 子供のフリして匿ってもらう計画だった!! しまったぞ!!」
「……」
だがそのまま会話を続けてしまったので、意味が無い。
「……こ、子供じゃ……ないんでしょうかねこの子達?」
「……ガキじゃなくても、ガキ並みの知能っぽいけどな。……いや、それはガキに失礼かな?」
顔を見合わせ、キョウとザイツは思わず首を振った。
「あまり知性が高くない、人族以外の小柄な種族でしょうね。そのトンチンカンなマヌケぶりは、検索魔法かけなくても判りやすいです」
「えぇ?! なんかバレちゃったんだぞ!!」
「何故?! 姿ヲ隠しテ完璧な計画だったネ!!」
御者台で杖を構えるケイトの言葉に、二人はびっくりしてまた叫ぶ。
「……この小ささで、人族以外の二人組。……更にこのバロークに駐屯してんのは……あー、判った判った」
「そこのでっかいおっさんにまで、判られちゃったぞ!!」
「コイツラ!! タダ者じゃないネ!! 逃げるネ!!」
そしてハウルグの言葉に更に叫び、ジリジリと後退し始める。
「おーいお前ら~、俺が言えた口じゃねぇが一応、脱走は重罪だぞ~?」
「なっ、なんでそんな事まで判るんだぞ!! おっさん!!」
「コリン!! コリン逃げるネ!! 逃げないト捕まるネ!!」
「……ハウルグのおっさん、……こいつらってまさか……」
「あー……うん。……まぁ、お前の想像してる通りだザイツ。こいつらは――」
【くぉらぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!】
なんとも言えない苦笑で続けようとしたハウルグの言葉は、何者かの凄まじい雄叫びによって遮られた。
「あーあ、おっかけて来てたか……」
「ひぇええええ!! こわいぃいいいいいいいっ!!!」
「バレたァ!! バレてしまっタァアアアアアっ!!!」
「――なんだ?!」
咄嗟に雄叫びの方向へと顔を上げたザイツは、驚く。
【待てぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!】
「うお?!」
街道からこちらに土煙を上げて、魚の大群が向かってきていた。
「なんで魚?! しかも陸地なのに早ぇ?!」
「いやザイツ、良く見ろ。土煙で隠れてるが、あれは魚じゃねぇ。手足があるだろ」
「手足……ん?」
ザイツがよく見ると魚の下には、全身を鱗で覆われた人間に近い身体が生えていた。
「……でもエラも鱗もあるじゃねぇか。あれの切り身は、魚味に決まってる」
「喰おうとすんな」
「確かにあのアグレッシブさは赤身っぽいですね。……カツオとか……たたきで……」
「殿下まで、真剣な目で何言ってんですか。……やれやれ。――ほらチビ二人、事情があるなら聞いてやるから、逃げんな」
「ひゃあああ!! 離すんだぞ!! 見逃すんだぞ!!」
「助けテー!! 助けてタスケテケタスケてーっ!!」
小柄な二人は暴れるが、捕まえて抱え上げたハウルグの両手からは逃れられない。
【貴様らぁ!! ――見つけたぞ!!】
ほどなくして馬車は、魚頭の一団に取り囲まれた。
片手に三つ叉槍を装備し、青光りする立派な皮鎧を身につけたその姿を間近で見れば、ザイツにもその正体が判る。
「――マーマン族か」
「そう。魔王軍が誇る、海戦の雄。海の守護者マーマン&マーメイド族。ちなみにマーメイドは女な。下半身は魚で上半身は人に近い、そりゃもうエロ別嬪なねーちゃん達だぜ♪」
「……」
「……」
バインボインヌードの、と好色な笑顔で付け足したハウルグに、キョウと御者台のケイトは冷え切った視線を向けた。巻き込まれたくないザイツは、目を逸らした。
【む? 我らの一族の女性達を、そのような下卑た言葉で語って欲しくないが】
「ああ、すまんすまん。あんまり魅力的なんで、つい」
そんな言葉に気分を害したのか、集団の先頭に立つ大柄なマーマンがハウルグを睨んだ。
【その脂下がった助平顔……どこかで見たような?】
「ひっでぇなぁ~」
【……まぁいい】
そしてその顔を凝視していたが、すぐにここに来た目的を思い出したのか、ハウルグが抱えている二人を睨み付け、叫ぶ。
【お前達!! 作戦実行前、待機中の母艦から脱走するとは何事か!! 上に知られて軍法会議にかけられたら、死罪もあるのだぞ!! さっさと持ち場に戻れ!!】
「嫌だぞ!!」
「帰らないネ!!」
マーマンの言葉に、ジタバタと暴れながら二人は返す。
「それに脱走なんかしてないんだぞ!! 俺達ちゃんと休暇願いと外出許可証を申請して、受理されたんだぞ!! へへんっ!!」
【そっ――それは無効だ!! お前達卑怯な手を使いおって!!】
「事務官、酒でベロンベロンに酔っ払わせテ、許可証にサインさせたからネ?! デモ許可は許可ネ!!」
「あ~、門番泥酔作戦か。俺も平和な頃はよくやったなぁ。許可出させちまえばこっちのもんだからな~」
「それでいいのか魔王軍……?」
ハウルグの言葉に呆れつつも、ザイツもそろそろ状況が見えてきた。
「……つまりその二人は、魔王軍って事かおっさん?」
「まぁ、そういうこったな」
「ええ?! こんな小さい子達がですかっ?」
ザイツとハウルグの言葉に、キョウも驚いて二人を見返した。
「小さくないんだぞ!!」
「これでモ、種族の中デハ長身ネ!!」
【そんな事はどうでもいいわ!!】
そんなキョウに怒って言い返す二人の首根っこを、大股で近づいて来たマーマンが掴む。
【さぁお前達!! 大人しく戻って働くんだ!!】
「やだやだやだー!! 俺達は行くんだー!! 行かなきゃいけないんだー!!」
「離セ離セ離セー!! 俺は相棒ト一緒ニ行くネー!! もう哀しイ事ハ沢山ネー!!」
『……哀しい?』
乱暴に持ち運ばれる二人は、それでも必死に暴れて逃げようとした。
その様子に、思わずキョウはマーマンに言う。
「あ、あのマーマンさん、そんな乱暴にしたら、その子達可哀想じゃないでしょうか?」
【む……美しい御婦人、お気持ちは判りますがこれは魔王軍内部の問題です。口出しはご遠慮願いたい】
「あ、え、えーとでもほら、何もこんなに小さくて、弱い子達なんですし……少しくらい、大目に見てあげても……」
【弱い……こいつらが? ……冗談ではない】
「え?」
キョウの言葉に、マーマンは思わず呆れたように返し――気が逸れたその一瞬、少しだけ緩んだ両手から小柄な身体がずり落ちる。
「隙有りだぞ!!」
「逃げるネ!!」
【あぁ?!!】
マーマンは慌てて捕まえようとするが、二人は掴まれたマントを脱ぎ捨て走り出す。
「――あっ」
マントから転がり出てきたのは、全く違う姿の小さな種族だった。
「もう仕方ナイネ!! ちょっと危ナイけど、強引にでも呼ぶヨ!! 相棒!!」
一体は、今まで何度も見た、額に真紅の宝玉をつけた魔獣、ゴブリンシャーマン。
「判ったんだぞ相棒!!」
もう一体は、小柄な身体に少しだけ尖った耳、そして栗色の巻き毛に愛嬌のある丸顔がかわいらしい、小さな存在だった。
「もしかして――ハーフリットかっ」
「そうそう。――やべっ。ケイト、ザイツ頭下げろ!! 吹っ飛ばされるぞ!!」
「え?!」
人領域では殆どみかけない魔物を見て思わず声をあげたザイツに、ハウルグは頷きながらも鋭い声を返し、キョウと傍にいたカンカネラを抱き込むと、覆い被さるようにして身を低く屈めた。
とっさにザイツもそれに習い、ケイトは一度馬車を降り、愛馬ガンバーの首を抱えて下げさせる。
「――来いぃいいいいいいいいいいいい!! アップル三号ぉおおおおおおおおおおお!!」
ハーフリットの叫ぶ声が響いた、直後。
【ギュィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!】
獰猛な鳴声が響き、轟音をたてて何かが空から一直線に急降下してきた。
「うわ! わっ!!」
馬車周辺に直撃する強い風圧と震動。
その衝撃に耐えながら薄目を開けたザイツの目に、灰色に輝く魔物の姿が飛び込んでくる。
「――ワイバーン!!」
大型の馬ほどの胴体と、その倍ほどの長い両翼を持つ灰色の魔物は、翼竜族の一種であるワイバーンだった。
「脅かして御免なんだぞー!!」
「本当ハもっと、人気ノ無い場所まで逃げて、呼ぶ気だったネー!!」
身を屈めた者達は動けず、立っていたマーマン達が吹き飛び転がる中、ハーフリットとゴブリンシャーマンはワイバーンに掬い上げられるようにして飛び乗ると、そのままグングンと空へ上昇していく。
「おぉ……空飛んでる」
「わぁ……すごいですねぇ」
風が止み、立ち上がってその姿をぽかんと見あげたザイツとキョウに、身を起こしたハウルグは苦笑し、ため息混じりに説明する。
「やれやれ……あれが魔王海軍の爆撃火力、ワイバーン飛行部隊の飛行士ハーフリットと、後部魔撃手のゴブリンシャーマンだ」
「へぇ、ハーフリットが竜を操って、戦うのか」
「ああ。非力だが小柄で身軽な上目が良く、案外度胸もあって運も良いハーフリット達は、魔王の国で小型竜の飛行士として才能を開花させのさ。……まぁ、頭が悪いって弱点はあるんだが」
「それは結構、致命的な弱点じゃないのか?」
「それをカバーできる、身体能力と才能だったんだろう。――何せ魔王軍空戦最高の戦果を誇る、撃墜王と謳われた英雄も、並み居る高位魔族飛行士達を押しのけて、ハーフリットだったんだからな」
ハウルグの言葉に、ふらつくのか、首を振りながら立ち上がったマーマンが続ける。
【――バジル・アビルトン。……魔王海軍が誇る撃墜王ハーフリットだ。亡くなったがな】
「へぇ……あ、大丈夫かあんた? 頭打っただろさっき?」
【構うな人族。くそ、本部に連絡して、あの悪ガキ共を捕獲しなければ……】
「いや、もうあんなに小さくなってるし、無理だろ?」
逃走者二人を乗せたワイバーンは、猛スピードで空の彼方に消えつつあった。
だがマーマンは、どうやら笑顔を浮かべたらしい顔で、ザイツに返す。
【問題無い。……あいつらはまだまだひよっこ。撃墜王の追撃からは逃れられん】
「撃墜王は亡くなったんじゃ、ないのか?」
【だがその才能は、血脈に刻まれ未だ健在だ】
「血脈……」
【……ふっ、どうやら既に、連絡がいっていたようだな……】
「え? ――うわ?!」
視線を上げるマーマンにつられて再び空を見上げたザイツの視界を、一瞬強烈な風切音と共に、何かが通り過ぎて行く。
「なんだ今のっ?」
目で追うが、それは明確な姿が視覚困難なほど、鋭く早い。
まるで射撃された矢のように鋭く空を飛ぶ何かは、恐ろしい程加速して先を行く逃走者達に迫ると、あっという間にその退路を塞ぎ、強引に引き返させるように、追撃しはじめる。
「おぉ、これが空中戦かっ」
「ど、ど迫力ですねっ」
逃走者がどれほど飛ぼうと、追跡者を全く引き離せない。
みるみる距離を詰められ追い立てられ、やがて逃げたハーフリット達を乗せたワイバーンは、必死に翼を動かしながら、こちらに戻って来た。そして
「う――わぁあ!! ――隊長ぉおおおお!!」
「コリン!! ――いいかげんに――しなさい!!」
逃げるワイバーンはとうとう、追うワイバーンの足に上から掴まれ、街道近くの野原へと強制着陸させられてしまった。
【ギュギュウィイイイっ!!】
「あいたぁあああああっ!!」
「イタイよぉおおおオっ!!」
上から押し潰されたワイバーンの悲鳴と共に、再び起きる大きな風圧と震動。そして敗北して転がり落ちてくる、ハーフリットとゴブリンシャーマン。
【確保ぉおおおおお!!】
「ひぎゃあああああ!!」
再び逃げようとするも間に合わず、鮮やかに捕獲されたワイバーンの横で、二人はマーマン達に捕縛されてしまう。
「ああ、それでもやっぱり、あんまり乱暴は……」
「おーい、姫勝手に行くなって――……」
そんなマーマン達に駆け寄るキョウに続いたザイツは、逃走者達のワイバーンを捕らえたワイバーンの上に乗るハーフリットの姿を見た。
『……あれが、さっきの空中戦の勝者か。……あ、あれ?』
防護帽と防護眼鏡を取った姿に、ザイツは驚く。
「――旅の方ですか? ……部下の騒動に巻き込んでしまったようですね、申し訳ありませんでした」
あまりにも短く刈った髪に男性だと思ったザイツは、すぐにそれが間違いだと気付いた。
そして先程同様、愛嬌のあるかわいい丸顔のため幼く見えたが、子供でもない。
発せられる柔らかく落ち着いた声は、やや低いが間違い無く、大人の女のものだった。
「……女の人、ですか?」
同じ間違いを犯していたらしいキョウの呟きに、飛行士は微笑を浮かべてワイバーン上で一礼し、そして名乗る。
「捕獲中につき、上から失礼。――ワイバーン飛行隊。アビルトン小隊隊長、エスター・アビルトン。エスター少尉です」
「アビルトン……」
さっき聞いた名前だな、と思い出したザイツの後ろで、大柄なマーマンが満足気に補足する。
【撃墜王バジル・アビルトンの御息女よ。英雄死すとも、その血は死なず。撃墜王の才能は魔王軍の勝利のため、後継者に正しく受け継がれたのだ!】
「……」
マーマンの言葉を否定も肯定もせず、ハーフリット――エスターは曖昧に微笑み、そして再びヘルメットを深くかぶった。




