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次期魔王に雇われたが何かがおかしい  作者: 宮路広子
空の英雄と魔王女一行 ~ワイバーンは何が欲しい騒動~
62/201

60 トラブルメーカーに出会うが何かがおかしい

―ゼルモア神聖教国辺境領―バローク


~港町バローク~

 バース連合国ともっとも隣接する、ゼルモア神聖教国辺境領の最北端領。町長は港の大船主ヴァランタン(厚化粧)。

 ゼルモアの『辺境領』っていうのは、ゼルモア神聖教国に(強制的に)併合された小領の集まりで、押しつけられたゼルモアの国家体制には、色々反発もあったらしい。まぁ力もないんで、独立する事もできず敗戦まで付き合わされる結果になっちまったが。

 大型船が停泊できる港のあるバロークは、ゼルモアの海路流通の要所でもあったため、早めに抑えさせてもらった。……土地の事情で地元民を裏切らせるのは楽だったが、要所を死守しようとする神聖教国の強者達との激戦は、避けては通れなかったな。

 名物は魚で特産も魚。あと港で働く小麦色の肌した元気なネェちゃんオバちゃん。海辺の女達はしっかり身体を動かしてるせいか、年増でも身体がこう、ボンキュッボンとスタイル良く引き締まってる上性格も案外開放的で、口説くと(以降は検閲されたのか、黒塗り削除されている)

                         ――BY魔王『人族領域旅の友』


「――海っ」

「……ああ、海だな」


 深い木々の緑に覆われた街道を抜けると、突如扉が開けたように視界が広がり、青空を映したクリアブルーの大海原が目に飛び込んでくる。


「海海っ、海ですよーザイツさん!! 北の極寒灰色荒波と違う、ピカピカした青い大海原っ。うわぁ、なんか感動っ」

「確かに、カトラ辺りの海と違って随分明るいなキョウ姫」


 バース連合国ウィスティーアを発った魔王女一行は、ゼルモア神聖教国辺境領へと続く街道を進んで南下し、辺境領最北端の港町『バローク』へと到着していた。

 ウィスティーアからは東のメレ属教国領に続くルートもあったが、それぞれの領土に無駄無く行く道順序を考え、一行はまず南に進む事を優先した。


『先にこっちに来てよかったかもな。……良い気候で、海も綺麗だ』


 ザイツは馬車の後方に腰掛けて、色鮮やかな晴天の空と繋がる海、そしてその傍らに寄り添うような、白焼の煉瓦を多く用いられ造られている、賑やかな港町を眺めた。

 暖かい日差しと穏やかな潮風の心地よさに、思わず目が細まる。


『破壊された堤防や灯台、それに住宅。……ありこちに戦の爪跡は残っているけれど、それでもここは、とてもきれいだ。詩人が歌いたくなるような、画家が描きたくなるような風景ってのは、こういう所なんだろうか。……俺はそういうのは判らないけど』


 ザイツは馬車の中から目を輝かせて海を眺めている、キョウを見る。


『……きっとお姫様なら、ゲージュツとか、詳しいんだろうな。……この風景を見て名画を思い出すとか、思わず心に浮かんだ詩の一節を口ずさんでみるとか、そういう事もあるんだろうか……ん?』


 更に耳を澄ましてみると、キョウは何かを口ずさんでいる。


「――……アジサンマイワシシシャモサケブリマグロエビイカタコ……魚魚魚……塩焼き……網焼き……照り焼き……ホイルマヨネーズ焼き……おさしみ……わさびじょうゆで……醤油……ああしょうゆ欲しい……大根おろしも……海の幸を美味しくいただく必須アイテム……米味噌醤油……更にバターしょうゆも……」


『……詩……なのか?』

 

 高貴な姫君の考える事は、やはり自分には判らないとザイツは思った。


「……はっ、一瞬嬉しくてトリップしてましたっ」

「そ、そうなのかキョウ姫?」

「あはは、干物じゃない新鮮な魚が、今夜のお宿では食べられるかと期待してしまって……」

「そりゃ、こんな魚が安そうな場所なら、宿で出るのも魚だと思うけど。今日水揚げしてる船も、大漁だったみたいだし――」


「こらお待ちー!! この泥棒猫ー!!」

「にゃ~ん♪」


 ザイツが向けた視界を横切るように、太った青魚を咥えた小さな黒猫は、港で働く女の手をすり抜け、悠々と走り去って行った。


「……黒猫?」

「? どうしましたか、ザイツさん?」

「……ああいや……小さな黒猫が今……なんかカトラ王国とかでも、見たような気がしたんだけど……」

「やだなぁザイツさん、カトラ王国は遠いんですよ? きっとその黒猫は、この町在住の黒猫なんとかちゃんですよ」

「……そう……だよなぁ?」

「にゃ~ん♪」


 首を捻ったザイツの視界を、また女に追われた黒猫が走って行った。ちなみに口に咥えた魚は、一匹増えている。


「……たくましいな」

「ああ、ほっとけほっとけ」

「うお。おっさんか」


 思わず黒猫を目で追っていたザイツの頭を上からこづいたのは、馬車の上に寝転んでいたハウルグだった。


「ザイツ、どこかで見たような気がする猫なんて、気にしない方がいいぜ」

「なんだそりゃ? 気にしてちょっかいかけたら、捕って喰われでもすんのか?」

「かもな」

「え……冗談、だよなおっさん? だって猫だぜ?」

「ああ、勿論冗談だザイツ。冗談冗談」

「……」


 冗談と返しながら、ハウルグはザイツを黙らせるように、やや人の悪い笑みを浮かべる。誤魔化されたのを感じながらも、迫力に負けてザイツは黙る。


「しっかし……穏やかな空と海だな。両方のあちこちで激戦になったなんて、思えねぇや」


 悠々と視線を上げたハウルグは、今までの会話を忘れたように話題を変えた。


バローク(ここ)は、激戦だったんですか? ……でもその割に、建物は……」

「さほど損傷してないのは、現地住民が早々にゼルモア神聖教国を裏切って、降伏したからですよ姫様」


 周囲を見回すキョウの疑問には、御者台のケイトが答える。


「バローク周辺は、ゼルモア神聖教国『辺境領』。つまりゼルモアが拡大する度に強制併合されていった、小国や小領の集まりですからね。元々ゼルモアに付きたくて付いたわけでもなし、身の安全と信仰を保証されるなら、変わり身は早かったでしょう」

「ああ、本当だ。BY魔王『人族領域旅の友』にも書いてます」


 キョウは鞄から取り出した、人族領域旅の友を捲り頷いた。

 そして微かに眉をひそめ、ぽつりと呟く。


「……ゼルモア神聖教国は、自分の国の人達からも簡単に見捨てられたんですね」

「え?」

「ああいえ。そういうのって、仕方ないのかもしれないんですけど……寂しいものですね。……ゼルモアってそんなに、嫌われていたんでしょうか?」

「……そうですねぇ。辺境領は開戦前の増税で苦労していたようですから、ゼルモアに対する国民感情が悪化してたのは確かでしょう。それにやっぱり、国の命令より我身の安全が大事だったでしょうし……」


 良い場所を見つけたのか、道脇で馬車を止めたケイトは話を続け、周囲の風景へと視線を向ける。


「……でも、それだけじゃないと思いますよ。姫様、あれを」

「え?」


 そして一方向へと視線を留め、指をさす。


「あれは……」

「鎮魂の祭壇だな」


 出航の安全を祈るためにか、港のすぐ側に建てられている小さなゼーレの聖堂からは、香油を焚きしめた白い煙が立ち上り、その門前は死者への手向けである白い花々で埋もれていた。

 祭壇にはひっきりなしに人が訪れ、花を手向けて祈っているのが馬車からでも見える。


「魔王軍が許したんでしょうが、戦死者達を弔いたいと願ったのは町の人々だったと思いますよ。……支配者階層は腐敗していると言われてましたけどね、ゼルモア神聖教国の聖騎士達の中には、その働きと高潔な精神で、国民からの尊敬と憧れを勝ち取った立派な騎士様達も大勢いたんです」

「……クレマン・パラディール卿とかな。……あの空戦の英雄も、この大戦でとうとう墜ちたか……」

「クレマン、さん?」


 ケイトの言葉を引き継いだハウルグが出した名に、キョウは首を捻った。

 一方ザイツは、その名に聞き覚えがある。


「『竜騎士クレマン』の事だろう、それ?」

「お、知ってるかザイツ?」

「英雄譚を語る吟遊詩人が、カトラの方にも来てたからさ。なんだかすごい騎士だったらしいな?」

「ああ、すごいぞ。初陣から今まで最前線の空で戦い続け、数多くの魔族を葬って来た、ゼルモア空の守護神だ。忠誠を尽くした愛竜ウィルジニーと奮戦する姿には、魔王軍の新兵達も震え上がっていたさ」

「……恐ろしくも、ロマンでありますなぁ。主人が人族というのは気に入らんであるが、主人に身を捧げ共に戦う竜殿の気持ちは、我輩にも痛い程判るであります」

「お前は竜じゃなくて烏だろバカラス」


 騎士と竜の絆に憧れを抱いたのか、メイド姿の赤い魔烏(クローメイジ)カンカネラも、キョウの横から顔を出し、会話に加わって来た。


「身を捧げ……そうだな。ウィルジニーは、最後まで主人を守って共に死んだらしい。長年連れ添った()にあそこまで尽くされれば、クレマン卿も男冥利に尽きただろうよ」

「あ、竜は女の子だったんですね」

「ああ、しかも竜基準だと、すごい美少女だったらしいぜ。詩人が話してた、笑い話を覚えてる」

「笑い話?」


 うん、と頷きザイツはキョウに話す。


「クレマン卿とウィルジニーは、初陣で最前線に配置され、魔王軍の飛竜部隊と対峙した」

「こ、怖いですね」

「うん。勿論まだ若いクレマン卿とウィルジニーも緊張して、これから来る戦いに臨んだんだけど」

「はい」

「初お目見えしたウィルジニーのあまりの可愛さに、同じく初陣だった敵側の、若く制御も甘い飛竜達が、大興奮しちまって」

「え……」


―ガウゥウウウ!!(うっほぉおお!! 美少女きたぁあああ!!!)―

―ゴゥウウウウ!!(是非捕まえて俺のヨメぇえええええ!!)―

―ギャワァアア!!(俺の子供を産んでくれぇえええ!!)―

―グルルルゥウ!!(身体から始まる愛があってもいいと思うんだぁああ!!)―


「こんな感じで、制御不能になって真っ正面に突っ込んできたオス共が」


―ゴォオオオオ!!!(近寄るなこのセクハラ野郎共ぉおおおお!!!)―


「ウィルジニーのファイヤブレス一発で、まとめて撃墜されちまったらしい」

「う……うわぁ」

「そしてこのマヌケな大惨事で、この時魔王軍は撤退を余儀なくされたんだとさ」


 めでたしめでたし、と結んだザイツに、キョウとケイトとカンカネラは、非情に微妙な表情となって、顔を見合わせた。


「……男の人って……」

「大惨事というか大珍事というか……男の馬鹿ここに極まりというべきか」

「オスであるという事は……哀しい事なんであるな……」

「おい待てバカラス、お前もオスだろう」

「ふっ……女体である時、我輩心も女子であります。この通り、メイド幼女を、極めているで、あります♪」

「……」


 そう一言ずつ少女らしくポーズを作るカンカネラに手が届いたので、とりあえずザイツは殴っておいた。


「なにするであるかー!!」

「気持ち悪かった」

「ザイツさん、男の娘とか認めない派なんですね……」


 一方、


「いやでもなぁ。判らんでもねぇのよ。やっぱり自分にとってたまらなく魅力的な女がいればなぁ、男ってのはつい暴走しちまう生き物なんだぜ~ケイト~♪」

「はっはっはっは。ですがそんな男の愚行を、女が受け止める筋合いは金輪際これっぽっちもありませんなぁハウルグ卿。燃やせサラマンダー」

【了解。マスター・ケイト】


 ケイトは笑顔で馬車の上から這い寄って来たハウルグに、笑顔で召喚したサラマンダーをけしかけていた。


「うぉおお!! フェンリルの弱点属性を容赦無く向けて来る、そんなお前が好きだぜケイト~っ♪」

「私はちっともめげない堪えない、そんな貴方の図太さが嫌いですねぇハウルグ卿」


 痴話げんかに見えない事もない馬車上の攻防は、街道や港に在る人々の注目を多いに集めた。

 そして


「――見るんだぞ相棒!! 馬車だぞ!! しかも、乗ってるヤツらはいかにもアホっぽいぞ!! あれなら隠れられるぞ!!」

「ソウダネ相棒!! 隠れルネ!! あいつラやり過ごスネ!!」


 そんな馬車のすぐ側にある木の影に、馬車に注目した、二つの小さな影があった。


「いいかっ、なるべく可哀想に、幼気なフリして助けを求めるんだぞ相棒!! そうしたらあのアホっぽい連中なら、きっとコロッと騙されるんだぞ!!」

「了解ネ相棒!! アホは利用すルに限るネ!! 騙される方が悪いネ!!」


 フード付きマントを頭から被った小さな人影は、一生懸命話し合い頷き合う。


「……おーい、聞こえてるかザイツ、ケイト?」

「……そりゃ、あの大声じゃな」

「……謀はまず、小声でやるべきでしょうな」

「燃やすであるか?」

「だっ、ダメですよカンカネラさんっ!!」


 抑えていないそんな声は、当然馬車まで聞こえていたが。


「何か訳があるのかもしれませんし、話は聞いてあげましょうっ」


 キョウの一言で、二つの影は木陰ごと燃やされる運命からは逃れる事ができた。


「――お助け下さいなんだぞ!! お助け下さいなんだぞ!!」

「――助けルネ!! 優しイ方々憐れナ我々ヲ助けるネ!! 今すぐ馬車ニ匿ウネ!!」


 こうして魔王女一行は、新たな騒動の発端と関わる事になった。



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