6 クエスト申請をしたが何かがおかしい②
学者と自己紹介をした冒険者のケイトと共に酒場の客間に来ていたのは、冒険者ギルドのシュネイ事務所所長、所長補佐、そして酒場のマーカスの三名だった。
ケイト同様まず丁寧に跪き頭を垂れて挨拶をした事務所所長は、キョウと向かい合って客間のソファにケイトと共に座ると、おもむろに用件を切り出した。
「……つまり戦勝国であり、大陸屈指の大国となった魔族領域『魔王の国』の姫君を、ランク3の未熟な冒険者に護衛させるわけにはいかないと、冒険者ギルド・シュネイ事務所は判断致しましたわけです」
「――へぇ、今回の戦争って魔王の勝ちだったのか」
――キョウが座るソファの後ろに立って話を聞いていたザイツが思わず漏らした一言に、部屋の者達は全員呆れた視線をザイツへと向けた。
やがて涼やかな碧眼を眇めケイトが言う。
「……青年、君はまさかゼルモア神聖教国主戦力の大敗によって決着した此度の終戦事情を、知らないというのかい?」
「……聞いたかもしれないけど忘れてた。教皇の国が負けたのか?」
「おいおい……ではこの戦争の勝利によって、魔族領域が『魔王の国』としてグランツァー大陸法の下、長く敵勢力だった人族の王達にも正式に認められた事も?」
そうだっけ? と首を捻ったザイツに、ケイトは呆れた様子で首を振った。
「こらこら青年、情報収集と記憶は冒険者にとって大切な仕事だろう?」
「そりゃクエストを引き受けた事に関してなら調べるけど、仕事に関係無い所の事情なんか一々覚えないぞ。俺今回の戦争で仕事してねぇし」
「それは良くないぞ。クエストに直接関係する事だけじゃなく、クエストで面倒に巻き込まれないためにも、周辺諸国の動向や戦況は把握しておくべきだ」
ケイトはそう言うと『少々よろしいですか?』と周囲に尋ね、キョウが頷いたのを確認すると、ザイツに向かって言葉を続けた。
「……では青年、そもそも我らがグランツァー大陸で延々繰り返されていた、魔族領域と人族領域の戦争は、実際誰対誰の戦いだったのか君は判っているかい?」
「え?」
突然投げられた問いに、ザイツは頭に浮かんだ事を何気なく答えた。
「そりゃ……魔王軍対グランツァー大陸王国連合……だろう? 聖なる大陸から邪悪なる魔族の領域とそこに潜む魔族共を排除し、全てを神に選ばれし人の手に取り戻せ……とかゼルモア神聖教国の教皇が言って、その命令に人族の王達が従って、魔王軍と戦った……んだよな?」
「そうだ。――が」
皮肉気な表情で頷き、ケイトは更に問う。
「ならば青年、グランツァー大陸王国連合というのは、どのくらいの規模か君は判るか?」
「どのくらいって……そりゃ人族の国全部……じゃないのか?」
「ほら、知らないからそうやって間違ってしまう」
そこそこ美人だが可愛くない女だな、と思いながらザイツが眉を潜める前で、ケイトはクスクスと楽しそうに笑いザイツに答えた。
「ゼルモア神聖教国、メレ属教国、バース連合国。二年に及んだ『今回』の人魔領域間戦争での『グランツァー大陸王国連合』は、この三国だけさ。……その他大陸の国々は、この戦争に参戦も協力もしてないんだ。勿論このカトラ王国もね?」
「えっ」
ザイツは知らなかった。
「グランツァー大陸王国連合というのはね青年、言わば人魔領域間で戦争する時、人族側が名乗る通称なんだよ」
「……呼称」
「そうさ。第一回人魔領域戦争で全ての人族の国々をまとめた連合名として使われて以来、その名はずっと人族側の呼称として使われてきた。どれほどゼルモア神聖教国の威信が陰りを見せ、戦争に参加する国の数が減っても、ね」
見栄さ。と侮蔑を込めた笑い声を漏らしてケイトはまとめる。
「今回の大敗北で神聖ゼーレ教の総本山ゼルモア神聖教国の力は完全に衰え、魔族を駆逐する事を神意だと謳って来たこの国が口出しできない時期に大陸法改正が魔王の国の求めで決議されたため、魔王の国は大陸の正式な国家として人族の中でも認められて、晴れて今回の戦争の戦勝国となったわけだよ。――そしてこの国家情勢をきちんと判っていると、今の冒険者ギルドの慌てぶりも理解できるだろう青年?」
少し考えたザイツは頷き、ケイトに返した。
「……つまり戦争後は神殿の力がなくなって魔王の国の力が増したから、この……俺の前に座ってる姫様の価値が、大陸の中でも、冒険者ギルドの中でも……すげぇ上がってるって事か?」
考えながら話していたザイツは、自分の言葉で次第に自分が受けようとしていた『クエスト』がどういうものなのか判ってきた。
それを裏付けるように、ケイトの言葉が続く。
「その通りだ。正式に承認された国家、しかも現在国土国力共にトップクラスである大国の王位継承権第一位、クローディ魔王女殿下の護衛を、冒険者ギルドは最重要クエスト――つまりランク6以上の冒険者でなければ受ける事ができない、最難度のクエストだと判断した。……だから現在ランク3の冒険者にすぎない君では、荷が勝ちすぎると言っているわけだ」
「……あぁ、なるほど」
冒険者ギルドとクエストの事情に考えがいかなかったザイツは、我ながら気が利かないと思う。
『……直接頼まれたからなんとなく引き受けつもりになってたが、王族の護衛なんて、そりゃ難易度高いクエストに設定されるよな。受けた事ねぇから、その辺思い当たらなかった。……そんなに危険な仕事になるなら、俺は外されて喜ぶべきか』
単純に護衛クエストと言っても、その難易度は初心者に毛が生えた程度の冒険者でもこなせるものから、最高ランクの冒険者が一団となって当たらなければ達成できないものまで様々あり、ザイツは当然低ランクに回って来る程度の護衛しかやったことがなかった。
『商隊の用心棒とか、都会で成功した息子に会いに行く老夫婦の道案内とか、ゼルモア神聖教国の神殿学校に入学する子供達の引率とか……俺がこなした護衛はその程度だったしな。……そういや神殿学校に連れていったヤツらはどうなったか……戦争に巻き込まれてねぇといいけど……』
なんとなく以前の仕事を思い出したザイツの耳に、事務所所長の声が入って来る。
「――というわけで私共冒険者ギルド・シュネイ町事務所としましては、クローディ魔王女殿下の安全な御旅行のため、その護衛としてこのミス・ケイトを中心とした平均ランク6以上の冒険者パーティーを結成しようと思っておりまして……いかがでございましょう魔王女殿下」
「……え……」
そんな男の言葉に、戸惑うようなキョウの声が小さく聞こえた。
ぼんやりしていた意識を戻して前を見下ろせば、キョウは白金髪を揺らして不安気な表情で後ろのザイツを見上げている。
「……」
『……冒険者ギルドの判断なら仕方ないか。……いやキョウ姫、別に悪い話じゃねぇだろ? いいじゃねぇか女冒険者。しかもランク6なら俺よりずっと優秀だろ。……なんでそんな顔すんだよ』
その迷子になった子供のような顔に一瞬罪悪感を覚えたザイツは、すぐに馬鹿馬鹿しくなってそれを打ち消そうとした。
「ミス・ケイトはカトラの最高学府であるカトラ国立大学で博士課程を終了し、現在は民間の研究機関としては随一と名高いパルク・ホル考古学研究所所長の助手として様々な遺跡に足を運んでいる文武両道の才女です。神聖魔法と精霊魔法を使いこなすその魔力は、必ずや魔王女殿下のお役に立つでしょう。――確かに体力や直接的な戦闘力は男性冒険者には一歩譲りますが、それもパーティーの編成で補えば問題ないレベルでして――」
だがキョウは、事務所所長の売り込みを聞きながらも、ザイツへと小刻みに困った視線を送っている。
「……」
『いや、だからなんで俺を見るんだ? ……だって仕方ねぇだろ。俺ランク3だぞ、冒険者ギルドが高難度って設定したクエストに名乗り出る事なんかできる立場じゃねぇって……』
「……」
『あんただってそのケイトって冒険者+何人かのハイクラス冒険者達に護衛された方が旅が楽だろうが? なんで冒険者ギルドから不適格判定された俺なんかに……そんな頼るような目を向けるんだよ?』
「……」
キョウはザイツを見上げている。
『――あーもう!』
――その子犬のようなつぶらな瞳に負け、気が付けばザイツは事務所所長に向かって声を上げていた。
「なぁ」
「ん? ――なんだね君は、まだいたのかね。魔王女殿下をここまでお連れしてくれてご苦労だった。だがこのクエストは君には無理だろう。下がってくれてかまわんよ」
声を上げた事を一瞬後悔するが、だが邪魔だとはっきり態度で表す身なりの良い中年男の言葉は少々腹立たしく。ザイツは自分が知っている事を言ってしまう事にする。
「けど俺、今日酒場で魔王女殿下から『名指し』でクエスト受けたんだ」
「! ――君っ」
「冒険者ギルドのクエスト申請書類にもあるよな? ……依頼人には冒険者を選ぶ権利がある。依頼人が『名指し』した冒険者は、ランクを問わず依頼人のクエストに参加できるって」
これは元々ランクが低くても特殊技能があるなど、クエストにとって有益な人材をパーティーメンバーに加入させるための規定だった。
中年男の顔が焦りに歪み、逆にキョウの表情は明るくなる。
「そうなんですかザイツさんっ?」
「ああ、冒険者規則にも、依頼人の申請書類にも書いてあるから間違い無い」
「だったら私もうザイツさんを名指ししてますから、ザイツさんにこのまま護衛の仕事をお願いします。ザイツさんがいいですっ」
明るい笑顔でキョウはそう事務所所長に断言した。
安堵しているのが判るキョウに、不思議な気分になる。ザイツにはどうしてキョウがここまで自分を信用してくれるのか判らない。
「い、いえですが、それで魔王女殿下の御身にもしもの事があれば、護衛を依頼された冒険者ギルドが全力を尽くさなかったと、魔王の国から怒りを買うでしょう。……私共と致しましてはやはり、用意できる最高の人材で魔王女殿下の護衛を引き受けさせていただきたく……」
「でも冒険者を雇うのは、あくまで私の申請でですよね」
「そ、それは勿論……ですがその……ランク3というのは……ギルドにおいてはまだまだ未熟なひよっこでして……」
しどろもどろに言いながら、事務所所長はキョウの背後に立つザイツに忌々しい視線を向けて来た。
『余計な事言いやがって、って目線で言ってるな』
それも当然だとザイツも思う。
『魔王の国は冒険者ギルドにとって新規の『客層』だ。早く信用を得るためにも、申請されたクエストには誠意を持って対応し、着実な成果として返したいだろう。……それが王族からの依頼なら、尚更なんだろうな』
本当ならさっさとこの件から手を引きここから出て行った方が、後々余計なトラブルにならないという事はザイツにも判っている。
――だが何故かザイツは、ザイツを信用し雇うと冒険者ギルドの事務所所長に断言するキョウを置いて行く気にはどうしてもなれず、キョウの後ろに留まっていた。
『……うーん……我ながらなんで帰らないんだ? ……信用するのは姫の勝手だし、別に俺が世話焼く義理もねぇのに……――……あ……』
――やや現実逃避気味に考えていたザイツは――ふと記憶の奥底に残っていた、懐かしい姿を思い出す。
『……ちょっと……あいつに似てる……か? ……ワケの判らない事を言う所とか……子供みたいな表情とか危なっかしい様子とか。…………うわ』
思いだした記憶に覚えた懐かしさと痛みを忘れるように、ザイツは頭を掻く。
――記憶の中に残っていた少女の姿は、ザイツがにとっては懐かしくもやや痛い、思い出の一つだ。
「――だったら、ケイトさんも一緒に来ていただくという事でどうでしょうか」
そんなザイツの前で、キョウは名案を思いついたように言った。
「確かに私も同性が一緒だと、色々心強いです。ですから護衛はとりあえず、ザイツさんとケイトさんの二人にお願いしたいです」
「魔王女殿下……ですがやはりそれでは、少々身軽過ぎませんか?」
「元々大げさにしたくない、というのもあるんです。……武装した騎士達に囲まれた頑丈な馬車の中からでは、隙間が少なくて見えるものは少ないと魔王陛下もおっしゃってましたから」
「……」
「冒険者ギルドの方のご厚意は、必ず魔王陛下にお伝えします。私の安全をきちんと考えて下さった方々に、私の考えを押し通したのだと。……陛下は判って下さると思います」
ですからお願いします、と言い微笑んだキョウに一瞬魅入ったらしい事務所所長は、いや、ですが、としばらく繰り返していたが、やがて背後に立つ酒場のマーカスに問いかける。
「マーカス……あのランク3戦士は信用できる腕前なのか?」
「ザイツですか? 前衛回避盾としても物理火力としてもそこそこ使えるヤツですよ。どちらも特化したタイプの戦士には敵わない、いわゆる器用貧乏ってやつですがね。成功報酬目的で仕事はちゃんとこなしますから、冒険者としてもそれなりに信用されてますし」
良いのか悪いのか判りづらいマーカスの評価を聞き、事務所所長はうぅんと呻った。お偉いさんは大変だなと他人事のように思いながら、ザイツは事務所所長を眺める。
「――よろしいですか、冒険者ギルトシュネイ事務所所長?」
そんなやや煮詰まりかけた雰囲気の中で、ケイトが軽く手を上げて事務所所長に声をかけた。
「む、な、なにかなミス・ケイト?」
「もしかしたら、あの青年を雇う方向で話が進んでいるんですかね?」
「いけませんか?」
そうケイトに問いかけたのはキョウだった。ケイトはキョウへと顔を向け、頭を下げてキョウへ返す。
「恐れながら魔王女殿下。その青年を雇うというなら、私はここで失礼させていただきます」
「お、おい君!!」
焦ったような事務所所長の声が部屋に響くが、ケイトは全く意に介さず真剣な眼差しでキョウとザイツを見返した。
その視線を受けたキョウは、確かめるように静かな声でケイトに言う。
「……ランク3のザイツさんと仕事をするのが嫌ですか? ケイトさん」
「いいえ、ランクは関係ありません」
「……だったら何故?」
「彼と良い仕事ができるとは思えないからです。信用できない」
そう淡々と言うと、ケイトはザイツを見上げた。
黙ってそれを見返すザイツの前で、キョウは言い返す。
「……それはザイツさんがちょっと……情報に疎いからですか?」
「いいえ、それもさほど問題ではありません。私がフォローできる範囲です」
「……ではなぜ?」
「……ここに来る前に、事務所にあった彼のクエスト実績を確認させてもらいました。魔王女殿下に雇われ同行を許されたのが、どんな冒険者なのかを知りたかったので」
ケイトは目を細め、小さなため息と共に言う。
「……魔王女殿下、彼の仕事は臆病です」
「……臆病?」
「はい、彼はランク3に上がってから今まで、殆どランク相応のクエストを受けた事がありません。彼が受けて確実にこなしているのは、ランク0~1,2程度でも受けられる、低危険度の任務ばかりです。だからランクポイントの獲得数も少なく、ランクを上げる事ができない」
ザイツに醒めた視線を向けながら、ケイトは続ける。
「これでクエストを失敗しているなら、君が自覚ある未熟者なのだと私も思う。だが青年、君は受けた仕事は確実にこなし、全て成功している。運だけではこうはいかない。討伐、採取、配達、そして護衛。低レベルの依頼だろうと、これら全てを成功させる実力というのは大したものだ。――だが君は実力相応の仕事を殆どしようとしない、何故だ?」
予想はしているんだろうケイトに、ザイツは答えた。
「……俺は自分の身が可愛い。危険な仕事は、できるだけ受けていない」
「そういう事だ。だから私は、君を信用できない」
ケイトはザイツをねめつけてから、目の前のキョウに言う。
「魔王女殿下、慎重と臆病は違います。私は彼のように、自分の力をきちんと把握できていない臆病者と仕事はできません。戦わなくてはならない時に逃げられては、こちらの身が危ないですから」
声にザイツを責める響きや嘲りはなく、ケイトはあくまで冷静に自分の考え
をキョウへと伝えた。
その言葉に、ザイツは納得する。
「……あんたの言う通りだ、学者センセイ」
「ザイツさんっ」
「俺は臆病だよ。大きな仕事に対する野心もない。……受けた仕事は生活のためこなしていたが、姫の護衛は今までよりずっと厳しい仕事になるかもしれないんだろ? ……もし本当にヤバくなったら、あんたの言う通り自分だけで逃げ出すかもしれない。……信用してくれとは言えねぇ」
ザイツの言葉に、ケイトは眉根を寄せて返す。
「……青年、君が冒険者として求めるのは、生活費だけなのか?」
「……そうだな。あんたは違うのか?」
「ああ違う。だからこそ危険だとしても、自分ができると判断したならクエストは受ける。そして何が何でも成功させる」
「……そうか」
躊躇無く頷くケイトには、仕事に対する確固たる目的と意志が感じられた。
その姿勢を少しだけ羨ましく感じながら、ザイツはキョウに言う。
「……姫、俺とそこの女なら、そこの女の方があんたの旅の力になると思う」
「――っ」
「……臆病者には過ぎたクエストだったみたいだ、俺は身を退かせてもらう。多分それが一番良い。……ごめんな」
ザイツはキョウに頭を下げると、部屋を出て行こうとした。――が。
「ご?!!」
「待って下さいザイツさん!!」
ザイツは後ろからマントを掴まれ、床に勢いよく引き倒された。
華奢な片手で掴んで引き倒した怪力の持ち主は、勿論キョウだ。
「あぁ! すみませんっ! 力加減が下手なんです!」
「姫……あんた本当に、俺なんていらないだろ」
「!そんな事ありません!」
「いや……でも……」
「私はザイツさんが臆病なんて思いません!」
「……え?」
「ザイツさんは私の話を聞いてくれました!! ――この姿の私の話を!!」
身を包む微かな光と共にバサ、と大きな羽音と共に純白の両翼が伸び。気が付けばキョウは、ザイツと出会った堕天魔族の姿に戻っていた。
「っ……おお、まさしくあの姿は……」
「魔王と同じ……翼と角……」
恐怖と感嘆で息を飲む周囲の目線を受け、ザイツのマントをしっかり握りながら、涙を堪えるようなしかめっ面でキョウは話す。
「……ザイツさんの前に会った人達……誰も話なんか聞いてくれなかったんですよ」
「……その姿で話しかけたのか」
「はい。……だって……『人間に化けて』話したって……意味ないじゃないですか。……ありのままの姿で、話しを聞いて欲しかったから……だから」
泣きそうに歪んだ美女魔族の顔は、ザイツには子供のように見えた。
そんなキョウの肩に止まり慰めるように身を寄せながら、赤いカラスも言う。
【……道すがら会った人間共は、魔族だ!! と姫様に叫んで皆逃げたのだ】
「……」
【姫様はただ挨拶されただけだったのに。まず自分から友好的に接しようとされただけだったのに……あいつらは姫様に怯えて逃げおった。殺される、と言ってな! ――くそう! 人間風情が姫様のお心を傷付けおって!!】
「田舎の一般人ならそうだろうよ。……戦争が終わったからって、そう簡単に魔族への恐怖は消えない」
こくりと頷き、キョウは寂しげに笑う。
「……ええ、判ってたつもりだったんですけど。……でも何人も何人もに怖がられ続けると……やっぱりめげちゃうんですね」
「……キョウ姫」
「でもザイツさんは、私の話を聞いてくれました。……剣を降ろしてと言った私の声が、貴方にはちゃんと届いた」
「堕天魔族の強さを知ってたから、観念しただけだ」
「そうですか……それでも私は、やっぱり貴方が臆病とは思いません。……本当に臆病な人達は、何を言っても恐怖するばかりで、私の話なんて聞いてはくれませんでしたもの」
「……」
「だから、貴方を信用したいと思ったんです。……ザイツさん、私を怖がっても……初めてちゃんと話を聞いてくれた貴方に、私は一緒に来て欲しい」
――買いかぶりだ。これからいくらでも魔物に慣れた、そしてきちんと話しを聞いてくれる人間くらい現れる。
そう言い返そうとしたザイツは、だがキョウの泣きそうな顔を見返し黙り込んだ。
ふと気が付くと、事務所所長からケイトまで、周囲の誰もがザイツとキョウのやりとりに注目している。
「なるほど……君は臆病なようでいて、突発事態にも冷静さを失わない強さも持ち合わせているのか。……これは少々認識を改めるべきか? ……いやしかし……単に魔王女殿下の美貌に血迷っただけの可能性も……」
「お、おい! 何変な事言ってんだよ学者のネーちゃん?!」
男達の視線と何かをブツブツと言い始めたケイトに、ザイツは急に恥ずかしくなってその場に立ち上がろうとした。
だがマントをしっかり掴まれてるため、動きが取れない。
「おい破けるから離せ姫! これ毛布にも合羽にもなるから便利なんだぞ!」
「どこもいかないなら離しますっ」
「行かないから離せよっ」
「約束するですかっ?」
「するから」
「……ほんとに?」
――妖艶な美女の至近距離からの上目遣いは、不釣り合いに感じる気弱な雰囲気と相俟って、とても可愛かった。
「――っ!」
ザイツは呼吸が止まるような衝撃と同時に沸騰するような熱を感じ、慌ててマントを引っ張って立ち上がる。
『び……びっくりした。……可愛いとか……冗談じゃねぇ』
「ザイツさん……?」
気のせい、を繰り返しザイツはキョウから目を逸らす。
魔王の娘に人族が不埒な欲望を覚えるなど、考えるまでもなくこの世で最も危険な愚行だ。
『……でも……信用……されてるのか俺……』
だが母親のスカートを掴む子供のような表情でザイツのマントを握り締めていたキョウを思い出せば、それがどんな感情からかは考えないようにしても、やはり願いを聞いてやりたい気分にはなった。
『……どうすっかな……というより……どうすんだ?』
冒険者ギルトは、そしてケイトは、このキョウをどうするつもりか。
そんな事を問いかけるつもりで、ザイツは向かいのソファに座る者達へと視線を送ろうとした――その時。
「魔国の姫君はこちらか?!!」
「ふぇっ?!」
『うぇ?!』
バン、という無遠慮な音を立てて客間のドアが開かれ。
そこからキラキラと輝くような集団が、部屋へと押し入って来た。
『……今度はなんだよ?』
乱入。また乱入




