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次期魔王に雇われたが何かがおかしい  作者: 宮路広子
勇者と魔王女一行 ~お手並み拝見騒動~
57/201

56 嫌がらせもできたが何かがおかしい

 ――全盛期の武装があれば。


 そう思った槍使いの男は、紙一重で狙いに届かなかった自分の槍先に対し、自分が思った以上に悔しがっている事に、今更気付いた。


「へっ……運はこっちに傾いたな」

「……」


 不敵に笑う男の拳が、防護の薄い槍使いの鳩尾にのめり込む。

 槍使いが激痛と這い上って来る吐き気を堪え放った反撃は男の頬を掠め、男は更に槍使いの顔面へと、逆の拳を打ち込む。


「――人族(ヒュー)。……お前、むかつくくらい強かったぜ」


 地面に叩き付けられ、全身の骨が砕けるような衝撃で視界が霞んだ。

 その端に倒れている剣使いと、砕け散る赤い水晶を認めた槍使いは、自身の敗北を認めながらもグルグルと巡る思考を止める事はできなかった。


 全盛期の武装があれば。

 まだ若く心身共に充実していた、奴隷ではなかった頃の自分ならば――もしかしたら。


「……くそぅ……」 


 悔しい、と思う。

 自分を見下ろす、まだ若くも見える男の恐ろしい程の実力を実感したからこそ。その勝負に血湧き肉躍ったからこそ。槍使いは自身の敗北を、純粋に悔しいと感じていた。――勝ちたいと、渇望していた。


「……俺達の負け……だ」


 それは奴隷に落ちた長い年月で摩耗し、とうに消え去っていると思っていた戦士としての闘志だった。

 奴隷風情には過ぎた感情だと自嘲ながらも、槍使いは思い出したそれを、もう二度と忘れたくないと思った。


「――勝負あり!! 勇者エルンストの護衛三人対旅人ハウルグ!! ――旅人ハウルグの勝利です!! ――これにより、旅人ハウルグと冒険者ザイツ二人の勝利が確定しました!!」


 やがて審判の最終コールが響き、観戦に興じていた客席からは、怒号とも歓声ともつかぬ大音量が爆発するように湧き起こった。


「うわっ……やったーっ!! ザイツさん達勝ちましたよーケイトさんーっ!!」

「そのようですねキョウ姫様。……ふむ、ハウルグ卿は接戦を制しましたか。……一歩間違えれば、転がっていたのはハウルグ卿の方でしたが……」


 ケイトは少々呆れた顔で、殆ど赤に変色しかかっているハウルグの保護水晶(ガドクリス)を眺めていたが。


「……まぁ、それを切り抜けた手腕は、お見事と言っておきましょう。すばらしい戦いぶりでした」


 それでも安心したように息を吐き、肩の力を抜いた。


「ですよねっ。ザイツさんも、すごかったですっ。おーいっ」


 そんなケイトに笑いかけたキョウは、ふと見上げてきたザイツに気付き、手を振る。


「……」

【……ザイツ、何故姫様から顔を逸らすのであるか?】

「……いや、別に」

「はははっ、かっこつけて戦ってたトコを魔王女殿下に見られて、今更恥ずかしくなったんだよな~ザイツ~?」

「おっさん!! あ、あんたは見てねぇだろっ!! そんな余裕無かったはずだ!!」

「お前と一緒にすんな。戦場で視界狭めるのは危ねぇからよ、できる時にできるだけ闘技場全体を確認してたっての」

「……このクソオッサンは……」 

「――『だから深読みさせるハッタリが、俺の実力ってこった』っ」


 キリッ、と擬音でも響きそうなキメ顔で口真似されたザイツは、無言で振りかぶった両手剣を思い切りハウルグに振り下ろして、それに応えた。

 難無くかわしたハウルグは、楽しげにザイツを見下ろし言う。


「なかなか、面白い見栄の張り方だったなザイツ」

「あんたのようには、できねぇけど」

「当たり前だろうが」

「……そうだな」


 当たり前の事だった、と呟きながら、ザイツは苦笑した。


「――で、だザイツ。当たり前に勝利した俺達には、あの勇者サマが提示した賭け金が転がり込むんだが」

「ああそうか、金は嬉しいな」

【あっ、我輩キラキラした飾り玉が欲しいである!! 露店にあったのが欲しいである!! 欲しい欲しい!!】

「黙ってろバカラス」

「……入るんだが……なぁザイツ、先々の事を考えてその大金、当たり前じゃねぇ使い方してみねぇか?」

「ん? そりゃ、使い道によるな?」


 よしよし、と頷いたハウルグは、ザイツを手招きしてヒソヒソと自分の計画を話した。


「あー……なるほど。確かにそれは、あいつへの嫌がらせになる上、こっから出発する時の危険も減るな……」

「だろう? あのクソ坊ちゃんがもう一度準備する頃には、俺らはとっくにここから離れてるしよ……」

【ハウルグ卿……とても悪い顔である。楽しそうである】


「ん~? 次の試合準備が始まるですよぅ~? 自分で歩ける人達は、さっさと退場して下さい~?」


 そんな悪い顔で相談するハウルグの後ろを、審判だった冒険者ギルド事務員の娘と、ギルドメンバーに支えられた敗者達が、退場していった。



 ―小一時間後―


「……畜生……ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 冒険者ギルドの医務室では、過剰ダメージで運び込まれたエルンストが、ベッドの上で叫んでいた。――その足下には、輝く多量の金貨が散らばっている。


「あいつ……ザイツ……なめやがって……くそ……ぉ!!」


 金貨を睨み付けるエルンストの声は、だが次第に小さくなっていく。

 そして血の気の引いた顔は青ざめ、身体は小刻みに震え出している。


「……ザイツ……ッ!!」


 『何をしでかすか判らない』モノは怖い。


 ザイツの言葉通り、今のエルンストはもはや、ザイツへの強い恐怖から逃げる事はできなかった。

 自分よりも遥かに弱く、何も持たなかったはずのザイツに翻弄され為す術無く圧勝された記憶は、エルンストの思考にザイツへの恐怖と様々な憶測を根付かせ、それはエルンストにザイツを、得体の知れないバケモノのように認識させていた。


―……お前は知らない。……俺が今までどこで何をしていたのか。……どんな力を手に入れたのか。……何も知らない。……そうだろう、勇者サマ?―


―ゴミクズがどんな力を得て地獄から生還したのか――その身で試してみるといい。――お前の、負けだ―


「ひ……ひぃいっ」


 どこで何をしていたのか。

 何をしてどんな力を得たのか。

 どれほどの力を得たのか。


 考えれば考えるほど不安と恐怖を煽られ、エルンストは恐怖の泥沼へと落ち込んでいき――そしてザイツに屈するしかなかった。


「……ちく……しょう!! ――俺の――奴隷達を――!!」


 護衛を買い取りたいと言うザイツの申し出に、エルンストは頷いたのだ。

 ――いや、頷かされたのだ。


―よぉエルンスト、具合はどうだ?―

―ざ! ザイツ!! なっ何をしに―――

―……なぁエルンスト、俺達に負けたら、あいつら剣闘奴隷に逆戻りさせるんだってな?―

―えっ……い……いやそれは……―

―それを聞いた俺の()()()()雇い主である姫が……それはそれはあの奴隷達に同情してなぁ―

―え……―

―もう若くもないのに、毎日命懸けの死闘を繰り広げさせられて、やがて殺される場所に送り込まれるなんて、とても可哀想だと。彼らが負けたのは、私の護衛達がとてもとても強かっただけで、彼らにはどうしようもなかったのに、って―

―……―

―……なぁエルンスト……この金で、お前の奴隷三人売ってくれよ―

―なっ!! そんな事できるわけ―――

―ない、わけねぇよなぁ? ……お前、あの三人を処分する気だったもんなぁ? 元々処分する予定の奴隷をこっちに引き渡した所で、痛くもかゆくもねぇよなぁ?―

―なっ――な!!―

―……あいつらを買えなかったら、俺の優しい姫はとても悲しまれるかもしれねぇなぁ……雇い主の期待に添えなかった俺は、怒りのあまり何をするか判らないかもなぁ……―

―お――脅す気か!!―

―脅す? どうして? 『お前に何かする』、なんて誰も言ってねぇだろ? ……まぁ、『お前に何もしない』、なんて事も言ってねぇけどなぁ……―

―ひっ――ひぃいいっ!!―

―くっくっく……なぁエルンスト。……俺はお前に()()()世話になったよなぁ? ……そのお返しとして、一つくらい俺の『お願い』を聞いてくれたって、罰は当たらねぇと思わねぇか? ……『お願い』しますよ、なぁ?―


 ザイツの――バケモノの『お願い』は、今のエルンストにとって、迷宮の最奥に在ったヒュドラの咆吼並みに恐ろしいものだった。


―ありがとう。やっぱりお前はイイヤツだったんだなぁ♪―

―ひ――ひぃいいい!!―


 こうしてエルンストは、自分の名声を高める貴重な戦力でもあった、有能な三人の奴隷護衛を手放す事になってしまったのだった。


「ザイツ――ザイツザイツ――畜生――畜生畜生ぉおおおおおおお!!」


 ザイツが去り、ようやく怒りが湧き上がって来ても、今のエルンストにはザイツに復讐を企む事ができない。奴隷達に命じる事もできない。


「本気で売るつもりなんてなかった――脅しただけだったのに!! あいつらがいなかったら俺は――俺は……ザイツぁああああああああああああああ!!!」


 どれほど後悔しても既に遅く、できる事もない。――何よりザイツが怖い。


「必ず――必ず復讐してやるぞ――ザイツぁああああああああああああ!!」


 相変わらずの理不尽な憎悪に燃えながらも、実家に連絡し新しい護衛が来るまで、エルンストは実体のないザイツの影に怯えるしかなかった。



 そして。


「じゃああのおじさん達、故郷に帰れる事になったんですかザイツさん?」

「とりあえず、元部下二人を送り届けてやりたいって、槍使いのおっさんは言ってたな」

「そっかー。よかったですね」

「ああ。……俺達も無事出発できてよかったよかった」


 エルンストが何もできず嘆いている間に、ザイツ達はさっさとウィスティーアの町を出発していた。


「時間稼ぎのために、奴隷三人を手放させたのですかハウルグ卿?」

「良い案だろケイト? あの手の坊ちゃんは、負ければ必ず理不尽な恨みに燃えて復讐を企むからな。あいつの持ち駒の中でも、一番怖い三人を手放させてやった。――ちゃんと代金を払ってな」


 定位置としたらしい馬車の屋根から、手綱をとるケイトと会話をするハウルグは、そう言うと嫌な顔で笑う。


「俺達が町を出る前に、あの三人がきちんと武装した状態で暗殺者として差し向けられたなら、ちと骨だった。……それに、あのクソムカつく坊ちゃん勇者には、最高の嫌がらせになるだろうし」

【うわぁ……悪い笑顔であるっ。ガンバー、お前はあんな嫌な大人になってはいかんであるぞっ】

【ヒヒ~ンっ】

「あっ、そういう事言うならカンカネラ、買ってやった飾り玉は返してもらうぜ」

【嫌でありますハウルグ様。これは我輩が労働によって得た、正当な対価でありますっ。ふふ~ん♪ キラキラであります~♪】


 馬車馬ガンバーの頭からハウルグに言い返すカンカネラの首には、キラキラと輝くビーズで飾られた、小さな飾り玉がネックレスのようにかけられていた。ねだられて根負けしたハウルグとザイツが、賭け金から買い与えたものだ。


「やれやれ……まぁ、どのみち恨みを買ってしまってますし、あっちが身動きできなくなるくらい、嫌がらせしておくのも手ではありますけどね。殺す事は流石にできませんし」


 愛馬の頭で上機嫌に跳ねる魔烏(クローメイジ)を眺めながら、ケイトもハウルグに返す。 


「決闘を見た感じ、あのエルンストとかいう勇者サマは、武器装備と護衛達の力で、力量以上のクエストをこなしていたようです。その片方が無くなってしまったとなれば、今現在そう無茶な事はできないでしょう。……取り巻きの女達も、どこかに逃げてしまいましたし」

「そうそう。……くくく、坊ちゃん勇者が思った以上にザイツのハッタリにひっかかっててくれて助かったぜ。最低でも俺達がこの町から逃げちまうまで、あいつはザイツの恐怖から立ち直る事はできねぇだろ」

「立ち直ったら、追いかけてきますかね?」

「そしたら仕方がねぇから、そりゃ~大歓迎してやるよ♪ 一度折れてから立ち直ったヤツは、強くなってるからなぁ。あいつが自力で復讐を企てて追って来たなら、結構楽しみだぜ」

「……貴方って、本当に楽しそうに戦いを語りますねぇ。そんなに好きですか?」

「おう、強いヤツとの腕試しは楽しくて好きだぜ。ついでにお前は、大好きだぜ~ケイトぉ~♪」

「あぁ、はいはい」


 呆れたようにため息をつくケイトは、少し沈黙した後で言葉を続ける。


「――あの戦士達を解放してやったのも、楽しかったからですか?」

「ん?」

「自分が認めた戦士達が、あんな不遇な扱いをされているのが我慢ならなかった……そんな気持ちも、あったんじゃないですか?」

「俺が人族を認めたと? ……くくく、さぁ、どうだったかなぁ……」


 ケイトの言葉に、ハウルグはどっちとも取れる笑声を漏らし。

 そんなハウルグに、ケイトもクスリと笑い返す。


「どうだったんでしょうね……でも貴方は少なくとも、ザイツの事は認めたようだ」

「あの弱っちくて小狡い小僧を、俺が?」

「ええ、あの小狡い人族を」


 ザイツは後ろに気を配るように、馬車の後部に腰掛けて後ろを向いていた。

 中にいるキョウと会話しているせいか頭が時々揺れ、笑い声も聞こえてくる。


「さぁ……どうかねぇ? ……まぁ、共闘するのも悪くねぇ、くらいには思っててやるよ」

「それはそれは」


 さりげなく声を小さくして、ザイツには聞こえないようにして答えたハウルグに、ケイトはクスクスと笑って肩を竦めた。


「あ、なんで笑うんだよケイト~?」

「いやいや、ロンの時も思いましたが、魔王国の騎士様なのに貴方は、人族(ヒュー)にも案外お優しいのですね」

「うぇ?! 気持ち悪ぃ事言うなって。……俺が種族問わずで優しくするのは、お前みたいなイイ女だけだぜケイト~?」

「あぁ、はいはい」

「おぉい?! なんか適当になってね?! 慣れてね?! 性的嫌がらせ(セクハラ)だって可愛くツンツン怒ってくれなきゃ、つまんねぇぜケイトぉ~っ」

「ツンツンされたかったんですか貴方は……私だって、寛容な気分になる時くらいあるのですよ、ハウルグ卿」

「おおっ? つまり俺に惚れたという事かっ?」

「全然違います」


 あっさりハウルグを拒否しつつも、ケイトの笑顔は穏やかだ。


「ただ……これからの旅、皆でちゃんと協力していけそうだと安心しまして」

「……」


 言葉を聞いたハウルグは一瞬照れたように顔をしかめると、言葉が聞こえなかったように、ケイトから視線を逸らした。

 ケイトはまた笑った。



 こうして魔王女一行は、大いに盛り上がった決闘場での勝利を残して、ウィスティーアを去った。


 そしてそのしばらく後、故郷に戻り、奴隷から無事故郷での身分を回復した槍使い達は、自分達を救ってくれた一行について語る。


 彼ら曰く、黒肌白金髪の絶世の美女は、自分達でも歯が立たなかった屈強な格闘家と、自分達を虐げていた『勇者』を玩弄し圧勝するほどの、得体の知れない両手剣の強者に守られていた、と。



 ――これが拾われて魔王女一行の伝説に付け加えられる事になるのは、もう少し先の話である。



魔王「おっ、また何かやらかしたかっ」

宰相「今度は決闘騒ぎか。いまいち地味だな」

後宮大臣「いえいえ、ここは奴隷護衛の悲劇を前面に押し出してですな……」


 捏造五割り増し配信中……。

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