55 実力を示すが何かがおかしい
「うぉおおおおおお!!!」
剣を拾ったエルンストは、煮えたぎる憤怒のままそれを振りかぶり、ザイツへと打ちかかった。
「この俺が――この俺が!! くそ!! くそくそ!! こんなヤツらに!!」
闘技場を包みこむ、『自分へ向けてではない』大歓声が、ジリジリとエルンストの怒りを煽る。
そしてその大歓声を受ける、チラチラと視界を横切る、今や二対一となった男達の激闘が焦りを増す。
「あんなの――有名でもなんでもないただの男と奴隷共の戦いだろう!! ――勇者は俺だ!! 難敵を倒して強者の名を高めたのは俺だ!! 俺なんだ!! なのに!!」
そんなエルンストと対峙するザイツは。
「……どうした、当たらねぇぞ『勇者サマ』」
「この――なめてんじゃねぇぞ!! この三下のゴミムシがぁあああああ!!」
両手剣で防御しつつエルンストの剣を回避しながら、闘技場の様子をどこか冷静に認めていた。
『だって……『本物』、だもんなぁ。……ハウルグのおっさんも、あの剣闘奴隷達も』
恐ろしい速さで繰り出される次手、次々手を予測した攻撃と、その流れを読み潰そうと繰り出される反撃。そしてそれらから逃れる、瞬時の防御と回避。
『……強い。……あのおっさん達は、実力と経験を兼ね揃えた、本物の強者揃いだ。……それに比べて』
「てめぇまで――余裕こいてんじゃねぇよぉおおおおおおお!!」
『……俺は、このエルンストの一撃が当たれば吹き飛ぶ程度の三下だ』
エルンストの、怒りにまかせていながらも強く鋭い剣筋に、ザイツは内心で肝を冷やす。
恐怖が表情にでていないだけで、本当は、エルンストを侮るほどの余裕など今のザイツにはない。
金をふんだんにかけた武器装備に身を固め、幼少から貴族の子弟として正当な戦闘術を学んで来たエルンストは、例え『本物』達と比べて格下に見えていても、ザイツにとっては強敵だ。
『――でも』
だが――ザイツはようやく、改めて自覚する事ができていた。
『例え俺が三下だろうと――何もできないわけじゃない』
誰かと比べて劣っていたとしても、それで自分を卑下する事など無いのだと気付いた。
『確かに俺は弱い。――あのおっさん達と比べても、このエルンストとも比べても、ずば抜けた身体能力や魔力なんかねぇし、軍人や騎士が教わるような戦いの専門知識もねぇし、武器装備も貧弱だ。……でも、だからって『何もできない』わけじゃない』
ザイツは猛然と攻めるエルンストの剣を後方に飛ぶようにして避け、最後の一歩で前方へと踏み込むと、エルンストへと突進し両手剣を振り抜く。
「――っ!! ザイツこの――ムシケラのくせに俺にぃいいい!!!」
とっさに鎧部分に当てて防御したエルンストだが、ザイツに攻撃されたという事実に激昂し、いっそう激しく剣を振り回す。
『俺の手足は動く。俺の頭も動く。……使えるものは利用して、足りない部分は補って、誤魔化して、騙して――勇者にも、騎士様にもなれねぇけど、そうやってなんとか目的を果たして、生き延びるのが俺のやり方だ!』
上段から振り下ろされる剣刀をザイツは素早くかわし、数歩下がってエルンストから距離を取る。
「――っ?」
追撃しようとしたエルンストは、だが違和感を覚えて立ち止まり、やや慎重に剣を構え直した。
「……魔力? ……なんだ? ……ザイツ……お前何をする気だ?」
魔力の集中は流石に判るのか、と思いながらザイツは両手剣を下段に下げ、余計な力を抜いた。
そして出来る限り皮肉気に、エルンストへ返す。
「――何もしないと思っていたのか、エルンスト?」
「――なに!!」
「お前にダンジョンの奥底で見捨てられてから、何年経ったと思う? ……まさかお前、その間に俺が、全く成長しないままだと思っていたのか?」
「くっ――よ、妖精魔法か!! あんな使えない魔法に頼るしかない、今のお前が成長とは笑わせるな!!」
「……さぁ、どうだろうな?」
「――この!!」
口元だけを歪めて嗤ったザイツに、エルンストは一瞬表情を強張らせ。そして感じた動揺を振り切るように、再びザイツへと斬りかかった。
『妖精魔法――じゃあ、ねぇんだよな今回は』
ザイツは魔力を強く集中しながら視線を僅かに下げ、視界で揺れる灰色の織物に小さく呟く。
「頼むぞ。――エルフの織布マント」
ザイツの魔力に反応したマントは、一瞬微かな光を放ちそれに応えた。
「お? ――おぉ?!」
その光景を何気なく見てしまった観客は、己の目を一瞬疑い叫んだ。
「どうした? ――あぁ?!」
「あ――なんだありゃ?! き――消えた?! 消えて飛んで――また消えた?!」
その声につられ、視線を二対一戦から逸らした者達も、目にしてしまった光景に驚愕の声を上げる。
「こ――この!! ザイツ!! てめぇ何をしやがった!!」
「そりゃ、何かはしたろうよ」
エルンストの周辺前後上下左右。まともに視覚できないほど速く、ザイツは移動していた。
「――どうやってっかは判るか勇者サマ?!」
鋭い風切音をたて、人族の限界など軽々と越えたスピードで跳び回るザイツは、普通の観客達の目には、ぶれた影にしか見えない。
「がぁ?!! ――てめ――」
「あと、二、三発ってところか? ……どれくらいもつかな?」
「――っ!!」
エルンストの前方から『消え』、次の瞬間背後から両手剣を振り下ろして攻撃したザイツは、わざわざ聞こえるようにそう言うと嗤い、また高速移動して消えた。
「この――このくそがぁあああああああああああああああああああああ!!!」
愚弄され、ダメージを受け、黄色に変色した保護水晶目にしたエルンストは、これ以上無い憤怒と――隠しきれない恐怖に歪んだ形相で絶叫した。
『……どれくらいもつかってのは……俺もなんだけどな』
一方そんなエルンストへ高速移動から次々と攻撃を加えるザイツは、体内でどんどん減っていく自分の体力と魔力を感じながら、戦々恐々としていた。
『くそ、こんな魔力消耗も問題無いなんて……エルフってのは本当に、優秀な魔法種族なんだな』
ただの人族であるザイツの人外レベルなスピードには、当然タネも仕掛けもあった。
ザイツに力を与えているのは、ザイツが装備している、エルフの織布マントだった。
このマントが魔力を消耗する事で装備者のスピードを上げる事に気付いたザイツは、それが『どこまで』引き出せるのか試しているうちに、このレベルまで達したのだった。
―へぇ、ザイツお前、いつそんな研究をしてたんだ?―
―この間、おっさんの財布持ってギスモーの花街まで走った時―
―へ?―
―ただ走ってるのも暇だろ? どこまでいけるのか、それだけ魔力を消耗するのか、最高速時、身体にはどのくらい負荷がかかるのか。そんな事を考えて、魔力切れてへばるまでマントを色々使い続けてみたんだ―
―熱心だな―
―俺が持ってる、唯一のレア装備だしな。最大限利用してぇんだよ。ただでさえ手持ちの札は少ないんだから―
そんな事を闘技場の控え室で聞いたハウルグは、なるほどと頷いた後、人族のそういう所が怖ぇんだよ、と苦笑した。
『とにかく、色々試して判った事がある。――例えばマントでできる加速は、魔力を込める強さの加減で変わる。つまりこんな風に飛んでいる時に一度魔力を弱め――』
「――ひ!!」
『タイミング良く魔力を強く込めると、空中で急加速して、突進攻撃できたり』
「うぁがは?!! げふぉ!!」
急加速したザイツの剣刃が、エルンストのガードごと打ちのめす。
『更に細かく魔力を込める事で、別方向に次々飛ぶ事ができ、相手の死角に飛び込む事ができる』
「ぎゃが!!」
そのままジグザグと高速移動して、エルンストの攻撃を回避しつつ踏み込み、反撃に出る。
『――更に高速で着地する寸前、『逆』をイメージしながら魔力を込める事で、浮き上がるような力がマントから発動し、足への負担を軽減する事ができた。もっともこれは難しくて、中々成功しないけど』
まるで体重を感じさせないザイツは、宙に在るようだった。
次第に追い詰められ顔を引きつられるエルンストとは裏腹に、その不思議な戦いぶりに、観客達は更に歓声をあげた。
「す、すごいですザイツさん!! まるで身軽なエルフさん達みたいです!!」
「ふっ、エルフにしては顔が平べったいですけどね。――しかし、これはすごい。姫様から譲り受けたマントを活用しているな、ザイル」
遠くからキョウの声が聞こえ、その楽しそうな様子にザイツは小さく笑う。
『この勝負、キョウ姫のためには辛勝じゃ駄目だ。……こいつがもう二度と俺に近づきたくないと思うほど、怖がらせなきゃならない』
追い詰められ強張った表情のまま、がむしゃらに剣を振り回すエルンストが見える。精神消耗が著しいのか、剣は鈍りその動きは単調だ。
『――今なら可能だ』
ザイツは残り少ない魔力を錬り、勝利するタイミングを待った。
何故 何故 何故
そればかりがエルンストの頭に浮かび、身体が疲労し強張っていく。
『何故だ――何故こんな――財も無い、卑賤な生まれのゴミクズに、俺はこんなめに遭わされている――こんなの嘘だ――こんな――無様な――なのにあいつは何故あんな事ができる――?!』
ブン、と音をたてて剣が空振りし、その隙を狙い澄ましたザイツのカウンターが、エルンストを襲った。
咄嗟に剣で頭を庇うものの防ぎきれず、自分の剣が頭にぶつかって激痛と震動が身体を走る。
『保護がなけりゃ――もう何回殺されてる? ――殺される? ――嘘だ!! 俺は勇者だぞ!! 沢山の武功をたてた勇者なのに!! ――こんな地べたを這いずり回るのがお似合いのゴミに――殺されるはずないんだ!!』
不利な状況下で、それでもエルンストはプライドと、相手を見下す優越感に縋り剣を握り直す。
見下していたゴミのような相手に負けるなど、認められない。その一心がエルンストに戦意を取り戻させた。
『そうだ――あいつの装備は貧弱な布と皮だけじゃないか。――どれほど素早く動いていたって、一発俺の剣技がまともに当たれば―― 一撃であんなやつ!!』
ぐらついていた体勢を立て直し、剣を構えエルンストは意識を集中した。
ザイツが防御力度外視の身軽な姿であるのは、見ていても判る。
現状の不利をひっくり返す事はまだ可能だと信じ、エルンストは一撃を繰り出すタイミングを計る。
『チャンスは、あいつが俺に攻撃を仕掛け停止する、そこだ。攻撃を繰り出すその一瞬は、集中する反面機動力は落ちる。――例えダメージを喰らっても、そのタイミングでのカウンターを――当てる!!』
当たれば勝てる。
大金をはたいて購入し、最高の状態に仕上げられた剣。その火力に自信があったエルンストは、そう確信してザイツを睨んだ。
『お前の一撃なんか、俺の防具があれば耐えられるんだよ!! ハイレベルな武器も買えない貧乏人が!!』
自信が集中力を生み、勝利の確信が冷静さをエルンストに与えた。
「そこだぁあ!!」
「――っ」
右、後、前、再度右――と跳び、振りかぶった影めがけ、エルンストは剣を横薙ぎに、鋭く振り抜いた。
――直後感じる、重い震動。
勝った!! そう内心で確信し、歓喜の叫びが湧き上が――ろうとする。
「……はっ?」
――だがその声は、信じられない光景によってエルンストの喉奥で凍り付いた。
「……そんな程度か?」
「な――な――っ!!」
エルンストは、『自分が振り抜いた剣の上に立つ』ザイツへ、声にならない悲鳴を上げた。
信じられないほど軽い、実体を失ったかのようなザイツはまるで幽霊のようだった。エルンストは、悪夢を見た時のような目眩と悪寒に震え、硬直した。
「そんな――ばかな――」
「何故、ばかと?」
「――っ」
「……お前は知らない。……俺が今までどこで何をしていたのか。……どんな力を手に入れたのか。……何も知らない。……そうだろう、勇者サマ?」
「……ひ……ひ……ぁ……」
そんなエルンストを見下ろし、ザイツは嗤う。
無表情を無理矢理ねじ曲げたようなそれはとても酷薄で、エルンストの目には、まるでバケモノのそれのように、おぞましく映る。
「ゴミクズがどんな力を得て地獄から生還したのか――その身で試してみるといい。――お前の、負けだ」
「――――!!」
ザイツの振り上げた両手剣を禍々しい黒炎が包み、無慈悲にエルンストへと振り下ろされる。
驚愕と恐怖で心を折られたエルンストは、それが直撃するその一瞬まで目を閉じる事すら出来ず、その場に崩れ落ちる他無かった。
「――ふぅ」
「えぁっ?! ――ああ!! 保護水晶も真っ赤になって砕け散ってるですぅ!! ――勇者エルンスト対冒険者ザイツの一戦は――冒険者ザイツの勝利ですぅ!!」
エルンストの剣から地面へと降り立ったザイツに、審判のコールと、観客達から驚愕の歓声が起こる。
ろくな装備も名声も無いザイツが勝利するとは、最初から見ていた審判も観客達も、流石に思っていなかった。
「……はぁ。……マントでの、空中静止が成功してよかった。攻撃としては特に意味はないけど、演出効果は抜群だったろ?」
【そうであるなぁ。あの勇者小僧、中々無様な顔であった。……我輩の魔法を剣に巻き付けろと言ったのも、演出効果であるか?】
「そうそう」
ザイツが話しかけると、ザイツの腹部がもぞもぞと動き、ひょこりと赤い羽毛に包まれた魔烏が顔を出した。――勿論ザイツの隠し球として今回も参戦していた、カンカネラだ。
「『何をしでかすか判らない』モノは怖いからな。ああいう余裕ぶった態度で大げさな事をしておけば、あの勇者サマは、俺の実力を勝手に深読みして、怖がってくれるだろう、と思ったわけだ」
【お前の実力~? ハハッ、先程の高速移動はエルフの織布マントのおかげで、剣での魔法攻撃は、我輩のおかげであるぞ~?】
ニヤニヤと笑い、意地悪な口調で言うカンカネラに、ザイツは軽く肩を竦めて返す。
「だから深読みさせるハッタリが、俺の実力ってこった」
そんなザイツの言葉は、交戦中のハウルグにも聞こえていた。
「……嫌な開き直り方しやがって。――さて、結果見せたザイツの前で負けるのは情けねぇし、気合い入れるか」
ハウルグは機嫌良く肩を揺らし、相対する敵へと全力の猛攻を仕掛けた。
現在一人脱落 棍棒使い エルンスト
ハウルグVS槍使い&剣使い 戦闘続行中
ザイツVSエルンスト ザイツ勝利
ケイト「しまった、大穴だったんだし賭ければよかった!」
キョウ「ああ、万馬券ってやつでしたねっ」




