54 戦いは白熱するが何かがおかしい
興奮にたぎる歓声と怒号が、闘技場で戦う者にぶつけられていた。
今や闘技場に在る全ての観客達は、眼前で繰り広げられる展開の読めない戦闘を注目し、やがて来る決着を期待するかのように、賭け券を売る胴元に小銭を振り上げ勝者予想に興じている。
「……へへっ。……楽しいなぁ」
そんな観客達の視線の中心に立つハウルグは、剣、槍、棍を手にする勇者の護衛三人に囲まれ闘技場端に追い詰められながら、思わずといった風に声を漏らしていた。
「……」
ハウルグと対峙する護衛達からの返答は、勿論無い。
激しい戦いの最中とは思えないほど静かな呼吸を乱す事も無く、男達はハウルグとの間合いを計り、ジリジリと少しずつ動きながら、次の攻撃に備えている。
だがそんな男達に語りかけるように、ハウルグは楽しげな口調で言葉を続け、そして軽くステップを踏み続ける。
「兵は詭道。敵を出来る限り陥れ弱らせ、戦う前に勝負をつけるべし……ってのが俺の主君のポリシーでな。自軍被害を考えない、全力で力と力の正面激突なんぞ愚の骨頂。一兵の命を無駄に散らすような真似だけはするなって、見習いの頃からそりゃもう厳しく教えられてた」
槍を持つ男の視線が、一瞬止まった。
「いや、そりゃまったくもって正しい。俺みたいな勝手なヤツでも、部下持ってそいつらの家族の話なんか聞くと、自国の民を戦わせるってのは、決して軽い事じゃねぇんだって思った」
「……」
「――思った、んだけどよ。けどそれはそれとして、やっぱり消えねぇんだ。全力の『強敵』と全力で戦って全力で殺す。……そういうバカな事を求める、オスの闘争本能ってヤツはよ」
「……」
「――強者の全力を、打ち破りたい。――そんな風に感じたのは久しぶりだぜ。……だからすげぇ楽しいよ、今。……絶対に、負けたくねぇ」
ハウルグの言葉を遮るように、槍の穂先がハウルグの喉笛へと狙いを定め、ぴたりと止まった。
まるで挑発するようなそれに、ハウルグは機嫌良く喉を鳴らし、応えて言う。
「――槍使い。お前が、お前達の攻撃の起点だな」
「……」
「そして残り二人の行動は、お前の一撃への補佐として組み立てられている。……実際、頼りになる威力だよな。一発かすっただけで、俺の保護水晶が黄色ゾーンだ」
槍使いの眼球が僅かに動き、ハウルグ、そして自分達の保護水晶を一瞬見た。
ハウルグは自分のダメージのみを語ったが、闘技場外に設置されている、ハウルグ、そして護衛達を守護する四つの水晶は、激しい攻撃応酬の末、どれも傷付いている。
「これ以上追い詰められたら、俺はいずれもう一発お前に喰らって、負けちまうだろう」
「……」
それは自分達も同じと自覚した槍使いは、短期決戦を狙い、全力を込め構えた。
今は三人で、『強敵』をやや押している。
だが一人でも敗北し数が減れば、戦況は一気に不利になる。
ならば今の流れのまま、押し切るしかない。――勝つために。
「……そいつぁ楽しくねぇ。……楽しくねぇよ」
「――?」
そんな槍使いの内心に言い返すように、ハウルグは口元を歪めて呟くと――何故か今まで踏んでいた、ステップを止めた。
ぴたりと地面に両足を付け、手は軽く中段に構えたその状態に、槍使いは内心で驚く。
ハウルグの攻撃は強靱な全身を使い、軽快に動き続ける跳躍から繰り出されるものだと、今までの戦いから槍使いは理解できている。
そしてその動きを止めてしまっては、威力も半減以下になるだろう事も。
「楽しくねぇから、勝たせてもらう。……どんな『嫌な』手を使っても」
そんな不利になったとしか思えない状況で、ハウルグはどこか皮肉げに続けると、苦笑混じりに付け加えた。
「――お前ら、誇っていいぞ。この俺に、人族ごときの技を使わせたんだからな」
「――!!」
高慢な物言いは、槍使いの一閃によって途切れる。
全力で押し切る。槍使いの意志を行動から感じ取った剣使いと棍使いは、その一撃を勝利へと繋ぐため、やはり全力でハウルグへと討ちかかった。
だがその攻撃は。
「おぉ?!」
「な――なんだぁ?!」
まるでハウルグをすり抜けるように、次々と外れた。
「今――あのハウルグとかいうおっさん、動いたか?!」
「動いて――あ、あれ?! いや、動いて、もう、あれ?!」
突然変貌したハウルグの動きに、観客達は驚きの声を上げる。
その威容を示すように激しく地を蹴り跳び、長短の直線を組み合わせたようだったハウルグの動きは、今は穏やかな流水を思わせる、静かな曲線を描いていた。
その動きにはまるで無駄が無く、音も無く、何より殺気を含む気配を、まるで感じない。
「――っ?!」
「――【流掌連】。――連携、【流旋肘】!」
突如気配を無くしたハウルグは捉えづらく、明らかに護衛達のリズムを狂わせた。
護衛達は即立て直すも、僅かに生じた隙を見逃さず、ハウルグは護衛達の隙間をすり抜けるようにして間合いを詰め、護衛達には聞き慣れない体術を放つ。
「が――!!」
棍使いの顎、鳩尾をハウルグの連撃が吹き飛ばした。
まともに防具の無い場所へと叩き込まれたそれに、棍使いもその保護水晶も耐えきれない。
「過剰ダメージか!!」
「っ……隊長……もうしわけ……」
真紅に染まった水晶が砕け散り敗北が決まり。そのまま棍使いは、受けきれなかったダメージに吹き飛ばされた。
血を吐き出しながら棍使いは槍使いの叫びに掠れ声で返し、闘技場から転げ落ちる。それを救出するため、あわてて冒険者ギルドの職員が駆け寄る。
「……へぇ、声出るんだな。潰されてるのかと思った」
「――っ」
「隊長、ってことは……奴隷落ちする前は、お前さん軍人か何かか?」
「今更――元の身分などなんの意味もない事!!」
ハウルグの言葉は、槍使いの怒声と激しい槍の突連撃によって撥ね付けられた。
「だが――貴公には負けん!! 負けるわけにはいかん!! この二人を守る――それ以上今の私にできる事など何も無い!!」
「……まったく、人族ってのはバカか? これほどの武人ならきちんと遇すれば、奴隷なんかで使い倒すより、よっぽど役に立ってくれただろうに。……だが、な」
感情が吹き出したように叫ぶ男の攻撃は、だが目にも留まらぬ速さで、あくまで冷静にハウルグを追い詰めた。その一撃一撃を紙一重で避け、ハウルグは目をぎらつかせ叫び返す。
「今はこの不運な巡り合わせに、感謝するとするか。――全力で来い、名も無き強者!!」
数が減り戦意を失うどころかその激しさを増した護衛達と、対決するハウルグの戦いに、観客席は更に声を上げ沸き立った。
「ふむ……ハウルグ卿のあの動き……」
「う、うわー……、あの二人めちゃくちゃ速いです~……怖いです~……」
「はは……怖いなら、目を伏せておきますか姫様?」
「み、見えないと余計色々想像しちゃうんですよ~……」
「それは面倒臭……ではなくお気の毒な。……まぁ、見てようと見てなかろうと、今更止まらないのは確かでしょうが」
女達を撃退したケイトとキョウは、再び最上階の観客席に腰掛けてそれを観戦していた。
「は、ハウルグさんは……勝てるでしょうか?」
「さて、どうでしょうね。……ハウルグ卿が動きを変えた事によって生じた敵側の戸惑いは、即解消したようですし。……あの槍使い、想像以上に戦い慣れているようだ」
「うぅ……ハウルグさん……」
しばらく闘技場を凝視していたケイトは、しかし、と続ける。
「……今のハウルグ卿が、敵側にとって『やりにくい』相手になっているのは確かなようですね」
「え? そ、そうなんですか?」
「ええ。……先程までの、パワーとスピードでグイグイ押して来ていたハウルグ卿は、対峙する者達を威圧できる反面、判りやすい相手だったと思います。……ですが今のハウルグ卿は、とても素早く、無駄無く、静かだ。その上で相手の動きに合わせ、その力を利用するようなあの体術……あれは、恐ろしいでしょう」
「そういえば……なんだか、スイ、スイッて感じで動いてますよねハウルグさん」
キョウの言葉に、ケイトは頷く。
「……スイスイと強敵の懐に入り込み、その力も利用し最大限以上のダメージを出す。……まるであれは……人族の格闘家の動きだ。……人族は魔族、魔獣族と比べ力が劣るからこそ、ああいった技で対抗せざるをえない」
「ああ、確かにそうですよね」
「……だが……パワーとスピードに恵まれたフェンリル族であるハウルグ卿が、何故あのような戦い方を知っておられるのか……」
「……あ」
ケイトの疑問を聞いていたキョウは、声を上げる。
「ケイトさん、それは多分、あれですよ」
「あれ?」
「ええと……魔王陛下のお土産、です」
「魔王陛下の……お土産?」
意味不明の言葉に首を捻ったケイトに、キョウは続ける。
「ハウルグさんに聞いた事があるんですけど、魔王陛下はよく人族の領域に遊びに……じゃなくて視察に出かけられるんですけど、帰ってくるとよく、手元で育てていた王庭騎士見習いの子達に、お土産をくれたんだそうです」
―ただいま~。ほ~らお前らお土産、人領域でも珍しい、絶滅寸前の白虎の子供だぞ~―
―わーいっ。焼いて食べようぜ魔王陛下っ―
―ガウー!! ガウー!!―
「ちょっ、白虎って絶滅寸前の稀少動物じゃないですか! 食べないでくださいよっ」
「成長期の男の子達は、ちゃんとご飯もらっててもお腹ペコペコだったんだそうです。……それである日、また陛下が人領域からお土産持って帰って来たんですけど……」
―ただいま~。ほ~らお前らお土産、人領域でもそこそこ珍しい、シワシワの現役武道家爺さんだぞ~―
―えーっ、似ても焼いても食べられないよ魔王陛下っ―
―ほっほっほっ―
「……た、食べてませんよ、ね?」
「食べてませんよ~。その方が、ハウルグさんの体術のお師匠様ですから」
「!! ……人族に、ハウルグ卿は師事したのですか?」
「ええ。フェンリルの戦い方だけでなく、人族の戦い方も学べと陛下にいわれたんだそうです。その知識と技が、より戦いの幅を広げるから、と」
「なるほど……しかしあのハウルグ卿が、素直に従ったのですか?」
「いいえ、ぜんぜん」
―なっ、なんで俺が人族なんかに教わらなきゃいけねぇんだよ魔王陛下!!―
―そりゃお前より、この爺が強いからだハウルグ―
―なんだと!!―
―嘘だと思うなら戦ってみな。負けたらお前は、この爺に従うんだ―
―やっ、やってやらぁ!! くたばれクソジジィー!!!―
―ほっほっほっ―
「それでその人族のおじいちゃんに、ボロ負けしたそうです」
「おやまぁ」
―ちっチクショウー!! 殺す!! ぜってぇ殺すクソジジイ!!!―
―ほっほっほっ―
―こらこらハウルグ~―
―っま、魔王陛下……―
―俺はなんて教えた? ……『男に二言は?』―
―……『格好悪い』―
―そういうこった♪ じゃあ、がんばって教わるんだぞ~―
―くっ、くっそぉおお!!!―
―ほっほっほっ―
―笑うなジジィぃいいいい!!!!―
「それで東方流れの人族格闘術を学んで……あんなチマチマした技性に合わない、とか言ってましたけど……ちゃんと使えてるじゃないですかハウルグさん」
「なるほど、……色々と複雑な心境なんでしょうねぇ」
音も無く近接したハウルグの拳をかわし、槍使いが攻勢に出た。
それを軽くいなすようにしてハウルグもかわし、円を描くような体裁きで再び迫り、槍使いの背後から、二連、三連と静かな攻撃を繰り出す。
「ハウルグ卿には不釣り合いな言葉かもしれませんが……舞いを思わせる、優美な動きですね」
その見事さに、ケイトは思わず吐息を漏らした。
「あっ、今見惚れましたっ? ケイトさんハウルグさんに見惚れましたっ?」
「……いや、あの方自身に見惚れてはいませんけど」
「えー……見惚れましょうよ」
「なんでですか?」
「……だってリアル美男美女で恋愛とか……小説とか漫画とかドラマとか映画みたいで素敵じゃないですか~っ」
「…………良く判りませんが姫様、妄想から現実にお戻り下さい」
「えー……」
――そう言いつつハウルグを見つめていた事に気付いたケイトは、それを誤魔化すように視線をずらし、ザイツを捜した。
「さてと、保護水晶は砕けてないようだが、ザイツはどうしてるかな……」
「あっ、そういえばザイツさんは大丈夫でしょうか?! ザイツさん!! まだ負けてないですよね?! 戦ってますよね?!」
『……戦ってるぞ。……誰も見てないけど』
――そんなキョウの呼声にそう返したザイツは、怒り狂うエルンストの攻撃をかわし、距離を取る。
「逃げるな雑魚がぁああああああああああああああ!!」
「……さて、そろそろこっちもいくか」
闘技場の片隅で、ザイツの反撃も開始されようとしていた。
現在一人脱落 棍棒使い
ハウルグVS槍使い&剣使い
ザイツVSエルンスト 戦闘続行中。
ザイツ『……誰も見てない……という事は反則し放題?!』
審判「ちゃんと見てるですぅ」
ザイツ「チッ」




