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次期魔王に雇われたが何かがおかしい  作者: 宮路広子
勇者と魔王女一行 ~お手並み拝見騒動~
52/201

51 対戦が決まったが何かがおかしい

 ――その十数分後。


 合流した魔王女一行は、ハウルグの闘技場使用許可と対戦者申請を済ませた後、冒険者ギルド事務所に併設された闘技場の観客席に、揃って腰掛けていた。

 今日は決闘申請者が多かったらしく、ザイツ達の目の前では、見知らぬ冒険者達が観客の声援を受けながら、激しく剣を交えている。


「――なぁ……俺、心配されてたよなぁ? 身分や従軍経験が名乗れないと、そこまで弱く見えるもんかい?」


 その勝負を見ながら、申請を済ませたハウルグは、少々渋顔だった。

 身分や経歴を隠し、ただの旅人として申請を出したハウルグを、まだ若い受付の女性職員はとても心配したからだ。


―えっ、従軍経験も、討伐クエスト経験も無いんですかぁ? ……武術は子供の頃からぁ? ……ですけどぉ、鍛錬と実戦は違いますし……本当にいいんですかぁ? いくら保護水晶(ガドクリス)の効果があるとはいえ、万一の事もあるんですよぉ? ……はぁ~、判りました。マッチングが決まりましたらお呼びしますので。……無理だと思ったら、すぐに降参してくださいねぇ~?―


「やれやれ……まるで初めて剣を持たせてもらって粋がるガキを、心配するような様子だったじゃねぇか。……くそぉ、実は魔王軍でしたって言えればなぁ」

「人間の身体でそれは、色々と勘ぐられますよハウルグ卿。……ですがあれは、受付も悪い」

「ん?」


 ぼやくハウルグの横で、呆れたようにケイトも言う。


「家名や身分を明かせなくても、ハウルグ卿の身のこなしや体付きを見ていれば、かなりの荒事経験者である事は予測がつくでしょう。名を隠した客なんていくらでも来るのに、その分析もろくにできないなんて、冒険者ギルドの受付としては相当未熟だ」

「おっ、お前の目に俺は、ちゃんと強者として映ってるんだなケイト~♪ 嬉しいぜ~♪ ついでに惚れてもいいんだぜ~?」

「映るもなにも、事実でしょう。あと惚れません」


 ぴしゃりとケイトに言われたハウルグだったが、機嫌はなおったのか笑顔で『諦めねぇよ~♪』と返した。二人の掛け合いに、ザイツもそろそろ慣れてくる。


「あはは……それにしてもザイツさん、さっきの人ってなんだったんでしょうね」

「ん?」


 そんなハウルグを見て苦笑いしたキョウは、ふと思い出したように眉をひそめると、ザイツを見た。


「いきなり近寄って来たと思ったら、『貧弱な労働冒険者を護衛にしては、道中不安でしょう。この私に、貴女を守らせて下さい』――とか」

「あー……」

「勇者様だかなんだか知りませんけど、いきなり悪口言って、失礼な人っ」


 ザイツはつい先程、自分をものすごい目で睨み付けた後で、キョウに自信満々な笑顔で近づいて来た、エルンストを思い出す。


―失礼、美しいお嬢さん。――私はエルンスト。騎士の誇りと民の平安のため、剣を振るう者です―

―ええ、つい先程長年ダンジョンで犠牲を増やし続けていた強大なヒュドラを倒しましたが、いえいえ、大した事ではありませんよ。勇者などと言われてますがね。はっはっは―

―……お嬢さん、いや姫君。我が剣は、貴女のような美しくもか弱い御方のためにあるのです―

―お気の毒に……きっと依頼料金が足りなかったのですね、ですがもう安心です。そこのザイツなどという貧弱な労働冒険者を護衛にしては、道中不安でしょう―

―そんな薬草摘みくらいしか能のない役立たずなどではなく、どうぞこの私に、貴女を守らせて下さい―


 エルンストはザイツを押しのけるようにしてキョウの前に立つと、まるで役者のように蕩々と語り、そしてキョウの手を取ろう――とした。


「――ぶっ」


 その直後を思い出し、ザイツは吹き出す。


―いりません―


 エルンストの優美に差し出した手を放置し、躊躇無い即答でキョウは申し出を拒否した。更に。


―あ~すみません騎士さん~。悪いんですけどウチ、これでフルメンバーなんですよ~。申し訳ありませんが、今回は御縁がなかったという事で~。次の機会にまたお願いします~―

―えっ……―


 エルンストは心底迷惑そうな作り笑いを浮かべるケイトに、社交辞令の断り文句を返され。


―はっきり言わないと判らないであるか? ――なら言ってやるである! さっさと姫様から離れるである! あっち行くである! ――おめーの席ねーから!―

―なぐっ?!!―


 キョウの前に立ちふさがったカンカネラに、拒絶のトドメを刺されたのだった。


―……そ、そうですか……は……はは、お気の毒な方々だ……そんな役立たずを頼りにするとは……ははは……―


 これ以上無い程の驚愕の表情で硬直し、だがプライドが許さないのか、必死に表情を取り繕いながらその場を去って行くエルンスト。

 更にそれを慰め追いながら、キョウに捨て台詞の罵声を飛ばす取り巻き女達と、主人の傷心にはまるで無関心な様子でその背後に続く、数人の男達。


『あそこで笑ったら、また余計な恨み買っただろうしなぁ……でも――笑えた』


 滑稽な集団に、周囲の野次馬達から笑いが漏れたのは言うまでもない。

 ――そして。


『――というよりスッとした!!! ってかざまぁああ!! クソ坊ちゃんざっまぁああああはははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!』

「……ザイツさん?」


 虐めに無表情で耐えていようと、エルンストへの恨み辛みは人並みに感じていたザイツもまた、その場で大笑いしたくなるのを必死に堪え、なんとかそれをやり過ごしたのだった。


「くっくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく……」

「ざ、ザイツさん……よく判りませんが……楽しそうですねぇ……ぷっ」


 キョウはマントに顔を埋めるようにして肩を振るわせ、小さな愉悦の笑い声を上げ続けているザイツをしばらく見つめた後、苦笑して肩を竦めた。

 賑やかな歓声が上がる闘技場の片隅で、笑い続けるザイツと、隣でその様子を見守るキョウ。

 バカバカしくも和やかな空気が、少しの間二人を包む。

  

「――おっと、そんな事より、言っておくべきことがありました。――ハウルグ卿、ザイツも聞いてくれ」

『――ん?』


 ――だがそんな気抜けした時間は、いくらも続かなかった。

 ザイツは真剣な声になったケイトに顔を上げ、そして驚く。


「実は――妙な尼僧に遭ったんだ。……いや、まだ何かされた訳じゃないんだが……とにかく雰囲気が不気味で、警戒しておいた方がいいと思った。尼僧はゼルモア神聖教国所属の法衣を身につけた、まだ若い娘だ。……背格好は――」

『――っ』


 ケイトが説明する尼僧の容姿は、魔族を滅ぼすため共に戦って欲しいとザイツを勧誘した少女、アンネリーそのものだったからだ。

 ザイツは驚愕と、アンネリーの事を隠していた後ろめたさを感じながら、ケイトの話を聞く。


『……アンネリー……いや、だが……?』


 しかし、自分が知るアンネリーだと思って良く聞いていると、やがて奇妙な違和感も感じてくる。


「――その少女の魔力は、まるで聖なる存在そのもののように強大だった。……あんな強烈な聖属性の魔力は、そうそうお目にかかれないだろう。正直圧倒されたよ」

「そうそう、ものすごく大きな魔力でしたっ」

「大きな力など、魔王の城で慣れているが……我輩あれほど人族離れした魔力の持ち主は、初めて見たやもしれぬ。……もしあの尼僧に害意があるなら、恐ろしい敵になりえるである」

「……強大? ……人族離れした……魔力?」


 ケイト、キョウ、カンカネラが語った尼僧の『力』に、ザイツは全く心当たりが無い。


『そりゃアンネリーは、確かにあの年頃にしちゃあ優秀な聖魔法使いだったが……だからって、ケイトやキョウ姫達を圧倒するような、バケモノじみた力なんて持ってなかったぞ?』


 ザイツの知るアンネリーはあくまで、『若い人族としては優れた魔力を持つ』程度の、普通の少女に過ぎなかった。


『姫達……あいつの狂信過ぎてイッちまってる態度に驚いて、あいつが恐ろしく見えただけじゃねぇのか? ……でなきゃ……あいつと良く似た別人とか? ……うーん、判らん。……その時俺もいれば、確かめる事ができたんだが……』

「……ザイツさん?」

「……ん?」


 ふと気が付くと、キョウを始め周囲の視線が集まっている。


「さっき馬車でも、そんな感じで黙り込んでたよなザイツ? ……なぁ、何があったのか? ……あったんだよなぁ?」

「……」


 二人で話した時と同様、目が笑ってない笑顔で問いかけてくるハウルグに、ザイツは今正直に話さなければ、裏切り者認定されてもおかしくないと悟る。


「……ケイトの言う尼僧が、最近仲間になって欲しいとメッセージを送ってきた古い知り合いに、似ていると思ったんだ」


 慎重に言葉を選び、ザイツは務めて冷静に皆へ返した。


「仲間? ……ほう、そりゃどういう仲間だ? ……まさか殿下に仇なすような、物騒な企みじゃないだろうな」

「……さぁ? ……受ける気もない依頼なんて、忘れたよ。――でも」


 そして詳細はとぼけながら、言葉を続ける。


「――『もし』、俺の知り合いが俺の仕事を邪魔するなら、容赦はしない」

「……ほう、『もし』知り合いの娘と戦う事になっても、かまわないって?」

「楽しくは無いが、仕方が無いさ。……冒険者同士が仕事でぶつかるのは、珍しい事じゃ無い」

「それでもその娘の、名前他を言う気はない、か?」

「まだ彼女と決まったわけでもないのに、あらぬ疑いをかけられたくない」

「……義理堅い、と言えば聞こえが良いが……一歩間違えば、殿下に危険が迫るんだってわかってるか坊主?」

「……」


 ザイツを探るように、笑みを消したハウルグの目が細められた。

 ハウルグの言葉に、ケイトは何か考えるように、カンカネラは怒ったように、ザイツを見つめた。

 微妙な緊張が、一行を包む。


「――判りました!」

「え?」


 それを破ったのは、ザイツの隣に座っていたキョウだった。

 キョウは立ち上がり、ザイツを皆の視線から庇うようにして前に立つと、ザイツを見返して言う。


「ザイツさんは私を守ってくれる、その方針に変わりはないんですよね?」

「え? ……うん」

「ならいいです、私はザイツさんを信じます。――これはザイツさんの、今までの仕事ぶりでの、私の判断です」

「……いいのか?」


 アンネリーを庇いたい気持ちがばれているザイツは、少々後ろめたい気持ちでキョウに聞いた。

 キョウは頷き、真剣な顔で答える。


「はい。――その代わり、裏切ったら力一杯投げますっ」

「……うげっ、やめろ死ぬ」

「……ふっ、それはいいですね姫」

「なるほど、名案でありますな姫様っ」


 思い出した本気の恐怖で顔を引きつらせたザイツに、ケイトとカンカネラは、ふと気抜けしたように笑い、その場を収めた。


「……おっさん、すまん。……でも何かの被害が出たわけでもねぇのに、あいつは売れない」


 その中で苦笑に顔を歪めているハウルグに、ザイツは頭を下げる。

 ザイツはハウルグが危惧するのも、自分を疑うのも当然だと思う。

 やがてハウルグは、億劫そうに自分の髪を掻き、ザイツに尋ねた。


「……その尼僧に、何か貸しでもあるのか?」

「助けられた」

「仕事中にか? 回復は彼女の役目だろう」

「……それだけじゃない。……俺が怪我をして死にかけていた時、なんの関係もない通りすがりのあいつが、治癒術で助けてくれたんだ」

「……」


 顔を上げたザイツは、エルンストの囮としてボロボロになって町に辿り着き、その道端で力尽きていた時の事を思い出す。


―大丈夫、大丈夫ですわ―

―神様は、決して貴方をお見捨てにはなりません―


 まだ少年だったザイツよりもっと年下の、ほんの幼子だったアンネリーは、それでももてる力の全てを使って、ザイツの傷を癒した。

 アンネリーを探しに来た尼僧達に拾われ、神殿で治療を受けられなかったらそのまま野垂れ死にしていたザイツにとって、あの時のアンネリーは確かに恩人だった。


「……まぁ、腕の良い聖魔法使いとのコネを切りたくないってのも、やっぱり本音なんだけどな」

「……坊主、お前案外甘いんだな」

「……すまん」


 嫌そうにため息をついたハウルグは、諦めたように笑い返す。


「……しゃーねぇ。――お前が裏切ったら、姫様が投げる前に、俺が元の姿で思いっきり二、三発ブン殴る事にしよう」


 それは投げられる前に死ぬな、と思いながらザイツは肩を竦めた。

 ――そんな緊張が解けたザイツ達を、闘技場観戦客の大歓声が包む。


「おっと、勝負ついたみたいだなぁ」

「……ああ、そうみたいだな」


 なんとなく皆で視線を向けると、かなり白熱したらしい砂地が血で汚れた闘技場から、嬉しそうに客に手を振る男と、残念そうに肩を落とす男が去って行くのが見えた。

 そして二人が引っ込んだ後で、城内整備の職員達が入ってくる。


「次々勝負が決まるなぁ。この調子なら、俺の順番も手早く回って来るかねぇ?」

「おっさんの場合、まず相手をマッチングしてもらわないとだろう」

「そうだったなぁ。……あの受付の嬢ちゃん、そろそろ呼びに来てくれてもいいはずなんだけどなぁ……お?」


 闘技場を見回していたハウルグが、事務所入口へと目を止める。


「はわわっ。あ、あのー、ハウルグさーん、旅人のハウルグさーん、どちらにおられますかーっ、ハウルグさぁーんっ」


 ウロウロしながらハウルグの名を呼ぶのは、冒険者受付の制服を身につけたギルド職員だった。

 少々仕事慣れしていない様子のまだ若い娘が、先程ハウルグに対応した受付だったと、ザイツも思い出す。


「おーい、嬢ちゃんこっちだこっち~」

「ふぇええっ? そっちですかぁ~? 遠いですようぅ……」


 途中で人混みに埋もれそうになっている受付を迎えに、ハウルグは席を立った。やがて人混みから助け出された受付が、ハウルグに何事かを一生懸命話し出す。


「――はぁ? ……まじかぁ嬢ちゃん?」

「こ、こんなチャンス二度とないですよぅハウルグさんっ、相手が格上なら、お怪我しないように手加減もしてもらえますしぃっ、お勧めですぅっ」

「……うーん……おーい! ザイツ!!」

「――え?」


 突然呼ばれて手招きされ、ザイツも席を立つとハウルグに近づく。


「どうした、おっさん? もしかして、やっぱり相手がいなくて対戦俺か?」

「……いや、対戦相手は決まった……んだけどよぉ……」

「なんでそんなやる気なさげなんですぅっ! これはとってもと~っても、光栄な事なんですよぅっ!」


 なんとも言えない顔で頭を掻くハウルグに、受付は胸を張って言う。


「ハウルグさんと貴方、ザイツさんでしたっけ? 二対一での変則戦ではどうかと、あちら様から申し出があったのですよぅっ」

「……二対一? ……つまりおっさんと俺が、誰か一人と戦うって事か?」

「はいですっ。ハンデを考えると、丁度良いとあたしは思うですぅっ。それでもお相手が強いから、怪我しないよう気を付けて欲しいですけどぉっ」

「……その……お相手って?」


 ――何故か非常に嫌な予感を感じ問い返したザイツに、待っていたのか受付は赤らめた顔を輝かせ、そして高らかにその名を伝えた。


「勇者・エルンスト様ですぅっ。今日ヒドラ討伐でお名前が上がった、冒険者勇者達の中でも新進気鋭の色男!! きゃ~っ、彼の戦い楽しみですぅ~っ」



 ――またかよ、とザイツは頭を抱えた。

 その隣で何かを考えていたハウルグは、やがて明るい表情になって、ザイツに言った。


「やろうぜ♪」

「……やんのかよ」


キョウ「あ、ザイツさんが、がっかりしてます」

ケイト「また何か、おかしな事でも要求されたんですかねぇ」

カンカ「お約束であるな」

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