50 勇者様に絡まれたが何かがおかしい
己が力をもって巨悪を挫き弱きを守る、『勇ましき者』――勇者。
功績は様々だが、ザイツ達が暮らすグランツァー大陸において、勇者と呼ばれる者達は意外に多い。
それは冒険者ギルドが、ギルドのバックアップで活動し武功を立てた冒険者達を、大陸各国への金のかからない牽制として、『勇者』だと宣伝しているからだ。
運と実力と仲間、そして活動資金に恵まれた冒険者は、そのような『勇者』として名を上げ、やがて大国に召し抱えられて、王侯貴族のような富や地位を得る事も少なくなかった。
「本当に久しぶりだなザイツっ。貧弱な装備は、少しはマシになったのか? 良い武器と装備がなきゃ、大きな仕事もこなす事もできないだろう?」
「……」
――そしてそういった『勇者』を目指し戦う冒険者達と、日々の糧を得るために働くザイツのような冒険者との間には、明らかな意識の差が存在した。
「エルンスト様、その男とお知り合いですの?」
「ああっ。弱くてまともな魔法も使えない役立たずのそいつを、昔俺が下働きとして雇ってあげていたのさ」
「まぁっ、エルンスト様はなんて慈悲深いのでしょう」
「さすがはエルンスト様ですわ!」
「それほどでもないよ。でもこいつ、お使いや薬草採集くらいしかまともにできないヤツだったし、貧乏人には仕事をあげなきゃって思ったんだ」
『……薬草採集の何が悪いんだよ。大金にも大きなポイントにもならないけど、常に一定数の需要がある、安定収入クエストだぞ』
『勇者』を目指す功名目的の裕福な冒険者は、ザイツ達のようにクエストを労働だと割り切り、安い報酬で安全に稼ぐ冒険者を見下し。
「薬草採集っ? やだぁ、あんな手が汚れて臭いし、虫が寄ってくるような仕事、よくやろうと思うわ~っ」
「しかも苦労の割に、報酬は安いし~っ」
「仕方が無いんだよ、それしかできない貧弱でかわいそうなヤツなんだから」
「まぁ、そんなカスみたいな労働冒険者まで同情なさるなんて、エル様はやっぱりお優しいですっ」
「まぁ、彼のような底辺が勤勉に薬草を収めるからこそ、俺達が回復薬を多量に用意できるんだしね。彼らが飢え死しない程度には、働かせてあげないと」
『……相変わらず、湯水のように金を使ってるみたいだな。……そうだ。確かこいつは、裕福な貴族の次男だか三男だった。……この感覚には、最後まで付き合いきれなかった』
ザイツ達のような労働冒険者も、武功を立てるために採算度外視で高難易度クエストに挑む『勇者様』の冒険者には、羨望半分で呆れていた。
『……別に下働きの俺を、見下すだけなら構わなかったんだけどな……』
ザイツは次第に思い出してくる、目の前の青年――エルンストの下で働いていた時期の出来事に、うんざりしながらため息をつく。
『俺の背負っている荷物に、わざと斬りつけて中身をぶちまけさせたり……苦労して火を起こした薪を、蹴飛ばして台無しにしたり……鍛えてやると言って、俺をボコボコにしたり……俺を魔法の試し撃ちに使ったり……まではまぁ、仕事だし仕方が無いと諦められるレベルだった……でも』
―ああ、じゃあそいつを置いて行けば時間を稼げるんじゃないか―
―どうせ使えない下働きだし、いいよな―
―おいザイツ、生きて帰ってきたら、特別報奨をやるよ―
『……魔物達に挟撃された時……ろくな装備も無い俺を囮にして、逃げたコイツにだけは……もう二度と雇われないと決心した。……このままだといつか殺されると判ったからだ』
捨て石にされたその日。襲いかかって来る魔物群の爪牙から必死に逃げ回り、何度も殺されかけながら、暗い遺跡の中を彷徨ったザイツが生還できたのは、魔法で召喚した妖精達のおかげだった。
普段ふざけてばかりだった騒妖精――ヘンキー達は、まだ少年だった召喚主を哀れんだのか、地震で魔物達を巧みに転ばせて、ザイツの身を守ったのだ。
――そして地獄のような戦場からザイツが集合場所に戻って来た時には、エルンストの姿は無く、代わりにエルンストの護衛の一人が待っていた。
―……生きていたか。……これは報酬だ、多めに入っている。今日の事は他言無用だぞ、いいな。……もっともお前のような下賤者が何をほざいたところで、エルンスト様の御父上なら、簡単にひねり潰せるんだからな―
地面に投げ捨てられた金袋を拾い、傷付いた身体を引き摺りながら町に戻った時の苦労を、ザイツは思い出す。
『……もしヘンキー達がいてくれなかったら、口封じに、あの時護衛に殺されてたのかもな。……しかし目の前のこいつは……あの時の事なんか、本当にどうでもよさそうだ。……というか、忘れてるのか?』
そんな事をぼんやりと考えているザイツの耳に、エルンストの明るい声が飛び込んできた。
「――そうだっ、またこの俺が、お前を下働きとして雇ってやるよ。俺の可愛い仲間達や護衛を、つまらない雑用なんかで患わせたくないからな!」
「まぁっ、素晴らしいお考えですわエルンスト様っ」
「ちょっとそこの底辺冒険者っ、伏してお礼申し上げなさいっ」
エルンストと女達の物言いに、流石にザイツは呆れ怒りも覚えた。
だが面倒を避けるため、出来る限り平静を装って答える。
「……悪いけど、今は別の仕事をしている」
「ふぅん? 断ればいいだろっ。仕方が無いから、クエスト違約金は俺が出してやってもいいぞっ」
「まぁっ、なんてお優しいエル様っ」
「……契約違反はしない。仕事は最後までやる」
「エルンスト様のご厚意を断る気?! あんたみたいなゴミ虫は、這いつくばって従ってりゃいいのよ!」
「そうよ! エルンスト様はヒュドラを退治なさった勇者なのよ! 勇者様のお役に立てる事を光栄に思いなさい」
なんと言われようと、例え今仕事が無かったとしても関わる気がないザイツは、黙って首を振った。
そんなザイツを見返し、エルンストの目が一瞬酷薄に細められる。
自分が断ったのが気に入らなかったらしい、と感じながらも、ザイツは疑問を覚える。
『……こいつ、なんで役立たず呼ばわりする俺を雇いたいんだ? 前々からお気に召さない様子だったし、ほっといてくれればいいのに……』
「……おい、ザイツ」
小さな声に顔を上げると、ハウルグが苦笑混じりの渋顔でザイツを見下ろしている。
「なんだ、ありゃ? お前あの小綺麗な兄ちゃんから、恨みでも買ったのか?」
「……むしろ、下働き時代を考えれば逆だと思うけど?」
「……へぇ。……ああ、そういう事か」
同じく小さな声で答えて首を振るザイツに、何かに思い当たったのか、ハウルグは小さな声で呟くと、ザイツと同じように首を振り軽く肩を揺らした。
「……ふぅん? ザイツ、お前今その大男の下働きとして、雇われてるのか? そいつ役立たずで、あんたも苦労してるだろう?」
その様子に気付いたエルンストが、視線をハウルグに向けて問う。
「いいや、雇っているんじゃなくて、共に雇われている仲間だぜ? ――こいつにはとても助けられたから、頼りにしているよ」
「……」
そんなエルンストに、ハウルグは人懐っこい笑顔を浮かべて首を振る。
返答が気に入らなかったのか、エルンストの眉間には僅かに皺が寄る。
「……へぇ~、そんな能無しを頼りにしているんじゃ、あんたも見かけ倒しで大した事はないようだね」
「そうかい?」
「そっ、そうよそうよっ、エルンスト様に反論するなんてっ」
「所詮底辺の労働冒険者には、エルンスト様の偉大さは判らないのよっ」
「それにおっさんのあんたなんかより、エルンスト様はずっと素敵なんだからっ」
「それに若くて、有名で、魔物退治で沢山の人を救った英雄なんだからっ。あんたたちみたいな能無しとは違うのよっ」
棘のあるエルンストの言葉に被さるように、取り巻きの娘達は顔を歪ませ、甲高い罵声を事務所に響かせる。
「いやいや、元気のいい嬢ちゃん達だなぁ」
そんなザイツがうんざりするような光景を、だがハウルグは特に堪えた様子もなく、むしろ楽しげに眺めていた。
「――だが」
「――えっ」
そして不意に前へと進むと、まるでエルンストと娘達を、自分の影に落とし込むようにして立ちふさがる。
「なっ?! なに――」
「……少し、騒ぎすぎじゃあないかい? ここはあんたたちの他にも、大勢の者達が利用する公共の場だろう?」
「何よあんた――」
「わっ私達は……っ……」
言い返そうとした娘達は、笑顔で覗き込んでくるハウルグに何故か言い返せず、口籠もった。――そして自分達を遠巻きにして注目している周囲を意識すると、気まずそうに視線を逸らす。
「おいお前――」
「――それじゃあ、そういう事で。ああっ、詰めるなよ列っ。そこ俺の位置だからなーっ」
エルンストが何か返す前に、ハウルグは一方的にそう続け、列に帰った。
放置された形になったエルンストは、一瞬凶悪な表情になって顔を歪ませたが、やはり注目する周囲に視線をやると、すぐに余裕のある笑顔に表情を戻す。
「――ふん。……俺の厚意が判らないザイツなんか、どうでもいいか。むさっくるしい男二人なんか放って、行こうみんな」
「え、ええそうですねエルンスト様っ」
「役立たずになんて、構うだけ無駄だったのですっ」
「エルンスト様はこれからもっと勇者としての名を広められるのよっ。お前なんかもう頼んだって、雇ってもらえないんだからっ」
頼んでねーし。と内心で返したザイツは、エルンスト達をいなして列に戻ったハウルグの、にやけた顔を見上げる。
「……なんでそんなに楽しそうなんだよ、おっさん?」
「そりゃおめー、かわいいムチムチの嬢ちゃん達を、間近でじ~っくり堪能できたからよ。露出が多い服って眼福だよなぁ♪ 今度買って、ケイトに贈ろうかなぁ~♪」
「……へぇ、そう」
庇ってくれたハウルグに感じた感謝が、身体から抜けているような感覚を覚えながら、ザイツは横目でエルンスト達を確かめる。
「今日はクエスト達成のお祝いだ。店を貸し切って派手にいこう!」
「きゃあっ、流石エルンスト様ですわ~っ」
「エル様エル様っ、隣の席はあたしよっ? ね?」
エルンストと娘達は、ザイツ達の事など忘れたように入口に向かい、その後ろを、騒ぎの間中一言も話さなかった屈強な男達も続いていた。
『……もう二度と、あのクソ坊ちゃんに絡まれませんように。……うん、まぁ大丈夫だろう。これ以上、絡む意味もなさそうだし……』
安堵したザイツが、視線を列に戻そう――とした、丁度その時だった。
「――あっと、すみません」
「っ!! ――い、いえこちらこそ……美しいお嬢さん。……あの、もしかしてクエストの依頼でも――」
「――あっ、いたいた! ザイツさーん!」
「――ザイツ?!」
驚愕するエルンストの声と、もう一つ――とても聞き覚えのある若い娘の声に、ザイツは思わず視線を戻す。
「ザイツさーん! ハウルグさんの手続き、もう終わりましたかーっ?」
「――いや、終わってないようですよ姫様。ザイツ、あとどのくらいかかりそうだ? あまりかかるようなら、ちょっと聞いてもらいたい事があるんだが!」
「ザイツーっ! ハウルグ様も、今さっき、なんかちょっと大変? な事があったんであるよー!」
光輝く白金髪と黒肌が艶めかしい、人族離れした長身の美女。
理知的な雰囲気が印象的な、赤みがかった金髪の小柄な美女。
ついでに、中身がカラスのメイド幼女。
『……そういや、三人(?)とも、エルンストの取り巻きよりずっと美貌だな……』
なんとなくそんな事を考えたザイツは――自分を凝視しているエルンストに気付きそちらを向く。
「……ザイツのくせに……ザイツ程度で……生意気だ……ザイツ風情が……」
『うお?!』
エルンストは強張った顔を奇妙に歪ませながら、ブツブツと呟いていた。
「おっと」
「お、おっさん?」
思わず身を退いたザイツの肩を叩いたハウルグは、気の毒そうにザイツに言う。
「どこにでもいるんだなぁ、常に引き立て役を踏みつぶしてなきゃ落ち着かない、自意識過剰な自己愛野郎は」
「え?」
「ああいうヤツにとって同性ってのは、自分をひたすら引き立てる賛同者か、能無しの噛ませ犬でなきゃ我慢できねぇんだよ。――んで、もちろん世界はそんな風になってねぇから、狭い箱庭を作りたがる」
「……つまり俺は、あいつの引き立て役にされてたのか?」
鼻で嗤ってハウルグは肯定し、続ける。
「ザイツお前、ちょっとやそっとじゃ動じない……っつーか、感情が顔に出にくいよな」
「え……」
「みじめったらしく泣きわめくタイプより、そういうヤツの方が踏みつける側もムキになるんだよ。イジメに堪えてないように見えるから」
「おっさん……これは単なる生まれつきだよ」
ザイツは凹凸が乏しく、変化が分かり難いと周りから言われ続けた自分の顔を、諦めの境地になりながら軽く叩いた。
「どうしたんですかザイツさん?」
そんなザイツに駆け寄って来たキョウは、ザイツの顔を覗き込み、気遣うように声をかける。
「……もしかしたら、これからどうにかなるのかもしれない」
「あはは、なんですかそれ?」
本当に、なんなんだろうな。――と内心で続けたザイツは、エルンストを見返す。
「……何三下の労働者最下層が女と口きいてんだよ……しかもそんなイイ女とかありえねぇだろ……てめぇは薄汚く地べた這いずり回って、小銭かき集めてるのがお似合いだろこのクソ雑魚ザイツが……」
『うわぁ……なんかブツブツ言ってる……』
呟く声は届かなかったが、一度離れかけたはずの『面倒』が戻って来たと確信しながら、ザイツはもう一度自分の顔を、軽く叩いた。
キョウ「ところで、あの人誰ですか?」
ザイツ「え……勇者?」
キョウ「いや、質問されても」




