5 クエスト申請をしたが何かがおかしい
道端に蹲るほど落ち込んでいた魔王女クローディこと堕天魔族キョウは、ザイツに
連れられて酒場に入ると、酒場の客の皿にのっているものを見た途端元気を取り戻し、慌ててそれについてザイツに尋ねた。
「ざ、ザイツさん!! あのっ、あの丸パンの間に肉や葉野菜が挟まっているのってもしかして!! もしかして!!」
「へ? ……ああ、あれマーカスの酒場では定番の、マーカスの郷土料理らしいぞ。挟まってる野牛肉は、挽肉に干からびたパンを粉にしたのとか、余った野菜とかを混ぜ込んで量を増やしてるから、舌が肥えてる連中には合わないようだけどな。……もしかして食べたいのか?」
食べたいですっ、と目を輝かせながら嬉しそうに頷くキョウ。
先程食べたサンドイッチはどこにいったんだろう? と思いながらもザイツはカウンター席にキョウを案内し、酒場のマーカスを呼んだ。
「――あれザイツ、お前出発したんじゃないのか? おや? 一人じゃないのか、クエスト中のパーティーでもなさそうなのに珍しい」
60絡みの陽気な表情をした酒場の親父マーカスは、クエストを完了させて町を出て行ったはずのザイツを驚いた顔で迎え、ザイツの隣にいる『美女』に更に驚いたように声をあげた。
「どこのお嬢さんだい?連れている魔烏が使い魔なら、黒魔道師かな?」
「……そんな感じだ。マーカス、とりあえずあの肉パンをこのお嬢さんに頼む」
「お、おねがいします!! おねがいします!! Mの看板に期待してます!!」
「そ、そんなに腹減ってるのかい? ちょっと待ってな。大陸共通銅貨一枚、前払いな」
「はい! おつりください!」
「はいはいおつりね……白金? ――ってちょっとちょっと?!! そんなのこんなトコで出すもんじゃないよっ! おつりったって今日の売り上げじゃ足りないし!」
マーカスはキョウが差し出した、大陸共通貨幣でも最高の価値がある白金貨に慌て、ザイツを睨んだ。
白金貨には金貨100枚、銀貨1000枚、銅貨10000枚の価値がある。
どこの世間知らずだ、と目で問われたザイツは慌てて白金貨を持つキョウの手を下に降ろさせ、小さな声で叱る。
「パン一個にそんなの出すな。スリやぼったくりや金目当ての冒険者が大喜びで寄ってくるぞ」
「え……あ、万札は出しちゃ駄目なのか。すみませんっ」
「マンサツ? ……よく判らないが、判ったならいい」
「はい、判りましたっ。……でもザイツさん」
「うん?」
「まだ買い物してないので……その……小銭が……」
「…………後で返せよ」
氷の微笑が似合いそうな美女の子犬のような視線に負け、ザイツは懐から銅貨を取り出しテーブルの上に置いた。
まいど~、と銅貨を笑顔で受け取ったマーカスは、奥へ肉パン一つ! と注文を叫びザイツへと向き直る。
「どう見ても冒険者じゃないよね。ザイツ、彼女は依頼人かい?」
「ああ、俺を護衛と道案内で雇ってくれる旅のお嬢さんだ。申請書類を頼む」
「なるほど納得。……でもお嬢さん、今度の依頼からはちゃんと冒険者事務所で申請した方がいいですよ。依頼待ちしてる酒場の冒険者なんて、ガラが悪いのも多くて、目を付けられたら大変ですから」
ちょっと待ってて、と断ったマーカスは、申請書類を取りに事務所らしい奥の部屋に入って行った。
――マーカスの言う通りまずかったか、と思いながらザイツは背後を見る。
騒動に気付いたか、テーブルに座る冒険者とおぼしき男達の視線が、白金髪と黒肌が印象的な若く美しい娘に集まっている。
【ぐぬぬ! 姫様に不埒な事を考える奴等は、このカンカネラの火魔法の餌食にしてくれようぞ!!】
そんな男達を威嚇するように、キョウの肩に乗っていたカンカネラは、パタパタと小さな羽根を動かして何かを唱え始めた。
ザイツは慌てて止める。
「よせバカラス! 酒場での魔法や体術行使は御法度だ。……ああそういや、魔烏って魔法使えるんだっけ」
魔烏は通常のカラス程度の体力しかないが知性が高く、野生育ちでも自然と攻撃魔法を習得する事ができる魔獣だった。人族の領域にも生息しているため、魔法使いの使い魔として訓練され、人族と共に行動している事も珍しく無い。
「お前らが縄張りにしてる森を抜ける時とか、いきなり火魔法が降ってきたりするから怖いんだよな」
【当然である!! 我らは賢い魔烏であるからなっ】
「物理耐性皆無で素手で殴っただけでも死ぬから、遠距離攻撃持ってたら楽だけどな」
【……当然である。我らはか弱い魔烏であるからな……】
「あ、気にしてたんですかカンカネラさん?」
【き、気にしてなどおりませぬ姫様!! このカンカネラ、体力は無くても得意の大魔法で姫様を必ずお守り致しましょうぞ!!】
「知ってるかバカラス、魔法の詠唱って、状態異常誘発する武技で簡単に中断できたりするんだぜ?」
【うっさいわー!! 当たらなければどうという事はないのだ!!】
涙目で羽根をパタつかせながら怒るカンカネラ。
その様子が可愛いのか、キョウはクスクスと笑った。
側近や使い魔というよりペットだな、と思いながらザイツは帰って来たマーカスから申請書類と羽根ペン、インク瓶を受け取る。
「はいお待たせ、それが申請書類でこっちが依頼料の相場表、ギルドの仲介料も書いてある通りです。――すでに依頼する冒険者がザイツって決まってて、依頼もよくある護衛、お金もちゃんと持っているようだから支払い能力も問題無しと。……うん、申請書の必要事項書いて身分証確認させてもらったら申請終了でいいでしょうね。肉パン来るまでに終わるでしょうし、あれは持ち帰りにしてあげましょうかお嬢さん?」
トラブルになりそうな世間知らずはさっさと店から追い出そうとでも思ったのか、マーカスはてきぱきと書き込み方をキョウに教え、ザイツにもクエスト承諾書を早く書けと急かした。
どうやら早く終わりそうだと安心して、ザイツも書き慣れたクエスト承諾書に名を記入すると、規定なのでマーカスに冒険者証を確認させる。
「数時間前に見たばかりだけど、――はいザイツOK。戦争終わってゴタゴタしてるから気を付けて行くんだよ。このお嬢さんと二人なら、街道馬車で集団移動した方が安全だろうね」
「ああ」
やがてキョウも記入を終えた。
「あとは身分証ですね。通行証でいいんですよね?」
「お名前はクローディ……カトラ王国からバース連合に……。ああはい、国王か領主が発行して、大陸法認可の印が入った通行証なら問題ないです……」
キョウから手渡された申請書を確認しながら、マーカスはキョウの通行証ももらい――それらを確認して硬直する。
「……どうしましたかマーカスさん?」
「……だ、駄目じゃないですかお嬢さん。――身分を偽ってはいけません」
「え?」
「もしかしたら身分を伏せたい事情があるのかもしれませんが、偽名や偽の身分では申請不備となり、後々発覚すると違約金が発生してしまったりするんですよ。大丈夫、ギルドはグランツァー大陸法に賭けて中立組織です。貴方がどのような身分でしょうと、きちんと手続きを踏んで正当な料金で依頼をする以上決して差別したりしませんし、無論情報漏洩も致しません」
「……字が間違ってましたかね?」
不思議そうに首を傾げるキョウでは埒があかないと思ったのか、困った顔のマーカスはザイツに近寄りこっそりと言う。
「おい、君からもこの世間知らずそうなお嬢さんに言ってやれ。……いくら戦争が終わったからって、魔王女の身分を騙るなんて、冗談にしても趣味が悪いって」
「……いや、本物だけど」
マーカスは目を見開き、石像にでもなったように呼吸まで止めて硬直した。
ザイツは自分の発言で、これほど驚愕したマーカスを見たのは初めてだった。
「……え」
「いや、本物。ほら、通行証はちゃんと契約魔法がかけられた正規のものだろ。それに隠してあるけど、『父親』同様色々ついてるぞ。角とか羽根とか」
「いいいや……そんな……? だだ……だってこんな田舎に……しかも酒場にとか……ねぇ……?」
「いや、ねぇって言われても……」
困惑するザイツの横で、マーカスはキョウの通行証を凝視して偽物の証拠を必死に探し。最後には書類の真贋を見極める最終手段である、契約魔法に反応する高価な消耗品の魔具までいくつか持ち出してきて、それを全て消費してしまった。
「……本物だ」
――その結果を呆然と呟くマーカスに、キョウは本物ですよ? とのんびり答える。
「マスター、肉パンお持ち帰り一つできました。この姉ちゃんですか?」
「あ、どうも~。それじゃあ、身分証の確認も終わりましたよね。買い物に行きましょうかザイツさん」
「……そうだな。なんかマーカスが混乱してるみたいだし、そっとしておいてやるか。あ、ちゃんと受理しておいてくれよな」
通行証をきちんと懐のポケットにしまったキョウは、嬉しそうに奥から出てきた酒場の店員から紙袋を受け取りザイツに言った。
他にやることは無いはずだったのでザイツも頷き、席を立とうとする。
「ま……待ったぁあああああ!!!」
それを顔面蒼白になったマーカスが、慌てて止めた。
「ちょちょ!! 待って!! いえお待ち下さいクローディ様!!」
「? 何でですか? もう確認は終わりましたよね?」
「買い物して、街道馬車に乗り合わせて行こうと思ってるんだ、あまり遅くなりたくないんだが……」
「ザイツお前!! お前なんでこんな面倒な!! いいからここにいてくれ頼む!! 俺一人の判断でこんな依頼通したら本当の意味で首が飛ぶ!! ポール!! ポールこのお嬢さんを二階の客間に!! ぶぶぶ無礼無いように!! すぐ戻るからそこから動くなよ!! 絶対動くなよザイツ!! あ、動かないで下さいクローディ様!!!」
動いたら受理しないからなー!! と捨て台詞を残して、慌ててマーカスは店から駆け出して行った。店で働いていた店員達は、何事かと驚きながらザイツとキョウに注目する。
「……待ってないと受理されないって本当でしょうか?」
「あの様子だとそうかもな。……よく判らないがすぐ戻るって言ってたし、二階の客間とやらで待ってみるかキョウ姫?」
「じゃあ折角だし、これ食べちゃおうっと。ふふふ」
突然の足止めにザイツは嫌な感じがしたが、キョウは特に気にする事無くウキウキとした様子で黄色いMの文字が入った紙袋を抱えた。
『……一体なんだろうな? ……やっぱりギルドはまだ、魔族の依頼を受理しないって事なのか? ……とりあえず待つ……しかないか。これで勝手に行ったらそれこそ後で何言われるか判ったもんじゃねぇし』
ギルドの窓口である酒場と諍いを起こすと、後々の仕事にも影響する。
それが判っているザイツは諦め、案内するポールに続きキョウの後から二階へと上がって行った。
ポールは二階の最奥にある扉を開け、キョウとザイツを招き入れる。
「よく判らないけど……マーカスさんは悪い人じゃないから、安心してくれな姉ちゃん。あ、お茶持ってくる」
「はい、ありがとうございます」
しつれいします、と慣れてない敬語でと共に一礼し、ポールは部屋から一階へと帰って行った。
「……良い部屋だな。閉じ込められたりしないだろうが、一応ドアは開いておくか」
【ふん、魔王城と比べたら犬小屋並みだがっ】
「こら、そういう事言っちゃいけませんカンカネラさん」
向かい合ったソファとテーブルが中央に置かれた、上品な調度でまとめられた部屋は、酒場の二階というより裕福な商人の客間のような雰囲気だ。
「来客用のお部屋みたいですね。……小説とかゲームだと、ああいう隙間とかに暗殺者とかが忍んでて、こっちの様子を伺ってたりするんですよね」
「?!!」
不穏な言葉にザイツは緊張してキョウの指指した方を見た。カーテンと植木鉢で見えないそこは、確かに数人潜めるスペースがある。
「! ――まさか」
――そこから微かな物音を聞き取り、ザイツは背中の剣に手をかけてキョウを後ろへと下がらせる。
「……部屋から出てろ姫」
「え? ザイツさん冗談ですよ今のは?」
「いや、音がした。一階からじゃない、そこからだ!」
【な、なにぃ?!! 本当か小僧?!!】
「ええ!! 誰かいるんですか?!! 暗殺者ですか?!! NINJYAですか?!!」
――もしそうならそれはマーカスの差し金なのか。
「――誰だ!!」
その疑惑に恐怖と狼狽を感じながらも、ザイツは剣を抜き構え――いつでも攻撃できる態勢でカーテンを乱暴に開く。
「……」
「……」
【……】
にぅー、と声を上げて端から飛び出してきたのは、小さな黒猫だった。
猫は慌てたように窓縁へと飛び上がると、開いていたそこから窓の外へと逃げて行った。
「……ざ、ザイツさんええと……その……すごいですねっ。あんな小さい子の足音に気付いたんですかっ。わたし全然気付きませんでしたっ」
キョウの言葉の優しさに、ザイツは嬉しくない羞恥が込み上げてくる。
「……小さい……うん、そうだよな……あんな小さい気配が人間のはずねぇよな……悪い、無駄に怖がらせた」
【やーい、マヌケであるっ!! 子猫に『誰だ!!(キリッ』とかお笑いぐさであるっ】
「うっせーバカラス!!」
先程のお返しとばかりに飛び回りからかって来るカンカネラに怒鳴り、赤くなった顔を隠してそっぽを向きながら、ザイツは剣を背の剣帯にしまった。
「……おや、ずいぶんと賑やかだな?」
「――?!!」
そんなザイツに、開かれたドアの音と共に楽しげな声がかかる。
慌てて振り向くと、そこにはマーカスと共にザイツの知らない男女数名がおり、部屋の中のザイツとキョウに注目していた。
「なんだい青年、まさか部屋に忍び込んだ暗殺者と一戦やらかしたなんてんじゃないだろうね?」
「そ、そんなわけないだろう……」
狼狽えながらザイツが返した言葉に、声の主であるはふぅん、と返し口角を吊り上げる。
どこか皮肉げな口調でザイツに声をかけてきたのは、ドア前に立つ集団の中にいた、切れ長の青い瞳を持つ女だった。
『……誰だ?』
柔らかく波打つ赤みがかった金髪を顎の下で切りそろえ、細身だが鍛えられている事が判る身体を機能的なパンツとジャケット、がっちりとしたブーツで包んだ女は、腰に短剣と共に小さな杖を下げていた。
魔法の心得があるんだろうと察しながら、ザイツは女に問いかける。
「……あんたは?」
「同業者さ青年。まぁ、ずいぶん受ける依頼分野は違いそうだけどね」
そういうと女は隙の無い身のこなしで部屋に入り、躊躇無く優美な仕草でキョウの前に跪く。
「……あ、あの?」
「突然お目にかかる非礼をお許し下さい、クローディ第一魔王女殿下。……カトラ王国冒険者ギルド本部の命により、ランク6の『学者』ケイト、王女殿下の護衛として参上致しました」
え? と声を漏らしたキョウがザイツを見上げる。
説明を求められている視線に首を振り、ザイツも判らないと返す。
こんな事は初めてだった。
『……一体どういう事なんだ?』