47 南についたが何かがおかしい
小都リリエを馬車で出発した魔王女一行は、国道沿いに点在する町や村を辿るようにして南下しながら、バース連合国の元首都ウィスティーアを目指した。
「――そういえばハウルグ卿。実質的な為政者となる執政官の邸は、元首都だったウィスティーアではなく、リリエに設置されるのですね?」
「元首都よりリリエの方が本国に近いし、拠点としても優れているからな。……ところでケイト、もう『卿』はいらねぇぜ。ハウルグでもルーグでも、好きに呼んでくれ。あ、親しみを込めて『おまえ様』でも嬉しいぜ~?」
「……拠点。それは軍事拠点としてという意味ですよね、ハウルグ卿? ……魔王の国は当分、被支配国を警戒するという事か……油断するよりは、上手くいくだろうが……」
「うぉう、無視かよぅケイトぉ~? ケイト嬢~? ケイトちゃ~ん?」
「…………ご心配無くハウルグ卿。様々な目的で冒険者登録をしている貴人は少なくありませんので、貴方様を私が敬称で呼ぼうと全く違和感はありませんよ」
「そういう事じゃ無くてよぉ~、やっぱり親愛の第一歩は呼び名だろ~? 俺はケイトと仲良くしたいんだぜ~♪」
「……………………そのような、畏れ多い。お断りします」
「はははっ。全然畏れてねぇよなお前~っ。そういう不敵な所も可愛いぜ~♪」
「…………………………………………ザイツ、なんとかしろ」
「無理」
「こら無愛想青年っ! 躊躇せず見捨てるなっ!!」
「……」
そんな旅下の馬車に揺られるザイツは、隣の御者台に座るケイトからの恨みがましい視線と、馬車の屋上からケイトをからかうハウルグを無視しつつ、考え事をしていた。
「……」
その頭の中には、出発時リリエの冒険者ギルドで受け取った、メッセージが浮かんでいる。
―人の世と神殿の危機です、悪しき者達との聖戦に、なにとぞお力添えを―
――シスター・アンネリーより。
『……これは断ったのに』
―ザイツ、どうかお願いします。貴方の御力が必要なのです―
―これはゼーレ信徒の崇高なる使命。貴方はこれを優先すべきです―
―共にゼルモア神聖教国を蹂躙する魔王軍に、聖なる裁きを与えましょう―
―この戦いは、光神ゼーレは人族にお与えになった試練なのです―
―人族はこの試練を乗り越え、魔族をこの世から滅ぼさねばなりません―
―たとえ命尽きようとも―
―汚らわしい闇神シューレの眷属共に、人の領域を侵させてはなりませぬ―
―貴方にも、それは判るはず。いいえ判らなくてはいけません―
―貴方は神の戦士となれるこの機を、逃してはいけないのです―
―貴方は主の御心に添う事ができる正しき方。わたくしを助けて下さる方―
―わたくしには判ります。だから貴方も早く御自分の使命に気付いて下さい―
―共に戦って下さいザイツ―
―わたくしと共に―
―戦って下さい―
―戦って下さい―
―戦って下さい―
―戦って下さい―
―戦って下さい―
―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―戦って下さい―
――シスター・アンネリーより。
『い――痛ぇえええええええええええ!!』
依頼を断った後から始まったメッセージ攻勢に、ザイツは送り主――シスター・アンネリーへの痛々しさと寒気を同時に覚えていた。
『……少し……じゃないかもしれないがとにかく……思い込みの激しい所のあるヤツだったからなぁ……』
シスター・アンネリーは、ザイツと何度かパーティーを組んで依頼をこなした事がある、ザイツの不定期な冒険者仲間だった。
『それでも優秀な聖属性魔法の使い手だったし、金に汚くもない。つまらない仕事にも真面目に取り組む、パーティーメンバーとしては良いヤツだった。……だから後々の人脈維持のため、アレ状態の追加メッセージも穏便に断ったつもりだったんだが……』
―もう戦争は終わってるし、再燃して欲しくも無い―
―今の仕事を途中で放棄する気もないから、悪いが依頼は断る―
―魔王軍も、僧だからといって無意味に殺したりはしないはずだ―
―神より自分の命を大事にして、大人しくしてた方がいいぞ―
――ザイツより。
『――あの返事じゃ駄目なのかよ?! あーもうっ!! いっそコネが潰れる覚悟で、メッセージ受け取り拒否にすりゃよかったのかぁー?!』
できれば関係をこじらせたくなかったアンネリーの暴走ぶりに、頭を抱えたくなるザイツ。
基本的に性格の善し悪しよりも有能無能が人物評価に繋がるのが冒険者のため、奇妙な性格の持ち主は珍しくもなかったが、それでも限界はあった。
『……少なくとも、俺は神のために戦争して死ぬ気は無いしな。……あいつだって普通の冒険者として生きていけばいいのに……』
―主の御心と共に歩む信仰の道、それこそが楽園への道ですわ!!―
『……アンネリー……馬鹿な事、するなよなぁ……』
聖書を胸に抱え、信仰の幸福を嬉々として語った尼僧姿の少女を思い出し、ザイツは心配しながらため息を付いた。
「――心配事か、坊主?」
「――っ」
ふいに、馬車の上から声がかかる。
ザイツが見上げるとケイトをからかっていたはずのハウルグは、僅かに細めた眼で、じっとザイツを見下ろしていた。
「……別に。……おっさん、ケイト口説いてたんじゃなかったのか?」
「ああ勿論。でもお前の気配がやたら静かになったからな。気になったわけだ。……そういう奴って、寝てるか考え込んでるか、でなきゃ悪巧みしている事が多いからな~?」
「……」
あくまで友好的に、だが確かめるようにそう続けるハウルグを、油断できない男だとザイツは思った。
「一応、確かめておいた方がいいと思ってな。……これは例えばだけどな、お前さんがもし、ゼルモアの残党に加勢を求められて裏切ったりしたら、殿下、じゃなくてキョウ姫様が危険だろう?」
「……馬鹿馬鹿しい。そんな面倒な事に関わったりしねぇよ」
そして図星に内心でギクリとしながらも、ザイツは不機嫌そうに返し前を向く。
まだ具体的な何かをしたわけでもないアンネリーを、売る気は無い。
「そうですよハウルグさん、ザイツさんは今までがんばって私達を守ってくれたんですっ」
「……殿下。……そうですか、ずっとそうなら俺も安心です」
「はいっ」
「……はは」
そこへ馬車から顔を出したキョウが加勢する。
その言葉を信用した訳でもなかったようだが、目上の少女とこれ以上口論する気は無いのか、ハウルグは苦笑して頷いた。
「仕事が終わるまでは、ちゃんとそうするさ。おっさん」
ザイツは余計な疑惑を持たれないようそれを肯定し、話を打ち切ろうと思った。
「――あっ、そーそーついでになっ。俺ちょっとザイツに、聞きたい事があるんだけどっ」
だが逃げられない。
「…………なんだよ?」
「ああ、実は俺今、魔王陛下の封印で人族並みになってるだろ? 正直実戦でどこまでやれるのか、判らねぇんだわ」
面倒だと言外で告げるザイツに全く怯まず、明るい口調でハウルグは話題を変える。
「……ここまでトラブル無く来られたから気付かなかったが……おっさん、そんなに弱っちまったのか?」
「そうなんだよっ。牙も爪も無いし、筋肉も半分以上消えて縮んだから力もスピードもガタ落ちだぜっ。――何よりシッポがねぇから、振ってガキ共をあやす事もできねぇっ!!」
「最後のは強弱関係ねぇけど、大事なのか?」
重要だぜ。と断言したハウルグは、今後のために、と続けて極々真剣な表情で頷いた。
「だってよケイト」
「私は何も聞いていない」
「へー」
「っ笑うなっ」
ハウルグとザイツの戯言に怒りながら、ケイトは手綱を握り直した。
「だっ、大丈夫ですよハウルグさん! 『強キャラはパーティーに正式加入すると、弱くなる法則がある』って、昔ゲーム好きの友達が言ってましたから! これから一緒にがんばりましょう!」
「え? ……ええと、よく判りませんが、もったいないお言葉です」
「はいっ」
「……はは」
キョウは謎の法則を語りながら、苦笑いするハウルグを慰めた。
「……それで? 弱くなったらしいおっさんは、俺に何を聞きたいんだ?」
それを軌道修正するようにもう一度問うザイツに、ハウルグは応じる。
「おう。――それで、だ。どこかで腕試しできる場所は無いか? できれば武装して、余計な怪我をしないよう、保護水晶付きで」
「……ああ、なるほど」
ハウルグの言葉に、ザイツは納得した。
「ようするに、今の自分の全力を知っておきてぇのさ。お前とその辺で手合わせでもいいんだが、俺達今は護衛中だろう? 思いっきりやって万一どっちかが再起不能にでもなっちまったら、大変じゃねぇか」
「それは判る。一度冒険者仲間が仕事中に私闘しやがって、どっちも倒れた事があった。……直後にゴブリン共から強襲を受けて、散々だった」
修羅場を思い出したザイツはうんざりする。仕事中の体調管理は、職種を問わず基本中の基本だ。
「そういう事だから、ダメージを吸い取ってくれる保護水晶付きの、腕試し場所はねぇかザイツ? 俺人族領域の事情は、まだあまり詳しくねぇんだ」
「おっさん、そういう事なら、これから行くウィスティーアの都でいいと思うぞ。大きな都の冒険者ギルドには、だいたい決闘場が付いているから」
「ああ、シュネイの街みたいにですね」
ザイツの答えに、窓から顔を出したキョウも続けた。
「へぇ……そういえばザイツが、魔王女殿下の護衛仕事を賭けて決闘したってのは魔王陛下から聞いたな。あれってギルドの決闘場だったのか?」
「ああ。冒険者ギルドの決闘場は、利用規約に同意すれば誰でも使えるぞ。もめ事の白黒着けたり、新しい装備やスキルを試したりするのに丁度良いんだ。対戦相手はその場で募集もできるし、申し込めば冒険者ギルド所属の腕利きや魔獣と戦う事もできる」
「おお、いいじゃねぇかそれっ」
ザイツの言葉に、ハウルグは嬉しそうに頷いた。
「――ただし、決闘場使用料と、壊す事になる保護水晶代金は取られるけどな」
「うっ、保護水晶って結構するんだよな」
だが追加情報には、顔をしかめる。
「みみっちい事言うなよ騎士様。女達を助ける時は大金預けたくせに」
「女絡みと部下絡みでケチるのは恰好悪いだろうが。だからいざというとき出せるように、普段はちょっとずつ節約して、金を貯めておくんだよ」
「……わりと堅実なんだなあんた」
「それにこの旅は一応処罰であり修行だしな、贅沢せず今手持ちの金でなんとかしたいんだ。だから抑えられる出費は抑えたい」
「ふーん……それなら、『敗者負担』で腕試し募集かけてみたらどうだ?」
節約したい気持ちは判るので、ザイツは再び案を出した。
「敗者負担?」
「ようするに、腕試しで負けた方が決闘場利用料全額負担って事だ。勝てば利用料タダ、負ければ二倍。それに金貨の一、二枚でも賭けて募集をかければ、必ず乗ってくる奴はいる。賭け金目当てにたむろっている、食い詰め傭兵や貧乏騎士がいるくらいだ」
「なるほどなぁ。……負ければ倍以上の損だが、勝てばと金貨一、二枚の得か」
「そうじゃなければ、『申込者負担』っていうのもある。申し込んだ奴が手っ取り早く戦いたい時、こうしている場合もあるから、一応募集を確かめてみるといい。……まぁこの手の奴は大抵、新武器や新スキルの人体実験とか、おっかない目的があるんだけどな」
「こっちの目的を果たせれば、俺はそういう相手でもいいぜ」
むしろ面白そうだ、と笑顔で続けるハウルグの目に、好奇心と獰猛な光が宿った。
「……無茶をして、保護水晶が受けきれないほどのダメージを喰らって死なないでくださいね。護衛加入早々、迷惑ですから」
そんなハウルグの様子を知ってか知らずか、前を向いたままケイトが嫌味を投げた。
「おっ、心配してくれてんのか~ケイト?」
「迷惑と言っております」
「照れるなよ~♪ 実は愛だろ~♪」
「勘違いも甚だしい!!」
【ヒヒ~ン?】
それについ乗ってしまった感情的なケイトが不思議なのか、軽快に走るガンバーは、不思議そうないななき声を上げた。
「あ……な、なんでもないぞガンバー君っ。も、もう少しでウィスティーアだっ。がんばってくれっ」
【ヒヒ~ン♪】
【そうだぞっ。がんばるのだぞ我弟分っ。ウィスティーアに付いたら休ませてやるからなっ】
【ヒヒ~ン♪】
「へぇ~、素直で可愛い若馬だな。ヒッポグリフ種なら気性が荒いのも多いのに」
ハウルグは走る若馬と、その頭でチョンチョンと跳ねている魔烏を見下ろしながら、楽しげに笑う。
「おーい、お前ケイトの馬なんだってな? がんばれよ~」
【ヒヒ~ン♪】
「贅沢はしないつもりだが、ウィスティーアに着いたらご褒美に、新鮮な果物を買ってやろう」
【ヒヒ~ン♪】
「果物は好きか~?」
【ヒヒ~ン♪】
「そうかそうか。……お前の飼い主が俺の嫁になると、毎日食べ放題だぞ~♪」
【ヒヒ~ンっ? ヒヒ~ンっ♪♪ ヒヒ~ンっ♪♪ ヒヒ~ンっ♪♪♪♪】
「ハウルグ卿!! 私のガンバー君を買収しないでいただきたい!!!」
「はははは。やっぱお前、頭良いのに可愛いよな。ケイト♪」
そして前方を注意しつつも一瞬振り向き、真っ赤になって睨み付けてきたケイトに対し、更に深めたいたずらっぽい笑みを返した。
「……おっさん……たのしそうだな」
「……ハウルグさん……好きな女の子はからかいたい派ですか。あっ、でもセクハラは禁止ですっ! 魔王陛下的変態行為も、全部禁止ですからねっ!」
【ひ、姫様っ、不敬にございますっ。魔王陛下はパンツ一枚姿でも許される、偉大なお方なのですっ】
【ヒヒ~ン♪】
こうして賑やかな馬車は国道を進み、やがて見えて来たウィスティーアの都の城塞門が、一行を迎えた。
―― 一方その頃
「――馬車に乗せていただき、ありがとうございましたっ」
「いや。尼僧さんの治癒魔法には孫娘の出産で助けられたし、恩返しになるならいいんだが……くれぐれも気を付けるんだよ、この国はもう魔王軍の支配下だ」
「大丈夫ですっ。主は必ずや我が道を照らして下さいます!」
「そ、そうかい? ……このバース連合国を抜けて、北に向かうのかい?」
「はいっ。聖なる戦いを勝利するための戦士を、これから迎えにいくのですっ。……彼は少し前までカトラ王国のシュネイを拠点にしてましたし、きっと追いつけるはずです。主のお導きが、わたくしを彼の元へと送り届けてくださいますわっ!」
「……ほ、本当に、気を付けるんだよ? 魔王軍の兵士ともめないようにね。……シスター・アンネリーさん。この爺ちゃんとの約束だよ」
「お約束しますわ親切な方! 必ずやこのグランツァー大陸全ての国々に、再び神の御威光を!」
「い、いや……そうじゃなくて……」
ゼルモア神聖教国の辺境から、年老いた行商人の馬車でバース連合国最南端の国境を越えたシスター・アンネリーは、南端国境に最も近い大都市――ウィスティーアへと到着していた。
「……そういえば尼僧さん」
「はい、なんでしょうか?」
「……額のそれ……宝石か何かかい? ……とても輝いているけれど……一度ゼルモアに参拝しにいった時に……せ……聖女様の額に輝いていたものと……そっくりだけど……いや、まさかね……」
アンネリー ――聖輝に選ばれた新たな『聖女』は、ぶ厚い聖書を抱えて馬車を降りると、行商人の言葉に微笑み応えた。
「――全ては主の御心のままに、ですわ。
……全ての人族に平和と安寧を。そして全ての魔族に絶望と痛苦を」
その笑みはあまりにも無垢で、そして狂信的だった。
孫娘を救われた行商人は、年若い聖女を心から案じ、神に祈った。
魔王「主の御心を信じた結果がこれだよ!!\(^o^)/」
婆聖女「\(^o^)/」




