42 増員したが何かがおかしい
― 十数日後 ― 朝。
認められた再調査の結果、ボッジ村襲撃事件改め、ボッジ村村人集団誘拐殺人及び人身売買事件は、その全貌と犯人達を白日の下に晒す事になった。
「――本当にありがとうございました。……皆様はロン君達を救い、仇をとって下さった。なんとお礼を言えば良いのか判りません」
「いいえサリーさん、こちらこそわざわざ今日まで、サリーさんが私達の護衛増員を捜して下さっているとは、思いませんでした」
現在魔王の国は、再調査で揃えた証拠を元に、支配下に置いたバース連合国の国民であるボッジ村村人達を奴隷として売ったエベン村の住人と、そのエベン村の住人から村人達を買った奴隷商人ら『罪人達』の引き渡し、そして奴隷として売られたボッジ村人達の返還を、エベン村村人達の所属国である、ギスモー王国に求めている。
「結局、今日の朝ギルドで紹介した女性剣士も細かい条件が合わなかったようで……お役に立てず申し訳ありませんでした」
「相手がある事ですし、こればかりは合わなければ仕方ないですよ。これからは各所の冒険者ギルドへこまめに寄って、増員メンバーを捜す事にします」
「そうですか……どうかお気をつけて」
そして再調査に協力するため砦に足止めされていた魔王女一行は、ようやくその協力が一段落したため、リリエの街を出発する事になったのだった。
「……魔王女殿下、リリエッド砦でのお役目ご苦労様でした」
「え……いえいえっ。砦で状況を説明したり、現場検証に協力したりしたのは私じゃなくてケイトさんやザイツさんでしたからっ。……私は本当にその、調査に同席していただけでして……」
「それはとても大切な事ではありませんか、魔王女殿下」
「まったくですな姫様」
冒険者ギルドの駐車場へ見送りに来ていた、冒険者ギルド事務所職員サリーが笑顔でそう言うと、手綱の調整をしていたケイトも真面目な顔で頷き続ける。
「姫様の御同席があればこそ、私のような『人族の小娘』の言葉を、調査に立ち会う魔王国のお偉い様方も、真面目に聞いて下さったのですから」
「そ……そういうもの……なんですかね?」
「ええ、そういうものです。権威を持つ者がそこにいるという事実が、重要なのです。だから姫様が常に『全て私に任せる』という表情で悠然と同席してくださったのには、非常に大きな効果がありました」
「……あれは女優になった気分でした。……ガラスの仮面なんて持ってナイヨー……」
「ガラス……つまり目に見えぬ仮面という事ですか? あはは、王宮の貴婦人達なら、数万個単位で単位で持ってそうですが、姫様は上手いことをおっしゃる」
「い……いえ……」
疲れたように言うキョウに、ケイトは笑った。
「……あ」
それに苦笑を返したキョウは、ふとケイトを見返して言う。
「……でもケイトさん、あのエアノールさんがケイトさんの話を熱心に聞いてくれるようになったのは、私の……というか、魔王家の権威のおかげじゃないと思います」
「? あの見るからに人族大嫌いの、おエルフ様がですか?」
「おエルフ様って……ほら、遺骨に残っていた野草の詳細分析のために、魔王の国から、国立研究所所員のエルフさん達が来たじゃないですか」
「ああ……彼らはすごかったですねぇ。私の手持ち試薬程度ではどうしようもなかった微量な諸成分まで全て分析し、アセビを主成分とした痺れ薬まで特定してしまったんですから。エルフ族の魔術薬学、恐るべしです」
「ええ、すごかったですけど……」
異種族の技術に感心するケイトに、少々複雑な顔でキョウは続ける。
「……私……彼らがエアノールさんと雑談しているのを聞いたんです。……彼らも今回の事件については聞いていたようで……彼らは……人族の所行に呆れてました……」
―助けを求める同族に手を差し伸べるどころか、騙して売り払うとはな―
―売れない老人や赤ん坊は、殺して捨てたらしい……なんと酷い事を―
―人族め……その下劣さは、大昔から何一つ変わっていないようだ―
―全く……あのような汚らわしい者達と、友好を結ぶなどありえぬ―
―連中の恥知らずな邪悪さは、皆が認める所だというのに……―
「……まぁ、仕方がないでしょう。残念ながらあの事件を知って、人族が好かれるとは私も思えません」
「で、でもケイトさんっ、そんなエルフさん達に、エアノールさんが言ってくれたんですよっ」
「あの方が?」
―……だが犯人の邪悪な所行を見抜き、断罪したのも人族だ。そして家族の仇を討つため、事件の解明のため、我ら魔王軍に協力したのも、人族の子供だ―
―! エアノール卿……―
―この事件の解明には、大勢の人族の協力者や証言者が関わっている。……私は彼らが、犯人達と同じ下劣な存在とは思えない―
―……驚いた……人族嫌いの閣下が、人族を庇われるのですか?―
―そんなつもりはない……ただ……―
「――『人族にも様々な者達がいる。過去の怨嗟に捕らわれ、我々エルフはそれを忘れつつあったのではないだろうか』……って、エアノールさん言ったんです! 研究所のエルフさん達、何も言えなくなっちゃってましたよ!」
「……ほう」
驚いたのか、ケイトはパチパチと瞬きした。
「やっぱりエアノールさんは、ケイトさん達に感心したんですよっ。再調査もあちこちから専門家を呼んでとても綿密にやってくれてますし、きっと事件が完全解決する日も近いと思いますっ」
「……えー、そんなに簡単に、あのプライドの高そうな方の心境が変わりますかねぇ?」
「見所がある人族もいると思ったのは、確かじゃねぇか?」
懐疑的なケイトに声をかけたのは、馬車に荷物を詰め込んでいたザイツだった。
「そうじゃなきゃ、執政官官邸の下働きに、ロンは雇わねぇだろ」
「あっ、そうそうっ。私もそれは驚きましたっ」
ザイツの言葉に、キョウも笑顔で頷く。
戦争に負けたバース連合国は滅亡は免れたものの、最低でも戦後の講和条約で締結された賠償金を払い終わるまでは、魔王の国から国を監督する執政官が置かれる。
その官邸の下働きに、リリエの街の執政官に内定しているエアノールは検証で出会ったロンを勧誘し、ロンもそれを受けたのだった。
「魔族嫌いのロン君が、頭を下げてその誘いを受けたのも驚きでした。……彼の中でも、少しは心境の変化があったんですかね?」
「あのクソガキは、単に背に腹は替えられねぇってだけかもしれねぇけど。……父親は売られたままで、婆ちゃん母ちゃん妹までいるんだ。働かなきゃ喰っていけねぇ」
「そっか……帰ってくるといいんですけどね。ロン君のお父さん」
「よせよせ姫。余計な期待は持たずに諦めた方が、あのガキも生きやすいぜ」
「ドライですねザイツさん……」
「事実だからな。売られた奴隷が無事帰ってくるなんて幸運殆どない。……あいつの母ちゃんを見つけたのだって、奇跡みたいなモンだったんだ」
「……奇跡、ですか?」
ザイツの言葉を聞いたキョウは、首を傾げてケイトへと視線を向ける。
「……でもケイトさんは、ザイツさんに人捜しを頼む時に、自信ありげでしたよね? 『美しいがある程度の年増女は、近場に売られてる可能性があるから、ギスモー王国やカトラ王国の歓楽街、色街を捜せ。もしかしたら、ロンの母親もいるかもしれない』って……」
「ええまぁ。……実はあれは、根拠という程のものでは無かったのですが」
「えぇ?! じゃあなんでそう思ったんですかっ?」
「私が奴隷商人なら、そう考えるかもと思ったんです」
「な、なんでですかっ?!」
「鮮度の問題です」
「へ?」
ケイトは肩を竦めて答える。
「美しい女奴隷は、健康な男の奴隷と並んで売れ筋商品です。……が、年がある程度いっている女というものは、例えどれほど美しくても衰弱してしまえば一気に老化が進み、売値が急降下してしまう。……ならばそうなる前に、少しでも早く高値で処分してしまいたい。奴隷商人ならそう考えてしまっても、おかしくないと考えたわけですよ」
「……見切り品シールが貼られる寸前の、お刺身みたいな考え方だな……」
「オサシミ?」
「ああいえなんでもっ。で、でもそれなら、ロン君のお母さんは条件にぴったりだったわけですね」
「そうです。ロン君が『そっくりだと言われる』と言ってましたから、かなりの美女だろうと予想しました」
「確かに、良く見ると可愛いですもんねロン君」
「ええ。……目鼻立ちが華やかかつ端正な、典型的北方民族の美少年顔です。……十年後の青年期が実に楽しみですね……うふふふふふふふふふふふふふ」
ケイトの瞳の奥が、何故かキラリと光った。
「そ……そうですか……あ、ロン君のお母さんと言えば……」
そんなケイトからやや身を引いたキョウは逃げるように、マントを掛け直していたザイツへと視線を戻す。
「そういえば、ザイツさん良く彼女達を見つけられましたね?」
「え……」
「……歓楽街や色街って……女の人、一杯いるんですよね?」
「……それはまぁ」
「……どうやってそういうお店で人捜ししたんですか?」
「……あー……それは……色々して……」
楽しくない質問だったのか、ザイツは視線を逸らしつつ曖昧に答えた。だが興味を引かれたのか、ケイトが追求に加わる。
「確かにそれは興味深いなっ、店の中にいる女達では、全員の顔を見るのも一苦労だろう? まさか全ての店の女達全員を買って調べた、などとはいうまいザイツ?」
「できるかアホ! 所持金も時間も足りねぇよ!」
ぜぜ全員を?! と隣で叫んでいるキョウを遮るように、ザイツは否定する。
「それではどうやったんだっ?! どんな手を使ったんだ悪知恵小僧?!」
「だ、だから色々だって……」
「その色々を聞きたいのだよ! 知りたいのだよ! 教えたまえ! 教えたまえよザイツ! 教えなければ勝手に検証して、最も卑猥な解答例を姫様にお教えするぞっ!」
「やめろケイト!」
「ひ、卑猥……な事して調べたんですか? ――えぇ?! ロン君のお母さんとも?! それはひつようならばしかたがないとはおもいますけどでもあとでしられたらめんどうというかひじょうにきまずいというか……」
「頼むから信じるな姫。……判った、判ったよ。でも誰にも言うなよ。そこのサリーさんも、馬に水やり中のバカラスも」
さりげなく聞き側に回っていたサリーと、メイド姿でガンバーの世話をしているカンカネラにも釘を刺し、ザイツは渋顔で続ける。
「……魔法を使ったんだよ」
「魔法って……妖精魔法ですかザイツさん?」
「俺が他に何を使えるってんだよ姫」
「ふむ、ザイツは人捜し効果がある、妖精魔法を使えたのか?」
「そんな便利なモンがあったら苦労はねぇ」
ケイトの推測に首を振り、ザイツは重い口を開く。
「……俺が使ったのは……【ピクシーの嘲笑】だ」
「えっ」
「えっ」
「げっであるっ」
【ヒヒ~ン♪】
「……?」
馬と事情を知らないサリー以外の皆が、その答えに顔を引きつらせる。
妖精魔法ピクシーの嘲笑
効果――読心術によって得た情報で目標対象を挑発し、術者へと向ける。
最初の目標対象は指定可能だが、後の効果は敵味方ランダム。
「つまり効果範囲内にいる者達の心をランダムで読み、その心の傷を抉る魔法なんだが……俺はこれで情報を集めた」
「ど……どうやってだ?」
ザイツは、とても嫌そうな顔をしているケイトに答える。
「まずは……
①店を外から観察し、丁度客に指名されている女を確認する。
②その直後に入店し、現在客の相手をしている女を指名する。
③当然その女は現在接客中(計画通り)。
④ならば前の客が終わるまで待つと、他の女を呼ばずに一部屋借りる。
⑤これで店内で一人。誰にも邪魔されず魔法発動。
⑥ピクシー達大集合&大活躍。店内の者達心を読まれ大暴露大会開幕。
⑦それを店内を徘徊しつつ、注意深く聞く。
⑧そしてピクシー達の暴露から、『誘拐』『ボッジ村』などの単語を捜す
⑨単語を頭に浮かべている相手を見つけ確認&証人確保。作戦成功」
「――これを一軒一軒やった」
「……」
「……」
ケイトとキョウは、複雑に引きつった表情でしばらく沈黙した後、ザイツに返した。
「……なんて営業妨害な」
「……まさに迷惑魔法ですね……」
「……ああ。魔法使う度に、男と女の大暴露大会になっちまったからな。……無関係の店や客、店の女達には、悪い事をしたと思ってるよ」
ザイツの『人捜し』によって、店内は大混乱に陥った。
誰と浮気した、誰に貢がせた、誰の方がずっとイイ。等々、とんでもない事をピクシーに暴露されて修羅場に陥る客と女、そしてそれを止める店員達。
彼らの目を盗んで店内を探り、目的の女達を探し出したザイツも、店内の光景を思い出すと流石に罪悪感を感じる。
「――必要なら、またやるけど」
「……ザイツさんって……やっぱりドライですね」
「……周囲のためにも私達のためにも、そんな必要が二度とない事を祈るよ。とりあえず、当分ギスモー王国の繁華街には近づくなよザイツ。賞金首にくらい、なっててもおかしくない」
「一応変装はしてたけどな。それでなんとか見つけたロンの母ちゃん他三人の女達を、店主と交渉して買い取って帰って来たわけだ」
「……その交渉、絶対魔法で得た店主の秘密も利用したのであろうな?」
メイド姿のカンカネラに胡散臭げに言われ、ザイツは鼻で笑う。
「婿養子が浮気と店の金横領なんてするもんじゃねぇなぁ。おかげでおっさんから預かった軍資金、余裕で足りたぜ」
「この小悪党め」
肩を揺らすザイツを横目で睨んだカンカネラは、やがてつられたように肩を揺らし、笑い出した。
しばらく笑っていたザイツは――だがそれをふと止め、少々慌てたように懐から皮製の袋を取り出す。
「ザイツさん?」
「――やべぇ。そういや財布の金、これだけあまってたんだ」
それはハウルグがザイツに託した、ハウルグの財布だった。
「忘れてたぜ。――あと金貨二十枚は残ってる。このまま懐に入れたのがばれたら面倒だし、姫、これあのおっさんに返してくれねぇか?」
「え……あ……」
ザイツから財布を渡されたキョウは、それを見つめて黙る。その表情は何故か優れない。
「? ……どうした姫? あんたなら城に帰った時にでも、あのおっさんに会えるだろ? それとも出発前に砦に寄って返した方がいいか?」
「……」
キョウは益々沈んだ表情になり、財布を見つめた。
「待てザイツ、それは――」
「おーい!! おーいー!!」
「おーいっ」
そんなキョウの傍に寄ったカンカネラの声を、妹の手を引き駆けてくる少年の声が遮った。ロンだ。
「おうガキと妹。どうした?」
「お兄ちゃんが行かなきゃってっ」
「ど――どうしたじゃないよ!! 今日の朝出発するって、執政官邸で聞いたから……よかった、仕事前に会えて……あんまり時間無いけど……」
こざっぱりとした従僕服に身を包んだロンは、皆の顔を見て安心したように大きく息を吐いた。ザイツが応じる。
「もう働いてんのかロン?」
「うん。執政官の着任前に、お館を整えなきゃいけないから。……俺が一番下っ端だから、遅刻なんてできねぇや」
「大変だな」
「そうでもない。魔王国から来た角やシッポがあるメイド達にも、ようやく慣れたし」
答え通り、忙しそうだがロンの表情は明るく、出会った頃の荒んだ様子とはまるで違い快活に見えた。
「それで……これ」
ロンは手に持っていた小さな木製の器を、ザイツに渡す。
「なんだこれ?」
「森で採れるベリーのジャム。母さんが煮てくれた。砂糖も入ってるから、日持ちするはず。みんなで食べてくれ」
「おー……これはすげぇな」
「ありがとう、素っ気ない堅焼きパンに、甘味がつくのはありがたい」
「大事に食べるね。……お砂糖って、流通が完全に復旧してないこの辺りじゃ、まだ貴重品なんだよね。ありがとうロン君」
思わぬ贈り物に、ザイツと共にケイト、そしてキョウもロンに礼を言った。
そんな皆を見返したロンは、緊張した面持ちで頭を下げ、そして言う。
「いいえ。――こちらこそ、ありがとうございました。皆さんの御恩は忘れません。――あ――あと、色々失礼な事を言って、ごめんなさいお姫様っ」
「ごめんなさいっ」
「ロン君……ユミィちゃん」
驚いたように声をかけるキョウに、ロンとロンに続いた妹は、頭を下げたまま強い口調で続けた。
「お姫様は……お姫様の仲間は俺を助けてくれたのに。俺は、あんな事言って。本当にごめんなさい! ……お姫様も、あの砦の兵士達も、お館のメイド達も……それにあのおっさん狼も、極悪非道なんかじゃなかった。……普通だった。……なのに俺、神殿で言われたまま信じて、お姫様達の事酷く言った!」
「ごめんなさいっ」
「……そっか」
二人の言葉にキョウは頷くと、二人に視線を合わせるようにしゃがむ。
「……ありがとう。これからまだまだ色々あると思うけど、それを忘れないでいてくれると、すごく嬉しい」
「……お姫様」
そう言って間近で微笑むキョウに、ロンは真っ赤になって俯くと、もう一度頷いた。
「そ、それじゃあ……もう仕事の時間なんで!!」
「そう? 気を付けてねロン君」
「え、あ、はい……じゃなかったっ、あと一つだけっ」
「ん?」
立ち上がったキョウを見上げ、慌ててロンが付け足す。
「お姫様っ、あのっ……これっ、あのおっさん狼に渡す事……できませんかっ?」
「え……」
それはザイツに渡したものと同じ、木製の器に入ったベリーのジャムだった。
「あのおっさん……じゃなくてハウルグ様が動いてくれたから、事件が解決できたんだっ。あっちはあっちの都合があったにしても、俺すごくお世話になったから、お礼したいんだっ」
「……」
ロンの言葉に、キョウの表情は再び沈む。
「だ……駄目……かな。……そうだよな……占領国の人族が、魔国の偉い方にお礼なんて……」
「ち、違うよロン君……そうじゃないの」
「え? ……じゃあどうして?」
「……今は、会えないから。……砦に行っても、また会えるかは……判らない」
「……そういう事である。だから諦めるである人族の子供」
キョウの傍に近寄っていたカンカネラは、キョウを庇うようにそう付け加えた。
「え、ま、待ってよ!」
「待てバカラス、それはどういう事なんだよっ?」
「……確かに、できるならばご説明願いたい。……ハウルグ卿とまた会えるか判らないとは……最後の事情聴取からお会いしていませんが、ハウルグ卿は砦におられるのではないのですか?」
「えっ、あ、待つであるっ。ひ、姫様……」
だが当然、それで周囲が納得はしない。
ロンに続いてザイツとケイトにも詰め寄られ、カンカネラはアタフタとキョウを見上げた。
「……そうですよねやっぱり。……カンカネラさん、お話しましょう」
「……はい」
カンカネラと頷き合ったキョウは、ザイツとケイトに向き直る。
「……ハウルグさん……王庭騎士ハウルグは、現在裁定を待っているんです」
「……裁定? ……なんの?」
「……大隊司令に背き、砦を脱走した罪の裁定を、です」
「――なんでだよ?!」
ザイツは驚きキョウに反論する。
「悪いのは、間違った処罰を下そうとしたあのエルフだろ?! まさかあのエルフ野郎、自分の間違いを暴かれた腹いせに、あのおっさんを?!」
「それは違いますザイツさん!」
ザイツの邪推は、キョウが厳しい口調で否定する。
「エアノールさんは、自分が取り返しのつかない処罰をしてしまう前に止めてもらった事を、感謝してますよ。ハウルグさんの砦脱走だって『休暇中』にして、軍の内部で問題にならないようしてくれてたんです」
「それでは何故ですか姫様? ……何故あの方が罪人扱いされるのですか?」
激昂するザイツに対して、ケイトは冷静にキョウへと詰め寄った。だがその表情には、ザイツに負けない強い憤りが宿っている。
「……それはハウルグ様が、御自分の行いを王庭騎士としては許されない『勝手』だったと、自戒されたからであります」
答えられないキョウに代わって、カンカネラが答える。
「王庭騎士は陛下に強い力を与えられているからこそ、陛下から自分達を貸し与えられた魔王軍の司令に、きちんと従わなくてはならないのであります」
ケイトは口を引き結んだ。カンカネラは静かに言葉を続ける。
「……大きな力を授かった王庭騎士には、それを正しく行使する義務が伴い、その義務を怠るは不名誉。ひいては主君への不忠だと、騎士様達は皆弁えておられる。だからハウルグ様は罪を告白し、直属の上司である魔王陛下に裁定を委ねたのであります。……その判決いかんによっては……騎士の階位どころかお命の危険すら――」
「――そんな!! そんなのってないよ!!」
悲鳴のようなロンの声が響いた。ええ、とキョウは頷く。
「理不尽だと、私も思います。……でもなんらかの形で、必ずハウルグさんは罪を償うでしょう。そうじゃなきゃ、彼自身が納得しないから」
「……お姫様」
「……ハウルグさんは、多分自分で思ってるよりずっと真面目な騎士様です。……黙っていれば見逃されたはずの自分の罪を、黙っていられないくらい」
「騎士の誇りってやつか? ……俺には判らねぇよ」
「私にもだザイツ。……だが力を持つからこそ好き勝手してはいけないというハウルグ卿の考え方は……嫌いではない分、否定できん」
ケイトは目を伏せ、何かに耐えるように拳を握った。
そして周囲が沈黙する中、ぽつりと小さな声で続ける。
「……もうお会いできないのなら、最後にお会いした時に、一言お礼を申し上げればよかった」
「……お礼、ですかケイトさん?」
不思議そうに返すキョウに頷き、ケイトは寂しげに笑う。
「ええ。あの方は、私を信じて仕事を任せて下さった」
「……ケイトさん」
「生まれや年齢、性別で侮る目上の方は多いもので。……ああやって私を認めて下さる方と協力して動くのは、楽しかった」
「……」
「……残念です」
ケイトの言葉にはもう二度と会えないかもしれない相手への心配と、哀切が宿っていた。
「あー……惚れたか?」
俯き肩を落とすケイトに少々戸惑い、ザイツはわざとずれた事を聞く。
「……まさか。私は中年以降の男性は苦手なんだ。ハンサムだとは思ったが、恋愛対象ではないよ」
ザイツの意図を察したように、ケイトは顔を上げ明るい口調に戻った。
ケイトに応じるように、周囲に笑いが起きる。
――すると。
「えぇー、恋愛対象にしろよーケイトー」
「――は?」
その背後に、音も無く現れた者が文句を言う。
「俺すげーお買い得物件だぜー? 騎士クビにならなかったから地位も力もあるし、領地はもらえねぇけど給金は高いから退位後に小さな家屋敷くらい買えるだろうし、ついでに六男だから両親と同居もまず無い」
「え――え――」
「王庭騎士は一代限りの身分だから子供に継がせる事はできねぇが、自分でのし上がれるくらいしっかりと鍛えれば問題ねぇよな。どーよ?」
幽霊から逃げるようにケイトは飛び退いて振り向き、同時にその場の皆も、声の主へと注目した。
「――おっさん」
「よう坊主」
ザイツの呟きに手を上げて応えたのは、人姿のハウルグだった。
耳もシッポも無い完全に人間の姿になったハウルグは、魔王軍の装備ではなく上質だが簡素な人族風の旅装束を身につけ、荷物を背負っている。
「ど――どうしたんですかハウルグさんその恰好は?! 騎士クビにならなかったって本当ですか?!」
そんなハウルグに、キョウが慌てて声をかけた。
「クビにはなりませんでしたが、ほとぼりが冷めるまで修行兼懲罰を受けておけという、魔王陛下のご命令です。――それで陛下にフェンリル族の力を封じられて大隊からは放逐され、この通りの姿になりました魔王女殿下」
「ふ――封じられた?!」
「ええ、おかげで力もスピードもガタ落ちで、戸惑ってますよ。修行なら慣れるしかないんでしょうが」
本気で困った表情になりながら、それでもハウルグは笑った。
あぜんとした表情で、ケイトはハウルグを見上げ問う。
「放逐というと……リリエッド砦駐屯任務から外れてしまったのですか?」
「そういう事だ。俺の部下達は一時的にエアノール大隊司令直属にして、面倒を見させると陛下がおっしゃっていた」
「もしかしてそれが、視野の狭かったエアノール卿への、陛下の懲罰ですか?」
「だろうなぁ。恨みは買ってるし荒くれが多いから苦労するぞあの坊ちゃん。――あ、ロン。お前あの坊ちゃんに仕える事になったんだよな。お前もがんばれ」
「えぇ?! 狼達、執政官官邸に出入りするのか?! 嫌だよ怖い!!」
「諦めろ。扱いが執政官付き護衛兵士になるから、フェンリルの猛者達とは長ーい付き合いになるぞ♪」
「やだー?!」
ニヤニヤと人の悪い笑顔になってハウルグはロンの頭を軽く叩いた。恐怖を思い出したのか、ロンの後ろにいた妹が悲鳴をあげる。
その姿をじっと見つめながら、ケイトは確認するようにハウルグへ問う。
「……魔王陛下は、貴方の罪をお許しになったのですか?」
「大隊司令への不服従と命令無視は、『方法を選べ脳筋』と怒られたけどな。……ただ、『あそこで保身に走り部下達――俺の国民達を見捨てていたら、お前を見限っていた』と言われたから……ギリギリ首の皮一枚で繋がったってとこじゃねぇか?」
「……そうですか」
「で……だ。陛下のお叱りを受けてしまったからには、挽回するために、懲罰中でも陛下の命令に従わなきゃならねぇんだ」
「! ……もしかして、姫様の護衛増援に来て下さったのですか?」
「そうそう。……それからもう一つ」
「っ……?」
ハウルグは一歩でケイトに近寄ると、小柄な娘を見下ろし、やはり悪い笑みを浮かべる。
「あんたに、借りを返しに」
「え? ……えーと……それはどういう……?」
「『女に貸しは作るな、イイ女には尚更貸しは作るな。口説く時格好悪いじゃねぇか』ってのが魔王陛下の言い分でなぁ」
「なんですかそれは」
「陛下の美学だとさ。……で、あんたにでっかい貸しを作っちまった俺は、あんたに借りを返しつつじゃねぇと、口説けねーのよ」
「はぁ?! 貸し借りはさておき何故口説くのですか?!」
「あんたに惚れたから」
「――はぁあああああ?!!」
今までの混乱をまとめて返すように、ケイトは叫んだ。
全く動じず、ハウルグは笑顔のまま返す。
「なんだよー、結構前から色目使ってたんだぜ? 気付けよ」
「なんですか色目って?! ――わ、私は嫌ですよ!! 中年男性は苦手なんです!!」
「中年言うな。俺はまだ七十歳だ」
「中年どころか爺さんだった!!」
「人族基準で考えるなよ。フェンリル族はだいたい二年半くらいで、人族の一年分年を取るんだぜ」
「では御自分の外見年齢は二十八歳と主張するおつもりですか?!! そのいかにも悪い事を知ってそうな中高年顔で!! 貴方実は嘘付きですね!!」
「嘘じゃねーよ。単なる老け顔だこれは」
「嘘です!! ありえません!! 私の知る二十八歳はもっと瑞々しくてピチピチしていてまだまだ青年の面影が充分残っている素敵顔でー!!」
非常なショックを受けて、ケイトは叫んだ。
一方のハウルグは気にした様子も無く、そんなケイトを楽しそうに見下ろしている。
「……からかって遊んでねぇか、あれ?」
「……ええと……まぁいいんじゃないでしょうかっ? 賑やかになりそうですしっ」
「賑やかというより、騒がしくなりそうでありますぞ姫様」
【ヒヒ~ン♪】
そんな二人をやや離れた所から眺めながら、旅の仲間達は勝手な感想を漏らす。
「つがいになろ~ぜ~ケイト~♪」
「断固お断りします!!」
こうして護衛を増員し賑やかになった魔王女一行は、縁あった者達に見送られながら、リリエを出発したのだった――。
リリエ編終了
おっさんがパーティーINしました。




