4 町に着いたが何かがおかしい
「ひ……人!! 人が一杯!! 本当に人ばっかり!! なんだか感動です!!」
【ひ、姫様っ! 慌てると転びますぞっ! ただでさえ翼と角をしまわれておられる時は、バランスが悪いのですからっ】
「大丈夫、大丈夫ですよカンカネラさん……あっ」
言わんこっちゃないー!! という真紅の魔烏カンカネラの慌てたような声を聞きながら、ザイツは危うく転びそうになった女の腕を掴み支える。
「あ、ありがとうございますザイツさんっ。でもやっぱり人族の街はどこを見ても人人人の人だらけなんですねっ。ああでも、このまま終戦が続いて交流が進んだら、この人混みの中に魔族も加わるんでしょうかっ。うまくいくといいですよねっ」
「……うん。判ったから前見て歩こうなキョウ姫」
「大丈夫、大丈夫ですよザイツさん……あっ」
どうやら魔王の娘は相当ハイテンションになっているらしい、と思いながら、ザイツはもう一度横を歩いている、石畳の隙間に足を取られ転びそうになった女堕天魔族のクローディ、自称キョウの肩を支えた。
ザイツは護衛及び道案内の依頼主となったキョウを連れ、街道沿いの小さな町シュネイの大通りを歩いていた。なおザイツはここから出発してキョウと出会ったので、いくらも行かないうちに戻って来てしまった事になる。
「……まぁいいか。次の仕事は決まったみたいだし」
「どうかしましたかザイツさん?」
「いや……ところでキョウ姫、最初の目的地はここでよかったのか?」
「はい。まずはこの町で護衛兼案内を雇って買い物もして、色々支度を調えてから各地を巡る予定を立てるつもりでしたので。シュネイの町は小規模ながら冒険者ギルドの事務所と、クエスト窓口の酒場が揃っているから、人手を手に入れるには良い場所だ、と書いてましたから」
「書いてた?」
「ええ」
そう言ってキョウは、肩掛け鞄の中から小さな冊子を取り出してザイツに見せた。冊子にはザイツにも読める大陸主流文字であるテルン語で、表題が付けられている。
「……『人族領域旅の友』?」
「魔王陛下が作ったんです。陛下は戦争中しょっちゅう遊びに……じゃなくて偵察に人族の街に入り込んで、その様子を見聞きしてたんだそうです」
捕まえろよ門兵……と呆れたザイツだったが、目の前のキョウを見て無理かもしれないと思い直す。
「えへへ、魔王陛下も私と同じように、人族に化けて街中を見物してたんだそうですよ」
「なるほど……」
街に入る前に角と羽根を魔法で体内にしまい、尖った耳を隠したキョウは、黒い肌と白金髪の組み合わせが多少珍しいものの、人間の女に見えない事もなかった。
『……ただの人間にしては……美女過ぎるのが難点だけどな。……周囲を歩く男共も見てるし……顔とか足とか胸とか』
「どうかしましたかザイツさん?」
「!! あ……いやなんでも。……ええと、でもなんでこの本の題名は、人族の文字であるテルン語なんだ? 魔族には魔族の文字があるだろ?」
キョウに見とれていた事を誤魔化して尋ねたザイツに、キョウは笑って答える。
「人族に読んで欲しいからですよ」
「なんで?」
「呼んでもらった人達に、情報更新して欲しいんだそうです。ほら、これがシュネイの町情報です」
開かれたページには綺麗な文字で、町の名前と説明が記されていた。
~シュネイの町~
カトラ王国領。町長はカトラ王国の豪商ペルトン(タヌキ腹だが善良)。魔人境界近郊の最北端。
カトラ王国とギスモー王国、バース連合国を繋ぐ中継地点に位置するため旅人で賑わい、小規模ながら冒険者ギルド事務所、ギルドのクエスト窓口を請け負うギルド直下の酒場、魔法屋、武器修理工房、馬車駅などが揃っている。旅の準備をして人手を手に入れるには最適。
あとマーカスの酒場の黒麦酒と、町立劇場の踊り子マリンちゃんは最高。
「……情報が古いな。踊り子のマリンならとっくに結婚して引退してるぞ」
「ありゃま。陛下が知ったらがっかりしますねぇ」
といいつつ、キョウは取り出した細いペンで線を引き、下の空白にザイツが言った情報を書き足した。どうやらこうして更新していくらしい。
「これって町の情報だけなのか?」
「後は大体の地図と……ああ、巻末に用語集なんていうのも載ってます。……例えばほら、これが冒険者ギルドと冒険者について、です」
~冒険者ギルド~
グランツァー大陸で活動する、クエストを受けて討伐、採集、調査などを請け負う『冒険者』を統括し、依頼人からのクエストを斡旋仲介する営利組織。
活動方針はグランツァー大陸法の下、国家間の力関係や動向で業務内容を左右しない中立を掲げており、この終戦を機に魔族の冒険者登録、魔族領域からのクエストも請け負う事を宣言する。
現在魔人境界領域に魔族用冒険者ギルド事務所を設立中。
~冒険者~
冒険者ギルドに職業を登録し、依頼人からの様々なクエストを請け負う便利屋の総称。
ランク0(最下)~ランク7(現時点最高)までの階級があり、冒険者ギルドの正式クエスト達成で得られるランクアップポイントを達成する事でランクが上がってゆく。
「……へぇ、今度から魔族も冒険者になるかもしれねぇのか、知らなかった。こりゃうかうかしてられねぇかも」
文章にあった思わぬ情報に顔をしかめ、ザイツは旅の友を睨んだ。
大抵は魔力も体力も遥かに人間を凌ぐ魔族は、ただの敵としても商売敵としても手強い相手だ。
するとザイツと一緒に旅の友を読んでいたキョウも、眉をしかめてザイツに言う。
「……私も読み落としてました」
「ん?」
「すみませんザイツさん。冒険者ギルドで正式に受理されたクエストじゃないと、冒険者のランクアップポイントはもらえないんですね。これじゃただ私が雇うだけだと、ザイツさんがランクアップできないです」
「ああ……俺、そういうのあんまり気にしてないから構わなかったんだが」
冒険者ランクが上がる程回って来る依頼の報酬と共に危険度も上がるので、無理なく稼ぎたいザイツはランク上げにはさほど熱心ではなかった。
「とはいえ、もし魔族が冒険者になって商売敵が増えるなら、あまり不真面目な仕事するわけにもいかないかな……」
【ちなみに、お前のランクはいくつなのだ?】
「俺? ランク3」
【ふむ……0~7の3か。初心者からは脱した、だが熟練者と呼ばれるにはまだまだのランクといったところか?】
「当たりだ。この辺から上を目指すヤツは無理しだすから、冒険者の中でも3~5ランクは一番死亡率が高いんだってよ」
【むむむ、お前などでも仕事中に死なれては姫様が悲しまれるではないか!! 許さんぞ!!】
「俺は無理はしねぇよ。小銭と装備と五体満足があればそれで充分だ」
【お前……野心が無い男であるな。大志を抱けない男は成功できんであるぞ】
聞きようによっては心配するような魔烏の言葉に苦笑いして、ザイツは適当に頷いた。
「うん……決めた」
そんなザイツ達を見ながら、しばらく考えていたキョウが頷く。
「ザイツさん、やっぱり冒険者ギルドでクエスト申請して、これを正規の仕事
としましょう!」
「え……いいのかキョウ姫? 冒険者ギルドは仲介料取られるし申請書類とか身分証明とか依頼人は色々面倒だぞ。もし何か申請に不備があったりすると、一日町に足止めされるかもしれない」
そういう煩わしい手続きを嫌がって冒険者に直接依頼する者も珍しくないので、ザイツは別に構わなかった。しかしキョウは強く首を振り、ザイツに返す。
「それじゃ私が雇った時間だけ、ザイツさんに損させる事になります。……本当は私も、堕天魔族だって冒険者ギルドの人に怖がられたら嫌だと思って……だからそのままザイツさんに依頼してしまおうと思ったんですけど」
「……そうか」
「……でもそれじゃやっぱり、依頼人としてザイツさんに悪いと思いました。だからギルドに行って、ちゃんと初申請やってみます!」
怖がられないよう、がんばりますから! と拳を握って言うキョウは秀麗で大人びた美貌からは到底考えられないほど少女らしく、見た目よりも若いのかもしれないと思いながら、ザイツは微笑ましい気分になった。
「まぁ、既に依頼したい冒険者を揃えて申請するんだから、そこまで細かく面倒な事にはならないかもな」
「はいっ」
「じゃあ……冒険者ギルド事務所じゃなくて、クエスト申請の窓口になってる酒場に行こうぜ。あっちの方が仕事が適当な分、面倒が少ない」
「そうなんですか? そういえば、酒場が冒険者ギルドの仕事を一部請け負っているんですよね」
「冒険者が自然と集まる場所を、ギルドが利用してるって感じかな。数も多いし遅くまでやってるし、冒険者としても利用しやすいんだ」
「なるほど……コンビニが郵便業務の窓口となっているのと同じようなもの……かな?」
「……コンビニ?」
「え? ああいえ……ザイツさん、人族の国では、24時間営業で食料品や雑貨を取り扱うお店とかありますか?」
「……一日中? ……いや、無いが」
「ああ……そっか……そうですよね。すみません、いいんです」
『……一日中……だと?! つまり下々には貴重な灯油を一晩中使って深夜も店員を使役して?! そもそも一日中開店していたらいつ掃除をするんだ?! 品物の搬入準備は?! ま、魔法なのか?! 全て魔法で処理してるのか?! 魔族はそんな無駄で贅沢な店を利用しているのか?!!』
そんな事を人族の店がやったら軒並み潰れるだろう、と魔族社会の豊かさに驚愕しながら、ザイツはキョウを酒場へと案内するため歩き出した。
「? どうかしましたかザイツさん?」
「い……いや……あ、そこ右だ。……一番近い酒場だとやっぱりマーカスの
酒場かな……」
「あっ、あれ魔法屋ですよね。人間の作る魔具って低燃費低価格でとっても使いやすいっていうから、見てみたかったんです。旅のお供に便利な物もあるそうで、出発する前にちょっと見ていいですか?」
「ああ……うん」
そんなザイツの後ろから着いてくるキョウは、やはり好奇心を抑えられない様子で楽しそうに町を見回す。
キョウが人混みではぐれないようにと気を付けながら、ザイツは大通りを少し入った所にある冒険者ギルドと契約しているマーカスの酒場を目指した。なお、町を出発する前クエストを完了したのはこの店だ。
「あ……そういやキョウ姫、護衛兼道案内って俺一人でいいのか? 金持ちだと複数冒険者を護衛に雇う場合もあるし、もしキョウ姫がそうしたいなら酒場で依頼すれば――」
「っ!!」
「うぉ?!!」
すると突然キョウが立ち止まり、いつの間にかマントを掴まれていたザイツは後ろに仰け反って転びそうになった。
「やっぱ魔族のバカ力……じゃなくて! ど、どうした姫?!」
「そ……そんな!! ……まさか……そんな!!」
「――?!」
倒れそうになった所を堪えて腹筋で身を起こしたザイツは、キョウを見て驚く。
「……キョウ姫?」
「……まさか……ここにあれが……あるというの……っ?」
キョウは空を見上げ、身を震わせて立ち竦んでいた。涼やかな目を潤ませ頬を染めるその姿は、まるで生き別れになった恋人にでも再会したような感動ぶりだ。
「おぉうぅ?!!」
突如身体が浮き上がるような力で引っ張られ、ザイツは思わず悲鳴を上げながら走り出したキョウの後に続いた。
『なんて脚力だぁあ?!! やべぇ!! この速度絶対やべぇ!! 俺より全然早ぇ!!バカ力で超脚力とかこいつ護衛いらねぇ!! その辺のチンピラ人族なんかまずこいつの相手になれねぇよ!!』
キョウは大通りに敷かれた石畳に罅が入るほどの凄まじい踏み込みで地を蹴り、荒馬の突撃もかくやの爆走で通りの人混みを走り抜けていく。
「まさか――本当に――?!!」
「おいぃい?!! キョウ姫?!! クローディ姫様?!! まま待ってくれぇえ?!!」
幸い理性は残っているらしく、人混みの誰かと接触したり、引っ張っている護衛を置いて走り去るような事はしていないキョウだったが、ザイツは昔見た、馬に括り付けられて引きずり回される刑罰を思い出し、万一倒れたらああなると、気が遠くなるような恐怖を覚えながら走り続ける。
「――もう一度――もう一度――!!」
「も――もうやべ――ひっ――ひきずられ――うぉあ?!!」
「もう一度あの味を――マク○ナルドぉおお!!」
「うごぉ?!!」
あと一秒遅ければ速度に耐えきれず転んでいただろうザイツの身体は――突然急停止したキョウの勢いに突き倒されて宙を飛び、辿り着いた店先の石畳に叩き付けられた。
「っ!! ……え? ……あれ? ……あれ……ここ……どこです?」
「?? ……どこっ……て……」
――ここを目指して走ってきたはずのキョウに問われ。
ザイツは呆然と地面に倒れ込み――空高く掲げられた店の看板を見上げながら答える。
「だから……マーカスの酒場だろ……あの黄色い看板が……目印だ」
その言葉に、やはり店の看板を見上げていたキョウは、呆然と問う。
「……あの……大きな黄色い……Mのマークは……マーカスの酒場のマークだったんですか?」
「……ああ。……マーカスは西の大陸流れでよ……あれは……向こうの文字であいつの頭文字なんだってよー……」
「……マクドナル○じゃなくて?」
「……マクド○ルドって……なんだよ?」
ですよね……と消え入りそうな声を漏らしながら、キョウはがっくりとその場に膝を付き、力尽きた。
「……ふふ……判ってた……本当は判ってたんですよ……そんな幸せな事があるわけないって……ロッテリ○もケンタッ○ーもモス○ーガーも無い世界に……マクドナ○ドだけあるはずないじゃないですか……でも……でもあの看板を見て……もしかしたら……もしかしたらって……うぅ……すみませんザイツさん……」
「……すまん……何を言ってんのか本気でわからねぇ……」
100円マック……と呟きながら石畳に蹲り落ち込むキョウの声を聞きながら身を起こしたザイツは――目の前の酒場に入り、クエストとして正式にこの仕事を受けて良いのか真剣に迷った。
『……こんな依頼人で……大丈夫か?』
10万馬力だ鉄腕魔王女