36 検証が始まるが何かがおかしい
―ボッジ村襲撃事件―真相解明計画活動終了後の翌夕刻。
「――まだ見つからないのか!! ヴァーナ曹長は何をもたもたしている!!」
王庭騎士ハウルグ追跡捕縛の任がヴァーナ以下追跡特別編成部隊に下されて、丸一日以上が経過した。
そしてリリエッド砦総司令室では、より苛立ちが増したエアノール少佐が窓の外を睨みながら、背後に控える副官に、現状を問いただしていた。
「探索に適した人材は揃えて出たはずだ!! 広範囲索敵魔法を使える術者まで付けてやって、あれほど強力な魔獣であるハウルグ卿を察知できんわけなかろう!! ヴァーナ曹長め……適当にサボっているのではあるまいな!!!!」
そこにいないヴァーナへの叱責を代わりに受けながら、老いたエルフの副官は淡々と応える。
「……大隊司令閣下、ヴァーナ曹長からは未だ調査中、という定時報告がございました。リリエの街で部隊の者達と共に聞き込みをしていたという、他の兵達からの報告もございますし、今しばらくの猶予をお与えになるのがよろしいのではないでしょうか?」
「ぬるい!!」
副官の声に、少し冷静になれという言外の忠告を感じたエアノールは、更に苛立ちをつのらせて副官の言葉を切って捨てた。
「さっさと身柄を押さえねば、あの狼が何をしでかすか判ったものではなかろう!! ――仮にも魔王陛下直属として派遣されてきた騎士に、これ以上騒ぎを起こされては困る!! どれほどの醜聞になるやもしれん!! 私の大隊管理責任も問われる!!」
「……閣下」
苛立ち紛れにガンガンと窓縁を殴るエアノールを、思慮深い表情で見返していた副官は、しばらく沈黙した後やはり淡々と言葉を返す。
「……やはり例の件は、再考の余地があるのではないでしょうか?」
「なんだとアンダナス?! ――お前まであの狼の言葉を真に受け、私が種族差別の短絡思考から、あいつらの罪を決めつけたと言いたいのか?!」
「いいえ、閣下」
そうではない事が判っている副官アンダナスは、静かにだがきっぱりとエアノールの言葉を否定する。
エアノールは確かに差別意識、選良意識の強い名家出身のエルフだが、だからといって一方的な思い込みだけで、魔獣兵の罪を決めつけたりはしていない。
「閣下はハウルグ卿、その部下達の証言、被害現場の調査報告を全て聞き取り、更に現場に残されていた物証と、今までのリリエッド周辺状況を熟考なさいました。――そして上で、ハウルグ卿達が犯人であると、事件を判断なさったのです」
「そうだ!! あの日あの夜、あの村をあのような爪後を残して蹂躙できる者達など、フェンリル部隊以外どこにもいなかったんだ!!」
もう一度強く窓縁を叩き、エアノールは怒鳴った。
「事前調査によって、このリリエッド砦周辺には危険な敵性魔獣も、定住している盗賊もいないと判明しているのだぞ!! それとも何か?! あの戦闘が始まる直前の砦周辺に、突然他国から盗賊が村を襲いに来たとでも言うのか?!」
「それは非常に低い可能性だと、理解しております」
「そうだろうが!!」
はい、と副官アンダナスはやはり淡々と応える。
戦後のドサクサを狙って、敗戦国へ盗賊や奴隷商人達が入り込んで来るのは珍しくない。
だが逆に、今正に戦闘がはじまろうとしている危険極まりない場所に、好きこのんで入り込んでくる盗賊や奴隷商人達は、いないとは言えないが、非常に珍しい。
「村々を含めてリリエ一帯は警戒していたし、リリエッド砦に最寄りの国境街道には、魔王軍の後方支援部隊が堂々と布陣していたんだぞ!! どんなマヌケな盗賊だって、あの時点でこの一帯が、『稼ぎやすい場所』だなどと思うものか!!」
「……更にリリエッド砦の兵士達は、戦力差がありすぎて敗走する事もできず全滅いたしましたからな。敗走した兵士が盗賊行為を行った……とも考え難い」
「その通りだ。――そして何よりこれだ!!」
エアノールは窓のすぐ側に設置されている棚を開き、そこに保管してある、大きな木の板を取り出した。
「見ろ――こんな爪跡を、あいつら以外の誰が残す!! 人族の二、三倍は大きい四本爪!! 正にフェンリル族のものではないか!!」
「……」
調査に行った兵士達が、家屋の壁を切り取って持って返って来た木板は、四本の爪跡らしき傷跡によって深々と抉られていた。
「跡は村中に残っていたという。――これらと状況を考慮して、あいつらの罪を判断した私は、それほど浅慮かアンダナス?!」
「……いいえ、閣下。決してそうは思いませぬ。……ここまで状況と物証があれば私が閣下でも、例の件はやはり、フェンリル部隊の犯行である可能性が最も高いと判断するでしょう」
老エルフは木板を見つめ、静かにそう答えた。
はっきり言うならば、状況をエアノールと共に分析したアンダナスも、フェンリル部隊の無実は信じていない。
ただエアノールよりも魔王直属騎士としてのハウルグを信用している分、ハウルグが故意に罪を隠しているとも、考えてはいなかった。
「ですが閣下――もしやハウルグ卿には『見落とし』があったのやもしれません」
「見落とし、だと?」
はい、と頷きアンダナスは自分の考えを述べる。
「……例えばの話ですが、もしも隊の極一部、兵士数名が村に興味を示したとしたらいかがでしょうか? ――その兵士達が一時隊列を脱け出して村を襲い、そしてまた進軍に戻る事は可能ではないでしょうか?」
「……一部の兵……が?」
副官の言葉を、エアノールは眉根を寄せてしばらく考える。
「……アンダナス、お前は仮にも王庭騎士が、自分の隊列状況も把握できない迂闊者だったと言いたいのか?」
「そうは申しませぬ。……ただ深夜、しかも遮蔽物だらけの森の中で、身を隠しながら進軍する全ての隊員の行動を、ハウルグ卿が把握し続けるのもまた困難であっただろうと、私は推測します」
「……それは……うむ」
否定できず顔をしかめたエアノールに、アンダナスは言葉を付け足す。
「フェンリル部隊はほぼ隠密行動であったのです。敵に気付かれないよう、何度も人員確認点呼を取るような事もできなかったでしょう。……最後尾の隊員数名が一時夜闇に紛れて隊列を脱け、そしてしばらく後で戻ってくる事は、決して不可能ではなかったと思われます」
――あり得る事なのではないか、と推論を話しながらアンダナスは思う。
そしてこの筋立てならば、ハウルグがいないうちに事を処理できるとも考え、アンダナスは続ける。
「――閣下、もう一度拘束中の隊員達を尋問してみてはいかがでしょうか。……実行犯以外罪に問わないと言えば、何かを思い出す兵士もでるやもしれません」
「……どうかな、フェンリル小隊は結束が固い。何か知っていても、庇うのではないか?」
「……庇うならば、それも罪でございます。いよいよとなれば、様々な方法で話を訊く事も御考慮下さい」
「ごっ拷問か?! 自軍の兵への拷問は、軍法で禁止されている!!」
「……身体に直接ではなくとも、苦しめる方法はいくらでもございます閣下」
「えっ……あ、アンダナス?」
「――例えば――」
そう言って酷薄に目を細めた老エルフの拷問指南を、思わず顔を引きつらせたエアノールは、幸いにも聞く事はなかった。
「――大隊司令閣下!!」
規則正しいが強めのノックと共に、部屋の外から呼ばれたからだ。
「は、入れ!」
「は! 失礼します!!」
入室してきたのは、正門配備の伝令兵だった。
伝令兵は入室するとエアノールに魔王軍の敬礼を取り、エアノールに門からの報告を伝える。
「――本日18:31分、ヴァーナ曹長以下特別編成追跡部隊総員五十一名、王庭騎士ハウルグ様と共に御帰還されました!!」
「っ!! おお!!」
待ちかねていた報告に、エアノールは思わず明るい表情で伝令兵を見返した。――が、その後ろに誰もいないのを確かめ、顔をしかめる。
「何故ここまでハウルグ卿をお連れしてないのだ?! 卿は仮にも我が大隊に派遣されている王庭騎士、身分確認が必要なはずもあるまい?!」
「……い、いえ……それが……」
エアノールの叱責に、伝令兵は困惑した表情で答える。
「――ハウルグ様とヴァーナ曹長以下特別編成追跡部隊総員五十一名は……その、現在砦の大会議室に集合されております」
「な……大会議室?! なんだそれは?!」
「そ、そして……ハウルグ様達に連れられて、『証言者』として数名の人族も、その大会議室に来ております」
「ふざけるな!! 誰がそのような許可を出した?!」
「わ――我々では……お……お名前を……呼ぶ事すら憚られる……高貴な方の……御意向であります!!」
「なんだそれは?! ――もういい!! 私が直接ハウルグ卿に物申す!!」
次第にしどろもどろになる伝令兵に苛立ったエアノールは、ドアを跳ね飛ばす勢いで開けると中庭に向かった。その後を、アンダナスも続く。
「ハウルグ卿……魔王陛下のお名前でも出したのか?! だとしても私は大隊司令として、軍法無視をしたあいつを拘束する権利がある!! ――あの野蛮狼!! ふん縛ってくれるわ!!」
「……ヴァーナ曹長も大人しく従っている様子ですな。……さて、何がどうなっているのか……」
所々補修の跡が残る廊下をぬけ階段を下りるエアノールとアンダナスは、規則正しい将校の歩速を守りながらもできるだけ早く、砦一階の中央にある、大会議場に到着した。
「ハウルグ卿!! これは一体どういう事か――」
自分でドアを勢いよく開いたエアノールの怒鳴り声は、目の前の光景に思わず途切れた。
「おっと。これはこれはエアノール大隊司令閣下、わざわざ御労足いただき恐悦至極、ってなぁ」
「黙れ軍法違反者!! こ――これはなんだハウルグ卿!! 貴様一体何をしたのだ?!!」
唖然としながらも、エアノールはハウルグに怒鳴る。
以前はリリエッド兵の遊技場として使われていたらしい、広く天井の高い大会議場の中央には、明らかに何かの建造物に使われていたらしい膨大な量の木材が、山のように積み上げられていた。
「どこから盗ってきた?! というよりなんのつもりだ?! 今から会議室に家でも建てるつもりか貴様?!」
「冗談だろう。俺が家を建てるなら、もっと日当たりの良い緑の多い場所にするぜ。嫁とガキが増えるのを見越した、部屋数の多いやつだ♪」
「ふざけるな!!」
「ああ、ふざけてる暇はねぇよな。――これは俺達フェンリル小隊の無実を証明するための、物証の一つだ」
「無実、だと?!」
まだ言うかと、エアノールの目が険しく尖った。
だが。
「――左様。調査の結果を受けて、私も王庭騎士ハウルグの言葉は信用に値すると判断致した」
「――っ?!」
「我が名と、この身が負う責務において、無実の兵達に汚名を着せられるのを、見過ごすことはできぬ」
瑞々しい声とバサリという羽音にエアノールは耳を疑い、ハウルグの背後から現れた若い娘に言葉を失う。
輝く白金髪に艶やかな黒肌。神々しさに平伏したくなるほどの、絶世の美貌。そしてなによりその血を示す強大な魔力、真紅の角純白の翼。
「――ま――魔王女……殿下!! クローディ姫様!!」
それは正しく、エアノールがかつて王宮で拝謁の栄誉に感激した、魔王の一人娘だった。
「――よい。今の私は見聞の旅をする身、過分な礼は必要無い」
慌てて最敬礼をとろうとしたエアノールとアンダナスを制止した魔王女クローディは、余裕のあるゆったりとした口調で、言葉を続ける。
「――リリエッド砦駐屯大隊司令エアノール少佐。軍の規律を乱された、貴殿の腹立ちは判る。だがまずは正当な裁きをするために、ハウルグ側の主張を聞いてはくれぬか」
「っ……ハウルグ卿の……話でございますか」
思わぬ再会に感激していたエアノールは、だがクローディの言葉にどうしようもない苛立ちを覚える。――王宮で育てられる王庭騎士達が、同じく王宮育ちの魔王女の知己である事を思い出したからだ。
『ハウルグ――まさか姫様との友好を利用して泣きついたのか?! そして王家の権力尽くで、この件を揉み消す気か?!』
「……誤解いたすなエアノール、私がこの地に立ち寄りハウルグと再会したは、全くの偶然だ」
「――っ」
その苛立ちを見透かすように、クローディの穏やかな声が続く。
「確かに話を聞いたのは、私がハウルグという騎士を知っていたからだ。……だがこうして赴いたのは、ボッジ村襲撃事件を調査検証した結果、ハウルグ達の無実を確信したからなのだ」
「……襲撃事件の……調査検証でございますか?」
――そんな事をどうやって、と口にしかけたエアノールは、その場合『人手』となりえるヴァーナ達特別編成追跡部隊の存在を思い出し、睨み付けた。
ハウルグの背後に立つヴァーナ達が、ささっと顔を逸らすのが腹立たしい。
「――エアノール、確かに軍において、上官の命令は絶対だろう。――だがだからこそ、上官の判断で冤罪を生むこともまた、許されぬ事だと私は思う」
そんなエアノールに、クローディは堂々と言う。
「下された命令が間違っていると感じた者達が、無実の者達を救わんと動いた事を、このクローディは責める事ができぬ」
「……で、殿下」
「魔王軍はその末端一兵士に至るまで魔王陛下の民であり、命懸けで戦う彼らの正当な権利を守る事は、軍を統べる魔王陛下、ひいては魔王家の役目だからだ。……ならばこそ、この事件の真相とハウルグ達の無実を確信した私は、あえてお前の判断に異を唱えねばならぬ」
静かな、だが言い聞かせる強い口調でそう言うと、クローディはじっとエアノールを見つめた。
その言葉に、姿に尊い王家の威厳を感じエアノールは気圧される。
「……エアノール、私がハウルグ達の無実を確信した検証結果を聞け。そしてその上で、もう一度ハウルグ達に罪があるのかどうかを判断せよ」
柔らかい声が、エアノールに命じた。
その声に跪き許しを乞いたくなるほど畏怖を覚えながらも、エアノールは返す。
「おおせのままに、魔王女殿下。……なれどその検証結果を聞き……それでもなおハウルグ卿らの罪を確信してしまった場合……私はどうすべきでしょうか?」
「その時は、大隊司令として己の責務を果たすが良い。……王庭騎士とて、一切遠慮は無用だ。このクローディが、それを許す」
「――っ」
――ハウルグを断罪しても許される。その言質に、エアノールは目を見開いた。
『あいつを――あのクソ魔獣狼野郎を、王家に遠慮する事無く断罪できるだって?!!』
はっきり言えば、それほど嬉しい事は無い。それほどエアノールは、今まで目上の魔獣ハウルグの言動に散々な迷惑を被り、沸々と怒りを煮えたぎらせていた。
「……お言葉、確かに承りました。――確かに、確かに!! 魔王女殿下!!」
「……そうか。……ならば、本件の解説者をここに呼ぼう」
喜色満面で了承するエアノールにゆったりと頷き、クローディは視線を横に向けた。
「――ケイト、これへ」
「――はっ!」
呼ばれてクローディーの斜め後横へと進み出て来たのは、赤みがかった金髪を肩口で切りそろえた、小柄な人族の女だった。
女は育ちの良さを感じさせる優美な一礼をする。
「彼女は私の護衛にして、人族の学者である。彼女は並々ならぬ見識を持ってボッジ村襲撃事件を検証した。よって本件の説明は、彼女に任せる」
「ケイトにございます、リリエッド砦駐屯大隊司令エアノール閣下」
「……ケイト殿か、よろしく頼む」
まだ若い娘を見返し、これは茶番になりそうだとエアノールは秘かに呆れた。だが同時に、これでいよいよハウルグを断罪できると、暗い悦びも感じる。
『こんな小娘が、ハウルグ達の嫌疑を晴らせるはずもあるまい。……ざまぁみろハウルグ――貴様の騎士としての名誉もこれまでだぁはははっはははは!!!!』
内心で小躍りするほど大喜びするエアノール。
「……」
その姿を悠然と見返しながら。
『――けけけケイトさぁあああああん!!! 本当に本当に大丈夫ですよねコレ?!! このイケメンエルフさんめっちゃドSな笑顔なんですけどぉおおお!!! 無実証明できなかったら、ハウルグさん達本当に市中引き回しの上打ち首獄門とかされそうなんですよぉおおお!!!! ここここ怖いですよぉおおおおおおおおおおお!!!』
魔王女クローディ――キョウ姫は内心で恐慌し、ケイトに問い返す。
「――では、始めさせていただきます」
そんな二人の前に進み出たケイトは、気負う事の無い微笑を浮かべた。
ボッジ村襲撃事件の検証が始まった。
ケイト「偉そうにお願いしますね姫様」
キョウ「えらそうにですか? ……ひかえい、ひかえおろうっ、この紋所が
目に入らぬかー!! ……こんな感じでしょうか?」
ケイト「カンペ作っておきますから、その通りお願いしますね」
キョウ「(´・ω・`)ショボンヌ」




