34 計画が説明されるが何かがおかしい
ハウルグが倒した『王庭騎士追跡隊』の面々は、キョウと追跡隊に従軍していたゴブリンシャーマンの癒術士によって治療された。
【まったク、交渉で済む話だったノニ、ヴァーナ曹長は血の気が多すぎネ。イイ女の身体は一財産ヨ。無闇に傷つける、タダの馬鹿ネ】
「いたたっ、ちょ、ちょっとトパパ、痛ぇですよぅっ。もっと優しくしとくれようっ」
【馬鹿に付ける薬ヨ。ありがたく受け取るヨロシ。――お前ラ!! そのお嬢さんの所にバッカ並ぶんじゃないネ!! ご迷惑ヨ!!】
「フヒヒすみませ~ん」
「でも俺達、おっかねぇゴブリンオバサンより、この女神様に治療して欲しいっす」
「ナデナデして欲しいっす」
「ヨシヨシして欲しいっす」
【虐殺閃光!!】
ぎゃー!! という悲鳴を上げて、キョウに治療してもらおうと列に押し寄せていた男兵達は、メイド幼女型カンカネラが放った魔法に吹き飛ばされた。
「か、カンカネラさん、駄目ですよ怪我してる皆さんにっ」
【その煩悩野郎共なら、殺しても死なないであります!! 貴様ら姫様に馴れ馴れしい!! 必要以上に近づくでないである!!】
「ええっ! お姫様なんすかっ?」
「どちらのお姫様なんすかっ?」
「やっぱりどこのお姫様もすげぇ綺麗なんっすねぇ!」
「俺達の魔王様のお姫様も、そりゃもう綺麗な方だって言われてるんっすよっ」
「俺達は一生お目にかかる事なんてないっすけどっ」
「……あ、ははは……」
だが魔法で吹き飛ばされても全く懲りずに列を作る男達に、キョウも苦笑いして治療するしかなかった。
「……ああ、一定以上身分が高い未婚娘の尊称は、全員姫か。……キョウ姫の身分、ちゃんと明かした方が身の危険は減るか?」
「心配しなくても、魔王女殿下にもケイトにも、妙な真似はさせねぇさ」
その様子を少し離れた馬車の影で見ていたザイツは、人型に戻って馬車の上に座っているハウルグを見上げ、小さくため息をつく。
「ん? なんだザイツ?」
「……いや、本当に強いよなあんた。……正直俺は、あの兵達が本気で姫を襲おうとしたら、守れる自信ねぇや」
「心配しなくても、殿下ならご自分の拳の一撃で、血迷った兵なんぞ粉砕できると思うけどな」
「……それもなー」
「ははは、まぁな。種族身分関係無く、守るはずの相手に守られたら、男としては情けねぇわな」
ハウルグは彫りの深い精悍な顔に、案外人懐こい笑みを浮かべ返した。
「……そんな情けなさ、おっさんは味わった事はなさそうだけどな」
「おっさん言うなクソガキ。だがそうだな、自分の騎士がそんな情けねぇ事にならないよう、魔王陛下は俺達を鍛えてくださったんだろう」
「……庭でか?」
ああ、と頷きハウルグは何故か遠い目をする。
「……懐かしいな。……庭の谷から突き落とされたり」
―よーしお前ら這い上がってこーい!!―
―うわーん高いよー!!
―怖いよー!!―
―不幸だー!!―
「庭の滝を泳いで昇らされたり」
―全力で泳げー!! 流されて落ちたら水底だぞー!!―
―うわーん冷たいよー!!―
―鮭に抜かされるよー!!―
―余裕で泳ぐマーマン達が嗤うよー!!―
「庭の砂漠を走破させられたり」
―オアシス見つけて水補給しろよー!! 干からびるぞー!!―
―うわーん昼は暑くて夜は寒いよー!!―
―お……俺に構わず先に行け―
―うんそうする。あ、死者に装備品はいらねぇよな。水と食料よこせ―
「庭のダンジョンでドラゴンと戦わされたり」
―日給金貨一枚で雇ってるドラゴンなんだ!! ちゃんと働かせろよー!!―
―うわーん俺達の一ヶ月の小遣いより高給だよー!!―
―よーし!! みんなで勝って、ついでにドラゴンの貯金も持って帰るぞ!!―
―ヒャッハー!! 金貨は略奪だー!!―
「――っとまぁ色々鍛えられたぜ」
「確かにだんだん逞しくなってはいるみたいだけどよ……それ絶対庭じゃねぇよな?」
「庭だ。……少なくとも庭だと、魔王陛下はおっしゃっていた」
ザイツには、谷と滝と砂漠とダンジョンのある庭は想像できなかった。
ハウルグは続ける。
「昔はただの庭だったらしいけどなぁ。騎士見習いとして魔獣の男児達を受け入れるようになってから、歴代の魔王陛下達が面白がって増改築を繰り返した結果、あんなになっちまったらしいぜ」
「どんな増改築だよ」
「ちなみに来年度には、東方宗教の『地獄』を参考にした、『賽の河原』と『針山地獄』と『血の池地獄』が実装予定だ」
「もうやめてやれよ」
「止めてはやりてぇが、あそこで鍛えられると本当にすげぇ強くなるからなぁ。……俺も城に上がって数年後に里帰りしたんだが、昔は相手にもされなかった、五人の兄貴達に全勝して驚いたぜ」
親父に勝つにはあと数年かかったけどな、と笑うハウルグは、ふわりと浮き上がるような軽さで地面に降り立つ。
「まっ、守りたいもんを守れず情けねぇ思いをしたくなきゃ、がんばるしかねぇわな。……修行によって得た強い肉体、強い魔力――でなきゃその優劣をひっくり返すような、酷い人族の悪知恵でもいいから、何でも使ってよ?」
「……」
「……俺もそうするぞ。……今回の『事件』はよ、正直俺の力なんかより、そっちの方がよっぽど役に立ちそうだ。……だからお前達を頼りにするぜ、人族。……俺の部下達を、助けてくれ」
――ついでに、あのガキの親の仇討ちもな。
馬車馬のガンバーを興味深そうに見つめているロンを見たハウルグは、思いがけず真面目な表情でそう言った。
「…………まぁ、仕事だから」
自分など足下にも及ばない強者から頼りにされた事に内心ではとても照れながら、相変わらず殆ど変わらない表情で、ザイツは答えた。
「ザイツさんー!! ケイトさんー!! 皆さんの治療一応終わりました!!」
【治癒完了、鎮痛治療は別料金ヨ。まっこいつら脳味噌筋肉共には必要ないネ】
やがて兵達が列を成していた場所から、キョウとゴブリンシャーマン癒術師の声が響いた。
「おっ、早ぇな――」
「本当ですか姫?!」
「うぉ?!」
その声に反応して、馬車の中で更に計画表を詰めていたケイトが、後ろ出口に寄りかかるように立っていたハウルグを押しのけて出て来る。
「それで姫様、癒術師殿、どのくらいが労働力になりそうですかっ?」
「え、ええと……追跡隊長のヴァーナさんを含めて、何人か骨折してしまっている人がいるんですけど……」
【そいつらもやる気ネ。騎士様の部下達を助けたいテ、馬鹿共ヨ】
ゴブリンシャーマンの言葉に反応するように、身体のあちこちに包帯を巻いた兵士達は声を上げる。
「俺達は大丈夫っす人族さん!!」
「しっかり固定しておけば、そのうちくっつくっす!!」
「騎士様とその直属さん達ががんばってくれたおかげで、俺達必要最低限の被害で戦いに勝てたっす!!」
「おかげで角の先からシッポの先まで失わず、生きて国に帰れるっす!! 恩返しっす!」
「あとお姫様にいいとこみせたいっす!!」
「俺はヴァーナ曹長にいいとこを……」
「え?」
「……まぁいいか」
不思議そうなヴァーナと照れ出した兵士を無視して、ケイトはまとめ上げた計画書を片手に集合をかける。
「――ではこれより、ボッジ村襲撃事件の真相解明計画の説明をします!! 私は本計画を立案しましたカトラ王国の学者、ケイトと申します!!」
「彼女の解明計画は俺も先程聞き、任せて良いと判断した。これより計画に協力する者は、彼女の言葉に従ってくれ」
ケイトを補足する形でハウルグが言うと、了承の大きな拍手が集まった兵士達と、集団の端に固まったキョウとロン、そしてザイツから返ってきた。
それが静まるのを待って、ケイトは馬車の中から持って来た黒板の足を立て、チョーク片手に皆が見やすい高さに調節した。
「へぇケイト、よくそんなものを持っていたな?」
「絵で説明した方が判りやすい事も多いですからね。――ではまず計画を聞き、その上で疑問点がある方は挙手、質問してください」
「は、はいっ」
「ん、なんですか?」
「が、学校の先生みたいに、五月蠅くしてたら鞭でぶちますかっ?」
「お前学校行ってたのかよーっ?」
「すげーなっ!」
「……ぶったりはしませんが、ご静聴いただければ助かります。――というわけで、はい静かに!」
そう言ってパンパンと手を強く鳴らしたケイトに、はいっ、という兵士達とザイツ達の声が返り、説明会は開始された。
ケイトの流れるような作業説明は、ザイツにとっては非常に判りやすかった。
ケイトは淀みなくも聞き取りやすい声で、黒板に書かれた絵と共に一通り自分の計画を説明し終えると、一段落したように皆へと向き直り言葉を続けた。
「――以上が計画内容です。本計画に基づき、皆様と我々は四つのチームになって活動したいと思います。ここまではよろしいでしょうか?」
特に異論が無さそうな沈黙がケイトに返る。
「四チームとは、
①―ボッジ村作業チーム
②―リリエ聞き取りチーム
③―周辺派遣チーム
④―計画総まとめチーム
――の四つです」
ケイトから聞いた計画を思い出しながら、ザイツはチームの仕事を想像する。
「詳細を述べます。まず①、ボッジ村作業チームは、爪痕の残された家屋の柱や壁を剥がし集めます。――その際爪痕のみを切り取るのではなく、なるべく元の状態を保ったまま柱や壁を集めて下さい」
兵士達は古びてはいるが頑丈そうな村の柱や壁を見回す。
「はい、――ええとつまり、柱や壁を、そのまま引っこ抜けって事ですかっ?」
「その通りです。特に倒壊しておらず立った状態の柱、壁などに残されている爪痕は貴重な証拠です。これは出来る限り元の状態を保ったまま集めて下さい。――これは単純に、力が強い方を中心にチーム編成します。リーダーはハウルグ卿にお願いしております」
かなりの重労働だとザイツは思ったが、魔獣である兵士達にはそうでもない、気楽な様子だった。
「そして②、リリエ聞き取りチームは、リリエの街や付近の村を回って聞き取りをしていただきます。基本的には私が今まで得た証言内容の裏取りですが、新事実が判明すれば儲けものです」
「は、はい! ――聞き取り、人族に情報料を払うんですかっ?」
「最初に軍資金をいくらか渡しますので、必要ならばそれでお願いします。――これはなるべく人族に威圧感を与えず、それでいて会話を引き出しやすい方を中心に編成します。ヴァーナ曹長、負傷中に申し訳ありませんが、リーダーをお願いします」
わかりやした、というやはり気楽な声が返ってくる。
「そして③、周辺派遣チーム。――これはかなり重要ですが、人領域に溶け込める者でなければまず無理です。最悪リーダーのザイツ一人、協力いただけるなら、人族領域での生活経験があり、なおかつ人化の術を使いこなす方にお願いしたい」
お前なら、できるかな、という私語が小さく聞こえてきた。
最悪一人で成果を上げしなければならない、とザイツは覚悟を決めながら、先程説明された計画内容③を頭の中でまとめた。――そしてやはり、かなり難しいと改めて思った。
「そして④、計画総まとめチーム。計画によって集めた証拠、証言を総まとめする計画本部です。僭越ながら私ケイトがリーダーを務め、真相解明できるよう尽力させていただきます」
意義無しと言うように、再び拍手があがる。
説明を完璧に理解した者もそうでない者も、ケイトが信頼できる力の持ち主である事は、理解できたようだった。
その拍手に一礼し、ケイトは締めくくるように言う。
「――以上が作戦の全てですが、今まで出た以外に、何か質問はありますか?」
ひそひそと話し合う声がしばらく続た。
皆疑問が湧いた時に質問し、ケイトはそれにきちんと答えていたため、細かい疑問点は粗方解消されているはずだった。
「――あっ、一つあるっす!」
――と、リザードマン族の兵が一体、ケイトに向かって手を上げる。
「はい、なんでしょうか?」
「ええとっ、一番最初に言われたっすけど、『姫様の存在は、計画通りハウルグ卿の無実の証拠がきちんと集まるまで、他言無用』ってのは、なんでっすか? ――ああいや、言っちゃだめなら言わないっす。でもどうしてなのか、気になっちまって」
なるほど、と頷きケイトは答える。
「それは姫君――キョウ様が、大変お立場のある方だからです」
「お、お立場、え、偉いって事っすか? 魔国で?」
「そうです。……そしてそのお言葉には、御力があります。事件の真相があやふやのままでハウルグ卿に姫様が味方していると知られれば、それは『高貴な方がハウルグ卿を依怙贔屓した』、と周囲に言われかねません。ですからきちんと事件の真相を解明し、証拠を集めた状態でなければ、姫様の御名を出す事はできないのです」
あまりよく判っていない顔で、リザードマン兵は首を捻った。
そうですね、と教え子を見守る教師のような顔で考えた、ケイトは言う。
「――つまり姫様の存在は、秘密兵器のようなものとお考え下さい」
「ひ、秘密兵器っすかっ? 強いっすかっ?」
「まぁお強いですが。――とにかく秘密兵器は、使用直前まで隠しておかなくてはなりません。判りますね」
「なるほど――よく判らないけど、判ったっす!! 隠しておくっす!!」
――合っているような間違っているような説明で、リザードマン兵は納得した。
「……秘密兵器……言い得て妙だが使いたくはねぇなぁ」
「ほう?」
ケイトの言葉に、隣で黒板を見ていたハウルグはぽつりと言う。
「やはり主筋の迷惑にはなりたくありませんかハウルグ卿?」
「まぁな……殿下に迷惑をかけたと知られると、陛下が怒る」
「はぁ」
「……下手すればその仕置きで、もう一度谷に落とされ滝を昇らされ砂漠を走破させられダンジョンで竜と戦わされるかもしれねぇ……」
「……は?」
今度はケイトが、良く判らないという表情で首を捻った。
「……地獄がまだ未実装でよかったな」
「ザイツさん?」
それを見て、ザイツは苦笑いした。
ボッジ村襲撃事件、真相解明計画は開始された。
魔王「ちなみに王庭騎士は野郎だけだぜ!! あんな事を女の子にさせるのは
可哀想だからな!!」
ハウルグ「男の子だって可哀想ですよ陛下?!」




