31 事件の経緯を追うが何かがおかしい
―俺達はやってねぇ!!―
―俺達は命令通り夜陰に紛れて目標地点に到達し、本隊の合図で強襲を仕掛けた!! 敵方に悟られないよう慎重に進軍した俺達に、略奪する時間的余裕なんか無かった!!―
―大体下手な騒ぎを起こして俺達の動きが敵方に知られれば、敵方に挟撃の意図が悟られ、作戦自体が破綻する危険まであったんだぞ!! そんな愚を俺達が犯すと思うのか!!―
―証拠だと?! ――爪痕?!! 知るか!! 何があったってやってねぇもんなやってねぇんだ!! もっとちゃんと調べろよ!!―
―魔獣の本能――そこで種族を持ち出すのか!! は!! そんな偏見でしか物を見られないのか!! 親に言い聞かされた種族の優越をそのまま信じてるガキかてめぇは!! 失望したぜエアノール少佐――大隊司令!!―
「――っ!!」
ダン!! という大きな音が、殴った執務机から響く。
そして大隊司令、と宥めるように言う副官、下副官達の声を気にする余裕も無く、リリエ駐屯大隊司令エアノール少佐は、エルフ特有の優美に整った顔を忌々しげに歪ませ、今ここにいない男に向かって叫んだ。
「よりにもよって駐屯地から脱走など――王庭騎士ハウルグ卿!! ――どれだけ魔王陛下から授けられた誉れに泥を塗る気だ!! ――こちらがどうにかして、魔王陛下の御威光と『王庭騎士』の名を汚さぬよう、配慮したというのに!!」
第一、第二フェンリル特火力歩兵小隊が作戦行動中に起こした――とエアノールが判断する、リリエの小村ボッジ村壊滅事件。
『たかが』人族の村が一つ潰されただけ、ほんの些細な事件の後始末が遅々として進まない上ハウルグに逃げられ、エアノールの苛立ちは頂点に達していた。
「くそ――やらなくてはならない事は、まだ山ほどあるといのに!! ハウルグ卿!! 部下数名の足切り処分で、事件をおさめるという判断の何が不満なのだ!! 王庭騎士直属とはいえ、部下などどうせ働き口の無い貧しい領民の次男三男以下上がりだろう!! その首いくつかで貴殿の失態を償えるというのならば、安いものではないか!!」
エアノールは、やっていないというハウルグの言葉を信じていない。
高位魔族とされるラーシュエルフ族の族長血筋にある魔国の選良将校は、魔獣とは本能の猛りを押さえる事などできない下等で野蛮な生き物であり、自分達高等な魔族が管理支配する事によって初めて、理性的な統制をとれるのだと信じている。
よってハウルグの主張も、やってしまった事を認めないただの虚言としか考えていなかった。
――しかしだからこそ、ハウルグの『地位』になるべく傷がつかないよう、配慮したつもりだ。
「――魔王陛下の御元で鍛え上げられた、魔王陛下の刃『王庭騎士』。――下等な魔獣でも、あいつらは魔王陛下の力の象徴であり、その活躍は、魔王の国の希望だ。……それをつまらない失態などで、罪人に堕とす事はできん。そんなことが露見すれば、私の管理責任に繋がってしまう!!」
魔王軍の組織図において、魔王の直下に存在する王庭騎士団と所属する騎士達は、特殊な存在だった。
彼らは騎士団として行動するのではなく、小隊クラスの兵力をいくつか率いた状態で必要な部隊に派遣され、その勝利に命懸けで貢献する。
それはいわば、魔王が軍に与える『勝利の約束』だ。
「王庭騎士の存在に、その威光と力に、軍の大部分を占める魔獣兵士の士気は大いに高揚する!! その価値は非常に高いというのに!! 脱走だと?! ふざけるな!! ――ああ!! 私が何をしたというのだ!! 私はただ魔王陛下の御下知通り占領地の治安回復に努め、速やかな終戦処理をしたいだけだというのに!! ――あのクソ魔獣!! ――大バカ狼!!」
手を打とうとすればするほど面倒になっていく事態に、エアノールはその元凶であるハウルグにあらん限りの憎悪を向け、言葉を吐く。
その思考には、そもそも自分の『フェンリル達が罪を犯した』という判断が間違いかもしれないという疑念は、一切無い。
――はっきり言ってしまえば、元々エアノールは、自分よりも遥かに高い階級にありながら、品位の欠片も無い粗野な態度の魔獣であるハウルグを、初対面の頃から見下し馬鹿にしていた。
「――くそ!! ――ヴァーナ曹長!!」
それでも多少冷静さが戻ってくれば、この混乱した事態を収拾するためにエアノールは動く。
「お側に」
エアノールの声に応えて一歩前に出たのは、大隊司令の下副官である、オーガ族のヴァーナ曹長だ。
魔獣だが魔族に近い姿と知能を持つオーガ族の女性であるヴァーナを、扱い難い魔獣の将校達との『繋ぎ』として、エアノールとエアノールの副官は重宝している。
「――ハウルグ卿は占領地視察がてらの『休暇』を取られた。だが『護衛』を連れずに出発されてしまったので心配だ、魔獣兵の中から護衛を選び、ハウルグ卿をお探しさせろ」
つまりこの出奔を休暇として処理し、何人か選んで後を追い連れ戻せという命令だった。
「――了解いたしました」
ヴァーナはその意図をいつも通り正確に汲み取ると、命令を復唱した後一礼し、エアノールの執務室から退室する。
「……やれやれ」
ヴァーナの実務能力を信用しているエアノールは、その大柄で屈強だが女らしい後ろ姿を見送りながら、ぽつりと呟いた。
「……魔獣が皆あれだけ理性的で従順ならば、扱いやすいのだがな」
『――そんなふうに上っ面の態度でしか相手を判断できねぇから、あんたは坊ちゃんエルフって兵達にバカにされてんですよぅ、大隊司令閣下』
その呟きを鋭い聴覚で聞き取ったヴァーナは、呆れて内心で返しながら、歩みを速める。
『ハウルグ卿……確かに荒っぽい方だったが、あの王庭騎士様の行動には常に仁徳と義があった。あの方が大事な作戦実行中に、村の略奪なんて勝手な事をやるとはとても思えねぇ。ましてその罪を部下達におっ被せて自分が助かろうなんて、そんな条件に頷くはずもねぇさぁ……やれやれ』
それでも軍人である以上、上官命令には従わなくてはならない。
追い付いてもなるべくハウルグの邪魔をしない者達を選ぼう、と決心しながら、ヴァーナは動く者を確保するため、大隊本部に向かった。
一方、話がまとまった魔王女パーティー+ハウルグ&ロンの五人は、馬車に乗って細い山道を進み、ロンの道案内で村へと向かっていた。
「ガンバー君、思い切り走らせたが疲れてないか?」
【ヒヒ~ン♪】
「……す、すげぇなこいつ。まだ子馬なんだろ? ――あ、そこはそのまままっすぐだ」
「そうそう、そこの横道は行き止まりだからなケイト」
「むっ」
全員乗せて軽快に走る馬車馬のガンバーに驚きながらも、御者台で真面目に道案内していたロンは、上から振ってきた声に嫌な顔をして振り向いた。
「道案内は俺の役目だっ。大体なんでそんな詳しく知ってんだよクソ狼っ」
「はぁ~? 戦地の地形把握なんて当たり前だろうが。魔王軍の密偵と斥候は給料泥棒じゃねぇっての」
馬車の屋根には、馬車の中を狭ッ苦しいと言ったハウルグが乗っていた。
もう逃げる心配は無いし、走って付いていくのも余裕なハウルグだったが、何かの事故ではぐれても困るという理由で、今は馬車上にいた。
「へっへっへ、自慢じゃねぇが進軍前から、リリエ一帯の裏道や地下道、地図に乗らない村人達の生活道だって把握してたぜ? どうだすげぇだろ坊主~?」
「ぐっ……ち、ちくしょうクソ狼めっ」
「……言い方はアレだが、確かにすげぇな魔王軍の密偵と斥候」
「そうですねぇ……グーグ○戦隊と呼んであげたくなります」
「……グー○ル?」
「いえ、こっちの話です」
「いずれにしろ、ロン君が山道を把握しているというのはありがたいですね。小さな村では探すのも大変ですから」
そんな魔獣と子供の言い合いを馬車の中で聞いていたザイツとキョウ、そして御者台のケイトは、前方に開いた窓を開けて話していた。
「では落ち着いた所で、ロン君から話を聞きましょうか」
「俺から? ……事件の事かよケイトさん?」
「そうだな。できれば事件前の村の様子も知りたいんだ。いつまで村が無事だったか、それが大体でも判れば、事件も整理しやすい」
「そ、そうなのか? ……よく判らねぇけど、犯人が判るなら俺答えるよ」
大人達の中で一番進行役に向いていると思われたのか、ケイトの言葉にロンは真剣な顔で頷き、質問を待った。
ケイトは少し沈黙して他の者達から質問が出ないのを確かめた後、ロンへの質問を開始する。
「それじゃあロン君、まず君はいつから村を離れていたんだ?」
「リリエッド砦が陥落する日の、丁度朝だよ。あの日は母さんに頼まれて、お祖母ちゃんの雑貨屋に収める商品――干した薬草や紡糸なんかを持って、ユミィと一緒に村を出たんだ。あっちに着いたらお祖母ちゃんの店にそれを納品してお祖母ちゃんの家に一泊、その後村に戻る予定だった」
「なるほど……村を出たのが何時だったかは判るかい?」
「何時? ……そんなの判らないよ。街中みたいに時計があるわけじゃないし。……でもお日様が山から半分出てるくらいだった」
「……日の出……という事は、大体六の時から七の時くらいか。……最低でも事件前日の朝までは、村は無事だった、という事だな」
ロンの言葉を自分なりに考えながら、ケイトは質問を続ける。
「村を出る時、村の様子はどうだった?」
「どうって……特に変わった様子はなかったけど、でもやっぱり、みんな不安そうだったな。魔物達が近々攻めて来るっていうのは、知ってたからさ」
その答えに、僅かに眉を寄せたキョウが言う。
「え……危ないかもしれない、って判っていても、ロン君達はお使いに行ったの?」
「そりゃ、働かなきゃ食えなくなるし。仕方ないよ」
「だって君もユミィちゃんもまだ……小学生くらいだし」
「ショガクセー? よく判らないけど、俺やユミィくらいの年になれば、みんな親の使いくらいできるようになるよ」
「でも学校は?」
「学校……って、金持ちが通うあれの事?」
ロンの言葉に驚いたらしいキョウは、義務教育ないんだ……と呟いた。
その反応に、ザイツはカンカネラに質問してみる。
「魔国のガキは学校行ってるのか?」
【ふっ、人族領域よりもよっぽど普及しているであるなっ。……ただ貧村部になると、やはり子供は貴重な労働力であるからな。近くに学校ができても、行かない子供は多いらしいである】
「ふぅん……でも村のガキが通える所に学校があるってのは、すげぇな」
そういう意味でも魔族社会は豊かなのかもしれない、とザイツは思った。
ケイトは話を戻す。
「それで、村を出ていく時、何か変わった事はなかったかい?」
「変わった事? ……うーん……特に無いと思うけど……あ」
「どうした?」
「……村を出る時に、行商から帰って来た人と入れ違ったんだ。三軒右となりの、トーマスおじさん」
「ほう、何か気になる事があったのかい?」
「気になる……うんそうだ、……なんとなく俺、あの時気になったんだ」
―……あ、トーマスおじさんおかえりっ―
―……―
「近所だしいつもは挨拶くらいするのに、その日は俺なんか目に入ってないみたいに、大急ぎで村に入っていったから」
「……その人は、どこから帰って来たのかな?」
「……さぁ? でも多分帰って来た方向からして、カトラかギスモーじゃないかな?」
ふむ、と何かを考えるように頷きケイトはロンに話の続きを促した。
ロンは一生懸命思い出すように額に手をやりながら、その日の事を話す。
「――それから俺とユミィは、荷物を背負ってリリエの街に向かった。……え? そりゃ歩きだよ。慣れてるから勿論大丈夫だったさ。
……ずっと歩いて、昼にヒマリの大杉の下で一度休憩してまた歩いて――ええと、リリエに着いたのは、確か丁度十四の時だった。リリエの街時計が十四の時を指して、鐘を鳴らしていたからこれは間違い無い。
……そのままお祖母ちゃんの雑貨屋に行って商品を納めて、後は休憩していいって言われたから、夕飯の準備を手伝うまでユミィと休んだり、街を見に行ったりしたんだ」
楽しかった、と呟いたロンは、それを後悔するように口を閉ざして眉をしかめた。
楽しかった思い出が最悪の瞬間に繋がるのでは、無理もないとザイツも思う。
そんな感傷には無関心なのか、ケイトは質問を続ける。
「ロン君、君達がリリエに到着してから、君達の村から来た人とは会わなかったかい?」
「……ええと、それはつまり、俺達の後で村から出発して、リリエに来た人ってことかケイトさん?」
「そうだ」
「会ったよ。二人」
心当たりがあったのか、ロンはすぐに頷き答えた。
「ダッドリーさんと息子のデイブさん。この人達は村の人じゃなくて、リリエの街人だけど」
「何者かな?」
「二人ともリリエの金属修理工だよ。十日に一回くらいの割合で、リリエの街から遠い村々に回って来るんだ。俺達の村にも毎回寄ってくれて、その日も俺の村に寄ってから、リリエに戻ってきてた」
「なるほど、移動鍛冶屋というやつか。小さな村々では鍛冶屋が無い事もあるだろうし、重宝されているだろうな」
そう、とロンは頷く。
「会ったのはお祖母ちゃんの雑貨屋で、夕食が終わってもう寝るくらいだから……多分二十二の時くらい。お祖母ちゃんが頼んでいた鍋の修理が終わったからって、二人が帰り道の途中に寄って届けてくれたんだ。……その時俺も、ちょっと話した」
―ああ、お前達こっちに来てたのかロンにユミィ―
―……その方がよかったかもな。なんだかボッジ村の連中、今日はやたら難しい顔してて怖かったぜ。男達は村長の家で話し込んでたし……何かあったのかな?―
「ほう……君が村を出た時よりも、雰囲気が悪くなっていたという事かな?」
「……そうかもしれない。村長の家で話し合いなんて予定、多分なかったと思うし」
「彼らがボッジ村を出たのがいつ頃か判るかな?」
「判らないけど……いつも通りならダッドリーさん親子が村に来るのは、一番最後だから夕方だよ。帰るのは仕事にもよるけど、日が暮れてからだ」
「日暮れ……なら十八の時から十九の時くらいか。……少なくともその時間までは、村は無事だったんだな」
「そうだよ。……そこの狼がこなきゃ、ずっと無事だったのかもしれない」
そう答え、横目で馬車の上を睨むロン。
「お、おいおいちょっと待て坊主!! だから俺はヤッてねぇってんだろう!!」
興味深げにケイトとロンの話を聞いていたハウルグは、再び向けられた矛先にムッとして言い返した。
「おいケイト、お前は信じるよなっ? 俺はヤッてないって信じてくれるよなっ?」
「まだ事件に関しては思考中です。判断材料が少ないので、現時点では何とも言えません」
「……冷てぇ」
それに対するケイトの冷めた言葉に、ハウルグの耳がペタンと垂れたのをロンは見た。
「……ですが個人的心情では、貴公を信じたいと思っております」
「――っ」
だがケイトの続けた言葉に、ハウルグの耳がピコッと立ったのもロンは見た。ついでにシッポも、パタパタと振られている。
それを気にせず手綱を慎重に手繰っていたケイトは、やがて前方に見えてきた空間に目を凝らし、ロンに確認する。
「――所でロン君、あれが君の村かな?」
「っ……うん。あそこだ。あそこを横道に入って道なりに進んだら……家が建ってたんだ」
そう言うとロンは歯を食いしばり、何かを堪えるように目を伏せる。
「……続きは村に着いてからにしよう。ありがとう、君の話はとても参考になった」
「っ……うんっ」
そう言うケイトに優しく頭に触れられたロンは、一瞬震えた肩を誤魔化すように強く頷き、再び前を向いた。
こうして一行は、壊滅した村に到着した。
次はおっさん狼の番。




