29 狼を追うが何かがおかしい
【――人族のお前は知らないだろうから、教えてやるであるっ】
「……ん?」
【王庭騎士団とは、魔王国において堕天魔族やエルフ族といった『高位』とされている魔族ではなく、オーガ族やゴブリン族、フェンリル族等々の『下位』とされている魔獣族の子弟達を集めて結成された、魔王陛下の直属組織である】
ザイツのマントの中から顔を出したカンカネラは、得意げに自分の知識を披露する。
【王庭騎士団初結成は二代目魔王陛下の御世。二代目魔王陛下は、後宮に娘を送り込み、魔王家の外戚として権力を強める有力魔族達への牽制として、有能な魔獣族を引き立てたと言われているであるな。族長血筋から選ばれた魔獣族の子弟達は、幼少期から王宮で養育され、魔王の庭で魔王の刃として鍛え上げられるのである。一代限りの身分とはいえその地位は高く、王家に対する忠誠心も大変に厚い!】
「……ふーん……」
そして、【王庭騎士様方は、我ら魔獣族の憧れである!!】と嬉しそうに続けたカンカネラの声に生返事で答えたザイツは――必死に動かしてる足を更に速め、前を走る狼の後姿を睨みながら、カンカネラに問いかけた。
「……その憧れの『騎士様』が、なんで魔王軍から人族の子供片手に逃げ出してんだ?」
【そんなの――判らんであるー!! ハウルグ様お待ちをー!! ザイツ追えー!!】
「……やれやれ」
リリエッド砦を囲むバース山脈の大森林。
現在ザイツは、カンカネラが解説した王庭騎士ことフェンリル族のハウルグを追って、その森を全力で駆けていた。
「待って下さいハウルグさーん!! どうしたっていうんですかー?!!」
「だからあんたは馬車に戻れよキョウ姫!! 危ねぇだろうが!!」
「だって放っとけませんよ!! ロン君連れていかれちゃってるし!!」
――最初にハウルグを追って駆け出した、キョウと共に。
数十秒前、突如リリエッド砦の石壁を飛び越えてザイツ達の前に現れたハウルグは、どうやら顔見知りだったらしい魔王女殿下ことキョウへの挨拶もそこそこに、その場から逃げ出したのだった。
ただならぬ様子に、慌ててハウルグを追いかけるキョウを追ってザイツも駆け出し、今に至る。
ハウルグを止めようとしていた砦の魔王軍兵士達は、追いつけなかったのか追うのを止めたのか、ザイツ達の後ろから来る気配はない。
『どちらにしろ、今から追いつける奴はそういないと思うけどな。――あの狼――すげー速い!』
街道での戦いでコツを掴んできたエルフマントの力で加速しながら、それでも引き離されないのがやっとの状況に舌打ちする。それほど森を駆けるザイツとハウルグの脚力には、圧倒的な差があった。
『判っちゃいたが、身体能力に差がありすぎる。このままじゃこっちの体力が尽きて逃げ切られるぞ……となると……』
ザイツは自分のすぐ横を走る、当惑した様子のキョウに向かって呼びかける。
「姫!! 命令してあの狼止めてくれ!!」
「ええ?! め、命令ですか?!」
キョウはぎょっとしたような声で返し、手で口を覆う。
「あんたは姫だし、あいつは仕える騎士だし、命令なら聞くだろ?!」
「あ……え……ど……どうでしょう……は、ハウルグさん……その……と……止まって下さい……命令です……」
「そんな小声で聞こえるか!!」
「すすすみませんっ! めめ命令とか慣れてないんですっ!!」
「なんでだよ?! 王族とかこれ以上ないくらい命令に慣れ親しんだジョブだろ?!!」
「ジョブだったんですか王族って?!! じゃなくてっ!! え、ええと、こ、こうなったら――実力行使行きます!! ハウルグさん!! 止まってー!!」
「え? ――おい!!」
ザイツが止める間もなく、キョウは加速して一気に距離を詰め、ハウルグへと掴みかかった。
【――っ】
『おっチャンスか?!』
キョウの攻撃(?)に驚いたのか、一瞬ハウルグのスピードが緩む。慌ててザイツもその隙を狙い、全力でハウルグに追い迫る。
「――えっ?!」
「――っ」
だが追い付いたザイツとキョウに、ハウルグが捕まる事はなかった。
ハウルグを捕まえようと、手を伸ばしたキョウの手が空を切る。
【悪いな人族の坊主】
「なっ?!! ――ぐが!!」
その直後ザイツは真上からハウルグに後頭部を掴まれ、凄まじい力で地面へと叩き付けられる。そして。
【――魔王女殿下を、地面に転ばせる訳にはいかねぇだろ?】
「きゃっ?!!」
「ぐご?!!」
次の瞬間ザイツの背中には、バランスを崩して尻餅をついたキョウが、勢いよく乗せられてしまっていた。
「あれ……痛……くない?」
「だろうなっ」
「え? ――きゃぁああ?!! いつの間にザイツさんが私の下に?!!」
「あ、柔らかい尻の感触――じゃねぇ!! くそっ!! なんて身のこなしだ!!」
【ひ……秀でたパワーとスピードをバランス良く持つフェンリル族は……生まれながらの格闘家と……言えるであるからな。……それでも身体能力自体は……堕天魔族たる姫様の方が圧倒的に上なのだが……やはり今の姫様では……経験の……差が……げふっ】
「きゃー?!! 解説しながらカンカネラさんがザイツさんの下で潰れてるー!!」
「はっ、早くどいてくれ姫!! バカラスがマジで死ぬ!! 狼に逃げられる!!」
「はっはいっ――ってなにこれー?!! ローブが!! 私のローブの裾がザイツさんのベルトに固結びされてます!! 動かないでー!!」
「おぉい?!! どんだけ嫌がらせが得意なんだよあの狼ぃいい?!!」
「いやぁあああ!! ザイツさんが動くとローブがめくれるー!!」
『め く れ る だ と?!! もしかして色々丸見え――』
「見上げないで下さいザイツさん!! ハウルグさんの馬鹿ー!! セクハラ親父ー!!」
「み、見上げてないヨ? 本当ダヨ? ってか、せくはらって何?」
【げふっ……ぐふぁっ……も……もうだめである……】
立ち上がろうとするザイツと、ザイツが動く度にめくれ上がってしまうローグを必死に押さえるキョウ。そして二人の下で潰れて藻掻くカンカネラ。
慌てふためき大騒ぎをする三者を置いて、ハウルグは猛スピードで森を駆け抜ける。
『あっ……もう追いつけねぇよな……くそっ』
あっという間に、ハウルグの後ろ姿は小さくなった。
その背をキョウの下で見送るしかないザイツは、簡単にあしらわれてしまった事を自覚すると悔しくなり、思わず地面を拳で叩いた。
「――っ?!」
「――えっ?」
【――にゅ?】
そのザイツの側。轟音をたてて、恐ろしい速さの何かが通り抜ける。
「――ケイト?!」
吹き飛ぶような爆風を起こしながら走る馬車の御者台に、ケイトの姿を見たザイツは思わず叫んだ。
「えっ? あ! あれ確かにガンバーちゃんの馬車です!」
【あ……あそこまでの速さがでるのであるますな……グリフォンの末裔……恐るべしであります】
驚くザイツ達の視界からあっという間に消えた馬車を駆るケイトは、ガンバーに鞭を当てながら更に加速し、狭い木々の隙間に切り込みハウルグを追った。
「行けガンバー君!! 走るために生まれた君なら、あの程度必ず追いつける!! がんばれ!!」
【ヒヒ~ン♪】
よほど馬を信用しているのか、ケイトの手綱さばきには障害物だらけの森を行く恐れが全くなかった。
その信頼に応えるように、栗色の小馬は馬車が通れるギリギリの最短距離を瞬時に選び、地面を抉る強靱な脚力で森を走る。
【――おいおい人族の娘!! なんだその無茶な走りは?! 命がいらねぇのか?!】
やがて馬車は、ハウルグに並んだ。
何事かと横を見たハウルグは、馬車を駆る相手がまだ若い人族の娘と知り、呆れたように声を上げる。
「さて? 兵達を振り切り、砦を飛び出した貴公とどちらが無茶ですかな『騎士様』?」
【っ五月蠅ぇ!! こっちにも事情ってもんがあるんだよ!! さっさとどっかに行きやがれ小娘!!】
「小娘ではない!! 私は学者のケイト!! クローディ魔王女殿下の旅の護衛だ!! そしてこちらにも事情がある!! 引く事はできん!!」
そんなハウルグに声を張り上げて応えたケイトは、腰のベルトに差してあった杖を片手に取り、構えながら続ける。
「その子供を離していただこう!! 魔王女殿下はリリエの町でその子の妹に頼まれ、その子の様子を尋ねるため砦までいらしたんだ!! できれば家に帰してあげたいともおっしゃっていた!! 王庭騎士ハウルグ卿!! 貴公は主筋たる魔王家が姫君の御意向を無視する気か?!!」
【っ……魔王女殿下が……】
痛い所を突かれたのか、ハウルグの表情が僅かに歪み、その目は手の中で、恐怖からか気絶しているらしい子供を見た。
だがその表情はすぐに引き締まり、一層速度を上げて森を駆ける。
【それでも――こいつを帰すわけにはいかない!!】
「待て!!」
【この小僧は潰された村に住んでた、村の事を知る大事な証人だ!! 村を調べるために必要なんだ!! 今は例え魔王女殿下の命令でも、こいつを手放す事はできない!!】
「調べる、だと?! 一体なんの話だ?!」
【人族なんかには関係ねぇ!! うせろ!!】
「……この暴走強情男め!! ――来い!! 炎素サラマンダー!!」
苛立った声を上げたケイトの杖が輝き、魔力が爆ぜた。
その魔力に応えるようにケイトの身体から渦巻き吹き上がった紅蓮の炎が、真紅のトカゲへと姿を変える。
【――マスター・ケイト。炎精サラマンダー、参上イタシマシタ】
【うぉ?! 小娘――精霊魔法使いか?!!】
巨大な炎のトカゲ――サラマンダーは、空中で恭しくケイトに一礼し、命令を待つ。
その熱気と魔力に驚いて振り向いたハウルグを杖で差し、ケイトは命じる。
「――止めろ!!」
【――承知】
【やべ――ぐあ?!!】
身の危険を感じたハウルグが、その場から離れ木の上に跳ぼうとするも遅い。
【――炎檻】
咄嗟に手の中の子供を庇って身をかがめたハウルグへと覆い被さるように、サラマンダーは炎の檻へと姿を変えた。
触れる者を焼き尽くす熱気を放つ魔炎の檻に囲われ、ハウルグは身を強張らせて立ち止まる。
【ぐ――っ!!】
「……『パワーとスピードを併せ持ち、陸の集団戦において恐ろしい戦闘能力を誇る『狼の王』フェンリル族。だがその魔法耐性は低く、特にその美しさが誇りである毛皮を焼く炎魔法は、彼らの最大の弱点であり恐怖である』……と書物にはあったな」
【てめぇ!!】
素早く馬車を止め飛び降りたケイトは、そう言うと炎の檻越しにハウルグと相対し、杖を突きつけた。
「子供を離せ!! 炎の檻となったサラマンダーは、私の命令で貴公のみを焼き尽くすぞ!!」
【なんだとこの――くっ】
ケイトに言い返そうとしたハウルグを嬲るように、炎の檻がうねる。
「いかに屈強なフェンリル族とて、弱点属性に装備も無いまま、これを脱ける事はできないだろう!! 観念してもらおう!!」
【……へっ】
その炎に表情を強張らせたハウルグは、だが感じたものを押さえ込むように笑い、そして片手に持っていた気絶しているらしい子供を両手で庇うようにして抱きかかえ、炎の檻を睨む。
【お前の言い分が本当なら……ここに突っ込んでも坊主に害はねぇ。火傷すんのは俺だけって事だよな?】
「っ……馬鹿な真似はやめろ!! 炎は怖いだろう!!」
【怖ぇよ!! それでも行かなきゃいけねぇなら、しかたねぇだろうが!!】
「――っ」
ハウルグを睨み、ケイトは杖を上げた。
そんなケイトにもう一度笑うように喉を鳴らしたハウルグは、見事な灰色の毛並みを揺らめかせながら、炎の檻を睨む。
【炎程度で――止まってたまるかよ】
「……」
【俺が負けちまったら――あのクソ指令の言う通りにしちまったら――俺の部下達は――!!】
「……貴公」
【止まるわけにはいかねぇんだよ!! うぉおおおおおおおおおおお!!】
そして目の前の恐怖を振り切るように吠えたハウルグは、そのまま猛然と炎の檻に突進する。
「……」
それを確かめたケイトは。
「――退け、サラマンダー」
【承知】
【うぉおおおおおおおお―――おぉおおお?!!】
サラマンダーに命じ、ハウルグを炎の檻から解放した。
突然障害が消え、両手を広げ仁王立ちをするケイトにぶつかりそうになったハウルグは、なんとかその寸前で停止し、真下にあるケイトの顔を睨み付ける。
「……やはり止まってくれたな」
【な――何考えてんだ小娘!! 術解いて魔獣の前に立ちふさがる馬鹿がいるか!! 跳ね飛ばされて死にてぇのか?!!】
凶悪な形相で怒鳴り散らす狼を見上げたケイトは、怯えるでもなく肩を竦め、そして答えた。
「勝算の無い無謀はあまりしません」
【なんだと――】
「貴公は話が通じる相手だと思いました。だから術を解いた」
平然と返す小柄な娘を見下ろしたハウルグは、唖然とする。
【お前……何をどう判断すりゃ、ガキを連れ去った魔獣と話が通じるなんて思えるんだ?】
「ハウルグ卿、それは貴公が、その子の事を傷つけようとしなかったからです」
ケイトはやはり平然と、ハウルグに返す。
「貴公はその子供を害すると言って私を脅し、術を解かせる事もできた」
【……殺しちまったら、利用できねぇ】
「殺さなくても、痛めつける方法はいくらでもあります。指の爪を一本一本剥ぐとか、歯を一本一本へし折っていくとか、それこそ色々と」
【おいおい!! 怖ぇ事をあっさり言うなよ?!!】
「あっさり言えるほどありふれた、良くある事です。……なのに貴公はそうしなかった。人族を嫌う、魔国の魔獣族であるのに、です」
そう言うとケイトは、自分よりも遥かに大きなハウルグをまっすぐと見返す。
【……】
そんなケイトを威嚇して牙をむいたハウルグは――だが目の前の娘には効果が無い事が判ったのか、渋々牙を収めた。ケイトは続ける。
「ハウルグ卿、戦争中その子供の村に何かが起こり、そしてその件で現在、貴公――というより貴公の部下達が苦境に立たされている。……そう私は推測したのですが、違いますか?」
【……】
「ならば是非、それを魔王女殿下に、子供を渡せない理由としてお話下さい。あの魔王女殿下ならば、貴方の話に耳を傾けて、できる事なら協力して下さると思います」
【っ!! こんな面倒に、魔王女殿下を巻き込めってのか?!!】
「かの姫君は、もとよりそのつもりで、わざわざご自分の足で追いかけてきているのではありませんか? ……か弱いようで、思わぬ度胸がある姫様だ」
ぐぅ、と呻ったハウルグは、しばらくケイトを睨んでいたが、やがて視線を自分の腕の中で気絶している子供に移し、大きなため息をついた。
【……逃げても、こいつを連れてる限り殿下は追ってくるか……やれやれ。……心根はあまり似てないと思っていたが……その無茶っぷりは、やはり陛下の御子なんだな……】
「――っ」
――その身体が発光したかと思うとグニャリと歪み、別の姿を形作る。
「人化……?」
やがてケイトの目の前に現れたのは、狼の耳と尾を除けば人族とそう変わらない、灰色の髪と緋色の瞳を持つ、長身の偉丈夫だった。
「……ではありませんね。なるほど、そういえばフェンリル族は二つの姿を持つ種族でした。……それが非戦闘時のお姿ですかハウルグ卿?」
僅かに驚いたケイトは、だがすぐに思い出した知識に納得し、努めて冷静にハウルグに話しかける。
「……そういう事だ。牙も爪もねぇ、弱っちい姿だが……まぁ話をするなら、こっちの姿の方がお前も安心だろう?」
「……信用の証し、という事ですか」
「まぁな。――それにほら、俺って人族の女が騒ぐいい男だしなっ?」
あくまで対峙する姿勢を崩さない強気なケイトに、ハウルグは笑ってそう答え、軽口も付け加える。
「……どうぞむさっくるしいオッサンが好きな女性達に、騒がれてください」
その軽口をあっさりと切り捨てて、ケイトはため息をついた。
ザイツ達がその場に追い付いて来たのは、丁度その時だった。
ザイツ「人型になったらケモミミ美少女……なんて事はやっぱりなかったぜっ」
ケイト「せめて美少年だったらそこそこ見られたものを……」
キョウ「ケモミミの無駄遣い……」
ハウルグ「ひでぇ?! おっさんがケモミミで何が悪い?!」




