27 リリエに着いたが何かがおかしい
~バース連合国~
カトラ王国、ギスモー王国他北方の国々と中央を結ぶ山間の国。というより、支配しづらくて接する国々が扱いかねていたバース山脈周辺を、そこを行き交い商売してた商人達が、どさくさに紛れて国にしたって感じか?
その成り立ち通り商人の国だ。あと建国時にあれこれ助けられたせいで、ゼルモア神聖教国には頭が上がらなくて、赴任神官の立場も強い。
国土の半分以上山で、人口3万に満たない小さな国だけど、建国前からやってた北と中央を繋ぐ交易地として、各国の特産物や商品が行き交うから、意外に周辺各国への影響力は強いんだ。その分増長して、支配者階層の豪商達は、贅沢三昧しててイヤーな感じだったぜ。
国民自体は合理的な商売人気質の奴が多くて付き合い易かったし、名産のヤギの腸詰め肉と、乳で作る酒も悪くなかったんだけどな。
~小都リリエ~
バース連合国領。都主は豪商トレバーナ(豚顔)。バース最北端に位置する国境沿いの町で、ギスモー王国、カトラ王国と街道で繋がった終点駅。小さいが交通量のせいで賑やか。ギスモー王国の村々とは隣接しているせいか、毛皮や農産物などの、住民レベルでの直接取引も盛ん。
国境を守るリリエッド砦はこの町の管轄で、毎年かなりの予算を使って装備を充実させ、国兵の練度を高めている。――山岳地帯の地の利も上手く活用した、天然の要塞だ。小さいが侮れない。
――BY魔王『人族領域旅の友』
「――という事です。小都リリエ、ちょっと寒いけど、確かに賑やかな町ですねザイツさん」
「そうだなキョウ姫。……門の警備は厳重だったが、それでも住民が大きく行動制限されているような事もないみたいだ……よな、ケイト?」
「ふむ。店は出ているし、少なくとも人目がある場所で、それを進駐軍が荒らすような真似もしてないようだな。……他国の事とはいえ、多少ほっとするよ」
街道の終点駅から馬車を降り、歩いてリリエの大通りへと入ったザイツ達は、町の様子を見回しながらゆっくりと進んだ。
魔王軍に支配された国の町、という状況に悲惨な状況も覚悟していたザイツだったが、町中は拍子抜けするほど賑やかで、心配していたような暴力の気配は、全く感じられなかった。
『……といっても、当然平常通りってワケでもないんだろうけどな』
通りを歩く武装した魔物達と、その魔物達にやや緊張した面持ちで道を空ける人間達を見て、ザイツは石畳の通り沿いにカラフルな屋根の木造建造物が並ぶ、リリエの町中を観察する。
『やっぱり怖いんだろう……一人で歩いている女子供は殆どいないし、昼間だってのに、窓の鎧戸も下ろされてる。……兵士達は野放図に略奪や暴行に走るわけじゃなさそうだが、手にしている武器は、何かあったら即町の人間達に向けられるだろうしな……ああ、あれは……』
「ザイツさん?」
「……いや、なんでも」
処刑された死体が晒されている処刑台を隠すように、ザイツはさりげなくキョウの視界を遮って横に並んだ。
その頭に飛び乗ったカンカネラは、首を傾げてザイツに問う。
【む、どうしたのであるかザイツ?】
「なんでもねーよ」
【ほう、この町の支配者達であったかな? 派手に処刑されているであるな】
「ッ!! バカラス!! 余計な事を言うな!!」
「え? ――っ」
カンカネラの一言で、キョウも処刑台に気付いてしまった。
「……」
「……姫」
「……大丈夫です。…………」
処刑台から目を逸らしたキョウは、短く答えるとそれでもショックだったのか、手を併せて口の中で何事かを呟いた。
『……ナムアミダブツ? ジョーブツしてください? ……なんの呪文だ? ……まぁ、泣かれなくてよかった』
多少不思議に思ったが、それでも一生懸命自分を落ち着かせている様子のキョウに、ザイツは一応安心する。
そんなザイツに苦笑しながら、馬の手綱を引いて歩くケイトも再び口を開いた。
「敗戦国で死体が処刑台だけというのは、恐ろしい程治安が良い証拠ですよ姫」
「そ……そうなんですかケイトさん?」
「ええ。人族同士の戦争だと、負けた国の住民が皆殺しや奴隷にされる事も、珍しくありませんしね。……そうでなくても治安の悪化で略奪強盗や暴行、誘拐、殺人が横行しますし、結果その辺にゴロゴロ死体が転がる事になります」
「う……酷い……」
「ええ、酷いものですよ。……それに比べ、魔王軍の占領地帯は恐ろしいほど治安が維持されている。……多分自分達に味方した人族の国々に対する、魔王の国のアピールもあるのだろうな。『自分達は人族全体の敵ではなく、ただ侵略者となった敵を倒しただけだ』――という」
最後は一人言のように漏らしたケイトの言葉に、ザイツは同意すると同時に恐怖を感じた。
『……まずこれだけの治安維持ができる統制された戦力ってのが、人族へのすごい脅しになってるだろうな。……怖い怖い』
震えを誤魔化すようにマントを被り治したザイツの横で、キョウは慎重に町中を見回す。
「……でも本当に、この町は戦争した跡が見えませんね? ……家とか燃えてなくてよかったです」
「戦闘自体は、リリエッド砦の陥落で決着したからだろ」
「リリエッド砦……ここが管理してたって砦ですか?」
「そう。……えーと、確かリリエからもう少しカトラ王国沿いに近い、山間に作られた外接砦だったと思う」
「山の中なんですか」
「うん。矢や魔法で一方的にリリエを狙える位置にあるから、リリエを侵略するなら絶対無視はできない場所だ。――そこに戦力投入して、敵の侵攻を食い止めようとしたんだろうけど、陥落しちまったら、もう町にまともな戦力は残ってなかったと思う。そこに余計な被害を出さないよう魔王軍が降伏を勧告して、住民達もそれを受け入れたって流れじゃないか?」
なるほど、と頷いたキョウは、砦を確かめるように山へと視線を向ける。
「砦も行くか? 兵站路はあちこち確保してたろうが、リリエからも勿論補給してたはずだし、馬車が通れる道くらいはあると思うぞ」
「え? ……そう……ですね。……行った方がいいのかな……怖いけど……」
生々しい戦場跡を想像したのか、キョウは表情を強張らせて考え込んだ。
どうしろと言える立場ではないザイツは、キョウが出す結論を、歩きながら待つ。
「その前に、しなくてはいけない事があるのではありませんか、キョウ姫様?」
「え?」
そんなキョウに、手綱を引くガンバーを撫でながら、ケイトが少々強い調子で声をかける。
「――冒険者ギルドの事務所に行き、物理火力の冒険者をもう一人雇う。……これを昨夜話し合って、姫様が我々と共に戦う最低限の条件にしたはずなのですがね」
「……あ」
うっかりした表情のキョウを見て、忘れていたなとザイツは思った。
ザイツも今思い出した。
「……まさか君まで忘れていたとは言わないなザイツ? 護衛の君まで?」
「い、いや。思い出したから落ち着けケイト」
「やっぱり忘れていたのか! 全く、君は姫様が共に戦う事に賛同したんだろうが。だったらちゃんと責任を持って、姫様が無理なく戦えるパーティーメンバー編成を考えたまえよ」
「す、すまん」
【やーい、怒られたであるーっ】
「バカラス、五月蠅い」
【ぎゃーっ】
頭の上にいたカンカネラを掴んで握りつぶしつつ、ザイツはケイトに謝る。
「まったく、しっかりしてくれよ。……正直に言えば、私はとんでもなく不安なんだからな。……護衛対象と共に戦うなど」
そんなザイツを見返し、小さくため息をついてケイトはぼやく。
昨夜クラウスベルが帰った後、ザイツはキョウと共に、キョウが戦う事をケイトに告げた。
心配して必死に止めたケイトは、それでもキョウの意志が揺らがないと知ると反論を止め、代わりにせめて、現護衛パーティーに足りない人員である物理火力職の冒険者を、補充して欲しいとキョウに頼んだのだった。
「現パーティー編成は、ザイツ(前衛回避盾)、カンカネラ君(後衛魔法火力)、私(後衛補助支援)、そして姫様(後衛回復支援)の四人(?)だ。……街道馬車の時に痛感したが、やはりこの編成には物理火力が足りない。クラウスベル大神官のような助っ人が参戦してくれる幸運はそう続かないだろうから、このリリエでなんとしてでも使える人員を補充し、姫様の安全を確保するためにも、パーティーを強化しなくてはいけないんだ」
「そ、そうだな」
「す、すみません」
ザイツとキョウは揃って頷いた。
そんな二人からふと視線を逸らし、ケイトはボソリと付け加える。
「……またピンチになって、あの魔法使われたら最悪だし」
「え?」
「っ!! な、なんでもないぞザイツ!! ピクシーの暴露大会など!! 私は全然気にしてなんかないんだからな!!」
「……気にしてたのか……すまん」
「気にして無いと言ってるだろうがぁ!!」
「まぁその……ブラジャーパットの一枚や二枚重ねがばれたからって、落ち込む事は無いと思うぜ」
「パットは二枚も重ねてない!! 一枚だ!! しかも超薄型のナチュラル谷間補整タイプだ!!」
「……谷間補整……できるのか」
ザイツは知りたくもない女の秘密を知ってしまった。
「あ……えーと……小さいおっぱいも可愛いと思います……よ? ……そうだよね……きっと……うんそうだよ。……貧乳はステータスだって誰かが言ってたし……」
「っ……姫様…………………………………………………ありがとうございます」
慰めようとして何かを納得している、キョウの女らしい豊満なバストラインを恨めしそうに見つめた後、ケイトは視線を逸らしながら言葉を絞り出した。
こうして一騒ぎした後、ザイツ達はリリエの冒険者ギルド事務所へと向かった。
リリエの大通りのほぼ中央にある冒険者ギルド事務所は、大きな看板を掲げた二階建ての木造建築だった。
「――『いらっしゃいませ、リリエの冒険者事務所へようこそ。各酒場でもクエスト業務は代行しておりますので、どうぞご利用下さいませ』……か。どこの事務所もこれは変わらないな」
重厚な入口を開くと、事務所入口に置かれた立て看板の決まり文句と、事務所を行き交う大勢の冒険者達の視線がザイツ達を迎える。
「冒険者が結構多いな。戦争でゴタついてる所じゃ、仕事し辛いかと思ったんだが」
「ゴタゴタしている方が、クエストが増える事もあるだろう。……さてと、ここに目的の人材はいるかな?」
「クラウスさんみたいな、強くて頼りになる人がいるといいですね」
「……あのレベルは、そうそうこんなトコに転がってねえよ姫」
そんな奴は大抵国が召し抱えていると思いながら、ザイツは皆と、屈強な男達が並んでいる受付に並んだ。
「お、美人」
「冒険者か? 依頼主なら是非受けてやりてぇなぁ……へへへ、護衛ならこう、密着してよぉ……」
若く美しい娘二人、特にキョウは当然注目の的になったが。
「うぉあちちちぃ?!!」
「ぎゃー?! なんかいきなり尻に火がついたー?!!」
その中でも不必要にキョウに近づいた男達は、何故か突然尻から火を噴き出し、事務所外へと飛び出して行った。
「おいバカラス……」
【我輩知らないである~♪ 姫様に不届きな事を考える馬鹿者共には、ケツバクハツの罰が当たるだけである~♪】
「どんな罰だよ……ってか、俺のマントに隠れてやるな。俺の仕業みたいじゃねぇか」
「? どうかしましたかザイツさんとカンカネラさん?」
「……なんでもない」
【ぎゃー?! 絞殺されるであるー?!】
とりあえずマントの中のカンカネラを締め上げながら、ザイツは答えた。
「遊ぶなザイツ、ほら順番だぞ」
「遊んでねぇ」
「いらっしゃいませ。依頼人はそのまま、冒険者は、お手持ちの冒険者証を御提示後、ご用件をどうぞ」
落ち着いた口調でザイツ達を迎えたのは、リリエの地元民と思われる、優しい顔立ちをした中年過ぎの受付女性だった。
ザイツを肘で突きながら、ケイトはジャケットの内ポケットから薄い冒険者証を取り出して受付に提示する。
「私とザイツが冒険者です。現在後ろの彼女の護衛依頼を遂行中です」
「――はい、ケイト様とザイツ様ですね。少々お待ち下さい」
受付はザイツとケイトから受け取った冒険者証を手にした水晶にかざし、それが柔らかい光を放つのを確認してからそれぞれに返す。
「冒険者証の確認がとれました。――ケイト様には二件、ザイツ様には一件メッセージが保存されていますので、お受け取り下さい」
「メッセージ?」
不思議そうに言うキョウに、メッセージが書かれた紙を見せる。
「ああ、魔話術を使った、冒険者ギルドの伝言システムだ。冒険者ギルドの事務所から冒険者ギルドの本部にある情報庫に伝言を送って置くと、こうやって冒険者証を認証された時に本部から、保存してたメッセージ情報が送られてくる。それを事務所の事務員が書き写して、渡してくれる」
「ああ……メールサーバーみたいなものかな」
「手紙? ……うん、そんなもんだな。冒険者は移動するから、こいう伝言方式でも、案外役に立つんだ」
ザイツはそう言って、書かれた短いメッセージを読む。
『送り主は……尼僧のアンネリー……ああ、以前討伐依頼で組んだ、あの女僧侶か。……何々? ――『人の世と神殿の危機です、悪しき者達との聖戦に、なにとぞお力添えを』……ふーん? 聖職達はゼルモア神聖教国が敗戦したこの危機を、傭兵で覆そうとでも思ってるのかね? ……いずれにしろ俺には関係ねぇや』
ザイツは以前組んだ、やや狂信的な光を目に宿す尼僧を思い出しながら、紙を破って備え付けのゴミ箱に放り込み、受付に言う。
「返信頼めるか?」
「はい、承ります」
「『現在仕事中、依頼は受けられない』――これで頼む」
「はい、一列メッセージ、銅貨三枚頂戴します」
そっけないザイツの返信と料金を受け取り、受付はケイトにも視線を向ける。
「……ああ、私の方は……両方とも『メッセージを受け取りました』で」
「はい、一列メッセージ二件、銅貨六枚頂戴します」
ザイツ以上にそっけない返信を、受付は速やかに受け取り料金を受け取った。
「同じでいいのか?」
「ああ、寄稿した学会誌の件で、報告があっただけだからな。報告をもらったと知らせるだけでいい。……さて、それでは依頼ですね姫様」
「あ、はい。……ええと、護衛の増員をお願いしたいのですが」
――受付が何かを答える前に、キョウの傍に男達が殺到した。
「え――」
「お、お嬢さん護衛をお捜しか?!」
「いいぜ美人な姐ちゃん!! 俺が守ってやる!!」
「いいや俺が!!」
「俺に決まってんだろ別嬪さん!!」
「俺俺、俺だよ俺俺俺俺俺!!」
「ひぇえええ何?!! なんか一人詐欺っぽいのがいる?!!」
「お、おい止めろって、まず条件を聞いて――」
ザイツが慌てて詰め寄った男達を離そうとするが、キョウに興奮している男達は言う事を聞かない。
「待て待て君達!! まずは冒険者ランクとジョブを提示したまえ!!」
冷静に強く発せられたケイトの言葉も、男達は聞かない。
その様子を見ていた穏やかな表情の受付の中年女性は。
「――事務所内での迷惑行為は、禁止されております」
――そう言った瞬間残像を残して座席から消え、次の瞬間凄まじい音をたてて男達の鳩尾に強烈なパンチをめり込ませて吹き飛ばし、全員壁に叩き付けていた。
「――失礼しました、依頼申請の続きをどうぞ」
「……う……受付さん……護衛になっていただけませんか?」
「申し訳ありませんがお客様、冒険者ギルド事務所の職員は、依頼を承っておりません」
「そ……そうですか」
何事も無かったように席に戻った、良く見ると非常に鍛え上げられた肉体を持つ物理火力中年女性(受付)から申請用紙とペンを受け取り、キョウは残念そうに申請書類を書き始めた。
「な……なんであの女が事務員なんだ?」
「さ……さぁ……生活の安定重視だろうか? ……地元を離れたくないとか」
その横で、ザイツとケイトは中年女性の就職事情について想像し、囁きあった。
「――できました」
「はい。お名前は……はい、本名ですね。そして依頼の増員は、物理火力、性別問わず……期間は……」
中年女性は酒場のマーカスとは違ってキョウの本名に狼狽える事も無く、申請書類を確認していくつかの必要事項を書き込む。
「――はい、該当者を確認致しますので、そこのお席で少々お待ち下さ――」
だがその声は、突然響いたドアの開閉音で途切れた。
「た……助けて……サリーおばちゃん……!!」
「……ユミィちゃん?」
激しい音を立てて事務所のドアを開いたのは、まだ十歳にも満たないだろう小柄な赤毛の少女だった。
少女は恐怖で引きつった顔のまま受付に駆け寄り、受付のカウンターから走り寄って来た受付の中年女性――サリーに縋り付く。
「お願いサリーおばちゃん……お兄ちゃんを助けて!! お兄ちゃんが殺されちゃう!! お兄ちゃんが殺されちゃうよぉ!!」
「ユミィちゃん、一体どうしたっていうの? ちゃんと説明してくれなきゃ、おばちゃん判らないわよ?」
ユミィと呼ばれた少女はこぼれ落ちる涙を頬に伝わせながら、サリーに向かって叫んだ。
「お兄ちゃんが――魔王軍の偉い魔物に石を投げて――怒ったその魔物に――砦に連れていかれちゃったの!!」
――ザイツは息を飲み、隣にいるキョウの小さく上げた悲鳴を聞いた。
ケイト『……谷間が人工で何が悪い』




