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次期魔王に雇われたが何かがおかしい  作者: 宮路広子
街道と魔王女一行 ~襲撃者騒動~
26/201

26 その後の魔王城③

 魔属の者達を庇護し等しく慈しむ魔王の大結界と、彼らの敵に牙を向き屠る意志持つ黒森(シューヴァル)に守られた、魔王の国の首都。

 平穏な活気で満ち溢れた城下町を見守るように、魔王の城は都の最奥で建国以来変わらない荘厳な姿を国民に見せながらそびえ立っている。


「――宰相閣下」

「バラス……それにお前達……大丈夫か?」  


 王宮付きの侍女に扉を開けられ、魔王夫妻の王宮私室へと入った魔王の国宰相ローゼルフォートは――その途端目に入ってきた馬鹿馬鹿しい光景に眉間の皺を数本増やすと、光景の一部だった後宮大臣バラス老と数名の侍女に、なんとも言えない言葉を漏らした。


「それから――とりあえずそこの阿呆、脱ぐな」

「いいや限界だ!! 脱ぐね!!」

「脱がせるな!!」

「魔王陛下っ!! どうぞ脱がないでくださいませー!!」

「ここは王宮でございます!! 後宮とは違い、私室とはいえ様々な方々がいらっしゃいますー!!」

「ご身分の高い方々が全裸の魔王陛下をお目にされたら!! 魔王陛下が侮辱しているのかとお怒りになられますー!!」

「うぉおおおお!! 鬱陶しいぃいいいい!! この飾り縁レースのムズムズヒラヒラ感が最悪だぁあああ!!! ジャラジャラくっついてる宝石が邪魔臭ぇええええ!! こんな金ばっかかかって役に立たねぇモン作る許可だすんじゃねぇよ財務大臣んんんんん!!!」

「……」


 魔王と魔王后の共同私室では、魔王が華やかな宮廷正装を脱ごうと暴れ、そしてその魔王を、大勢の侍女とバラスが押さえ付けていた。

 ローゼルフォートはため息をつく。


「先程までの、謁見までが限界だったのか?」

「さっ、左様にございますっ。戦勝の祝贈にいらしたっ、ヤマト天皇国使節団との謁見ではっ、魔王らしくとっ、我慢してらしたようなのですがっ、色々限界だったらしくっ、私室に戻った途端スポポポーンしようとなさいまして――ぬぉお?!」


 うりゃっ、という魔王の掛け声に、普段は余裕の笑みを崩さないバラスの慌てた声が被り、更にきゃっ?!! という侍女達の悲鳴も被る。


「――なんだ?」


 虚を突かれたローゼルフォートも驚く。

 魔王を押さえ付けていたバラスと侍女達は、握り締めていた宮廷正装が、『何故か空っぽになった』のに驚きながら、それぞれ前のめりになってよろめいていた。


「――はっはっは!! 脱出完了!!」


 ―― 一体どうやったのか、魔王は丈の長い腰布(パンツ)一枚になって、侍女達の包囲網から転がり出ていた。


「見ろ見ろローゼルフォート!! ヤマトのニンジャ直伝!! 縄抜けテクニックの応用だぜ~!!」

「待て、お前いつヤマト天皇国使節団の護衛に付いていた特殊部隊などと、接触したんだ?」

「ああ、なんか昨日客室の天井裏に張り付いてたから、全員俺の部屋に『招待して』話を聞いた。中々楽しかったぞっ♪」


 特殊部隊兵(ニンジャ)が捕まるなよ……とローゼルフォートは思ったが、色々規格外な魔王に目を付けられた彼らが不幸だったのだろうと同情もする。

 

「――まぁそれはいい、とにかく服を着ろこのバカ王」

「ハハハン♪ いやだね、折角自由への逃走を成功させたのに~。判ってる判ってる、次の謁見時間にはちゃんと着直すって~♪」

「魔王陛下、いけませぬ」

「魔王陛下、どうかお召し物を」

「魔王陛下、お戯れが過ぎますっ」


 よほど重苦しく華美な宮廷服が嫌だったのか、魔王は活々した表情で、服を持って追いかけてくる侍女達から逃げ回った。――なお素早さが低いドワーフであるバラスは、とうに諦めて曲がった腰を叩いている。


「……この阿呆が。……まぁいい……あと少しの自由だろうからな」

「え? なんか言ったか~ローゼルフォート~?」

「なんでもない。……だが魔王、お前の装束一つとっても、国の威信を示しているのだという事を忘れるなよ」

「イシン~? ふふん、くだらない」


 そんな様子に呆れるローゼルフォートの言葉に、魔王は立ち止まると、追いかけて来た侍女達をまとめて抱き留めて笑い返した。

 きゃっ、というやや華やいだ悲鳴が小さくあがる。


「精強で統制が取れた国軍に、外敵に殺される事も飢える事もない、安定した国民生活、それを支える産業と貿易。――これ以上俺が外に威信を誇れるモンなんてねぇよ」

「……」

「俺はキンキラしたモンなんていらねーの。そんなもんに金回すくらいなら、国に庶民が通える学校増やした方がましだね。――それにほら、そんなもん無くても、俺って充分にいい男だし?」


 際立った美形種堕天魔族(フォルディノー)である魔王に微笑みかけられ、腕の中にいた侍女数名は、思わずなのか揃って顔を赤らめ、そわそわとし出した。


「……」


 そんな様子を冷めた目で見ながら、ローゼルフォートは平坦な声で返す。


「……良い話に持って行こうとしていても、お前が面倒な服を着たくないという本音は隠せないからな」

「チッ」


 ばれたか、とぼやいて魔王はうんざりした表情になった。


「それでもよ~、人族(ヒュー)と比べると、魔族(ディノー)の服って全体的に派手で金かけ過ぎってのは本当だろ? レースとか宝石とか刺繍とか、もっと節約推奨した方がいいと思うんだぜ? そしたら王宮の予算にももっと余裕が出るじゃん?」


 一理あると思いながらも、やや合理に走りすぎる魔王に、ローゼルフォートは宰相として反論しておく。


「あの辺りの産業を衰退させても、国のためにはならん」

「む……」

「ドワーフ族の彫金にアクラネ族のレース編、エルフ族の刺繍、その他諸々。皆安い輸入素材で莫大な利益を生む、貴重な外貨獲得技術だ。それを君主たるお前が、ないがしろにしているという印象を与えてはいかんだろう」


 痛い所だったのか、魔王はやや目を泳がせた。


「い? い、いや、俺は別にないがしろにするとは言ってないぜ? 俺の趣味じゃないと言ってるだけで……」

「身に付けない、という事実は、そういった憶測を招く。……そうだろうバラス?」

「さように御座いますなぁ。魔王陛下に作ったものを身に付けていただける、というのは、製造者側にとっても名誉であると同時に、この上ない宣伝になりますからな。……それを全く身に付けたくない……とおっしゃられるのは……」

「う……うー……面倒臭ぇ」

「そういうものだ」

「そういうものでございますな」


 がっくりと肩を落とす魔王に、ローゼルフォートとバラスは返す。

 実利合理だけでは立ちゆかず、数々のしがらみと常に付き合っていかなくてはならないのが、国政であり君主というものだった。


『……それでも、こいつは良くやっているがな』


 その中で足掻きながらも必死で国をまとめ上げ、人族との争いに勝利した、義弟でもある魔王を、ローゼルフォートは宰相として出来る限り支えたいと思っていた。――調子に乗るので、口に出すつもりはなかったが。


「……まぁそのがんばりに免じて、今日のパンツ一丁半裸は、あいつの仕置き一回で勘弁してやろう」

「あ? 仕置きって何言ってんだローゼルフォート? ……ってか、お前なんでここに来たんだ? 謁見終わったら、自分の執務室で仕事するって言って……たよな?」


 話している内に嫌な予感がしたのか、魔王はやや引きつった顔でローゼルフォートに聞き返した。

 期待に応えてやろうと、ローゼルフォートは怖いと噂される鋭い目付きの顔貌を冷笑で歪めてから、魔王に一礼する。


「――魔王陛下、宰相ローゼルフォート、魔王后陛下のお召しにより、参上致しました」

「――え――セレス――の――……」


 言いかけた魔王の声は、魔王后陛下のお帰りでございます、という侍女の声で遮られた。


「……え」

「……」


 ここは夫婦の共同私室である。外部からの来客がある時ならばともかく、そうでなければ、部屋を開ける侍女も、一々外から魔王に確かめたりしない。


 ――つまり魔王后セレスティンは、パンツ一丁で数名の侍女を抱きかかえている状態の、魔王の後ろに、既に立っていた。


「……まぁ陛下……謁見を終えたとはいえ……昼間からそのような恰好で……」

「……せ……セレス……さんっ」

「しかもまだ未成年の、後宮に入らせる予定でもない、花嫁修業として王宮に上がった娘御達をそのように……いけませぬ……いけませぬなぁ……」

「ちちち違うぜセレスっ?!! ここここれはそんなんじゃなくてな?!! おおおおいローゼルフォート!! バラス!! 誤解って言ってくれよ!!」


 ゴゴゴゴゴッと音を立てて、高まるセレスティンの魔力によって震動する空気を避けるように、ローゼルフォートとバラスは並んで深々と頭を下げる。


「……無力な老骨をお許し下され魔王陛下」

「……少しの自由と引き替えにお気の毒でございます魔王陛下」

「おぉおい?!! お前ら何さりげなく頭下げながら逃げてるわけ?!! あ、侍女達は下がっていいぞ、ってセレス怖い!! 吹き出す殺気が怖い!! ま――待――っぎゃああああああああああああああああああああああああああっ?!!」


 ――魔王の必死の制止は、稲光を思わせる閃光と衝撃によって、絶叫に変わった。

 ――その絶叫から逃げながら、侍女達はあの巻き込まれると怖い夫婦が住む後宮にだけは、決して入るまいと心に誓った。



「……実は先程、クローディに付けた影供からの魔話術(ビューフォン)報告がありまして」

「えっ、本当かセレスっ」

「……何か問題でも起こったかセレス?」


 騒動後。全ての侍女とバラスを部屋から下がらせたセレスティンは、魔王とローゼルフォートと共に応接間の机を囲んでソファに座り、白い紙を取り出し頷いた。


「実は……カトラ王国とバース連合国の国境沿いの街道で、クローディの乗った馬車を含める、街道馬車の一団が、襲撃されました」

「なんだと?! セレス!! クーちゃんに怪我は?!」

「クローディは無事です」

「そうか……早速 人族(ヒュー)が、俺の娘を襲ったのか?」

「敗戦国の手のものか? ……だとしたら、我々もなめられたものだ」


 セレスティンの言葉に、魔王とローゼルフォートは表情を尖らせ、剣呑な雰囲気を纏って返した。――ただし魔王は魔法攻撃被害により髪が爆発しているので、緊張感は全く無い。


「……いいえ、今は裏付けの最中ですが、おそらく狙いは『魔王女』ではなかった、というのが影供達の報告です」


 そんな二人を前に、魔王后は優美な物腰を崩す事無く、二人の懸念を否定した。


「ん? って事は、他に狙われた奴がいたのか?」

「はい。馬車の一団の中に、ギスモー王国のルドルフ第一王子と、クラリッサ第一王女、そしてゼーレ教修教派の、クラウスベル大神官がおられたそうです」

「ギスモー……あの正妃派と第一王子派の対立で、荒れていた国か」

「幸か不幸か、国内が荒れすぎてたせいで、今回の戦争に参戦できなかったんだよな。……あそこの僧兵団精強だもんなぁ、参戦しなくて、魔国にとっては幸運だったぜ」


 夫と兄に頷き、セレスティンは続ける。


「犯人である人族(ヒュー)領域在住のゴブリンシャーマンの自供通り、襲撃はギスモー正妃派の差し金だったと考えるのが適当でしょう。……勿論そうでない可能性もありますので、調査は続けるよう命じましたが」

「それがいいだろう。……どこかで敗戦国の関係者が絡んでいた可能性もある」

「陰謀に他の陰謀が絡むのは、良くある事だしな。……とにかく、クーちゃんが生きててよかったぜ」


 セレスティンは、安堵する魔王に幸運でしたと返し、報告が書かれた白い紙へと視線を落とす。


「……ですが、次危険な目に遭ったら、上手く守れないかもしれない、とも報告されました」

「なんだよ、魔王后の影共ともあろうものが、随分弱気だな。そんなに敵が手強かったのか?」

「手強かったのは、敵ではなく魔王女殿下……クローディだったそうです」

「あ?」

「クローディは最初は安全な馬車の中にいたのですが、魔狼ガルム他を引き付けて逃げ出した護衛の魔法剣士を助けるために、馬車を降りて飛び出して行ってしまったそうです」

「へぇ……」

「なっ!!」


 魔王は驚き、ローゼルフォートは驚愕した。


「魔王女殿下が危険の中を飛び出しただと?!! お前の影供は何をしていたんだセレス!!」

「無論追いかけましたが……とにかくクローディの足が速くて、追い付いた時には、クローディが羽根で、ガルムを殴りつけて一発KOしていたそうです」

「おおっ、流石俺の娘だなっ!!」

「喜ぶなバカ王!! 仮にも魔王女がそのような危険な事を!!」

「……その時の報告をそのまま読みますと、こうです」


羽根パンチ一発でボス死んだにゃー

姫様強過ぎにゃー

護衛いらないにゃー

むしろタマ達が護衛欲しいにゃー

お休みも欲しいにゃー

疲れたにゃー

眠いにゃー

遊びたいにゃー

にゃー

にゃー


「……セレス」

「なんでございましょう兄上」

「もしかして、魔国の特殊部隊も派遣した方がよかったか?」

「…………あれで腕は良い娘達なので、大丈夫です」

「……セレス」

「なんでございましょう魔王陛下」

「お前がニャーニャー言うのって、なんか可愛いなっ♪」


 無詠唱の攻撃魔法が魔王を襲った。


「このようなときに、何をおっしゃいますか陛下」

「なんでだよっ?! 可愛いって褒めたんじゃん?! 嫁が可愛いって嬉しいじゃん?! 更に猫耳とか猫シッポとか付けたら最高じゃん?! むしろベッドでヤッてくれセレス!!」

「お断りします」

「速っ!! 一瞬くらい考えようぜ?!」

「当たり前だバカ王!! 妹は正妃であり国母だぞ!! そのような破廉恥な遊戯は閨であっても許されるものか!!」

「ちぇー……旦那が喜ぶぜ、って言ったら、お前の妻は喜んで『やってみますっ』って言ってたのになー」

「妻がトンチキな恰好で閨にいたのはお前のせいかぁあああああああ?!!」


 ローゼルフォートは、本気で心配した夫人の奇行の原因を今知った。


「あはははお前の妻、素直で可愛いよなー。……セレスも俺に、もっと素直に甘えてもいいんだぜ?」

「お断りします」

「だから速いって。ちょっとくらい迷えよー」


 少々不満げな魔王に穏やかな笑みを返し、魔王后は報告を続ける。


「……問題は飛び出した後です」

「ん?」

「クローディは、合流した自分の護衛と話し合った末、今後は護衛達と共に、戦う事を決心したそうです」

「……本当か?」

「なんだそれは?!」


 やはり魔王は驚きながらも冷静に、ローゼルフォートは激昂してセレスティンの言葉に反応する。


「巫山戯た話だ!! 仮にも王族が自分の身を守るなど!! なんのための護衛だ!! 足りないなら増やすようお前から言えセレス!!」

「残念ながら、人族(ヒュー)領域での雇用は、あの子に任せると魔王陛下が明言しておりますれば」

「っ――ルシェル!! お前このような暴挙を認める気か?!!」


 興奮のあまり魔王を幼名で呼ぶローゼルフォートに、魔王は笑って言い返す。


「落ち着けよ、『ロゼ』」

「っ……失礼しました、魔王陛下。……ですが護衛と共に戦うなど、到底魔王女として相応しい行いとも思えません」

「そうか? 危ない奴を見捨てて馬車の中で縮こまってる方が、よほど魔王の娘らしくねぇと俺は思うぜ」

「そのような!! ――……」


 否定しようとしたローゼルフォートは、だができず、眉根を寄せて黙る。


「……お前も知ってるだろローゼルフォート。この魔王の国はよ、初代魔王が傷付き居場所を失った魔属の者達を、ここで守るって宣言して建てたもんだ。だから魔王は、傷付いた仲間のために、戦う度胸がなきゃ務まらねぇ」

「仲間など……たかが雇った護衛、しかも所詮人族(ヒュー)ではありませんか!!」

「そうだ、雇った、たかが人族(ヒュー)。……ちっぽけなそいつが、クローディの怯えて子供に戻っちまった心に、戦うって覚悟を芽生えさせたんだ。俺はそいつに感謝するぜローゼルフォート」

「……陛下」

「ははははは!! この短期間に、そこまで俺の娘に気に入られるとは、あの魔法剣士やるじゃねぇか!! むっかつくぜー!!」


 魔王は機嫌良く歯を剥き出すと、声を上げて笑った。


「――あ、だからってクーちゃんに不埒な真似をしようとしたら、その場で殺っていいぜ!! セレス、その辺は影供共に厳命しとけ!!」

「仰せのままに、魔王陛下」

「お、お待ちを陛下!! 本気で魔王女を戦わせるおつもりか?! 唯一の御子を!! 直系王位継承者を!!」

「そこで怯んでたら、そもそもまだまだ危ないこんな時期に、見聞の旅なんかに出さないっつーの」

「ぐっ……そ、それは……っ」

「……なに、あいつは自分で思ってるよりずっと強いし人を見る目もある。きっと一回り大きくなって、この魔国へと戻ってくるさ」

「婿取り前に、お顔に傷でもついたら!!」

「名誉の勲章だと、俺が褒める。――ってか、顔の傷程度で怯むようなタマ無し野郎、はなっからクーちゃんの婿にする気ねーし。な? セレス」

「そこは気を付けて欲しいところですが……あの子の決心を、妾も信じましょう」


 そう言って微笑むセレスもまた、クローディの旅に迷いは無いようだった。


『……いかん……魔王に毒されているぞ妹よ……そのバカのストッパーになるようにと、お前を教育して嫁がせたというのに……クローディ……せめて閨を共にする後宮の男達が怯むような、大怪我はするなよ……』


 剛胆バカな魔王夫婦を恨めしい表情で見ながら、ローゼルフォートはかなり真剣に、魔王女の無事を祈った。


「……にしても、自ら魔狼ガルムを引っ張って逃げるとは、あの東方の魔法剣士……ザイツだったか? 相当な胆力と実力の持ち主か……それとも実力差も判らないバカか?」


 そんなローゼルフォートの心配を他所に、魔王はボスを引き受けた護衛に興味を抱いたようだった。


「さて……ただ報告によると、一騎打ちでも今回の乱戦でも、かなり戦い慣れているように見えたそうです」


 魔王の問いに、魔王后は紙を読みながら答える。


「なんでもあの魔法剣士は、人を軽々飛び越えるような跳躍力で敵陣に突撃し、体術(スキル)と攻撃魔法(スペル)を同時に唱え、ガルムでも中々追いつけないほどの高速で走りながら戦況を引っかき回した超人ぶりだった、そうです」

「おい待てセレス。それ、色々混じってるだろ?」

「混じっております」


 魔王后はやや楽しそうに、種明かしをする。


「人間離れした素早さと跳躍力は、クローディが貸し与えたエルフの織り布マントによるもので、高位の暗黒魔法は、腹に隠して守っていた魔烏(クローメイジ)カンカネラの仕事だったそうです」


 魔王后の言葉に、ローゼルフォートは呆れた表情になる。


「なんだ、所詮ただの人間か。……あの小さな魔烏の力まで借りるとは、危なっかしい話だ」

「はははは」


 魔王は笑い、ローゼルフォートに目を向ける。


「お前だったら、あのチビカラスの力は借りないか?」

「当然でございましょう魔王陛下。一発刃が擦ったたけで死にかねない、脆弱な魔獣の力を借りなければならないほど、私は落ちぶれてはおりません。あれは魔王女殿下の愛玩用ペットです。戦力として考える方がおかしい」


 魔国の支配者階級、堕天魔族(フォルディノー)としての優越を滲ませ、ローゼルフォートは断言した。

 その言葉に頷きながらも、魔王はふと笑いを消し、静かに言う。


「だよな。――『俺達』なら、そう考えるよな。だがあの人族は、そう考えなかった」

「弱いからでしょう」

「そうだ。――人族は弱いから考え、俺達には思わぬ打開策を得る。――だからこそ侮れない」

「……陛下」


 ――人族は侮れない。我々魔族は、もっと人族から学ばねばならない。

 それは人族領域に何度も足を運び、自ら人族達と関わった魔王が得た、強い確信だった。


「……それは、判っております」

「うん、お前が理解してくれてて助かってるぜ。なにせプライドがバカ高過ぎて、敵の長所が認められない奴、この国の重鎮には多すぎだもんな」


 それを全面的に賛同はできなくても、理解できる部分があるからこそ、ローゼルフォートも魔王の人族との共生路線を支持している。

 ――だが、それを理解していない魔国の有力者が多いのもまた、魔国の現状だ。


「……やっぱ似てるよなー、姿とか武器とかもだけど……なにより考え方が、あのザイツとか言うガキ……思い出してみると、本当にあいつに似てる」


 まだまだ難しい舵取りの中を進んでいる魔王は、再び表情を和らげ、懐かしいと呟く。


「……前言っていた、昔会った奇妙な傭兵の話か?」

「おー。……いや、あいつ傭兵っちゃ傭兵だったんだけど、剣の持ち方とか変だったし、どう見ても戦い慣れてないのに、色々頭使って、変な作戦捻り出して、なんとか切り抜けてたんだよなーって」


 そう言うと魔王は立ち上がり、壁に立てかけてあった腕の長さほどの片手剣を取り出すと、それを両手で握り締め、前屈みになって構えた。


「――ほらっ、変だろ?」

「? ……なんだそれは? 動きにくそうだな」

「ところが軽装備だと、意外にそうでもねぇんだ。あいつがやってた剣の構え。――えーと……なんだったかな……そうそう、『べーすぼーる』流の、『ほーむらん』の構え、とか言ってた」


 振り抜くスピードは中々良かったぜ、と笑いながら魔王はそれを鋭く振り抜くと、ほーむらん、と言って笑う。


「……まさか……親子か? ……ありえるが、あいつは生きてんのか? ……惚れた女と一緒に……遠いっていう故郷に帰れたのか……?」


 魔王の一人言に、ローゼルフォートは困ったように眉根を寄せ、魔王后は静かに微笑みを向けた。









魔王「そういえばお前の嫁、今夜は裸エプロンでがんばるらしいぞっ」

ロゼ「妻にお前の変態趣味を吹き込むなぁあああ!!」

魔王「嬉しいくせに~♪」

セレ『……妾がやったら……陛下は喜ぶのだろうか……』



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