24 街道を進むが何かがおかしい⑥
「!! ――逃げろ!! おいクソ狼俺はこっちだ!!」
「――っ」
何故こんな所に、と尋ねる暇はなかった。
ザイツは痛む身体で必死に両手剣を掴み、キョウの目の前に迫るガルムを挑発した。
「くそ!!」
【グァアアアアアアアアアアアアアア!!】
だが怒りで我を忘れているのか、ガルムはザイツを視界にも入れず、突如目の前に現れたキョウにそのまま殺意を向け、牙と爪でキョウを引き裂こうとする。
「えっ――きゃっ?!」
――だがその途端、キョウの周りで竜巻のような強烈な突風と轟音が起こった。
「……えっ?」
「……えっ? ……あれ?」
キョウは自分の目前でガルムが突然殴り飛ばされたように吹き飛び、崖に叩き付けられたのを見上げ、不思議そうに首を捻った。
「い……今……何が起こったんでしょうか? 何かブンッて……ドカンッて……どこかにぶつかったような感触はあったんですが……」
「……」
ガルムはもう、ピクリとも動かない。完全に戦闘不能状態になって、岩場に転がっている。
――何が起こったのか、キョウは判らないようだったが、ザイツには判った。
「……羽根だ」
「……え?」
「キョウ姫、あんた今、自分の羽根でガルムをぶん殴って、崖に叩き付けたんだよ」
堕天魔族の羽根には、それだけの力があった。――身を守るため、キョウが無意識に羽根を動かしたのだろう、とザイツは察する。
「え……あ……ああーっ! こ、これですか!!」
キョウは魔具によって消えている自分の羽根の存在を今思い出したのか、納得したように、見えない羽根を羽ばたかせているようだった。
ブンブンという風切り音と共に、強烈な風圧がザイツにまで飛んでくる。
「やめろ、草むらに転がってるバカラスまで吹き飛ぶぞ」
「ええ?!! ――あっ!! カンカネラさん!! 大丈夫ですか?!! カンカネラさん!!」
「……そいつは、魔法の消耗で気絶してるだけだ」
「……あ……よかった……っ」
風圧で転がるカンカネラを見つけ、慌てて抱き上げたキョウは、カンカネラがただ気絶しているだけなのに気付き、大切そうにその小さな身体を抱きしめた。
そして不安そうな瞳をふらつきながらも立ち上がるザイツへと向け、おずおずと尋ねる。
「……ザイツさんは……」
「俺も、ほら立てる。とりあえず死にそうな怪我はねぇよ。……今……助けられたし」
「……よかった」
ザイツの言葉に、もう一度呟くようにそう言うと、キョウはザイツから目を逸らすように俯き、そっと微笑んだ。
「……」
よく見れば、木の枝に引っかけたのか、キョウの上等なローブにはあちこちほつれができ、露出している顔や手にも、擦り傷のようなものができている。
「……追いかけて来たのかよ?」
「……はい」
「……ケイトは?」
「……知らないと思います……。……その……こっそりと……馬車を抜け出しましたから……」
「……」
自分を助けるために、一国の王女であるキョウが、たった一人でここまで来てくれた。
その事にどう反応すれば良いのか判らず、ザイツは黙り込む。
助けられて怒るのは違う気がした。だがキョウの行動を喜ぶのも、やはり何かがおかしいと思う。
「……ザイツさん」
そんなザイツの葛藤に気付いたように、キョウは顔を上げるとザイツを見返して、言葉を選ぶように訥々とザイツに言う。
「……まずは……すみません」
「え?」
「ちゃんとした……お姫様やってやなくて……すみませんっ。……私……守られなきゃいけないんですよね……なのに……勝手な事して……」
「ああ……それはその……今回は俺も助かったし。……今度から大人しくしてくれれば……」
「すみませんっ! ……でも私――これからも大人しく――できないと思うんです……っ」
「え……」
意外な言葉にザイツが驚くと、キョウは戸惑うように胸に抱くカンカネラへと視線を落とし続ける。
「私……ザイツさん達を守りたいです。私の力になってくれている皆さんを、やっぱり死なせたくないっ」
「だから俺達は、そういう仕事だ」
「それは、判ってます。……でも……やっぱりやだ……こんなの……無理ですっ」
「姫……」
「だって私――本当は――皆さんに守ってもらえるような立場じゃないのに……っ」
「……え?」
意味が判らず聞き返すザイツにそれ以上続けず、キョウは気を失ったカンカネラを抱きしめて、その羽毛に顔を埋める。
「……ごめんなさいカンカネラさん……こんな怖い事があるなんて……私よく判ってなかったの。……あなたはとても恐がりなのに……こんな怖い事させて……戦わせて……私なんかのせいで……」
キョウの声は震えていた。
泣いているのかと憐憫を抱いたザイツは、だがそうでないと内心で首を振る。
キョウに今言わなければいけない事は、慰めではないとザイツは判った。
「――やめろ姫」
「……」
「上に謝られても、下はムカつくだけだ」
「――っ」
キョウの肩が、小さく震えた。
構わずザイツは、下側からの意見を言う。
「あのな姫、下ってのは俺みたいな金目的だろうが、バカラスみたいなチューギ目的だろうが、とにかく上に従って働くんだ。それで下が欲しいのは、従った目的に添った報酬だ。憐れみや罪悪感じゃない」
驚いたように、キョウがザイツを見返す。
「必死に働いて、戦って、そのあげくに『ごめんなさい、本当はそんなことして欲しくなかったの』なんて言われて、嬉しいヤツがどこにいるんだよ? そんな事言う泣き顔のあんた見て、そのバカラスがどんな気持ちになるんだよ」
「……」
「ビビりながらも戦ったそいつに報いたいなら、絶対謝るな。どんなに苦しくても、そいつが目を覚ましたら、笑って礼を言ってやれ。……それが多分、そいつにとってのなによりの報酬だ」
そのバカラス――カンカネラは、あんたの騎士だからな。
そう顔をしかめながら言うザイツを見つめたキョウは――やがて涙を堪えるような表情で、微笑む。
「……ザイツさんって、全然違うのに、魔王陛下と似たような事を言う」
「ん? そうなのか?」
「……魔王陛下も、どんな凄惨な戦跡を見ても、絶対魔王女であるお前が謝るなっておっしゃいました。……それは魔王を奉じて戦った全ての兵達に対する、侮辱だからって」
「ふぅん……侮辱とかはよく判らねぇが、あの変態全裸がそんな事言ったのか」
変態全裸はひどいな、と返して少し笑みを深めたキョウは、腕の中で眠るカンカネラをもう一度見つめ、静かに言う。
「……厳しいですね」
「敗戦国に着いたら、多分もっと厳しくなるぜ」
「そ……そうですよね。……でも……『魔王女』なら……我慢しなきゃ……駄目なんですよね。……魔王女を守るためについて来てくれた……この子のためにも」
震える小さな声は、それでもはっきりとザイツに届いた。
ザイツは少しだけ口元を緩め、そして言う。
「……それで、あんたを支援回復として数えていいのか姫?」
「――え」
「色々考え込んでたようだが、こんなとこまで飛び出してきたんだ。俺達を守りたいってのは本気なんだろう?」
問われ驚いたように目を見開いたキョウは、慌てて何度もザイツに頷く。
「だったら無茶されるより、最初から俺の後ろにいてくれた方が、俺もあんたを守りやすい」
「……ご迷惑では、ないんですか?」
「まぁ、あんたに何かあったら首が飛ぶな。……でも考えてみれば、今回みたいにあんたを襲って来た連中に負けても殺されるだろうし、状況のヤバさはあんまり変わんねぇかも」
そう言ってザイツが目を向けた先には、岩山で潰した魔物群と、おかしな方向に首が曲がったままぴくりとも動かない、ガルムが在った。
ザイツ同様視線を向けたキョウは、その強烈な光景に息を飲む。
「……だから、助けてくれるかキョウ姫?」
「……はい、ザイツさん」
だが再び怯える事も泣く事もなく、キョウはザイツを見上げ、しっかりと頷く。
「じゃあ頼む」
そんなキョウを見返し、ザイツも頷いた。
――その頃、襲撃者は混乱していた。
たかがネズミ一匹で何故こんな事に?
すぐに叩き潰して馬車を追えば、間に合ったはずなのに。
殺せたはずなのに。
殺――殺さなければならない。
依頼を受けてしまった以上、標的は殺さなければならない。
さもなくば、情報漏洩を恐れる依頼主に、こちらが殺されてしまう。
殺さなければ。
――あの王位継承者だけは――絶対に殺さなくては!!
「――姫!!」
「ひえっ?!! 狼が――う――動いて!!」
突然ガルムの腹だけが、ビクビクと不自然に蠢き始めた。
気付いたザイツは咄嗟にキョウを背後に庇い、両手剣を抜いてガルムの様子を伺う。
「――なんだありゃ?!!」
その視線の先で繰り広げられる奇妙な光景に、ザイツは思わず声を上げる。
ガルムの深い腹の体毛をかき分けるように、小さく醜い何かが、ガルムの中から這い出してくる。
「あれは――ゴブリンシャーマン?!! ――あいつが術者か!!」
「あ、あの大狼の中に隠れてたんですかっ!!」
ドス黒い額に埋まった真紅の宝珠、尖った耳、ギョロリと大きい瞳、曲がった鼻、裂けるように大きな口、そして曲がった身体に細い手足。
ザイツの胸ほどしかないゴブリンシャーマンは、その醜い顔を叫んだザイツとキョウに向け、武器だろう杖を構えながら、鬼気迫る表情で叫ぶ。
【グ――人族風情が邪魔をするな!!】
「――っ!!」
直接キョウを狙う気か、とザイツはゴブリンシャーマンを斬り殺すための間合いを図った。
だが魔力で輝く杖を握り締めながら、ゴブリンシャーマンは更に叫ぶ。
【貴様も!! 貴様の後ろにいる女も武器を捨てろ!! 戦争で人族が負けたのを知らないのか!! この大陸はこれから全て我ら魔族のものとなる!! 貴様ら人族が我々に逆らったら!! 魔王陛下に殺されるぞ!!】
「……え?」
「……え?」
珍妙な言動にあっけにとられ、思わずザイツとキョウは揃って戸惑った。
「……ハッタリ、だよなぁ?」
「……ええ。魔王陛下は人族の国をこれ以上征服しようなんて、考えてもいません。むしろどちらかというと、貿易的な意味で仲良くしたいと思ってます」
そう言ってましたもん、と怯えもせず答えるキョウに、ゴブリンシャーマンが癇癪を起こしたようにキィキィと鳴き、叫ぶ。
【なんだと女!! 知ったような口をきくな!! 何様だ貴様!!】
「……こういう者ですが、あなたこそなんなんですか?」
左手に付けていた腕飾りを外したキョウに、魔国の支配者階層の証しである、純白の羽根と真紅の角が現れる。
【ひ――ひぃいいいい!!! まさか堕天魔族?!!! 何故こんな人族領域なんかに?!!】
その姿に、ゴブリンシャーマンは腰を抜かさんばかりに驚愕した。
「……?」
「……?」
そしてザイツとキョウは、再び揃って困惑する。
『何故こんなって……魔王女を狙って来たなら、魔王女がここにいるって判ってたはずだろう? ……こいつなに慌ててるんだ?』
何かがおかしい。そう感じたザイツは、とりあえずゴブリンシャーマンを捕らえて、この場の安全を確保しようと考えた。
「――っ?」
――だがその行動開始は、遠くから聞こえてきた馬の嘶きと車の音、そして日が落ちた街道を照らす馬車の灯りに気付いた事で、ワンテンポ遅れてしまう。
『あれは俺達の街道馬車一団――げ?!!』
【――吸血犬!! 来いぃ!!】
ザイツ達とゴブリンシャーマンの間に割り込むように飛び込んできたのは、ゴブリンシャーマンに操られたらしい、一匹の大柄な吸血犬だった。
「来るか――っておいこら?!!」
吸血犬で攻撃される、と警戒したザイツは思わず叫ぶ。
ゴブリンシャーマンはザイツ達の事など忘れたように吸血犬へと飛び乗ると、馬車に向かって突撃した。
【命を――王位継承者の命を奪えばぁああああああああ!!】
「えぇえ?! ちょっと待ておい?!!」
「王位継承者って――もしかして――私じゃないんですか?!!」
思い当たった事実に、ザイツとキョウは絶叫する。
大掛かりな襲撃を、ザイツとキョウは『魔王女』を狙う犯人の犯行だと今まで思っていた。――自分達以外に、大掛かりな襲撃に遭う者があの一行の中にいるなど、考えてもみなかった。
だがそれが間違いだったと、今ようやく悟る。
「た――大変!! あああのゴブリンシャーマン魔法を!! かなりの大魔法を詠唱してます!!」
「あー!! 杖の輝きで判るぞ!! ――ってこれまずくね?!! 馬車の連中がまずくね?!! ――ぐっ!!」
慌ててゴブリンシャーマンを追おうとしたザイツは、身体中に覚えた激痛に硬直する。――先程キョウに突き飛ばされ、岩山に激突した際のダメージだ。
「ざざザイツさん!!」
「や――やべ――足が動かね――」
「ど――どうしよ?!! どどどうしよ――どうすれば――」
慌てるキョウの目に、ゴブリンシャーマンが魔力で輝く杖を掲げ、詠唱を完了させようとしている。
「ザイツさん――動かない――動く――飛ぶ――!!」
「え――ちょお姫――おま――それはちょ――待ッ――!!!!!!」
一瞬の判断、もしくは暴挙だった。
「そいやぁああああー!!」
「ぎゃあああああああ?!!」
――キョウは反射的に片手で『ザイツを掴み』、ゴブリンシャーマンへと投げ飛ばしていた。
【――ひげぇああああああああああ?!!】
そして魔族の頂点に立つ堕天魔族の腕力は、狙いの寸分違わずザイツを、魔法を撃つ寸前のゴブリンシャーマンに、見事激突させた。
ガゴン!! という壮絶な激突音と共にぶつかり合ったゴブリンシャーマンとザイツは、そのままゴロゴロと転がり、走っていた一台の馬車の横腹へと激突する。
【も……もう少し……だったのに……この馬車の……中に……ぐはっ】
「こ……この馬車って……」
突然飛び込んで来たゴブリンシャーマンとザイツに馬車が止まり、御者台から誰かが――モンクが跳び降りてくる。
「りょ――両手剣士殿、生きておられたか!!」
「お……王位……継承者って……あ……あんたの……馬車の……ガキ達の……事だったの……かよ……!!」
最後の力を振り絞り、馬車から降りてきたモンクにそう言うと、ザイツはその場にバッタリと倒れた。
「……爺……その人……死んだのか?」
「……一応……兄様とわたしを……助けてくれたのよね? ……大丈夫?」
馬車の窓からそんなザイツを見下ろした金髪の少年少女達は、心配そうにザイツの安否を尋ねた。
「ふむ……大ダメージですなぁ」
ザイツを確認したモンクは――エルフの織り布マントが無ければ即死だったろうな、と思った。
「ざ――ザイツさぁああああああああああん!!!」
キョウは叫んだ。
今回最大の功労者――エルフマント




