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2 魔王と対面したが何かがおかしい


 衝撃的な自己紹介を聞かされたザイツは、落ち着くため食事をしていた。


 キョウから渡された薄切りの腸詰め肉と炒めた野菜が挟まれた黒麦パンのサンドイッチは、シンプルだがボリュームがあり美味しかった。勘違いされた事を少しだけ感謝しながら、ザイツは街道の端でキョウと並んで敷物に座って、サンドイッチを食べる。


「水もどうぞザイツさん。一本あげます」

「どうもキョウ姫。……なんだこれ? 木か? 面白い水入れだな」

「竹に近い木が生えていたので、木工細工が得意なダークエルフさん達に作ってもらいました。皮袋に水を入れるよりは、飲みやすいです」

「タケ? ……まぁいいか。そういやダークエルフも魔族ディノーだったな」

「物静かで優しい方々ですよ。それに手先が器用で、歌声も素敵なんです」

「優しい? ……へぇ?」


 強力な弓技と支援魔法で前衛を援護しながら人間を次々と屠る凶暴な姿しか知らないザイツは、適当に相づちを打ってもらった水を飲んだ。木の爽やかな香りが染みた水は、とても美味く感じる。

 

「……爽やかで落ち着く水だな。……それでキョウ姫、落ち着いた所で仕事の話を再開したいと思うんだが」

「はい、構いませんよ」


 口の中のサンドイッチをきちんと飲み込んだ後、キョウはこくりと頷きザイツを見返した。

 凍り付くような微笑を浮かべ鞭を弄びながら、靴の踵で男を踏みつける姿が似合いそうな鋭利で妖艶な美貌の持ち主がそういう仕草をすると、妙な子供っぽさが強調される。


「あんたらの説明によると、もう人族と魔族の役人達はそれぞれの領域を行き来して、戦後処理に当たっているんだったな?」


 キョウはもう一度素直な様子で頷き。ザイツに答えた。


「はい。軍属の捕虜や連行されたひと達の帰還、それにそれぞれが占領した境界領土の取り決め、あとは強奪された貴重品などの返還などなどを、終戦で結ばれた協定に従って進めている状態ですよ。当然用事ができれば仕事している者達はどちらの領域にも行きますし、許可証があればそれを咎められたりしません」


 これですよ、とキョウが取り出して見せた通行許可証には、書かれた言葉がそのまま契約となる本人以外所持不可能な魔法がかけられていた。国が発行している冒険者の許可証と同じタイプであるそれを確かめたザイツは、とりあえずその許可証と、そこに書かれているクローディ・アヌファス・ルブラン・ノーア・フォン・ウィッヒ・ヴィラド・ティレンツァイザード・ミスクリフォン・アーデルベルヒムというキョウが最初に名乗った名前はニセモノではないと確信する。


「……あ、本当に身分が第一魔王女になってる。……本当に本物の姫様なんだなキョウ姫」

【当たり前であろうが!! お前ごときが疑う事自体本来なら不敬罪ぞ!!】


 突き出した嘴をかわされた魔烏クローメイジのカンカネラは、プンプンと怒りながら怒鳴る。


【というかだな!! 何故お前は戦後処理が進んでいる状態の両領域の事情を知らんのだ!! 魔の領域では城下町の広場で遊んでる子供達すら知っておるぞ!! いくら下々とはいえ情報に疎過ぎだろう!!】

「悪かったな。三日前までクエストで山の洞窟に籠もってたんだ。パーティーを組んでた連中も当然知らなかったから、みんな驚いてたよ」


 生活用品の補充で麓の村に数度降りた以外他人とまともに話す事もなかった日々をうんざりと思い出しながら、ザイツは頭を突いてきたカンカネラを手で払う。固い嘴は結構痛い。


「だからさっきクエスト完了した酒場で戦争が終わった事を聞いて、これからどうするか考えてたんだよ。……戦争が終われば、間違い無くこれからの仕事も収入も減るからな」

【ふん、終戦を収入減としか捉えられないとは、やはり人間は欲深く浅ましい生き物だなっ】

「平和だけじゃ腹は膨れねぇんだよバカラス」

【誰がバカラスか無礼者がー!!】

「もう、無礼なのはあなたですよカンカネラさん。失礼な事を言うのは駄目だって言ってるじゃないですか」

【ですが姫様!!】

「ワガママ言うと、もう連れて行ってあげませんよ? 家で待ってますか?」

【そ、それは!!! ……す、過ぎた言葉をお許し下さいザイツ殿】

「ごめんなさい。この子はいい子なんですが、ちょっと口が悪いんです」

「……別にいい」


 頭を下げたカンカネラの憎々しげな目付きに殺気を感じ警戒しながらも、ザイツは言葉を続ける。


「――まぁだからな、報酬さえもらえれば、あんたのガイドと護衛っていう仕事を受けるのは別にいいんだ。国の触れを破る事にはならなさそうだし」

「本当ですかザイツさんっ?」

「報酬はちゃんと払ってもらえるんだろ?」

「勿論ですっ。そういう事ではケチりません。雇用関係は信頼関係ですから!」

「うん、金がもらえるなら俺は問題無い。……そうだ、できれば人間達を刺激しないように、その角や白い翼は隠して欲しいけどな。いくら行き来が始まってるったって、堕天魔族フォルディノーは人間じゃ怖がるよ」

「それは判ってます。人が多い街中に入る時は、翼と角を魔法で隠してフードを被るつもりでした。疲れるので移動時は素のままですけど」

「それは……まぁ仕方ないか」


 隠せるだけマシかと思いながら、ザイツは気になっている事を尋ねる。


「でもよキョウ姫、あんたは終戦ゴタゴタの小競り合いを止めに来たって言ったが……両領域間で戦後処理が既に始まってるなら、別にわざわざあんたが出なくても、いずれゴタゴタは役人達が終わらせるんじゃねぇのか? そういうのも仕事に入ってるだろ?」


 はい、と今度はどこか皮肉気な笑みを浮かべ、キョウは答える。


「ええ。……歩み寄りも理解も無く、臭い物には蓋をして、お互いの摩擦を押し潰すように強引に、それぞれの領域の理論のみを振りかざしながら、声を上げられない弱者を隅に追いやり無視ながら、彼ら役人達は無理矢理ゴタゴタを終わらせていくでしょうね。……今までと同じように」

「……ああ、なるほど」


 ザイツは納得した。 


「……そして押し込んだ諸々の軋轢が再び表面化すれば、いくらでも戦争再開の火種となりえます。……そうならないためにも次の魔王となる私は、『今の魔族と人族』を知らなければならないと、魔王陛下はおっしゃいました。……両領域を巡り、ちゃんと自分の目で見て確かめて、そしてできるものなら、その争いを止めてみせろ、と」

「……魔王、か」

「はい。……人族のザイツさんは信じてくれないかもしれませんけど、魔王陛下は戦争なんか望んでいません。魔王陛下はできればこの終戦が少しでも長く続くようにとがんばってるんです。……私も、戦争なんかしたくないです。……だからそこに行き着いてしまうかもしれない争いは、止めたいです」


 絶対、と静かに呟いたキョウを見ながら、ザイツはそうなったら益々剣を使う仕事が減るだろうと思いながらも――キョウが望むような世界なら、命を賭けなくてもできる仕事が増えるかもしれないと思う。


「……戦えなくなった時の事を考えると……そっちの方がいいかもな」

「え?」

「ああ、いや。なんでもない。……そう簡単にいくわけないだろうが、とりあえず俺は金をもらえれば問題ねぇか」


 領域の平和など考えた事もなかったザイツは、もらえる報酬を理由にして納得する事にした。

 そして今までの会話を思い返し、ふとおかしくなる。


「しかし……戦争を望まない魔王なぁ」

「……やっぱり信用できませんか?」

「そうだなぁ……神殿に仕えてる僧侶なんかと話すと、連中は口を揃えて魔王の凶暴性を語るからな」

「……どんな風にですか?」

「そうだな……『魔王は血と争いを好み、慟哭と断末魔に悦び、全ての人間を滅ぼしてその屍を貪り喰い、最終的には天界に攻め込み全能神(ゼーレ)を屠る事を目的としている、生きる厄災だ』とか?」

「そんなんじゃないですよー?!!」


 酒場で同席した僧侶の言葉をそのまま言ったザイツに、慌てふためきながらキョウは首を振った。


「全然違いますよ?!! 私達魔族は人肉なんて食べませんし!! 人族の信仰対象とかも興味ないですし!! 確かに魔王陛下は誰かと争うのは大好きですけど、それはダークエルフさん達と狩り勝負をしたり、マーマンさん達と水泳勝負したり、オークさん達と素手殴り勝負したりと、そういう勝負が好きなだけで!! 好きな言葉は『俺より強いヤツに会いに行く』です!!」

「それはそれで迷惑な王だな」


 そうかもしれない、と呟きキョウは頭を抱えた。


「……キャラ的に水戸黄門というより暴れん坊将軍だもんなぁ……戦後処理が終わって平和になったら、人族の強者達にも挑んでみたいとか言ってたし……あれ……確かに迷惑かも……うぅ」

「? なんで魔王が将軍になるんだ? しかも暴れん坊の?」

「いえ……なんでもないんです……――そうだっ」


 何かを思いついたキョウは、横に置いていた魔法用の杖を手に取った。


「お、おい?! こんな所で魔法を使う気か?! 草むらに隠れてる小動物達が驚くぞ?!!」

「いえいえ、攻撃魔法を使うわけじゃないですからっ。――ザイツさん! 今から魔王陛下とお話してみませんか?!」

「はぁ?!」


 思いがけない提案に、ザイツは仰天した。


「魔王陛下は確かにちょっと……いえかなり迷惑なところはありますが、基本的に器の大きいカリスマ溢れる立派な方です! ザイツさんもお話してみれば、きっと判ってくれます!」

「いや俺みたいなのが王と話とか無理だろ?!! ってか魔王の住んでる城ってここからめちゃくちゃ遠いじゃねぇか?!! 話するだけのために行きたくないぞ!!」

「大丈夫だ問題ない!! ――これを御覧あれ、です!!」


 そういうとキョウは立ち上がり、杖を両手で胸元に構えると魔力を集中し、何かを唱え始めた。

 ――するとキョウの前方に、輝く鏡のようなものが現れ、揺らめきだす。


「――ああ、魔話術ビューフォンか」


 すぐに思い当たり、ザイツはほっと胸をなで下ろした。契約を交わした者同士を結び、その映像と音声を送ってやりとりするこの魔法は、人族でも高位の魔法を使えるものなら操る事ができるので、ザイツも何度か見た事はある。


「よし、詠唱完了。ザイツさん、わたしの横に来て下さい。折角ですし私の護衛だと紹介します」

「えっ?!! お……おぉ……本当に……いいのか?」


『……そりゃ相手が魔王でも、親子なら契約を結び合っててもおかしくないが。……え……なんか緊張してきたぞ……だって魔王だろ? 王だろ? あの凶暴で強力な魔物達の頂点に立つ王だろ……ど……どんな男なんだ……やっぱりすげぇ男前で強そうで、座ってるだけで威厳に溢れててとかそんなヤツなのか……――?!』


 一瞬キョウの目前にある鏡状のものがグニャリと曲がり、渦状になったかと思うと光を放ち、再び鏡のように広がった。相手が術を受け取り繋げたのだと気付き、キョウの横に立ったザイツの緊張は最高点に達する。


「――!!」


 鏡の中に、人影が映った。


[へ……陛下!! そのようなお姿で!!]

[うっせーぞぉバラス。どうせ俺が後宮に行った途端に魔話術送ってくるヤツなんて、宰相のローゼルフォートかギスバパ将軍くらいだろぉ?]


 ――多分魔王なんだろうな、と思いながら、ザイツは呆然と目の前の映像を見つめた。

 鏡の中にはキョウに良く似た角と翼、そして鋭利で端正な容貌を持った、思っていた以上に若く逞しい長髪の美男子がいた。


 ――ただし全裸で。


[いいかぁ?! 仕事はちゃんとしてんだ!! 俺が俺の可愛い女達に会いに行くのに、こんな時間からとか文句言ってんじゃねぇよ!! 鬱陶しいんだよこのカタブツクッソオヤジ共が――……]


「……」

「……」

【……】


 不機嫌そうに伏せていた目を上げ、送信者を睨み付けてどなりつけようとしたらしい魔王は――硬直した。

 キョウも、ザイツも、カンカネラまで言葉を失い沈黙した。

 木枯らしの幻聴が聞こえるような、冷たい静寂が辺り一帯を支配する。


[……こ、これは違うんだよクローディ。ち……父上はね、魔王の職務として戦争で寂しい思いをさせていた後宮の女達を慰めにだね……]


 そんな全裸親父の弁明を聞きながら、ザイツは映像の端々に女の髪や肩や尻が見え隠れしている事に気付き、その様子や肌の色の違いからある答えに行き着く。


『……あ。この親父……今複数を相手にしてたな……』


 ――これは実の娘には見られたくなかったろうとザイツは思った。同情はしなかったが。


「……お楽しみの所を申し訳ありませんでした。魔王陛下」


 やがてキョウから魔王(全裸)に声が返る。――その声の冷たさは、まさに容貌通り氷の刃のようだ。


「予定通り人族の案内を雇ったので紹介しようと思ったのですが、お忙しいようですので失礼します。では」

[まま待ってくれクローディ!! ってかてめえか?!! てめぇが俺の娘の護衛だとコラ?!! クローディ駄目だ!! 女!! 女冒険者にしなさい!! 男は皆狼男なんだ!! クローディ!! クーちゃ――]


 おめーがいうな、とザイツが思ったその時、プチ、という音を立てて鏡が掻き消えた。

 数秒後目の前に再び出現しようとした鏡に杖を突きつけ、キョウは冷えた声で言う。


「【着信拒否(ノーワード)】」


 プチ、ともう一度音を立てて鏡は消えた。

 どうやら魔王から送って来た魔話術を、キョウが拒否したようだった。


「……」

「……」


 沈黙が痛い。やがてザイツに目を合わせず俯いたままのキョウが、小さい声で言う。


「……その……すみません。……まさか……まさかこんな……真っ昼間から……し……信じられない……」


 尖った耳先まで真っ赤になって、キョウは詫びた。

 その様子にザイツは理不尽な罪悪感を感じ、必死にフォローの言葉を探し頭を巡らせる。


『ど、どうすりゃいいんだ?!! どういえば今のが大したダメージにならずにすむんだ?!! 返答を考えるんだ!!

 ①――父さん若いな!!

  ……駄目だ!! 男には褒め言葉だが娘に対して何の慰めにもなってない!!

 ②――残念!! 母さんだったら嬉しかったな!!

  ……本音だが言った瞬間殺される気がする!!

 ③――やったねキョウちゃん! 家族が増えるかもしれないよ!!

  ……色んな意味で駄目だ!! ってかフォローする気あんのか俺ぇ?!!』


「……別に、気にしてない」


 結局なるべく平坦な声でそう言ったザイツに、真っ赤になったままのキョウはそれでも小さく頷き、敷物の上を片付け出す。


「……そろそろ行きましょうか。……まず……この先にある街まで向かいます」

「……う、うん……そうだな」


 ザイツはキョウから視線を逸らしたまま敷物を畳むのを手伝い、気まずい雰囲気を引きずったまま荷物を担ぎ、歩き出したキョウの後に続いた。


『……この仕事……大丈夫かよ?』


なんと まおうは ぜんらだった!

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