19 街道を進むが何かがおかしい
―街道―
王都から始まり平原山野を縫うようにして整備されている、カトラ王国、ギスモー王国、バース連合国の三国を結ぶ公街道。
次第に高くなる太陽に照らされながら、客を乗せた六頭立ての大きな街道馬車は、山裾を切り開くようにして敷かれたその街道をのんびりと駆けてゆく。
【はいよ~であるっ。おお~、飼い主が自慢していただけの事はあるであるっ。お前、中々の脚力であるなっ】
【ヒヒ~ン♪】
【よいか子馬、混血とはいえお前も魔属の血を受け継ぎし者。魔国の尊き姫君をお乗せする事を名誉と思い、役目をしっかりと果たすのであるぞっ】
【ヒヒ~ン♪】
【うむ、良い返事である。これよりは姫様にお仕えする先輩である我輩の言う事を良く聞き、忠勤に励むがよいっ】
【ヒヒ~ン♪】
「こらバカラス、走ってる馬の頭に乗っかって遊ぶな。危ないだろうが」
【むっ、遊んでるのではないのであるザイツっ。我輩姫様にお仕えする心得を、この小童に説いてやっていたのであるっ。なっ、子馬よ】
【ヒヒ~ン♪】
【うむ、良い返事であるっ。良い子であるっ】
「……いや、判ってねぇだろ」
その街道馬車に続く車達の一台として、ザイツ達を乗せた馬車は、小さな怪馬ガンバーに牽かれ軽快に街道を進んでいた。
「でもあんたの言った通りだなケイト。あんたの馬……ガンバーか、本当にすごい力だ」
「ふふふ、ガンバー君の馬力はこんなものではないよ。その気になればこの子は、この倍の重さの馬車を牽いて、今の数倍の速さで三日三晩駆け続ける事だってできる。勿論可哀想だから、そんな無茶はさせたくないがね」
慣れた手綱でガンバーを走らせながらそう言い、御者台のケイトがチラリと隣に視線を走らせると。
「ふーん……でも確かに、そんな無茶走りを馬車にさせなきゃいけないような、やべぇ状況にはなりたくないよな」
ケイトの隣に座っていたザイツは、馬車を死に物狂いで走らせなければいけない危機的状況を頭に浮かべて、いつでも鞘から抜ける状態の両手剣を握りしめる。
「綺麗な山道ですけど……こ、こういう旅の馬車って、お話だと盗賊とか山賊に襲われたりするんですよね……ザイツさん?」
馬車の窓を開けてそんなザイツの言葉を聞いていた、魔王女クローディこと自称キョウは、御者台のザイツや、前を進む街道馬車の後部座席で武器を手に警戒している護衛達を見ながら心配そうに尋ねた。
ザイツは首を振る。
「いや。山裾とはいえ、ここはカトラ王国と各国を結ぶ大きな街道だ。流石にこういう所で大っぴらに襲ってくる盗賊は、あんまりいないぜキョウ姫」
「あれ? そうなんですか?」
「うん。商売人が商品を持って動きやすいように、国は主要な街道には完全武装した騎士団や兵を巡回させて、警備してるから」
「なるほど、物流が滞るとみんなの生活が大変ですもんね」
「そういうこった。山賊だって捕まりたくないからその辺は弁えてる。終戦で逃げた兵や仕事にあぶれた傭兵が食い詰めて盗賊や山賊になることはあるだろうが、そういう連中は街道を狙うにしたって、もっと警備が行き届かない箇所で、少人数の旅人や馬車を獲物にするよ」
「それじゃあ……こういう街道馬車に大人数で付いていく私達は、安全に旅ができるってことですかっ?」
いや、全然。ともう一度首を振り、ザイツは世間知らずな姫に街道の現実を教えた。
「今のは『人間の』話でな。人間の国や組織力なんか考えない、魔物の類には通用しない理屈なんだよ」
「魔物……」
「そう。魔の領域に行かず、魔国の民にもならず、人間の領域で自分達の理屈や本能で生きている魔物達は、人間にとって脅威だ。……そういう奴等からの被害を防ぐために、街道馬車は護衛を雇い、そして護衛をつれた馬車の同行を許してるのさ」
そう言ってザイツは、街道馬車の駅で交わされた契約書を取り出しヒラヒラを振った。
「ほら、この馬車からは、俺が出る事になってる。……やれやれケイト、街道馬車の連中、本当はあんたに出て欲しそうだったぞ」
「君の手綱さばきは危なっかしいからなぁザイツ、私が戦いに出ている間に、姫様を乗せた馬車がひっくり返ってしまったら困るよ」
「へいへい」
契約書には、街道馬車と共に移動する見返りとして、有事の際には馬車の護衛が、街道馬車の護衛と共に戦う事が記されていた。
「護衛がいない馬車は、同行料金を街道馬車に支払って安全を買う。ま、何も起こらなきゃ、人手を出すと約束した方がお得ってわけだ。そうなる事を祈っておこうぜ」
「何も起こらなければ……ですか」
ザイツの言葉に、走る馬車の窓から顔を出していたキョウは、王女という身分に相応しい上品な美貌に少々子供っぽい困った表情を浮かべ、一人言のように呟いた。
「……こういうのが『フラグ』なんだって、漫画好きの友達が言ってたんですけどね……?」
また良く判らない事を言っている、と思いながらも、そろそろ慣れてきたザイツはキョウの言葉を流し、御者台の背もたれに寄りかかった。
整備された山道を進み、中継地点である街道駅で時折休憩を挟みつつ、馬車での旅は順調に進んだ。
「あ、ザイツさん、あっちの平原に牛っぽい群れがっ」
「あれは魔獣の暴牛だな。草食で食肉にもなるから悪いもんじゃないが、肉食獣に追いかけられて逃げてる時なんかは怖ぇぞ。すげぇ突撃力だからな」
「食肉……冷めても美味しかった、この世界のハンバーガーにも使われていたんでしょうか? あっ、牛肉さんに小さい犬っぽいのが襲いかかってますっ!!」
「ああ、あれは問題無い。吸血犬つってな、少々外見は怖いが、大型動物の血をちょっと吸うだけの弱い魔獣だ。……といっても、子供とかが襲われたら大変だから、村や町に入ってきたら追っ払うが」
「へぇ……あ、じゃああの木の上で固まってるのは……」
「あれは――って野生の魔烏じゃねぇか!! 顔出すな!! 魔法が飛んでくる!!」
【おっ、同胞であるーっ。おーいっ、さらばであるーっ】
最初は心配してたキョウも、馬車から見える人族の領域が珍しいのか、次第に窓から見える風景に見入り、あれこれとザイツに聞き始めた。
ザイツは知っているものは答えながら、それでも緊張を解く事無く周囲の警戒を続けた。
『カトラ王国は定期的に国土の危険な魔物討伐をしているから、そこまで危ないのはいないはずだが……これから向かうバース連合国は、魔王の国との戦争に負けてそれどころじゃねぇだろうしな……まずいのが来たら、姫達を連れて逃げる準備だけはしておこう……――ん?!』
考えながら前方の街道馬車を見たザイツは、一瞬目に映ったものに驚き、街道馬車の木製の屋根を凝視する。
「……あれ? ……ない」
「どうしましたザイツさん?」
『……屋根の上に、黒猫のシッポみたいなのが見えたような気がしたんだが……気のせい……だよな?』
「にう~♪」
首をひねるザイツから見えない街道馬車の屋根の影で、しっぽを揺らした小さな黒猫は、のんびりと背を伸ばしてくつろいでいた。
「……うーん?」
「どうしたザイツ? 魔物の影でも見たか?」
「え? ……ああいや……多分気のせいだ、ケイト」
「ははは、緊張しすぎで疲れているのかい? いくら護衛とはいえ通常の時は適度に力を抜いていないと、もたないぞ」
「ああ……うん?」
頷きながらも納得がいかない表情のザイツに、ケイトは落ち着かせるように言葉を続ける。
「それにこの一行周辺は、私の精霊魔法で索敵をかけているからね。何かまずい者がひっかかったら、すぐに知らせる」
「お、戦闘要員にはならなくても、補助はしてくれるんだなケイト。助かるよ」
「なに、精霊魔法とはそういうものだ。そして『学者』とは、仲間を助けてクエストを円滑に進めるのが役目さ」
「え?」
ケイトの言葉に、不思議そうな顔でキョウが尋ねる。
「学者さんって、研究所や大学で研究する人の事じゃないんですか?」
「ああ、そういう者ももちろん学者ですよ。……そうか、姫様は冒険者の称号である、『職業』の事は知らないんですね」
「じょぶ?」
キョウの問いに、ケイトは小さく笑って答える。
「冒険者というものはですね姫様、体術や魔法で自分が何をできるのか、を端的に示すために、判りやすい通り名を名乗るんです。それが『職業』といいます。そして基本的には、技術や魔法を利用して、索敵や敵の分析、暗号解読、罠抜けなどをこなす者が、学歴に関係無く、冒険者の間では『学者』と呼ばれているんですよ。私は研究所務めの、本当の意味でも学者なんですけどね」
「なるほど」
面白い事を聞いたという表情で、キョウは頷いた。ケイトは続ける。
「ほら、街道馬車の護衛に付いているあの弓を背負っている若い娘、彼女のように弓を主力として使い、弓スキルを多く持っている者は『射者』と呼ばれています。隣のローブ姿の青年は、黒こと暗黒魔法を使うため『黒魔道師』ですね」
「あと拳や蹴りで戦うスキル中心のヤツは『修拳士』、両手剣の中でも扱いが難しい、『刀』って東の剣スキルを使いこなすヤツは、『東刀士』なんて呼ばれてるぜ。あくまで冒険者を区別するだけの通り名だから、何か意味があるわけでもないけどな」
「あとは個人的に名を上げた冒険者が、新しい通り名で周囲から呼ばれる事もありますよ。疾風の魔剣士ペンドラゴンや、渇望の召喚師ジョーシアなどといった風に」
「へぇ……なんだか面白いですねぇっ」
新しい知識だったのか、キョウは表情を輝かせザイツへと視線を向けた。
「それじゃあ、ザイツさんの『職業』はなんですかっ?」
「俺?ただの『戦士』だけど」
「えーなんで?!!」
「……姫、なんでそんな『あんたにはがっかりだよ!!』みたいな顔をされるんだ俺は?」
「だ、だってザイツさんせっかく魔法使いじゃないですか!! ただの戦士より魔法剣士とかの方がかっこいいじゃないですか!! 人間ってあんまり魔法使える人いないみたいですしっ!! アピール効果は抜群ですよっ!!」
キョウは拳を握り力説した。
「……使える魔法が、妖精じゃなきゃな」
それに乾いた笑いで返し、ザイツはため息を付いた。
「……妖精魔法はダメですか?」
「それは朝、街道馬車の護衛達と俺とケイトが、挨拶した時を思い出せば判るだろ?」
「朝……挨拶……」
キョウは早朝の光景を思い出す。
出発前、目的地に着くまで共闘者となる街道馬車や他の馬車の護衛達と、ザイツとケイトは挨拶を交わしていた。
『ケイトです。索敵、分析、解読、支援を主とする精霊魔法と、回復補助程度の神聖魔法を使います』
『け、ケイトさん精霊魔法と神聖魔法が使えるんですか?!!』
『すごいですねー!!』
ケイトの紹介を聞いた護衛達は目を輝かせていた。
『ザイツだ。……一応、適性属性は妖精で、いくつか術を習得してる』
『ざ、ザイツさん妖精魔法ぉ?!! 使ってるんですかぁ?!!』
『ある意味すごいですねー!!』
ザイツの紹介を聞いた護衛達は顔を強張らせていた。
「……護衛の人達、何故言っている事は殆ど同じなのに、違う意味に聞こえるんでしょうかザイツさん?」
「違う意味だからだろうよキョウ姫。……そりゃ、敵味方巻き込む上に迷惑な効果が多い妖精魔法なんか、一緒に戦う相手に使ってもらいたくはないわな」
「……そんな」
「適性属性が妖精って言うと、大抵のヤツはそういう反応する。中には迷惑だから変な魔法使うな、って釘を刺してくるヤツもいる。だから俺は一人で戦う時以外、出来る限り魔法は使わないようにしてるよ。難癖付けられるのも、面倒だしな」
自嘲するように乾いた笑い声を立て、ザイツは両手剣を背負い直した。
キョウはそんなザイツをじっと見つめ、そしてぽつりと言う。
「……なんか……嫌だなそういうの」
「……え?」
「使いにくい魔法だろうと、ザイツさんは工夫して上手く使いこなしているじゃないですか。……闘技場の時みたいに、ちゃんと妖精魔法を自分の力にするまで、ザイツさんすごく練習したんじゃないですか?」
「……」
思わぬ事を言われ、ザイツはドキリとする。
キョウの言う通り、生まれ持った力を少しでも役立てようと、ザイツは必死に妖精魔法を学び、実用するために工夫を重ねてきた。――誰に判ってもらえるわけでもなかったが、それは確実に今のザイツの力となっていた。
「そういうのを……ただ妖精魔法だからって理由で全部ムダだって思われるのは……なんだか嫌だな。……ザイツさんが馬鹿にされてるっていうか……」
「……」
そんな事は知らないはずのキョウが唇を尖らせブツクサと呟く様子に――ザイツは少しだけ嬉しくなった。
「……いいんだよ」
「え?」
「相手がこっちを馬鹿にしてる方が、ケンカになったとき楽だから」
「け、ケンカですか?」
「ははは、腕自慢の強面を、妖精魔法ですっ転ばしてドブ池に叩き込むのって、結構面白いんだぜ。落とした後、即逃げだけどな」
「ざ、ザイツさんそんな事してたんですか?」
【おお、気が合うであるなザイツっ、我輩も我輩を下等なカラスと馬鹿にする連中の背後から魔法で、尻を焼いてやるのが楽しかったのであるっ】
「か、カンカネラさんもそんな事してたんですか?!! ダメですよ!!」
「だな。やるならバレないようにやれバカラス」
「違うでしょうザイツさん!! そういう行動自体いけないんですよ!!」
「ふむ……私は小娘風情が研究などとお偉い学者センセイに言われた時、ついその方のカツラに手を当てて、皆の前でそれを落としてしまったくらいかな……」
「さりげなく復讐が子供ですよケイトさん!! ケンカは旅の間は禁止!! 禁止ですからね!! みんな仲良く旅をしましょう!!」
【ヒヒ~ン♪】
賑やかな会話につられたのか、走っていたガンバーがキョウに応えた。
「えぇ?! ……うん、ガンバー君も仲良くでいいんだけどね」
「はは」
そのタイミングに驚いてから笑ったキョウにつられ、ザイツも笑った。
こうして、街道馬車と共にザイツ達は、順調に最初の目的地である敗戦国、バース連合国へと向かっていた。
――そしてそんな一団に狙いを定め、山に潜む者達は、襲撃の時を狙っていた。
職業
冒険者が自分を端的に表す通り名。色々ある。名乗り自体に特に制限があるわけではなく、名乗りたいなら何を名乗っても構わないが、そのジョブで求められるスキルや魔法が無いと恥をかくので、大抵の人間は自分の持つ技能に相応しいものを選び名乗る。功績によって周囲や国王などから与えられる特殊なものもある。
人領域の魔物、魔獣
割とあちこちにいる。移動する知性が無かったり、プライドが高かったり、後ろ暗い事があったりと、魔の領域に行かない理由は色々。高位とされる知性が高く強い者達は殆ど住みやすい魔の領域に移動してしまっているため、ただの人間でも対処可能なレベルが殆ど。
肉や皮、角など、有効活用できる者も少なくないので、絶滅させるまでは人間領域でも考えられてない。




