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次期魔王に雇われたが何かがおかしい  作者: 宮路広子
最初の街と魔王女一行 ~最初の騒動~
17/201

17 出発するが何かがおかしい

―翌朝―


「姫ー、入っていいか?」


 冒険者ギルドシュネイ事務所の休憩部屋で一泊したザイツは、昨夜し忘れていた事を思い出し、キョウとケイトが泊まっている事務所の来賓室へと向かった。


「あ、はいどうぞザイツさん」

【だ?! だだダメ!! まだダメである!! 出直すである!! 来るなである!!】


 軽く数回ドアをノックして中の様子を伺うと、すぐにのんびりとしたキョウの声と、慌てたようなカンカネラの声が返ってくる。


「入るぞ」

【アッー?!!】


 カンカネラに気遣う気は全くなかったので、ザイツは叫び声を無視して部屋に入った。


「ザイツさんも、朝ご飯終わりましたか?」

「ああ。……?」

【……】


 すっかり旅支度が整った様子のキョウは、来賓室の上品な布張りの椅子から立ち上がりザイツの方に来た。

 そんなキョウに応えつつ、何気なく慌てていたカンカネラを探し視線をキョウの背後へと向けたザイツは、見慣れないものが来賓室の机の傍で動いている事に気付いた。


「……誰だお前?」

【っ……】


 そこに居たのは赤い魔烏(クローメイジ)ではなく、長い真紅の髪を一つに高く結い上げ、裕福な屋敷に仕える使用人女(メイド)のような恰好をした、十歳前後の少女だった。

 来賓室の机の上で手鏡と櫛を薄い木の小箱に収めていた少女は、大きな釣り目を尖らせてザイツを睨んだが、目が合うと何が恥ずかしいのか真っ赤になってそっぽを向く。


【……】

「事務所の職員……にしてはガキだが?」

【っ!! 誰がガキか人間のお子様がぁ!! 我輩お前なんかよりずーっとずーっと長く生きているである!!】

「……え……」

【……あ……】


 そこに少女の口から聞き慣れてきたカンカネラの甲高い声が飛び出した事で、ザイツにもどういう事なのかが判った。


「ああ……人化の術を使えたのかバカラス」

【っ……】


 それ自体は高等ではあるがよく知られている魔領域の魔法なので、ザイツも納得する。だが。


「――にしてもなんでスカートなんだよ? お前オスだろ?」

【し――仕方ないであろうがぁ!! 女にならないなら姫様の身の回りの世話を許さないと、魔王陛下がおっしゃられたのであるからぁああ!!!】


 赤毛のメイド幼女カンカネラは、ザイツの問いにそう叫び返すと、木箱を持ってキョウの後ろへと走り込み姿を隠してしまった。

 苦笑しキョウが補足する。 


「ええとですね……魔獣時の姿ならともかく、人化した男の人の姿で私の着替えや髪結いをするのは、誰かに見られると外聞が悪いのだそうです。……正直私も気まずいですしね」

「なるほど、見た目の問題か」

「ええ。着替えや髪くらい、私が自分でやってもいいんですけど……」

【とんでもない!! 姫様の手をそのような俗事で患わせるなど、姫様の従者として我輩自分が許せないであります!!】

「あはは……というわけで、髪は女の子の姿でお願いしてます」

【今は子供の姿にしかなれませぬが、姫様の御為、我輩いつか完璧な女子になりきってみせるであります!!】

「とりあえず、完璧な女の一人称はワガハイじゃねぇと思うぜバカラス」

【ムキー!! うるさいである!! 腹立たしいである!!】


 よしよし、とキョウは少女カンカネラの頭を撫でて宥めた。

 その様子に小さく肩を竦めたザイツは、キョウと同室のはずのケイトがいない事に気付く。


「ケイトは?」

「ケイトさんなら朝ご飯が終わった後、馬車と馬の支度に下へ降りました。事務所の裏手に泊めているので、私達も準備が終わったら来て欲しいそうです」

「……そうか。じゃあ行く前に、用事を済まそう」

「用事?」


 小首を傾げてキョウがザイツを見上げた。その額の左右に生えた角と背後の翼を目にしてから、ザイツは言う。


「姫、これから俺達はシュネイ発の街道馬車に付いて、自分達の馬車で次の目的地まで行くわけだ」

「ええ、そうですね。――単体でも旅は可能。でもできるならいざというときの安全のため、目的地が同じ街道馬車と一緒に移動させてもらう……のが、賢い馬車の旅なんですよね?」

「ああ」


 馬車を使える事になったため多少予定は変わったが、道中の危険を減らすため、ザイツ達は今日の朝方出発する街道馬車に付いて旅をする事に決めていた。


「国営の街道馬車は護衛を雇っているし、騎士団への緊急救援用の狼煙も持っているから、単体で動くより安全な旅ができる。……それで、だ」


 ザイツはキョウの人とは違う部分を見ながら続ける。


「姫は『それ』を、なるべく隠して旅する事にしたんだな?」

「え? ……はい。来る前はなんとかなるかと思っていたのですが……やっぱり正体が知られる度に大騒ぎになって、また王子様なんかが来たら困りますからね」


 あれは驚きました、と言うキョウは、自分の角に触れ純白の羽根を揺らした。ザイツはため息をついて同意する。


「かなりの長旅になるが、角と翼はずっと隠していられるか?」

「……時々休憩を挟めば……なんとか。疲れますけどやってみます」

「やっぱりそうなるよな。……なるほど、だからユーイのヤツ、トラブルが減るって言ってこれをくれたのか」

「……え? ……ユーイ?」

「姫、ちょっと手を貸してくれ。利き腕じゃない方が煩わしくない」

「え? こ、こうですか?」


 ザイツの言葉に多少反応したキョウは、それでも言われた通り左手をザイツの前に差し出た。ザイツは頷き、上着のポケットに入れていたものを取り出す。


【なんであるかそれは? ……なんだか安っぽい造りであるなぁ】


 それは昨夜流れ商人のユーイからもらった――数種類の色で染めた紐を編んだ細い帯に、碧石を吊ったブレスレットだった。

 見た目はカンカネラの言う通りいかにも安っぽく、色を付けて穴を空けただけのように見える碧石などは、まるで子供の玩具のようだ。

 だがザイツはそれを見下ろして一度頷き、それを差し出されたキョウの左手に巻き付ける。


「え?」

【こここらぁ!! そのような安物を姫様に身につけさせるなど!! なんの真似であるかこの馬鹿者!!】

「黙ってろバカラス。……姫、この状態で、自分に角と翼、それに尖った耳が無い状態を想像するんだ」

「角と翼、尖った耳が無い……ですか?」

「ああ、なるべく鮮明に、しっかりと想像しろ」

「……わ、わかりました。……うー……」


 キョウは目を閉じ、眉間に皺を寄せて考え込んだ。すると。


【――おぉ?!! ひ、姫様から魔族の証が消えてしまったである?!!】

「え? ――わぁ!! 本当だっ。どうしてっ? 自分で仕舞った訳でもないのにっ」


 カンカネラの声で目を開けたキョウは、窓ガラスに映っている自分から、角、翼、そして尖った耳が消えているのを確かめて驚いた。


「うん、不良品じゃねぇみたいだな。……多分あんまり安物っぽいから、売れ残ったんだろうが」

「こ、これのおかげなんですか?」

「ああ。これは魔具の一つで、『まやかしの飾り(イミティアクセ)』だ。身に付ける事で、使用者の姿を見る者に誤認させる。装備を外せば元に戻る」

「誤認……つまり、本当に消えたという訳ではないんですか?」

「そういう事だ。だから触ったらちゃんと在るぞ」

「……うわっ、本当だっ。見えないのに感触はありますっ」

「あくまで『まやかし』だからな。……でもそれなら、魔具の力を借りているから楽だろう?」

「……そのために?」


 キョウは自分の羽根や角を触っていたが、やがて手首に巻かれたブレスレットをじっと見つめてザイツに言う。


「……これ、私にザイツさん? ……くれるん……ですか?」

「ああ」


 僅かに目元を赤らめて問うキョウに、ザイツは頷いて答える。


「もらいもので元手タダだし、金払えなんて言わないぞ?」

「……」

『……あれ?』


 安心させるつもりで言ったはずが何故かキョウに渋顔を返され、ザイツは、何が悪かったのだろうと内心で困った。


【……お前、女心が判ってないであるな】

「な、なんだよバカラス? ――あ、もしかして、それがあんまりみすぼらしくて嫌だったか? だったらそれは繋ぎにして、次の街の魔法屋で同じ効果の飾りを買うといい。多分大きな店なら、姫が気に入る立派な物がいくらでも……」

「ち、違いますっ。これでいいんですっ。大事にしますっ。ありがとうございますっ」

『……あれ? これも違ったか?』


 ザイツは、怒ったような顔で唇を尖らせ、しっかりと左手のブレスレットを握り締めるキョウがやはりよく判らず、更に内心で困る。


『……それでも、姫がこれで良いって言ってるならいいか?』

【……】

「……だからそこでなんで、不愉快な顔で見てくるんだよバカラス?」

【……お前、その調子じゃ一生絶対女にもてないである】

「不吉な予言をするなよ?!」

【事実であるっ】


 カンカネラはカラスの姿に戻ると、恐ろしい事を言われて焦るザイツの頭に飛び乗りつついた。


【バーカバーカ!! バカ人族!!】

「いてーな!! 焼き鳥にして喰うぞ!!」

「……」


 それを追い払うザイツをしばらく見ていたキョウは――だがやがてもう一度手首のブレスレットに視線を落とし、石を撫でるとこっそりと微笑んだ。



「姫様、ザイツ、こっちですよーっ」

「おぉ、あれか。……こりゃ……確かに頑丈そうだな」

「そうですね……骨組み部分は金属製……合金……ですか?」


 そんな事をしつつ、旅支度を調えたキョウとザイツは、ギルドの職員達に見送られて事務所の裏手へと向かった。

 裏手で馬の手綱を引いていたケイトは、馬車を見て驚いたキョウとザイツに笑って得意げに馬の鼻面を撫でた。


「いいでしょう。合金の新素材を開発していた友人が、試作品として譲ってくれたもので作ったんです」


 馬車は木製の素材をぶ厚い金属の外枠でしっかりと組み上げた、無骨な四角い形状をしていた。

 屋根まで作られており、雨風を防げる仕様だが内部に座席はなく、床に荷物と共に座る荷馬車のようなそれは、お世辞にも貴人を乗せるに相応しいとは言えない。

 それでも小さな窓にはガラスがはまり、毛布などが運び込まれている広い車内は、旅をするには過ごしやすそうだった。


「床に直接腰掛けるタイプなのですが……そんな事姫様はなさったことありませんよね。大丈夫でしょうか?」

「え? ああいえ大丈夫ですよ。……あ、枕に毛布もありますね。なんだかフェリーの二等席みたい」

『ふぇりー?』

『ふぇりー?』


 やはり時々変な事を言うなと思いながら、ザイツは荷物を馬車の中に入れると、前に回って馬を確認した。そして驚く。


「え……ケイト、この馬車一頭引きかぁ?!」

「ああ、馬はこの子だけだよ」


 馬車に繋がれていたのは、まだ子馬と言っても良さそうなほど小さな、可愛らしい栗毛の馬が一頭だけだった。いかにも頑丈で重そうな馬車を見返し、ザイツは戸惑う。


「お、おい……いくらなんでも、こいつが馬車と俺達を運ぶのは厳しいだろ?」

「何、何の問題もないよザイツ。この子をなめてもらったら困る」


 いたずらめいた笑みを浮かべたケイトは、馬のたてがみをグシャグシャとかきまぜ、ザイツの不安に答えた。


「――なにせこの子、ガンバー君は、グリフォンの遠い子孫だ。その力は並みの馬の比ではない」

「グリフォン?!! つまりそいつは、ヒッポグリフの系譜と言う事かっ。……それはすげぇな!」

「……え?」


 ケイトの言葉に、ザイツは感嘆しキョウは首をひねる。


「グリフォンが……ヒッポグリフで? 馬?」

「……あれ、姫はグリフォンの生態も知らないか?」

「あ……ええと……」

【っ!! ちょっと忘れてしまわれただけである!!】


 驚いて聞き返したザイツに慌ててカンカネラは返すと、キョウに向き直り説明した。


【姫様、グリフォンとメス馬が交配し生まれるのがヒッポグリフであり、その血をひいている馬は人領域にも存在しております。……オスのグリフォンは少々変わった趣味をしており、同族のグリフォンのメスと同じくらい、何故かメス馬が大好きなのです】

「へぇ……異種族恋愛というやつでしょうか?」

【恋愛というか繁殖本能というか……とにかくその馬は、おそらくまだ人領域にも野生のグリフォンが生息していた大昔の、落とし胤の末裔でありますよ】

「……今は……人領域にはいないんですね」

【神殿に狩られましたからな。……今人領域で生きている数少ないグリフォンやヒッポグリフは、人間達に様々な呪いで服従させられ、知性も本来の力も失ったただの家畜であります】

「そうだな魔烏君。……この子は姿が馬だから見逃されたが、もしグリフォンの血が外見にも現れていたら、きっと神殿に奪われてしまうところだった」


 キョウは複雑な表情で子馬を見下ろし、そっとケイトのようにたてがみを撫でた。その感触が心地良いのか、馬は機嫌良く鳴いてキョウに擦り寄る。


【いずれにしろ、魔王陛下はもう神殿などに魔物達を虐げさせはしませぬよ】

「……逆に人間が虐げられる事も、ないといいですね。……よしよし、いい子」


 少なくとも戦争を仕掛けた敗戦国の人間とは一緒にされたくない、とザイツは思った。


「……あ、そうだっ」


 しばらく馬のを撫でていたキョウは、思い出したように顔を上げ、ケイトを見た。


「ケイトさんと、このガンバーちゃん。新しい仲間が入って出発するんですから、一度魔話術(ビューフォン)で、魔領域のお城の方に連絡を入れておきましょうか」

「えっ」


 キョウの言葉に、何故かケイトは慌てたような表情になって狼狽える。


「どうしたケイト?」

「あ、ああいや……姫様が連絡するという事は……相手はその、親御様である魔王陛下なのかな、と」

「ああ、前はそうだったけど」

「み、見たのか? 君は魔王陛下にお目にかかったのかザイツっ?」

「な、なんだよっ?」

「い、いや……当代魔王陛下といえば、魔領域をまとめ上げて国力を高め、戦を征しつつ人領域とも歩み寄り、大陸各国と共存共栄の道を模索している稀代の名君じゃないか。……種族は違えど、その治世と政策は尊敬に値するお方だと思っているからな。……お目にかかるともなれば、流石に緊張する」

「……そうか?」

「当代魔王陛下とはどんなお方だザイツ? やはり冒しがたい威厳と知性を兼ね備えた、思わず頭を垂れたくなるような老練な君主なのかっ?」

「……」


 期待しているケイトに、全裸でハーレムのねえちゃん達と戯れてた、とは答えられず、ザイツは黙って視線を逸らした。


「――申し訳ありませんが」


 そんなケイトに笑顔を向け、キョウは朗らかに言う。


「魔王陛下はお忙しい方ですので、お話はやめておきます。魔王陛下はお忙しい方ですので」

「あ……それはそうですね姫様。……しかし何故繰り返されたのですか?」

「大事な事なので二度言いました。別に私が話したくないとかそういう事では無いんですよ。ただ魔王陛下はお忙しい方ですので」

「……そ、そうですか」


 三度繰り返したキョウに何かを感じたのか、ケイトはとりあえず頷き、その後説明を求めるようにザイツを見た。


「……」


 それをザイツは無視し、視線を逸らした。

 とても朗らかな笑顔で、キョウは杖を取り出すとそれを前方へと向ける。


「という事で、報告は魔王后陛下にします。今の時間なら、魔王后陛下は後宮の側妃と女官達から一通り挨拶と報告を受け終わって、一休みなさっている頃ですし」

「亭主の女達からの挨拶かぁ……それはまた、気疲れしそうな時間の後だな」

「大丈夫ですよザイツさん。側妃さん同士の戦いはそれはもう激しいようですが、魔王后陛下の前では後宮の皆さん、借りてきた猫のように大人しいです」


 魔王后陛下は怒らせるととても怖い方なんです、というキョウの言葉に、貴人との口の聞き方をしらないザイツは、できるだけ黙っていようと決心した。


 やがてキョウが呪文を唱え終わると、昨日見たものと同じ鏡状のものがグニャリと曲がり、しばらく渦状になったかと思うと光を放ち、再び鏡のように広がった。


[……おお、良い朝じゃなクローディ。……旅支度が調ったようじゃのう]


 慎ましく上品な深緑色のドレスに身を包み、結った金髪に小さな王冠を載せた女堕天魔族(フォルディノー)が、姿を映す鏡の中で微笑む。


「はい、おはようございます魔王后陛下。シュネイの街で旅に同行してもらう冒険者殿らを雇いました事を、一言ご報告させていただきたく、魔話術(ビューフォン)を差し上げました」

「うむ。……冒険者よ。そなた達が、我娘を守り共に旅をする人の子らか?」


 女堕天魔族――魔王后はゆったりとした物腰とふっくらした頬が福々しい、上品で美しい夫人だった。


「え……ああ」


 今まで見たこともないようなタイプの女性から視線を向けられ、ザイツは内心で酷く狼狽えながら一言答える。


「……は。冒険者、ケイト・バードフォートと申します。ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます魔王后陛下」

「――っていつのまに跪いたケイトぉ?!!」

「ばっ?!! ――……魔話術(ビューフォン)が繋がる前だバカ者。鏡越しとはいえ、下々が一国の王妃と顔を付き合わせて話せるはずなかろうがっ。なんでお前は突っ立ったままだっ」


 極々小さな声でそう応えたケイトは、素早くザイツのマントを後ろから掴んで引き、跪けと指示した。


[……ほほ、良い。それよりそなたらの顔が見たい]


 思わず体勢を崩しそうになりながら跪き頭を下げたザイツを見ながら、魔王后はゆったりと笑ってそう言うと、ザイツとケイトに顔を上げるように言った。


[頭を下げている者に、頼み事はできぬ]

「……頼み、事?」


 顔を上げ思わず聞き返したザイツに、後ろから慌ててケイトがマントを引っ張った。だが魔王侯は微笑んだまま頷きザイツに言う。


[……そう、頼みじゃ。……人の子、そなたの名は?]

「ザイツ」

[……ではザイツ、頼む。我娘クローディの旅を、人族として見守り、助けてやって欲しい]

「人族として?」


 魔王后は頷き、キョウへと視線を向ける。


[魔領域の未来を担う我娘が、隣人である人族と我らの関わりを学ぶ事が、此度の旅の目的じゃ。……最も身近な人族となるだろうそなたらの助けが、我娘にとって良いものとなる事を妾は望んでおる。……頼むぞザイツ、そしてケイト]

「……ああ」


 命令とは違う、だが逆らいがたい力を感じさせる柔らかい声に、ザイツはどう答えて良いか判らず、結局いつもと同じ口調でそれを了承すると、少し考えてから付け足す。


「……雇われたからには、仕事はこなす」

[……ふむ]


 ザイツの言葉に魔王后は少しだけ考えるように沈黙したが、すぐに微かな笑みをこぼし、柔らかい声を返す。


[仕事か。……それもまた、人と魔の関わりの一つじゃな。……ならばザイツ、そなたの仕事ぶりを、楽しみにしていよう]


 抗い難いものを感じさせる魔王后の言葉に、どう受け答えるべきか考えたザイツは、結局何も思い浮かばず、もう一度「ああ」と言い頷いた。


『しかし……これが王族のイゲンとかいうものか……』


 そして自然と頭を下げたくなるような魔王后の言葉を聞きながら、以前見た魔王を思い出し、俯いて内心で首を捻る。


『よく判らないが……迫力だ。……あの魔王も昨日はアレだったが、本当は

こんな感じで王様らしく振る舞っていたりするんだろうか……』



[――きゃっ?!]



『――え?』

 

 思わず上がったのだろう女の悲鳴は、キョウではなく鏡の中の魔王后のものだった。


「……」


 案外可愛い悲鳴だったと思いながらザイツが目線を上げると、鏡の中には魔王后と驚愕の表情で固まった侍女達――そしてザイツが昨日見た魔王が、昨日と同じ姿のまま後ろから魔王后に抱きつき、その豊満な胸を鷲摑みにしていた。


「……」

「……」


 突然鏡中に現れた全裸男に、顔を上げていたキョウとケイトの表情もまた驚愕で硬直している。


[へ――陛下何をっ?!]

[セレスぅうう!! 聞いてくれよセレスぅううう!! クーちゃんが!! クーちゃんが結局着信拒否解いてくれねぇんだよぉおお!!]

[じ、自業自得でありましょう! それよりその恰好は何事ですかっ。誰か! 誰か陛下のお召し物を!]

[やっぱりこの悲しみはクーちゃんの母親であるお前と分かち合おうと思って全裸待機!! だから慰めてセレス!! むしろクーちゃんの弟か妹産んでくれ!! クーちゃんも可愛い弟か妹の顔を見たら機嫌を直すに違いねぇし!!]

[一日二日で産めますか!! 陛下!! 妾が今何をしているかをまずご確認なさいませ!!]

[えー、ナニって俺にチチ揉まれて押し倒される寸前だろ――……]


 妻の胸を揉みしだきながら何気なくザイツ達の方を向いた全裸男――魔王

は、見えているのだろう娘に慌てて手を振り、言い訳する。


[こ……これは違うんだよクーちゃん。父上はね魔王后であるクーちゃんの母上とこの通り仲良くしててこれは後宮の秩序を保つという点から見ても国益に適った大切な事で――]


 全裸男から目を逸らすように、キョウは深々と頭を下げて魔王后に言う。


「それでは出発いたします魔王后陛下。……どうかご自愛下さいませ」

[ああ待って!! クーちゃん!! クローディ!! 父上の話聞いて――]


 プチっ、と音をたてて、宙に浮かんでいた鏡は消えた。

 

「……」

「……」

「……」


 痛々しい沈黙がその場を支配する。

 やがてショックから立ち直るように、小さな声でケイトがそれを破り呟く。


「……あ……あの方が……魔王陛下……」

「違います」


 それを冷酷な笑顔で否定して、キョウは言う。


「あんな助平親父知りません。あれはきっと、ただの通りすがりの痴漢です」

「ま……魔王后の胸を、後宮で揉みまくる痴漢かよ?」

「きっと後宮に忍び込めるくらい、腕利きの痴漢なんです。今頃魔王后陛下に成敗されているでしょう」


 ――キョウの言葉を証明するように、ドーンという凄まじい轟音と強大な魔力の光柱が、魔領域方向の空を裂き輝いた。


【おお……あの魔力は……正しく魔王后陛下の最強闇魔法【地獄の審判(ヘルジャッジメント)】である】

「……あれ、城が倒壊してんじゃねぇか?」

「熟練の魔法使いならば、そんなヘマはすまいよ。……しかし……恐ろしいな魔領域の王族の痴話喧嘩は……」

「だからあれは、ただの痴漢撃退ですってばケイトさん」


 キョウは魔領域から立ち上っている光柱を見上げ、とても良い笑顔でそう断言すると、再び馬車へと近づき、突然の轟音と光に驚いた様子の馬を優しく撫でるザイツとケイトに言う。


「――さぁ、出発しましょうか。よろしくお願いしますね」


 こうして魔王女と旅の共達は、シュネイの街を出発した。






ケイト「……ふ、口伝を真に受けた私が馬鹿だった」

ザイツ「変態で痴漢の名君もいるかもしれないぜ」

キョウ「ザイツさん……それフォローじゃないですよね」

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