15 夜市に行くが何かがおかしい②
―夜市―
松明に手下げランプ、そして魔力で作り出した人口灯。
路地裏にしては開けた一画の夜闇を、薄汚れた敷布の上に出所もしれない品物を並べた、露天商達の持つ小さな灯りが客を迎え照らす。
「お兄さんお兄さん、マントがボロボロだね? 良い出物があるんだ。見て行かないか? ほら、祝福付きだよ」
「……どれ? ……まぁ、別のも見て見るよ」
「なんだい買わないのかいっ? すぐ無くなっちまうよ?! ……ちっ、貧乏人がっ」
数だけは多い露店の間を縫うように歩いていたザイツは、声を掛けてきた露天商が差し出すマントを見下ろし、すぐにその場を通り過ぎた。
『――なーにが祝福だよ。ちょっと品物に支援魔法をかけて誤魔化しただけの、真っ赤な偽物じゃねぇか』
胡散臭い流れ者の商人達が怪しげな品物を並べ、掘り出し物を狙ってきた客に売りつける夜市は大抵の街で開かれていたが、そのどこにも共通して言えるのは、掘り出し物以上にクズ商品が多いという現実だ。
『……まぁ完璧な偽物ならともかく、それっぽい魔法がかかったモンの真贋を見極めるのは難しいんだけどな。……俺も何度騙された事か』
ザイツをカモろうとした商人は、すぐにまた通りすがりの若者を捕まえセールストークに励む。若者は興味を持ったようだったが、ザイツを含めそれを咎める者達はいない。『騙された方が悪い』という意識もまた、夜市の現実だからだ。
『……と言っても、本当に悪質なモノは、夜市を仕切る親分が、手下を使って排除しているようだ』
露天商達に頭を下げられる、いかにも荒事稼業といった風な男達が歩いて来るのを見たザイツは、面倒を避けるように道の端に寄って男達と行き交った。
『……街の最下層で行われる夜市にも、その街の豊かさや治安の様子は現れる。……夜市がそこそこ『真っ当』な仕切りで行われているシュネイの街、ついでにその街があるカトラ王国は、やっぱり大陸の中でも豊かで、安全な場所なんだろう。……良い王様なのか? ……はは、王子はバカっぽかったけどな』
そのまま歩きながら、何気なく昼間の闘技を思い出したザイツは。
「……バカは俺もか」
自分があれこれとやらかした事に対する後悔を改めて覚え、大きくため息をつく。
『キョウ姫に助けられたせいか、王子は一応素直に敗北を認めてたけど……騎士団の連中は、王子を殺しかけた俺に明らかに殺気向けてたし、恨み買ったよなぁ。……冒険者ギルドだって、何か問題起きたら俺を庇ってくれるどころか速攻で切り捨てかねない様子だし。……あー、やっぱりこれからは、目をつけられるような事は極力控えて控えめに行こう……コネも力もねぇ貧弱冒険者が、これ以上トラブルなんか遭いたくないっての……』
と、そんな事を内心でグチりながら立ち止まっていたザイツに。
「お兄さん」
「うぉ?!」
甘ったるい女の呼び声がかかった。見るまでもなく、それは多少暖にもなる松明の下にたむろっていた娼婦達の中の一人だった。
「あらいい男。どう? そこの陰でいいなら安くするわよ?」
「あー……いや、買い物すませて、急いで帰らなきゃならないんだ」
「あらぁ、残念」
ソバカスの浮いた素朴な顔立ちと、ふっくらとした体付きか可愛らしい赤毛の娘に多少心は動いたが。ザイツは断る。
「家でいい人が待っているのかしら?」
「……いや、そんなんじゃ……」
ないけど、と言いかけたザイツは、何かが聞こえたような気がする。
――……さーん。……ツさーん。……うーんどこかなー?――
「――キョウ姫?!!」
慌てて振り返ったザイツだったが、幸か不幸か薄暗い雑踏の中に、冒険者ギルド事務所に置いて来た魔王女を見つける事はなかった。
『……そ、空耳だよな? ……ま、まさか来て……ないよな? な?』
「あらやだ。『お姫様』呼びするような愛しい女がいる男なんて、御免だわ」
その様子に、しらけた様子で娼婦はぼやく。
「い……いや、本当にそんなんじゃ……」
「……そういや今日、どっかのお姫様を賭けてカトラの王子様と冒険者が決闘したんだっけ? あぁん、やっぱり男共は、守ってあげたくなるようなか弱いオヒメサマに剣を捧げたいもんなんだよねぇ」
「そ?!! ……んな事がもう、噂になってんのか?」
内心でビクつきながら問うザイツに、娼婦は笑って返す。
「噂かどうか知らないけどさぁ? さっき客になったヤツが教えてくれたよ」
「客?」
「うん。なんか冒険者ギルドの闘技場見物に行ったんだって。なんで決闘になったかはよく判らなかったみたいだけどね」
「……だろうな」
「――あ、でもさ」
「ん?」
「きっとカトラの王子様と戦った冒険者が悪いんだろうって言ってたよ。――なんでもそいつは、卑劣な術と策で王子様を散々弄んだあげく、最後は強烈な攻撃魔法の一撃で水路に叩き落として殺そうとした、冷酷非道な汚い魔法剣士だったんだってっ!!」
「誰の事だそれぇ?!!」
極悪人のような言われように、ザイツは思わず驚愕して娼婦に聞き返した。娼婦は笑う。
「あはは、本当何者なんだろうね。名前は……ザイだかゾイだかそんな感じだったかな? でも冒険者みたいだし、お兄さんも危なさそうなヤツとは関わらない方がいいよ? カトラの王子様のように、酷い目に遭わされちまうかもしれない」
「……あー……うん。そうする。それじゃ」
噂に尾ひれどころか情報操作されたとしか思えない自分の悪評を聞き、内心の嘆きを押し殺してザイツは娼婦と別れる。
『……噂を真に受けた連中に顔を知られる前に、さっさと買い物をすませよう。……うぅ……ちょっと偉いヤツと依頼の取り合いをしただけで……どうしてこうなった……』
やはりバカな事をしたかもしれないと頭を抱え、財布をスろうとしたスリの手をすり抜けながら、ザイツは早足で通りを進む。
「……うーん……すごい人。……やっぱりこれ見つからないかな?」
「おうそこの別嬪なねえちゃん!! こんなとこで何してんだぁ?!!」
「何か買いたいなら俺達が案内してやるぜっ!!」
「ひゅい?! し、失礼しますーっ」
「うぉ速っ?!!」
そのザイツとすれ違うように逆方向に歩いていた黒肌白銀髪の美女は、その姿に目を止めた男達に声をかけられ、速攻でその場から逃げ出していった。
「にぅー」
その後ろの影に隠れるように、小さな黒猫も音も無く走り付いていった。
ザイツが向かっていた目的地は、夜市が開かれている通りの最奥付近、沢山の荷馬車が止められている一画だった。
露店ではなく荷馬車の中で商売をする商人達も少なくなく、そういった商人達は、渋滞や事故の原因にならないよう夜市側から商売をする場所を指定されていた。
「……お、よかった、まだ居たか」
見慣れた幌馬車を見つけザイツはほっとする。
奇妙な紋様で染められた赤布を張った派手な馬車の持ち主は、ザイツが品質を信用している、数少ない夜市の流れ商人だった。
「――よう、ユーイ姐さんは接客中か?」
「……」
ザイツは店舗となっている馬車の後部に腰掛けている、巨大なバトルアックスの手入れをしている用心棒の大男に軽く手を上げ挨拶した。
頭から顔にかけて長い布で覆い顔を隠した大男は、黙って首を横に振り中に入るようザイツに手で指示する。無口なのか口がきけないのかは判らなかったが、いつもの事だったのでザイツは頷くと、幌馬車の後部から幕を捲り中へと入る。
「――あら、いらっしゃいザイツ君~、冷酷非道な汚い魔法剣士さぁん~♪」
「……誰の事言ってんだ、ユーイ?」
「ふふふ、あら違った~?妖精魔法を使いこなす両手剣使いで、あたしと同じ東方の容貌を持つ坊や、なんて君以外浮かばなかったんだけど~?」
「っ!! もうそんな情報まで出回ってんのか?!」
「まとめるとそんな感じだったわよぅ~? ふふふ、どうするザイツ君~? あっという間に有名人よう~?」
物で溢れかえった幌馬車の中央に座り、うんざりと睨むザイツを見上げながら楽しげに笑う商人は、濃い灰色の長髪を背中に垂らした女だった。
「今日は何を御望みかしらぁ~? 魔具? 装備? それともあたし~?」
「装備。あと魔具もあるなら見たい」
「あぁん、スレちゃって可愛くないのぉ~。最初の頃のザイツ君は、冗談に狼狽えてくれる初々しさがあったのにぃ~」
「そんな暇はなさそうだからな」
年の頃は二十~四十の間、程度にしかザイツには見当がつかない。
細い目に薄い唇、尖った細い鼻の、東の血を感じさせるすっきりとした顔立ちの女は、すごい美人というほどではなかったが、胸の大きな女らしい身体を派手な前開きの服に包み、細い帯で留めただけの姿には、妙な色香があった。
「余裕のない男はもてないぞ~? ……その割に、女難の相が出ているような気がするけどぉねぇ?」
「……知らねぇよ。いつから占い師に転職したんだ?」
「ふふふ、兼業しちゃおうかな~売れると思う?」
「知らねぇ」
それを良く自覚しているのか、女は大きく開いた白い胸元を強調するように腕を組みながら、ゆったりと思わせぶりな事をザイツに言う。
キョウの情報も入っているのかとやや落ち着かない気分になりながら、ザイツはさっさと買い物を済ませてしまう事にした。
「……ユーイ、あんたの戯れ言はどうでもいいが、あんたが仕入れる商品は信用してるから品物を見せろ」
「はいはい。欲しいのは魔法でボロボロになったマント~? それとも魔国のお姫様を守るため、決闘で使っちゃった魔法剣の呪符~?」
「……」
「君が思ってるよりず~っと、君とお姫様達の情報は広まってるよぅ? 平穏無事な旅がしたいなら、今後は一国の王子と事を構えるなんて派手な事はしないようにね~? 多分もう遅いけど~」
お気の毒~、と言いながら、あれこれと品物を取り出すユーイ。
その顔が明らかに笑っているのを見ながら、ザイツはせめてもの嫌がらせに、幌馬車が揺れるほど音を立て、その前に座った。
「きゃははっ。あぁん♪ そんなに激しく揺らしちゃいやぁん~♪」
「……」
効果は無かったが。
「――といっても~ごめんねザイツ君。実はマントは、今日品切れになっちゃってるの~」
「え……本当か?」
「あたし、商売には嘘言わないわよぅ~?」
背後に積み上げられていたいくつかの箱を確かめ、手元の帳簿をパラパラと捲ったユーイは、やっぱり無いわと呟きながら首を振った。
「敗戦でゴタついてるメレ属教国で良い仕入れができて、いくつか祝福付きもあったから、ここまで持ってきたんだけどどさぁ~、開店直後に来たお客さん達が争って買っていっちゃったぁ~」
「結構な繁盛ぶりじゃねぇか」
「ウチの商品、質はいいからねぇ~。しばらくシュネイで取引してたら、ここには『本物』が入荷してるって噂になったみたいなの~。儲けたのはいいけど、そろそろ流れた方が良いわよねぇ~」
「繁盛してるのに流れるのか?」
「商品の出所知られるのは嫌だものぉ~。あたしまだ、首切り役人のお世話にはなりたくないわぁ~」
「……そんなにやばいモンなのかよ」
まぁね~、と緊張感無く頷きながら、ユーイは小さな小箱を見つけ出してザイツの前に出した。
「でも呪札は残ってるよ~? 魔法剣の他にも色々と良さげなものもあるけどぉ、買う~?」
「うーん……欲しいがいくらだ?」
「魔法剣は銅貨250枚、魔防壁は銀貨2枚、高速移動魔法は金貨1枚から~。他にも色々あるけど~ザイツ君が欲しがりそうなのはこの辺かな~」
「やっぱり高いな」
「あら、真っ当な店よりずっと割安よぅ~?」
「判ってる……だがこれ買ったら、マント買う予算が無くなっちまう」
「ふふふ……そうよねぇ~?」
「……」
「ふふふふ~」
ユーイは嬉しそうな笑い声を漏らし、ザイツのボロボロになったマントを掴み――眉根を寄せ見返すザイツへ、舌なめずりでもしそうな表情で、妖艶に言う。
「……搾り取らせてくれるならぁ、魔法剣の呪札くらいは譲ってあげてもいいよぅ?」
「……またかよ」
「だって君を見ると……欲しくなるんだものぉ♪」
「……」
一瞬苦々しい顔をしたザイツは、だが僅かに逡巡した後頷き、ユーイの手を取った。
「……わかった」
「ふふ……途中でへばらないよう、がんばってねぇ?」
そして。
「――【ヘンキー達の狂騒】!!」
――ユーイの手に持っている水晶に触れながら、思い切り魔力を放った。
宣誓した魔法は発動する事無く、代わりにユーイが手にした水晶が強く輝き出す。
「え~とぉ、この水晶が魔力で満タンになるまで、あと大魔法十回ねぇ~?」
「そ……そんなにかよっ搾りすぎだろ!! 魔力の使い過ぎは危ねぇんだぞ!!」
「だよね~。魔力って精神力から生み出されるものだからぁ、一気に使い切っちゃうと精神が崩壊して廃人になったりしちゃうんだよね~♪」
「判ってるなら加減しろよ!!」
「だってぇ、言ったでしょう~。君を見ると……君の魔力が欲しくなるってぇ」
「言ってねぇ!!」
「ふふふ、妖精魔法使いの魔力って、使う人が少ないから中々手に入らない分、魔具師達に高く売れるのよぅ~。魔具の原材料ってぇ~人間の魔力だから~」
そううっとりと言いながら、ユーイは魔力で輝く手の中の水晶に頬ずりする。
「大丈夫~、もしザイツ君が廃人になっちゃったらぁ、ちゃぁんと血や骨までばらして売りさばいてあげるからぁ」
「どの辺が大丈夫なんだよそれ?!」
「魔力が強い人ってぇ~捨てるトコ無いのよぉ? ザイツ君の血肉や皮や内臓なら~きっと良い魔術の道具や触媒になると思うわ~」
「こ……この極悪守銭奴!! 恐ろしいモン売り買いするな!!」
「やぁねぇ~人聞きの悪い~。世間様の需要と供給に従っているだけよぅ~?」
身の危険を感じ叫ぶザイツに、ユーイは変わらない緊張感の無い声であっさりと返した。
――今よりもっと子供だった頃、このユーイに『君が欲しいの』とねだられ、てっきり男女の誘いかと喜んだあげく廃人になる寸前まで魔力を搾り取られたのは、思い出したくもないザイツの恥ずかしい過去だ。
「大丈夫大丈夫、……血筋か才能か……ザイツ君ってそうは見えないけど、魔法使いとしてもやっていけるくらい身体の中の魔力量が多いもの~。このくらいで廃人にはならないってばぁ。……多分」
「語尾に『多分』つけるなよ!」
「ふふふ、嫌ならやめてもいいのよぉ~? ……呪札があったら旅の安全も増すだろうけどぉ~ザイツ君が嫌なら仕方ないわよね~。欲しがる人は多いし~」
「ぐっ……」
「この水晶満タンにしたら、魔法剣にもう一枚オマケしてあげてもいいわよ~? 悪い話じゃないと思うけど~?」
「…………」
この女の前で、意識だけは絶対失わないようにしようと決心しながら、ザイツは無言で水晶に手を当て魔法を発動させた。
ユーイ「エロ同人展開だと思ったか? 商品仕入れだよ!!」
ザイツ『……女難の相……当たってるかもなぁ』




