12 決着がついたが何かがおかしい
「そらどうした、攻撃してこい冒険者! 私を倒すのだろう? ――できるならな!」
「っ……」
ザイツの剣は、自分にとって一撃が脅威となる火力がない。
それを今までの攻撃から悟ったジルベルトは、体勢を低く保ち大地震のように揺れている地面の上でなんとか安定すると、盾を構え直してザイツと対峙した。
「……これは、まずいぞザイツ」
「ま、まずいって……ケイトさん?」
防御重視の構えを取るジルベルトの意図を悟り、ケイトは舌打ちすると隣で不安げな視線を向けるクローディに苦々しく言う。
「今まで王子は、不利な状況でなんとか攻撃に転じようとしていました。それはザイツの攻撃で倒されてしまう危険があったからです。……その可能性が低いと判った王子は、防御に徹し機を待つつもりでしょう」
「……機?」
「……魔法効果が無くなる、その時をですよ」
「――っ」
ケイトの言葉の意味を悟り、クローディの表情は強張った。ケイトは続ける。
「範囲魔法【ヘンキー達の狂騒】に、なんらかの肉体強化支援魔法……この効果があるからこそ、ザイツは現在対等以上に王子と戦えているんです。……その効果が切れてしまえば、ザイツには一気に不利になります」
「!! ――で、でも魔法ならかけなおせば――」
「どうやって? 【ヘンキー達の狂騒】の詠唱は、結構時間がかかるんですよ? その間、王子がただ待っててくれると思いますか?」
「……そんな」
「強力な範囲魔法の効果時間は長くてもせいぜい5、6分。……長く保ったとしてももうあまり時間はありませんが……現状を押し切らなければ、ザイツに勝ち目はありません」
ケイトは自分が口にした現状に苛立ったように乱暴に腕を組むと、どうするんだ、と小さな声で吐き捨てた。
「……」
それが聞こえているはずも無いザイツは、ジルベルトからジリジリと距離を取り後退する。
「なんだ貴様逃げるのか!! 時間経過の不利を自覚していないのか?!」
「してるさ」
それを嘲り挑発するジルベルトに返し、ザイツは片手を素早く身に付けているマントの中へとつっこむと、何かを引き出し口元を歪ませた。
「――だから押し切らせてもらうぜ、王子様」
ザイツが取り出したのは、掌に納まるほどの細かい紋様が書き込まれた紙符だった。
「っ! 呪札だと?! ――そんなものまでっ!!」
紙符を見留め反応しようとしたジルベルトより早く、ザイツはそれを剣刃の
根本に貼り付け叫ぶ。
「――【魔力付与】!!」
その瞬間、中段に構えていたザイツの両手剣は、吹き上がるような白光を放ち。強い光を宿した両手剣と共に、ザイツはジルベルトに突進していく。
「うぉおお!!」
「魔法剣か!! 火力増強としては有効だが――そう簡単に通用すると思うな!!」
魔力を宿した剣に表情を引き締めながら、白銀に輝く盾を構えジルベルトはザイツを迎え撃った。
「っ……!!」
猛然と襲いかかったザイツの剣が、ゴウゴウと突風のような音を立てながら鋭く弧を描き、盾をかいくぐってジルベルトに襲いかかる。
それを剣や鎧で受け止め、ジルベルトは最高潮に達したように激しく揺れる地震に耐えて、防御に徹する。
「ひぅっ……が、がんばってください……ザイツさんっ」
激しい攻防と、火花を飛び散らせて激突する凄まじい金属音に怯えながらも、クローディは窓枠にしがみつくようにして闘技場を見つめ、ザイツを応援していた。
「姫、大丈夫ですか?」
「っ!! だ、だだだ大丈夫……です……ちょ……ちょっと……足がフルフル……してるだけで……っ」
「……いいんですけどね」
今にも気絶してしまいそうな姫君に思わず苦笑を漏らしつつ、ケイトはクローディを支えて闘技場に目をやった。
「ざざ、ザイツさんのあれは、魔法なんです、かっ?」
そしてやや裏返っているクローディの質問に、応えてやる。
「呪札は、魔具の一種です。ザイツは魔力付与の呪札を使い、魔法剣を発動させたんですよ」
「魔具っ、ですかっ。え、ええとっ、魔力さえあれば、魔法の適性が無くても発動できるっていう、便利道具、です、よねっ?」
話して恐怖を紛らわしているのか、クローディもケイトに返す。
「そうです。色々な形態の物がありますが、さっきザイツが使ったような呪札が一般的に使われる消耗品です」
「まま、魔法剣、という、のはっ、どういうものなんですかっ?」
「そのままですね。武器に魔力を付与できるようにして、物理耐性では防げない魔力攻撃を加算します」
「物理に、魔力を加算……ですか」
「一撃ごとに使用者の魔力を消耗するものの、大抵の場合は有効な火力アップ方法です……が」
「がっ?! がってなんです?! 何か危険でもあるんですか?!」
焦るクローディに、どこか憐憫を滲ませた表情で、ケイトはええと頷いた。
「深刻なダメージが返って来ます」
「えぇ?!! ざざ、ザイツさんに?!」
「正しくは――ザイツの財布に」
「えっ」
「……魔具って高いんですよねぇ。一番安価な消耗品の魔法呪札でも、銅貨100枚くらいからが相場ですし。魔法剣は……カトラの魔法屋で銅貨300枚くらいでしょうか」
「え……ええと……銅貨一枚でハンバーガー一個買えるとして……」
「……贅沢しなければ、庶民が一ヶ月は暮らしていける金額が今吹っ飛んだとお考え下さい」
思わず言葉を失ったクローディの耳に観客の悲鳴が響き。
ジルベルトの間合いに飛び込んだザイツは、鎧横腹部分にある隙間を撃ち抜くように、両手剣体術を放つ。
「【連続斬り】!! 【骨砕き】!! ――【斬り払い】!!」
「ぐ――ぉお!!」
回避させない三連打が決まった。
最後の体術で後方に吹き飛ばされたジルベルトは、だが即体勢を立て直す。
「――見てケイトさん!! ダメージ通ってます!!」
「む……っ」
観客と共に、クローディは明るい声をあげた。
指さした方向にあるジルベルトの保護水晶は、強いダメージを吸収した事を現して青色に薄く黄色がかり、緑色へと変色していた。
だが。
「!! ザイツ危ない!!」
「え? ――っ!!」
ケイトの叫び声と共に、更に観客が沸く。
「――神聖魔法!! 【光斬の刃】!!」
「がっ!!」
両手剣を構え直そうとしてたザイツに、ジルベルトから攻撃魔法が放たれた。
咄嗟に倒れ込むように回避したザイツだったが避けきれず、発動した幅広の魔力の刃は、ザイツのマントを切り裂き左肩口の肉を抉るように吹き飛ばす。
「く……詠唱が早い!! 大技を使ったザイツの隙を突いたか!!」
「きゃああ!! ザイツさんー!!」
切り裂かれた左肩から血を流すザイツと、一気に赤へと変色するザイツの保護水晶に、クローディは悲鳴を上げケイトは眉をしかめた。
「痛ぇ……一発擦っただけでこれかよ。バ火力が」
「ふん。真っ二つにしてやろうと思ったがかわしたか」
殺る気満々だな、と憎まれ口を叩いたザイツは、気合いを入れ治すように、未だ強烈な光を放つ両手剣を握り締めた。
それを忌々しそうに見下ろしたジルベルトは、だがそれをすぐに余裕を取り戻しザイツを嘲る。
「そろそろ範囲魔法は終わりだろう。忌々しい妖精共が、次々と送還されているぞ」
ジルベルトの言う通り、ヘンキー達が笑い声と共に光の球となって徐々に消えていくにつれ、地面の揺れはおさまっていく。
「フられたな王子様。あんたのダンスはイマイチだったみたいだ」
「ほざけ、じき支援魔法も切れるだろう。貴様の保護水晶のは風前の灯火だぞ冒険者」
「まだ割れちゃいない」
「はっ、この期に及んで現状も把握できない阿呆か!!」
耳障りな音を立てて、鋭く踏み込んだジルベルトが振り下ろした片手剣と、ザイツの両手剣がぶつかり合う。
「だが、その魔法剣は少々煩わしい!!」
「ははっ。ダメージ受けたのが、そんなに悔しいか?」
「調子にのるな!! 小細工無しでは戦えない下郎が!!」
「頭使わずに戦って、下郎の小細工にひっかかるのが名誉ある騎士の戦い方なのか?」
「!! 黙れ!!」
一度、二度と切り結び、ザイツが横薙ぎに払った両手剣を盾で弾き飛ばしたジルベルトは、たまらず後退するザイツに凶悪な笑みを向け、盾を突き出す。
「――貴様の最後の希望も断ち切ってやるわ!! ――発動しろ【魔法盾】!!」
「っ……」
ジルベルトの白銀の盾が、ザイツの両手剣同様強烈な魔力の光を放った。
光は盾を中心にジルベルトの全身を覆い照らす。
「我盾は魔具!! 我身を魔法攻撃から守る魔法盾が、貴様の魔力攻撃など無効化してくれるわ!!」
その神々しい姿に、観客席の女達から一斉に黄色い悲鳴があがった。
「け……ケイトさん、あれは……」
「……魔具を持っていたか。……あれはザイツの魔法剣同様、使用者の魔力を消費して魔法攻撃を防ぐ、魔法盾です。……あれではザイツの魔法攻撃がかなり防がれてしまう」
形勢が不利に傾きつつあるザイツを、クローディとケイトは心配しながら見つめるしかない。
「……やっぱり、魔法防御も持ってたか。……やれやれ」
一方心配されているザイツは、何かを思い悩むように顔をしかめつつも、絶望した様子も無く冷静な様子で両手剣を構え、言う。
「これであんたが倒れてくれれば――絶対使いたくなかった奥の手を、使わなくてよかったのに」
「……ふん、ハッタリにしては芸が無い台詞だが」
ザイツはジルベルトの返しにうっすらと笑みを浮かべ、両手剣を背負うように肩の上に乗せ、低く構えた。
突撃し一撃を狙う構えのザイツに対峙し、ジルベルトは油断無く防御姿勢を取り、ザイツの攻撃に備えた。
――言葉とは裏腹に、ジルベルトは、ザイツの言葉がハッタリなどとは思っていない。
それどころか今まで小賢しい手で翻弄されてきた分、ザイツがまだ何か『隠し球』を持っていても不思議ではないと、大いに警戒し緊張しているのが実情だった。
『――だがどんな攻撃でも、この盾で耐えてしまえば問題無い。――最悪我魔法盾が攻撃に耐えきれずダメージを受けたとしても、魔法剣の消耗で奴の魔力さえ使いきらせてしまえば――奴の攻撃は無力化できるはずだ!!』
ただの物理攻撃ではほとんどダメージを受けなかったジルベルトは、ザイツの厄介な魔力攻撃さえ防ぎきれば勝てると予測した。
「――よかろう!! どのような小細工だろうと、この私が粉砕してくれる!!」
勝機は自分にあると確信し、ジルベルトは盾を構える。
そのジルベルトに臆することなく、ザイツは魔力をより行き渡らせるように、両手剣を握り締める。
「うぉおお!!」
「――っ!!」
未だ支援魔法の効果が残っている脚力を活かし、ザイツは低い体勢のまま地を蹴り、素早い動きでジルベルトに襲いかかった。
「――甘い!!」
魔法攻撃を受け止める事に集中していたジルベルトは、ザイツの攻撃軌道を見切り、上から斜め下、更に真横へと強襲するザイツの剣を、魔法で防護されている盾で次々弾く。
『ぐっ……思った以上に魔力が強い!!』
一撃一撃剣の魔力攻撃を魔法盾が受ける度、自身の魔力がごっそりと消耗されるのを感じたジルベルトは、内心で呻く。
『まさかこいつ――私より魔力が高いのか?! ――くそう!! 役立たずの妖精魔法使い風情が!! ――だが押し切らせてたまるか!! 何が何でも、こちらの魔力が切れる前に、こいつの魔力を消耗し尽くさせてやる!!』
最後の猛攻か、近接での斬り合いを恐れないザイツに、ジルベルトは鬼気迫る表情で片手剣を構え体術を放つ。
「【回転斬】!!」
ジルベルトの攻撃を防ぐため、ザイツは両手剣を振るいジルベルトの片手剣を打ち払う。刃同士がぶつかり合う瞬間も剣の輝きは強く瞬き、魔力を消耗しているのが判る。
『――このままこちらが押し切ってやる!! くらえ!!』
片手で構えた盾を肩で突き入れるようにして、ジルベルトはザイツに盾での攻撃を仕掛けた。
「はぁああ!!」
それを紙一重でかわし踏み込んだザイツは、槍のように構えた両手剣ごと、ジルベルトに全力で突撃する。
「く――させるかぁ!!!」
強引に体勢を変え、ザイツと向き合ったジルベルトは盾を全力で突きだし、それを受ける。
「「――!!」」
剣と盾。強烈な光がぶつかり合い、何かが弾け飛んだような轟音が闘技場に響き渡り――それは静まり返る。
「……は……はは!!」
「……」
すぐ眼前で防いでいるザイツの両手剣を凝視し、ジルベルトは驚喜した。
盾に攻撃を防がれた両手剣は魔力の輝きを失い、その刃はただの黒灰色の鉄へと姿を戻している。
「魔力が尽きたか!! これで貴様の攻撃手段は失われた!! 私の勝ちだ!!」
そのまま体重をかけて押し潰そうとするジルベルトの盾を、ザイツはギリギリと音を立てる両手剣で受け止め耐える。
その姿も、今のジルベルトには悪足掻きにしか見えない。
「……あんたの魔法盾だって……魔力が失われているぞ……」
「そうだ、だがそれがどうした? 私はこのまま盾で貴様を圧死させてやるだけで、勝利できる。だが貴様はどうだ?」
「……」
「範囲魔法は消えた。魔法や魔具を発動させるための魔力も尽きた。物理攻撃ではダメージを私に負わせる事ができない。――それ以上、今の貴様に何ができる? ――ほら、言って見ろ!!」
「……ぐ!!」
そう言い上から力を込めるジルベルトの盾に耐えきれず、ザイツは次第に押し潰されとうとう膝を付いてしまった。
「このまま地面に押し潰されて圧死するか、剣で突き殺されるか、選ばせてやろうか」
「ど……っちも……ごめん……だな……」
ならどちらも味合わせてやろう、とジルベルトは歓喜するまま力を込め、ザイツを押し潰そうとする。
「ざ――ザイツさん!! もうやめて!! 降参して!!」
二階席から聞こえる美しい魔王女の悲鳴に加虐的な愉悦を感じながら、ジルベルトは剣を振りかぶり、盾でザイツを地面に叩き付けよう――とした。
「……はは」
――その眼前で、ザイツは口元を歪めて笑う。
「っ……恐怖で狂ったか?」
「狂ってんのは……お互い様だろ。……あんなおっとりした姫さんに……こんな血生臭い大暴れ見せるなんて……まともな神経してんのかあんた?」
「くだらん事を。それが遺言か?」
「ははは……まぁ……あんたら騎士なら……ここで負けを認めるほかねぇんだろうな……正々堂々の……勝負なら……もう打つ手無し……だ」
「……」
「……だがよ……俺は……仕事成功させて金もらう……冒険者だからよ……卑怯……でも……なんでも……勝たねぇ……わけには……いかねぇんだよ……」
「……なんだ? ……何を言って――ッ!!」
負け惜しみか、と嘲笑おうとしたジルベルトは、背筋が凍り付くような魔力の波動を感じ取り表情を強張らせる。
「な――なんだ?!! こ――これ――は?!!」
同時に、ザイツのマントから微かに聞こえてくる何者かの声に、ジルベルトは気付く。
【――古の盟約と我が詠唱に目覚めし冷酷なる者達、地獄の業火より出でて我が命に従え。我が魔力に導かれ、我が敵を貫き痛苦を与え責め滅ぼせ……――】
声の詠唱に従い、暗黒の魔力がザイツの周囲に吹き上がり渦巻いた。
生理的な恐怖で咄嗟に身を引こうとしたジルベルトに、ザイツは肩を震わせ笑いながら言う。
「魔法盾――俺の魔法剣で使い切っちまったのは失敗だったな王子様!」
「貴様――これを狙って」
遅ぇよ、と返しザイツは哀れむようにジルベルトに言う。
「あんたの敗因を教えてやる。――あんたは、魔王女の使い魔を怒らせた」
その瞬間、渦巻く暗黒の魔力は『ザイツのマントの中に隠れていた』カンカネラへと収束され、詠唱は完成した。
【暗黒魔法――【業火の矢】!!】
強力な魔力で生み出された闇属性の矢が無数にジルベルトへと襲いかかり、直撃する。
「う――ごぁあああ!!」
防ぐ術も無く至近距離からまともに魔法攻撃を喰らったジルベルトは宙に舞い、白銀の鎧の破片を飛び散らせながら、闘技場を囲む水路へと叩き込まれた。
その瞬間、ジルベルトの保護水晶は真紅に染まり、粉々に砕け散った。
「お――王子殿下ぁー!!」
「た、タンカだ!! 早くお助けしろー!!」
騎士達の絶叫を聞きながら、ザイツはぐったりと闘技場に座り込む。
「……闘技場においては、魔法、体術、魔道具、使い魔の使用は全て許可される。……ってのがルールだ。……悪いな王子様、この一戦のみ、バカラスは俺の使い魔として契約していたんだよ。……使いたくなかったけど」
【む!! なんでであるか!! 吾輩もあのキンキラをぶちのめしたかったである!!! 出番を待ってたである!!】
マントの中から顔を出してむくれる魔烏カンカネラに、だってお前後々まで恩に着せそうじゃねぇか、と呟き、ザイツは深々とため息をついた。
戦いは終わった。
チュートリアル戦終了。
ザイツの使用戦闘技能
①妖精魔法……主に魔力を消耗する
②両手剣体術……主に体力を消耗する
③魔具……主に金を消耗する
どれも使いすぎると危険。特に③は深刻、財布が死ぬ。




