11 戦闘開始したが何かがおかしい②
「ぐ――っ?!!」
突然の震動に思わず突進を止めたジルベルトは、自分が立っている闘技場一帯に肌がざわつくような魔力の凝縮を感じ取り、そこになんらかの魔法が行使されたのが判った。
「範囲魔法……こんな短時間で詠唱を完了できるはずが――貴様!! 闘技場に入る前に呪文を完成させていたな?!!」
「何を今更。だから一言もしゃべらなかったんだろうが? 詠唱に続いて呪文名を宣誓しねぇと、魔法は完成しねぇんだからよ――っと」
そんなジルベルトに軽い口調で返しながら、ザイツは通常の人間では到底ありえない脚力で跳躍し、闘技場の端へと素早く飛び下がった。
ジルベルトは驚愕し怒りを増す。
「肉体強化の支援魔法まで!!」
「だから規則違反じゃないんだって。マーカスが言ったろ、『闘技前の準備や武具の変更調整なども問題ありません』ってな。……出来る限りの『準備』をしてから闘技に挑むのは、闘技場での常識だよ王子様」
「この!! ――っ!!」
激昂してザイツを追おうとしたジルベルトは、だが再び強く震動した闘技場でバランスを崩しそうになり、立ち止まるしかない。
ドッ、ドッ、と音を響かせながら闘技場は震動を続け、それは次第に大きく速くなっていく。
「な……なんだこの震動は?!! 貴様何をした!!」
「なに、草深い丘に住む小妖精、【ヘンキー】達を喚んだだけさ」
「小――妖精――?!!」
【キャハハハ!!】
【キャハハハ!!】
ふいに響き渡る女達の笑い声と共に一際大きな揺れを感じたジルベルトは、いつのまにか自分の周囲で、光に包まれた自分の膝丈ほどの女達が身を捩るようにして回転し踊りながら、大勢跳ね回っているのを見た。
「よ――妖精魔法か!! 下等な魔物を喚び出しおって!!」
素朴な草編みのチョッキとズボンを身につけた、尖った耳と鼻の女妖精――ヘンキー達が楽しげに笑いながら闘技場から飛び上がる度、闘技場はまるで焼きたてのパンが指で押されたようにへこみ、その弾力で震動する。
「……下等なぁ? 確かにそいつらはダンスが大好きで、『地面と跳ねる』だけの、頭の悪い妖精娘達だがよ。……踊り狂って力のタガが外れた時は、この通りなかなか魅力的だぜ?」
その震動の中で揺らぐ様子も無く、ザイツは両手で剣を構えジルベルトを見据えると、にやりと笑って言葉を投げる。
「――そういうわけで、こいつらのダンスの相手をしてくれや王子様。」
得意だろ? とザイツが言った瞬間、術者の言葉に反応したようにヘンキー達は強く瞬き、今までとは比べものにならないほど強く、闘技場が揺れた。
【【【【【キャーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!】】】】】
「なっ――がぐっ!!!」
激しい揺れに耐えきれず、ジルベルトは身体を揺らし地面と共に跳ねる。
そんな色男に浴びせかけるような大声で笑いながら、ヘンキー達は目にも留まらない速さで飛び跳ね踊り、まるで大地震のように、闘技場の床を液状化させて激しく波打たせる。
「馬鹿な――これほど揺れている状態で――闘技など――貴様とて――っ!!」
「俺はあんたが踊ってる間に――勝たせてもらうからよ」
その隆起の波を滑るように走り出し、ザイツは揺れなど全く感じていないかのような動きで、ジルベルトへと斬りかかった。
「な、なんだあの小僧冒険者!! あれって……妖精?!! 妖精魔法か?!! 使ってる奴いたのか!!」
「なんか判らんがすげぇぞ!! 王子様も形無しじゃねぇか!!」
「いやー!! ジルベルト様ー!!」
「あんなの卑怯よ汚い奴ー!!」
瞬き光るヘンキーの群れが飛び跳ね、その力で嵐の海のように激しく波打つ闘技場の上で翻弄されるジルベルトと、攻勢に出るザイツ。
闘技場で繰り広げられる予想外の光景に、周囲を取り囲む観客の男達は歓声を、女達は悲鳴を上げて場内は沸いた。
「お――のれ!! ぐぉ!! ご――の!!」
「さっさと保護水晶、壊されちまってくれや」
不規則に揺れ動く闘技場で思うように動けないジルベルトに対し、ザイツは支援魔法で強化された脚力を活かした素早い動きでジルベルトの間合いに踏み込むと、鋭く攻撃しては離れるを繰り返す。
「くそ!! ならば――【光斬の】――っ?!!」
「させねぇ」
それならばとザイツが離れた瞬間を狙い、ジルベルトが一撃必殺となりえる強力な攻撃魔法を繰り出そうと素早く詠唱した。
だがザイツは絶妙のタイミングでジルベルトに体当たりを喰らわし、魔法の宣誓前に中断させてそれを発動させない。
「お――のれ!!」
「生憎と、詠唱中断は前衛の仕事でな。――魔法なんておっかないモン、使わせるかよ」
言葉と共に、至近距離から突き上げるように振り抜かれたザイツの両手剣が、ジルベルトの剥き出しの額を裂いた。
保護水晶の効果が発動する数秒の間に血飛沫が舞い、女達の悲鳴が響く。鮮血はジルベルトの肌や髪、白銀の鎧を汚し滴り落ちる。
「!! 殺す――殺してやる下賤者!!」
「やなこった」
そんな殺気立つジルベルトからさっさと離れたザイツは、うんざりと吐き捨てると剣を構え直し、次の一手へのタイミングを図る。
相手を不利な状況へと追い込み、力を使わせないようにして立ち回りながら戦うザイツは、その場のジルベルトを圧倒しているように見えた。
「ち……血血血っひえぇえ……っ! ……でで、でもこれザイツさん勝ってますよねケイトさん?!!」
「さて……現状を有利に運んでいるのは確かですが……」
そんな闘技場の様子を二階客間の窓から見つめていた魔王女クローディ(自称キョウ)は、恐怖で震える手で窓縁を握り締めながら、隣に立つケイトへと視線を向けた。
ケイトは善戦しているように見えるザイツを真剣な眼差しで追いながら、闘技場の観戦を続けている。
「え? ざ、ザイツさんに、何かまずい事でもっ?」
「いやいや、今の所ザイツ青年の戦い様には感心してますよ。……力押しされない身のこなしといい、魔法の詠唱中断のタイミングといい、彼は私が思ったより、ずっと戦い慣れているようです。支援魔法効果だけではこうはいきません。……うん、あれはパーティーにおける、良い前衛盾だ」
「そ、そうですよねっ。ザイツさんすごく強いですよねっ」
念を押すようなクローディの言葉に、確かに、と顎に手を当てて頷き、ケイトは続けた。
「それに……彼は妖精魔法を上手く活用できています」
「活用ですか?」
「ええ。姫は妖精魔法をご存じですか?」
「え……すみません、知らないです。……というより、使ってる魔族も、見た事ないかも」
「でしょうね。あれは適性があっても、使いたがる者は少ない」
「どうしてですか?」
ランダム自爆宴会芸魔法だからです、とケイトはため息混じりに答えた。
「ら……らんだむ……じばく??」
「①効果が一定しない ②敵も味方も被害に巻き込む ③効果や詠唱にネタ色が強い、という三重苦。――つまり、ものすごぉおおく使い勝手が悪い魔法が多いという意味です。パーティーで使ったら、まず仲間から嫌がられますよ」
「う……うわぁ……」
思わず同情の声を上げたクローディは、だが波打つ闘技場で戦っているザイツを見つめ、首を捻る。
「でもあの魔法は、すごくザイツさんの役にたっているようですけど?」
「ええ。範囲内に局地的な大地震を起こす【ヘンキー達の狂騒】は、騎馬隊の足止め等に有効な、妖精魔法の中でも数少ない使える魔法ではありますから。……それでもデメリットがある事には変わりない」
「デメリット……と言いますと?」
「②ですよ。この魔法は、発動させた術者も巻き込むんです。……魔法の射程範囲が非常に短く、何よりあの頭の軽い小妖精娘達は、敵味方術者関係無く一緒に踊ってもらいたいわけですから。……ほら、王子様は特に気に入られてしまったようだ」
【キャハハハハ!! 踊リマショウ!! 一緒ニ踊リマショウ!!】
【キレイ!! 貴方ノ髪ハトテモキレイ!! キラキラ!! キラキラ!!】
【揺レレバモットキラキラ!! サァ踊ッテ!! 踊ッテ!!】
「く――寄るな魔物共……っ!!」
闘技場ではキラキラと光るヘンキー達が、ジルベルトの周りを取り囲み一緒に踊れと飛び跳ねていた。グニャグニャとねじ曲がるように、ジルベルトの足下は揺れ跳ねる。
「うわわ、震度7? 8? あれは王子様にちょっと同情します。……けど……あれ?」
ジルベルトの隙を突くように斬りかかるザイツを見て、クローディは初めて奇妙な状態に気付いた。
「……でもケイトさん、ザイツさんは魔法に巻き込まれてません。だってザイツさんの足下は、殆ど揺れてないですよ?」
――ザイツの周囲には何故かヘンキーが近寄らず、そのためその足下は、殆ど震動していなかった。
今更ながらクローディは、ザイツが軽々と移動し、ジルベルトと比べ圧倒的に素早く動ける理由を理解する。
「そこです。……ほら、よくヘンキーの声を聞いてみれば、理由がわかりますよ姫」
「ヘンキーの声? ……ん?」
【イヤーッ! イヤーッ! 汚イー! 臭イー!】
【汚レテ汚イー!! 野蛮ナウッドゴブリン臭イー!】
【近寄ラナイデー! 触ラナイデー! 臭イー! イヤーッ! イヤーッ!!】
「……」
悪臭を放つ黒い粘液で全身を汚しているザイツから、ヘンキー達は逃げていた。
「……え……ザイツさんの近くにヘンキーが寄ってこないのって……まさかザイツさんが汚いからですか?!!」
驚くクローディに、ケイトは補足を入れる。
「汚いと同時に、野蛮なウッドゴブリンの臭いを嫌がっているんでしょうがね。あれはウッドゴブリンが住居にしている樹木の臭いですから。……しかしまさか、強烈な悪臭と汚れで妖精を遠ざけるとは……なんとも斬新な術回避方法ですよ」
「……なんだか聞いてると、ザイツさんが女の子に嫌がられてるみたいで、可哀想になってくるんですけどね……」
気にしていないのか気にしないようにしているのか、ザイツはヘンキー達の罵倒に全く頓着する事無く強く踏み込むと、剣を下段に構え、一瞬力を溜めるように意識を集中する。
「――【連続斬り】!!」
ザイツの剣から光が爆ぜ、次の瞬間凄まじい連続斬撃がジルベルトへと放たれた。――宣誓し、体力を消費する事によって発動する体術での攻撃だ。
「ぐぅ!!!」
とっさに盾で防いだジルベルトは、だが衝撃に耐えきれず吹き飛び、片膝を地面に着いてかろうじて転倒を避ける。
好機に追撃を仕掛け、ザイツはジルベルトの鎧に覆われていない首筋めがけ、両手剣を鋭く振り抜く。
「ひっ……!!」
危険な斬攻撃に観客達からも悲鳴が起こり、クローディは恐ろしい光景を想像して思わず顔を手で覆った。
「――【盾突撃】!!」
「……っ」
だが直後に響いたのはジルベルトの断末魔ではなく、ガイィン!! という強烈な金属同士の激突音だった。
恐る恐る目を闘技場に向けたクローディは、立ち上がって盾を構えているジルベルトと、ジルベルトから距離を取って両手剣を構え直すザイツを見る。
「盾体術【盾突撃】です。王子様がザイツの攻撃を盾で突き返し、跳ね飛ばしました」
「……よ……よかった……」
しっかり見ていたらしいケイトの解説に、クローディはほっと胸をなで下ろした。
「おや、どちらの味方ですか姫?」
「も、勿論ザイツさんですけど……スプラッタはない方がいいかな……と」
「……そんなのんびりした事を、言っている場合でもありませんよ」
ケイトは僅かに眉を潜めそう言うと、腕を組み闘技場の二人を睨んで言葉を続ける。
「……どうやら一連の攻撃で、王子にもザイツの泣き所に気付いたようです」
「――えっ?! なな、なんですか泣き所って……」
慌てたクローディの耳に、嘲るようなジルベルトの声が届いた。
「ふん――技が軽いな。そのボロ剣で出せる火力はそんなものか下賤者? 我が鎧には傷一つつかんぞ」
「……」
ザイツは返答しない。――今まで軽口を返していた分、その沈黙には弱みを隠す肯定の重みがあった。
「え? ……え? ……あの……ケイトさん……どういう事ですか?」
「……姫、あれを」
意味が判らず不安げに問うクローディにケイトが指指したのは、ジルベルトのダメージ判定がされているはずの保護水晶だった。
「え――ええ?!! なんで?!!」
目にしたクローディは驚いて声を上げた。――あれほどザイツに猛攻されていたジルベルトの保護水晶は、闘技開始から何も変わらない青い輝きを放っている。
――ダメージによって変色するそれが何も変わっていないという事は、ジルベルトがダメージを殆ど受けていない、という意味だ。
「……装備の格差でしょうね。王子様の鎧と盾は、こちらが想像していた以上に高性能のようだ」
その保護水晶を睨みながら、ケイトは悔しげに言う。
「物理攻撃耐性や状態異常耐性は勿論、おそらく特殊効果として全身防御、自動再生、自動回復能力くらい付加されているのでしょう。……ザイツの攻撃程度では、ダメージとして判定されなかったという事です」
「そ……そんなずるいですよ!! そんなすごい鎧なんて!!」
「ご冗談を姫。生まれもコネも財力も、それによって得た武器装備も、全て戦士の力ですよ。戦場では何を使ってでも相手を倒す者が、勝者なんですから」
ケイトの言葉に、クローディは今にも泣きそうな表情になって、闘技場のザイツを見つめた。
「……ざ、ザイツさん……っ」
ケイトはそんなクローディに微かな苦笑を浮かべたが、すぐに表情を引き締めて闘技場へと視線を移す。
「……どうするザイツ? ……王子様の高性能装備ごと叩き潰すほどの超火力がなければ……君に勝ち目はないぞ」
――そんなものがあるのか? と続けたくなるのを堪えて自らを叱り、ケイトは口元を引き締め闘技場の戦いを見守った。
ザイツ『…あの装備欲しい』




