表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
次期魔王に雇われたが何かがおかしい  作者: 宮路広子
最初の街と魔王女一行 ~最初の騒動~
10/201

10 戦闘開始したが何かがおかしい

―シュネイ街冒険者ギルド事務所―客間


 闘技場である中庭に面する窓を大きく開け、上等な布張りの椅子を並べると、 事務所の客間はちょっとした観戦バルコニーになった。


「あれ? いつの間にザイツさんと仲良くなったんですか? ……ううん、そんなことないです、嬉しいですよ」

「……」


 その端にある一席を確保した学者のケイトは、綺麗な姿勢で椅子に腰掛けながら、窓縁に留まった魔烏(クローメイジ)のカンカネラと何事かを話している堕天魔族(フォルディノー)、魔領域の王女クローディの様子を観察していた。


「……わかりました。ザイツさんや事務所の皆さんのお邪魔にならないようにして下さいね。それじゃあ、いってらっしゃい。また後で」


 会話を終えた魔烏は、窓縁で恭しく一礼し飛び去って行く。

 ――カンカネラに手を振って別れたクローディはそのまま窓の外を眺めていたが、やがてその穏やかだった表情に憂いを宿しながら、胸元を押さえるように自身のローブに触れ小さくため息をついた。


『……噂には聞いていたが……なんとも美しい姫君だな』


 そのたおやかな姿に、ケイトは内心で感嘆する。

 魔族(ディノー)の姫であるクローディは、その神秘性からか戦争前から人族(ヒュー)の高い関心を集めており。


 曰く。魔王と正妃の強大な魔力を受け継いだ、類い希な美姫である。

 曰く。美しさゆえ同族の男達も近づけないほど、魔王に溺愛されている。

 曰く。美しさが争いの種になると予言され、後宮の奥で隠して育てられた。

 曰く。初めて姿を現した宮中で、魅入られた男達が殺し合い血の雨が降った。

 曰く。一目見たとある国の王子が恋い焦がれ狂ってしまった。

 曰く。一目見た精霊が恋い焦がれ天変地異が起こってしまった。

 

 ――等々。まるで怪異伝説のような話が、人領域では度々流れていた。


『勿論馬鹿馬鹿しい与太話だと思っていたが……実際の姫は、確かにそんな事があってもおかしくない程容姿端麗ではある』 


 それ自体が装飾のような輝く白金の髪を、若々しくも艶めかしい黒肌の女らしい曲線美に流れ落とす怜悧なクローディは、旅人らしく慎ましい黒ローブに身を包み飾り気など殆ど無かったが、ケイトが今まで見たどのような女よりも美しかった。


『クローディ魔王女殿下を見ていると、政略結婚の手駒として『絶世の』『国一番の』『大陸一の』美貌と必死に宣伝されている姫君達が憐れに思えてくる程だ。……噂によるとゼルモア神聖教国の助平ジジイ教皇は、魔領域を屈服させたあかつきには魔王の一人娘を辱めるのが楽しみだと周囲に吹聴していたとか。……ふふ、魔領域を屈服どころかボロ負けして虜囚とされた今、大陸に何度も戦火を呼び込み、神殿を世俗の欲で汚し尽くして肥え太ったあの教皇以下腐れ聖職共が、どんな末路を辿るのか実に楽しみだ』


 そんな事を考えていたケイトの耳に、小さな囁き声が届く。

 

「……ザイツさん……」

『……しかしまぁ……外見はともかく、変わったお姫様だな』


 心配そうな表情で闘技場を見下ろしているクローディを見上げたケイトは、

呆れ混じりに内心でぼやいた。


『つい先程あったばかりらしい、人族の冒険者風情を本気で心配してるとはね。……私が知る権力者の娘なんて大抵、使用人は家具扱いで領民は家畜、その他の下々は野の獣か虫けらくらいにしか認識してない『幸せな』お嬢様ばかりだったが。……まさかあのザイツに一目惚れでもしたか?』


 そして思い浮かぶ、何故かあまり楽しくない想像に首を振る。


『……いやいや、青年は良く見れば中々悪くない顔だと私は思うが地味だし、美しく優秀な者達に囲まれて育っただろう姫のお眼鏡に適うようなタイプではないはずだ。……多分姫のそれは、慈悲か憐憫あたりだろう。……うん、そうに決まってる。別に多少感じる私の嫉妬心は関係無い』


 興味本位の視線にようやく気付いたのか、クローディはケイトへと視線を向けてきた。


「どうかしましたか、ケイトさん?」

「いえ。……やはりザイツが心配ですか?」


 ケイトの問いに、クローディは口をへの字に曲げて、手にした杖を握り締めた。

 大人びた美貌のクローディがそんな仕草をすると意外に可愛らしく、ケイトは内心でおかしくなる。


「そりゃ……やっぱり心配ですよっ。闘技場では死なないって本当か判らないし、そもそもどういう仕組みで死なないのかも判りませんしっ。あの固そうな石畳で転んで頭打ったり、水路に落ちて溺れてもザイツさんは大丈夫なんですかね?!」

「そんな事を考えて下を見ていたんですか、姫」


 ケイトは苦笑して席から立ち上がると窓縁に寄り、クローディの視線を追うようにして闘技場を見下ろした。 

 水路に囲まれ左右の通路で繋がった、直径成人男性の大股三十歩程の円形闘技場は、整備された石畳の外端に刻まれた紋様を輝かせながら、静かに使用される時を待っている。


「ふむ。……防護結界は正常に発動してますし、王子への配慮でしょうか、保護水晶(ガドクリス)が通常よりも強力なもののようですから、事務所所長の言う通り、そうそう死ぬ事は無いと思いますよ」

保護水晶(ガドクリス)……ってなんでしたっけ?」

「知りませんか? 城や騎士団の訓練場などでも使われてるんですけどね。……あれですよ姫様。――ほら、闘技場の左右にある通路の端に設置されている、柱台の上の事です」


 ケイトが指した片方の通路端には、神殿の祭壇にでも使われそうな、人の大きさほどの石造りの柱台が立っていた。

 そしてその上には、柱の頭を思わせる大きさの青い球体が置かれている。


「……あ、見たことあります」

「あれが保護水晶(ガドクリス)です。今日は一対一だから二人分ですね。闘技場で戦う一人につき一つ用意され、戦闘者が受けたダメージを吸い取って青→黄→赤、と色が変わります。闘技場での戦いは、あれの色が変わりきり、砕けた方が負けなんですよ。だから基本的には、そう簡単に人が死ぬ事はありません」

「……青→黄→赤ですか……なるほど」


 何故か色の変遷に納得したクローディは、すぐに明るい表情になってケイトに言った。


「でも、そういう事なら大丈夫そうですねっ。あれがダメージを吸い取ってくれるという事は、ザイツさん怪我とかしないんですよね?」


 ケイトはクローディ同様明るい表情で、あっさりと返した。


「しますよ怪我」

「えっ」

「姫様、保護水晶(ガドクリス)は『受けたダメージを』吸い取るんですよ。ダメージがヒットしないと、吸い取れないじゃありませんか」

「……それってつまり……ダメージを受けてから、保護水晶(ガドクリス)がそれを吸い取ってくれるまでの間は……」

「数秒ですが、流血します♪」

「ひっ」

「骨も折れます♪」

「ひぃいっ」


 青ざめるクローディに、笑顔のケイトは追撃する。


「火魔法なんか喰らったら断続的ダメージをしばらく喰らい続けるため、数十秒間ズルグチャのすっごい姿になったりしますよ♪ 痛覚は通常と何も変わりませんから、その痛みでショック死する事もあったそうです。間近で見た審判はしばらく肉が食べられなかったとか……」

「いやー!! す、スプラッター!!」


 クローディは涙目になりながら耳を押さえ、窓縁の下にしゃがみ込んでしまった。

 ケイトはクローディが口走った『すぷらったー』とは何者だろうと思いつつ、隣にしゃがみ込み、笑顔のまま言葉を続ける。


「ちなみに、保護水晶(ガドクリス)が肩代わりできないほどの大ダメージを受けてしまうと怪我は残り、致命傷に至っていれば当然死にます。真っ二つにされたりした場合は、まぁ絶望的ですね。――以上闘技場の安全装置、保護水晶(ガドクリス)についての紹介でした」

「あ、安全じゃないじゃないですか全然!!」

「安全ですよ~? ……そんな優しい機能の無い実戦じゃ、弓矢一発喰らっただけでも死んだりしますからねぇ」

「……っ」


 クローディは驚いたようにケイトを見上げた。

 言いたい事が判ったらしいと、ケイトは安心する。


「……そう、今更ながら、護衛を雇って旅するというのはそういう事です。そしてザイツはそれを理解し、了承した」

「……ケイトさん」

「だから心配かもしれませんが、雇い主としてあいつの『仕事』を受け入れていただければ幸いです。――まぁ下々の命のやりとりなんて、目を背けるのも無視するのも、姫様の自由なのですがね」

「そんな事はしませんっ。……でも」


 そんなケイトに、クローディは、杖に縋るようにして握り締め、小さな声で返す。


「……私は……ザイツさんにも……誰にも死んで欲しくないです。……誰の命だって……一つしかない大事なものなんですから」

「……」

「……ザイツさんやカンカネラさんが私を守ってくれるなら……私も彼らを守ります。……私はこの旅で、私の旅の仲間達を、誰一人死なせたくなんかありません」


 クローディの言葉に、ケイトは片眉を微かに上げ思った。


『……なんともまぁ、甘い姫君だ。自国民全ての命を握り、必要なら死地に送る命令を下さねばならない王となる者の言葉とは思えん。……だが』


 ――それも悪くないとも思う。ケイトもまた、ザイツと共にクローディの同行者になるかもしれなかったからだ。


『……こちらを消耗品程度にしか思わない、無慈悲なお姫様に使い潰されるよりは、ましな仕事になりそうかな。……旅の仲間、とはね』


 護衛や使い魔を仲間と認識しているクローディに、ケイトは少々興味が沸いた。


『……本当に、どんな育ち方をしたのだろうね。……何かがおかしいよ、このお姫様……』


 そんな事を考えながらクローディに手を貸し立たせていたケイトは、闘技場の方から、事務所中に響き渡るような大声を聞いた。


「準備が整いました!! ――今回の闘技者二人の準備も終わったようですので、これより闘技を開始致します」


 声を受けて、野太い歓声が沸き上がる。いつの間に集まってきたのか、闘技場を囲む水路の柵には様々な身なりの老若男女達が大勢集まり、闘技場を見物していた。


「あれ?! なんか人だかりができてますけど?!」

「闘技が行われる時は、事務所前にそれを合図する青の旗が飾られますから、それを見て集まってきたのでしょうね。暇な連中には良い娯楽です」

「な、なんでお客さんなんか入れるんです? 入場料でも取ってるんですか?」


 ケイトは首をふって、クローディに冒険者ギルドの流儀を教える。


「無料ですよ。ギルドが第三者である客をいれるのは、闘技の結果を皆に知らしめるためです」

「あ……証人、というやつですか?」

「それです。これならどんな身分だろうが、闘技結果に難癖つけることは不可能です。何せ結果をばっちり見た者達が大勢いるんですから」

「な、なるほど……」

「さぁ、姫様は座ってザイツの戦いを見届けてやってください」

「……はい」


 ケイトの言葉にしっかりと頷き、杖を握り締めたクローディは窓の前に置かれた椅子に腰掛けて前闘技場を見つめた。


『……さて、お手並み拝見といくよ、ザイツ青年』


 そんなクローディの斜め横の椅子に腰掛け、ケイトもまた闘技場を見つめた。

 皆の注目が集まる闘技場の上で、審判らしい中年男が一人声を張り上げている。


「闘技は冒険者ギルドの名において、大陸法に認可された冒険者ギルド憲章の第10条、闘技場決闘法に基づき行われます!


 闘技は相手の保護水晶(ガドクリス)を破壊した方が勝利となります!

 制限時間はありません!

 闘技者の装備は全て自由です!

 魔法(スペル)体術(スキル)魔道具(マジックアイテム)使い魔(ファミリアー)の使用も全て許可されています!

 闘技前の準備や武具の変更調整なども問題ありません!

 闘技場での勝敗、負傷、死亡は全て闘技者達の責任となります!

 闘技中に何が起こっても、それが罪科となる事はありません!


――以上の事を納得した者達のみ、闘技場で戦う事を許されます。観戦する皆様も、どうかご了承下さい!!」


 お決まりらしい口上を述べる審判は、酒場の主マーカスだった。


「マーカスは元々冒険者なんですよ。そのため引退後も冒険者ギルドから何かと雑用を押しつけられるのだそうで」

「……冒険者側の人なら、ちょっとくらいザイツさんにおまけしてくれませんかね?」

「無理でしょう、不正がばれて冒険者ギルドから睨まれたら、店から冒険者窓口権が取り上げられます」

「駄目ですか……」


 さらっと不正を期待するクローディは、残念そうにはうぅ、と呻りながら杖を抱えた。

 不正なんてしませんと宣誓するように、陽気な顔を引き締めながらマーカスは叫ぶ。


「――では闘技者!! 闘技場へ!!」


 東西へと延びている通路の東側から、剣と盾を携え白銀の鎧甲冑に身を包んだ美丈夫が現れた途端、観客達がドッと湧いた。ジルベルトだ。


「きゃあー!! ジルベルト様よー!!」

「事務所に入って行ったっていうマイヤの話は本当だったんだわー!!」

「素敵ー!!」

「王子様ぁー!! 冒険者なんか殺してしまって下さいませー!!」


 その中でも華やいだドレスに身を包んだ娘達は、甲高い歓声を上げて王子を応援していた。


「ふ……煩わしい囀り声だ。……クローディ姫、愚かな貴女にもわかるよう、我力を存分に示してやろう」


 そんな娘達の歓声を涼しい顔で受け流しながら、ジルベルトは客間の窓へと視線を送り、クローディの姿を確かめようとする。


「……姫、何をしておられるのですか?」

「……いえ……なんとなく。気にしないで下さいケイトさん」


 そんなジルベルトの視線を避けるようにカーテンの影に隠れたクローディは、その隙間から続いてザイツが入って来るだろう西門を見つめた。


「! ……ザイツさん?」

「……」


 やがて影が蠢くように人影が現れ、西門から長両手剣を手にした、ザイツが闘技場へと歩いて来る。


「っ! な、何あの冒険者?!!」

「き、汚い……それに……臭いわ!!!」


 その異様な姿と悪臭に、観客達はどよめく。

 ザイツは頭の上からマント、靴先まで、全身ベタベタと黒い泥のようなものをなすりつけた、薄汚れた姿で闘技場に上がってきた。


「なんだ……この悪臭は?!! あの男からか?!!」

「きゃあ!! 汚ないわ!! なんなのかしらあの男は!!」

「あんな汚らしい男とジルベルト様が戦われるなんて!!」


 その見苦しい姿と発せられている悪臭に、観客は騒ぎザイツを罵倒する。


「ど、どうしたんでしょうかザイツさんは?!!」

『……さて。……この匂い……チットリオか。……自分にこの悪臭を使って……どうする気だザイツ?』

「まさか掃除中の雑巾バケツを被ってしまったとか?!! 着替え持ってなかったんでしょうか?!!」

「……姫、貴女の中でザイツはどれだけうっかり者なんですか」


 そんな周囲の喧噪などどうでもいいように、ザイツはマーカスに指示された距離を保った場所で剣を握り締め、ジルベルトと対峙した。


「なんと汚らわしい。下々とはいえ、それが決闘に臨む戦士の姿か」

「……」

「ははは!! なんだそれは、ドブネズミの真似事か?! それとも何かのまじないか?!」

「……」


 ジルベルトの嘲笑にも、ザイツは答えない。

 ただ無言で薄汚れた口元を笑みのように歪ませ、剣を構えながらジルベルトを見据えている。

 

「っ……いいだろう! 卑しい小物がどんな細工をしてるのかしらんが、全て我が力でねじ伏せてくれる!!」


 薄気味悪く感じたのか、ジルベルトは舌打ちすると剣と盾を構え、ザイツを睨み付けて吐き捨てた。


「――闘技者両名が保護水晶(ガドクリス)に認識されました!!」


 そして審判のマーカスは、ジルベルトとザイツを各十歩ずつ程の距離で対峙させ、それぞれの保護水晶(ガドクリス)がきちんと青く輝いているのを確認した後闘技場へと向き直り、手を闘技場中央へと水平に突き出して叫ぶ。


「これよりジルベルド・テンベルク・レオン・ギ・デ・カトラ王子殿下と、冒険者ザイツの闘技を開始します!! ――両者――闘技始め!!」


 鋭い声と共に手が上に上がり、マーカスは素早く闘技場の外である通路へと下がった。


「うぉおお!! 死ねぇええ!!」


 その瞬間瞬発力を爆発させたように、凄まじい勢いで剣盾を構えたジルベルトがザイツへと突進してくる。


 ――突進してくる大男を見据えていたザイツは落ち着いて剣を構え


「妖精魔法」


 『闘技場に入場する直前』に詠唱していた呪文を 


「――【ヘンキー達の狂騒(ヘンキー・ダンス)】!!」


 闘技場へと放つ。


「――なぁ?!!」

「――さぁて、踊ってくれよ浮かれ妖精の姉ちゃん達!!」


 その瞬間、闘技場はズシリと音をたて、大きく震動した。

開幕ぶっぱで戦闘開始

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ