記者会見
8.記者会見
「これが不法投棄を行っていた会社です」
アルフレッドが消毒を終えるのを見計らっていたかのように、フェスが司政官室に飛び込んできた。
それと同時に机の上のディスプレイに資料が浮かび上がる。
「大宇宙衛生研究所。なんだこれは」
「各企業からゴミ処理を請け負っている民間会社ですが、実態は不法投棄を行って丸儲けしていたようです。この会社と前司政官は密接な関係にありました」
「え、密室な関係」
怪訝そうなフェスの顔を見てアルフレッドは己の間違いに気がついた。
「密接か。いや、続けてくれ」
冷静を装ったもののアルフレッドは、ふとフェスの芯はあるが、しっとりした声が自分に聞き間違いをさせたのだと感じていた。
「平たくいえば、癒着していたらしいのです。相当額の賄賂が前司政官に払われたと噂されています」
「奴にそこまでの大仕事ができるかな」
アルフレッドは冷たいレイモンドの顔を思い出した。
司政官は彼の傀儡に過ぎなかったのかもしれない。受け取った金を賄賂に利用して彼は出世した可能性もある。しかし、奴の事だ。証拠を残すなんて事はしてないだろう。勝ち誇ったようなレイモンドの笑いが聞こえたような気がして彼は拳を握りしめた。
「できたぞ司政官」
こちらは前時代的な手書きのレポートを持って、リードが入って来た。
「18歳以下の未感染の子供と12歳未満の子供の保護者1名、そして110歳以上の高齢者、はスぺースシャトルに乗って一時ここを退去する。この星、バレスタの周回軌道に乗らせるつもりだ」
「もっと多くの住民たちが乗れないのか」
「運輸局に問い合わせたところ、今、係留されている500人乗りの船舶以外にこのドームの保有船舶がないらしい」
「そんな馬鹿な。ドーム条例で常に全住民が退去できる船舶の確保がされているはずだ。フェス」
「さっき私も問い合わせましたが、前司政官時代に資金繰りがうまく行かず秘密裏に売ってしまったらしいです」
「こんな重要な事を伝えないなんて。レイモンドの野郎」
アルフレッドは拳で机を叩いた。
「フェス宇宙軍への緊急要請を出せ。今後感染が広がったらドーム内の感染源消滅が済むまで、三千人規模のステーション退去の必要性があるかもしれないので至急船舶の都合を頼むと」
「わかりました」
フェスが踵を返して、司政官室から出て行った。
「さっき宇宙赤十字から連絡があった。至急検体の情報を送ってくれと言ってきた。それと」
「それと、なんだ」
急にくちごもるリードを不審に思い、書類から顔を上げアルフレッドはたずねた。
「三級感染地域に指定するから感染問題が解決するまで一切の民間宙港業務を停止しろとのことだ。すでに赤十字からの連絡で停泊中の船はすべて出港、入港するはずの船も入港延期になったらしい」
「何だって」
このドームの主な産業は、廃れたとはいえまだ鉱石の輸出である。宙港業務が全く停止されたら、住民が糧を得る術がなくなってしまい、また別な騒動が起こるだろう。
「感染が拡大した場合、病院や公的施設で治療に当たり、残りの健康人は感染者と接触しないように生活物資を配布し自宅に閉じこもらせることとなる。公的施設の運営についてはこちらのマニュアルを見てくれ。会場で報道陣にも要点を記したデーターを渡すよう手配してある」
「なんてことだ。もう三重苦どころの話ではない……」
難問がありすぎて、アルフレッドはもう開き直るしかなかった。
「司政官。宇宙軍から連絡です」
メインディスプレイに転送された男の顔は一回だけアルフレッがあったことのある第三方面司令官ギョームであった。
「やあ、プライス中尉、着任早々大変そうだね。詳細は今届いた君の報告で解った。しかし三千人規模のステーション退去の可能性とは少々穏やかじゃないね。君は初めての司政官経験で少し過敏になっているに違いない。宇宙赤十字派遣チームが7日後に着くそうだがそれからでも遅くはないと思う。どうかね」
「しかし、当ステーションの医療スタッフは皆優秀です。急激な状況の悪化に、彼らがこれほどまでに警告をしているのです。まだ、退去と決まったわけではありませんが、何かあってからでは遅いのです。最悪の事態に対して備えるべきところは備えておかなければ。何らかのベクターが撒き散らしている場合、ここに長居するのは危険です。大掛かりな事をして後で笑われても仕方ありません。今の状況では感染が近日中に蔓延します。お願いですから避難用の船を……」
「プライス中尉、こちらも忙しいんだ。単なる風邪かもわからない20人程度の感染症でいちいち宇宙軍を派遣している暇はないんだ。寝言はもうこれまでにしてくれ、わかったな」
「いえ、わかりませ……」
アルフレッドが叫ぶと同時にディスプレイの男の顔が消える。
次の瞬間、司政官の机が割れんばかりの音をたてた。握り締めた拳を思いっきり振り下ろしたまま、アルフレッドは動こうとしなかった。
「原因が分からないからあせっているんだ。だいたい現在の医学で24時間以内に感染の原因が解らない事なんてあるものか。辺境の貧乏ドームなんてかまっている暇はないって訳か。全くなんて奴等だ」
いつか見返してやると思った瞬間、自分にその未来があるのかどうか確信が持てなくなったアルフレッドはほんのかすかだが、初めて死への不安を感じた。宇宙ステーションで少年時代を過ごした彼は、限られた小さな感染域でも閉鎖空間ではすぐに自分の身近に迫ってくることは本能的に知っていた。閉鎖空間に住むものは運命共同体と言うけれどそれはまぎれもない、厳然たる現実なのだ。
「司政官、会見の準備が整いました」
フェスが入室したとき、彼の独特のふわりとした香りがアルフレッドの鼻をくすぐった。こんな時だというのにフェスの身のこなしは相変わらず妖艶だ。
全く困った事だ。と、思った瞬間、彼はフェスを部下としてではなく、全く別な対象として見ている自分に気づいた。
「まさか。疲れているのか、私は……」
断じて、同性を好きになったりはしない。これまでも、そしてこれからも。アルフレッドは頭を二、三回振ると、大きく背伸びをした。今から自分の器量が試されようとしている時にこんな雑念にとらわれてどうする。と、彼は己に言い聞かせながらファイルを手に取った。
「突然の大舞台だが、望むところだ。私の指導力を見せつけてやる。行くぞ、フェス」
アルフレッドはフェスから視線をずらして記者の待つブリーフィングルームに向かった。
「確認する、報道陣は『輝石報道』と『栄光日報』の2社だったな」
「あと、もう1社あります。私が呼んだんですが」フェスが答えにくそうに口ごもる。
「就任前、私が閲覧したこのドームの情報提供会社は2社だったが。まあなんとのんびりした記事ばかりで頭がふやけているのではないかと思ったよ」
「実は、個人で新聞を作り、各所に置かせてもらっているこじんまりした1779ニュースと言う新聞社があるんです。以前は結構有名どころの記者だったらしいんですが、彼が書く記事が辛辣すぎて問題となりこのドームに追われてきたらしいんです。ただ、ここでも司政官から睨まれて、宇宙報道協会に入れてもらっていないんです」
「だから、彼の記事が読めなかったんだな」
「着眼点は鋭いし、切り口も公平で、私が一番信頼している情報源です。ただ……」
ただ、の後はすぐわかった。
ブリーフィングルームに腰掛ける記者達から離れて独り、無精ひげを生やし、汚れたTシャツにジーパンの若い男が座っていた。部屋に漂うアルコール臭はこの男が発生源のようだ。
「あれか」
「はい」
身なりはともかく、こんなに重要な事を話そうとしているのに、この体たらくはなんだ。
アルフレッドは咳払いすると、部屋の正面にしつらえられた演台に歩み寄った。報道陣から離れて後ろに、なにか詳細な説明を求められた時のためにリードが所在なさそうに座っている。しかしアルフレッドの目は、リードを素通りし、その横のフェスに長く留まっていた。
「初めまして、皆さん」アルフレッドが気軽な挨拶とでもいうような、明朗な声で呼びかける。
しかし、話の概要はわかっているのか、十数人の報道関係者は皆顔をこわばらせてもごもごと口を動かしただけであった。ただ、件の男は唇を引き絞り、酒焼けした浅黒い顔を真っ直ぐに司政官に向けて三白眼で睨みつけていた。
「まず、説明をさせてもらう。3日前の昼、ドーム中央病院にα2地区から5日前から咳の症状が続く60歳の男性が搬送された。すぐに検査治療を施されるも、原因がわからず通常の抗生物質に反応しない。昨日その家の30歳の長男と、その5歳の子供も類似した症状があることが解り、空気感染が疑われた。消毒、そして家族の隔離がすぐに行われている。今日の昼、最初に発症した男性が急変し重態に陥った。そして彼らが住んでいた団地の住民を含め感染者はさらに5人増えて8人になり、5歳の子供が通っていた学校でも感染者がでて、現在の感染者は計20人と……」
「感染源はなんだ」輝石報道の記者が無作法にも話しをさえぎって質問をした。
「まだ、特定されていないが、何らかの菌らしい」
「感染の拡大は今どの範囲だ」
「今のところは、α2地区の住民に限局しているが、学校に通っていた子供はα1、α3地区からも来ているため、そこも隔離対象にする指示をすでに出している」
「感染が広がり、住民退去もありえますか?」
おずおずと栄光日報が答える。
「一時退去する可能性が無いとは言えない……」アルフレッドの声が尻すぼみになった、その時。
「嘘をつけ、退去なんかできるはずが無い。所有船舶は使途不明金に化けて何処かに行ったじゃないか」
酒のにおいをぷんぷんさせた男が、がらがら声で叫んだ。
「なんだって!」「本当なんですか!」
大手2社の記者達が大げさに叫ぶ。
「馬鹿野郎、悪事の片棒を担いだやつらが被害者面して何を言う」
酒の匂いをさせながら人相の悪い男が、傍らの記者達を睨み付けた。
しん、と静まる室内。
「俺は柄の悪い男だが、報道ってもんに命をかけてる。ドブネズミのような生き様だが、命を削るようにして司政官の腐敗の証拠を集めた。命をとられるのと、公の場で暴露するのとどちらが早いかと思っていたが、どうやら神様は俺にも幸運のかけらくらいは投げてよこしたらしいな」
「私達の命があれば……の話だが」後ろでリードがそっと呟く。
実際、状況は徐々に切迫してきている。と、アルフレッドは話を再開したが、若い司政官と舐められているのか、大手2社の記者達は顔を紅潮させ弱小新聞の記者を睨みつけるのみで、アルフレッドの話は上の空である。
とうとう、栄光日報の記者が立ち上がった。
「おい、1779。お前、酒臭いんだよ、出て行け」
「緊急呼び出しだ、飲んでいて何が悪い。私は大手の皆さんと違ってほかに代わりがいないのでね」
「1779、お前のようなかませ犬はさっさと退席しろ」
「私にはキース・J・バーンズという名前がある」
「キース、さっきはよくも、俺達の事を侮辱してくれたな」
「事実だ。お前達の会社は前司政官と癒着して、不都合な事実をすべて覆い隠していた」
がたがたっ、大手の記者達とキースは椅子から立ち上がってにらみ合った。
アルフレッドの事など、誰も眼中に無い。
一触即発、の雰囲気を破るかのようにアルフレッドは一喝した。
「この馬鹿者どもっ」
その容姿からは想像もできないような大音声に記者達は、呆けたように若い新任の司政官を見つめた。その一瞬の静寂を彼は逃さなかった。
「栄光日報、アーメッド君。君のおじい様は初代入植者だったね」
司政官の突然の振りに、血の気の多そうな若い記者はぽかんとして司政官のほうを向いた。
「聞いたことがあるか。このドームの建つ前の苦労を」
「もちろんだ。粗悪な宇宙服が破れるたびに皮膚がただれたこと。中央に持っていけば片手で家が買える位の価値の石を掘りながら、満足に食べるものも無くて、飢えてミラクルストーンを齧って泣いたこともあるって言っていた。利益は中間ブローカーがほとんど持っていったからな。汚い奴らだ」
アーメッドはそういうと、ため息をついた。
「輝石報道のレイバン君、君の叔父様は、採掘中に亡くなったと聞いたぞ」
「叔父は勇敢な男だった。いつもロボットと一番先頭を進んで、安全になると仲間を呼んだ。ロボットより人間の五感のほうが優秀だって、口癖のように言っていた」
真っ先に質問した傍若無人な中年男の目が、一瞬虚空を見つめた。
「自慢の叔父だ」
アルフレッドは次々と初期入植者の子孫の記者を指名し、入植者の功績を褒め称えた。
部屋の後ろに座って待機しているリードが傍らのフェスに呟いた。
「ここまでの資料を揃えるのは、さすが、フェス君だね」
フェスは首を振った。
「いえ、全部司政官の頭の中に入っているんです。司政庁の人員、ドーム内の主要な人々の情報、そして検索しうる限りの家族歴、ドームの歴史、地図。でも地図はドーム側の情報更新が怠っていたため20年前のものだったらしいですが」
昨日の事を思い出して、フェスは頬をすこし緩ませた。
「コンピューターみたいな人なのに、どこか可愛いんですよね」
「君は人間ができているな」
殴られた左頬をさすってリードは口を尖らせた。
部屋の雰囲気は、最初とがらりと変わっていた。
司政官が自分達を良く理解していること、そして自分達が忘れていた誇りを惹起してくれたことで、記者たちは彼に対してうっすらだが信頼を寄せるようになっていた。
「このドームは入植者達が苦労して切り開いた、血と汗と涙が滲んだ歴史の証人だ、その歴史を汚したくない。報道管制をして隠蔽するつもりは無いが、事は慎重を要する。不用意なデマはドームを恥辱的な破滅へと導く可能性がある。私達はこれから冷静に、迅速に対処しなければならない」
船を要請していること、そして、宇宙港の閉鎖を通告されたことを話した後、アルフレッドはこう締めくくった。
「私達は今から会議をしてよりよい方向を模索する。とにかく今は一致協力する場面だ。お互いにわだかまりもあろうかと思うが、このドームの危機を全員で乗り切ろう」
記者達は一斉に頷いた。
ブリーフィングが終わったのは深夜だった。
「お疲れ様でした。執務室に食事の用意を頼んであります。会議の前に仮眠を取ってください」
フェスが、司政官をねぎらう。
「リードはどうした」
「帰りました、衛生局に」
暫くの沈黙のあと、ぼそりとアルフレッドは呟いた。
「実は、私が中央のメインコンピューターにアクセスしたときに出てきた衛生局廃物処理課長のリード・エザキはあんな顔ではなかった」
「え、彼はDNA情報も一致、ローズ氏も顔を見て確認した、正真正銘の……」
「中央のメインコンピューターに小細工できるのは、相当大きな力だ」
コメントに困ってフェスが黙り込む。
「ふん、あまりの己の醜さに整形でもしたのかな。まあ、瑣末なことだ」
急に疲れが背中に覆いかぶさるような気がして、司政官は執務室に急いだ。