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不法投棄

7.不法投棄


 二十世紀。都会人が1日に出すゴミの量は約1キロだった。

 しかし宇宙という広大な土地と資源を手に入れ、さらにリサイクラーの出現でゴミ処理に手間をかけずにすむようになった現在、狭い地球でエコの強迫観念にさらされていた人々は、怒涛のように消費社会に逆戻りしてしまった。なんと、今は平均2キロものゴミが平気で捨てられている。

 三千人の1日に出すゴミは約6トン。基本的に衛生処理課はリードとマーシャルの二人なのだが、こういう事態になってからも人員はほとんど増えず、アルバイトの人間を加え計8人とわずかなロボットが4チームに別れちびちびと回収、分別している。分別はもちろん全て人間が行うわけではないが、セレクターより何倍も性能の悪い機械を通す事になる。

 セレクターが壊れてからは処理効率も以前の50パーセントになり、処理を待つゴミは分別して無菌パッキングしドーム外の倉庫に置いているが、それでもドーム内の未処理のゴミの量は増える一方で、辺境で細々とやっている中小企業にも廃棄物制限を行わなくてはならなかった。特にセレクターを通してしか処理できなかった危険産業廃棄物は排出制限の上、すべて厳重に梱包し処理のできる近隣の惑星に送られたためゴミ処理にかかるコストは多大となり、零細企業の経営を圧迫するほどになった。企業のゴミかかる処理費はすべて企業側の持ち出しとなっていたからである。




「ば、馬鹿な」

 リードの指先にはぼた山があった。そこにはありとあらゆるゴミが積み重なっていた。生ゴミ、ドラム缶、得体の知れない崩れかけた機械、どろどろのゲル状の物質。

「防護服を通しても、腐臭がしますね」

 フェスが顔をしかめ白い手を顔にやった。

 妙に色っぽい。本人に自覚はないのだろうが。アルフレッドは何か見てはいけないものを見てしまった気がして眼を背けた。

「なんで、こんなゴミが放置されているんだ」

 リードは熱に浮かされているような足取りでふらふらとぼた山に近づいて行った。

「課長、だ、だいじょうぶですか」

「もう1回感染防御スプレーをしろ、マーシャル。検体採取するぞ」

「ああ、よかった。一瞬呆けちゃったと思いました」

 マーシャルの軽口には答えず、リードは鞄を開けると、計器を引っ張り出しさっさと仕事を始めた。

「マーシャル、このボタ山の検体採取を続けろ。僕は今から病人が出た部屋の滅菌がうまく行っているか、調べてくる」

「私も視察させてもらおう」司政官がリードに声をかけた。

 リードは了承の頷きを返しながら、さらに部下に指示を続ける。

「それからこのボタ山がどこから廃棄されたものか調べろ」

「すでにそれは司政官の許可を得て今、警察に依頼いたしました」

 フェスが背後から声をかけた。

 何時の間に……。この男は本当に有能だ。普段は気配がないのに重要な場面になるときっちり仕事をしている。衛生局員達は顔を見合わせた。

「司政官秘書にはもったいない」

 リードが呟く。

「廃棄物処理課長に任命したいくらいです」

「ん、何か言ったか。マーシャル」

 すでに彼の姿はそこにはなかった。

「それにしても衛生局は何をしているんだ。これは廃棄物の不法投棄だろう」

 アルフレッドに言い返す言葉もなくくやしそうにリードは頷いた。

「廃物回収のアルバイトには不法投棄を見つけたら報告しろって指示していたんだが」 

「おおかた、企業から金でも掴まされたんだろうな。情けない」

 三人は団地の中に進んだ。

「あ、蝿でしょうか」

 フェスが指差す。その先にはぼた山から発生したのだろうか弾丸のような黒い固体が団地の中を飛び回っている。

「珍しいな、このドームにはほとんどいないのに」

「僕が地球で見たのはせいぜい1センチだったが……」

 司政官が呟いた。

「あれはゆうに3センチはありますね」

「あのぼた山のおかげで栄養がいいんだろうな」

 三人は呆然と巨大な蝿を眺めた。

「さ、団地の方へ行くぞ」

 リードは先頭に立って歩き始めた。

「感染者の出た家庭は1階で左右の部屋は無人になっている。すでにロボットによる滅菌が済んでいるが、不用意に物に触らないようにしてくれ。家宅侵入の許可は取ってある」

「念のため、もう1枚マスクを追加だ」

 カラスのくちばしのようなマスクで鼻と口をすっぽりと覆うと三人は感染した家族のいた部屋に入った。中は狭くはないが壁はぼろぼろで、すべての物が黒ずんで見えた。床は湿っており、家具は動かされて部屋の中に散らばっている。

「部屋中ぐしゃ、ぐしゃだな」

「衛生局のロボットが情け容赦なく消毒したからな」

 部屋に上がり込んで周囲を見回していたリードは家具の影になったところに直径15センチぐらいの壁の崩れを見つけた。

「何だ。これは」

 ライトで中を照らして覗き込んでみても何も見えない。

「何世帯ぐらい入ってるんだ。ここは」

 アルフレッドが画像を撮影するリードに聞いた。

「4世帯だ」

「事は急いだほうがいいな」

「ああ、速やかに司政官特別措置で全員隔離してくれ。感染しているが潜伏期でまだ発病していない者もいるかもしれない」

「よしわかった、ここからは私達の役目だ」

 意外にアルフレッドは話がわかる。リードはちょっとこの青年を見直した。

 しかし、事は言うほど簡単ではない。全員隔離となると事が公になる。閉鎖空間に住むものは感染には敏感だ。慎重にしないとパニックを起こす可能性がある。

「リード、何の感染だと思ってるんだ」

「ローズ局長が原因と思われる細菌を分離して今までの遺伝子バンクに照会しても該当のものが見当たらないんだ。もしかすると新種の菌や感染体かもしれない。ドームに常備してある一般的な抗生物質も効かないそうだ」

「感染者達の行動範囲は」

「発病者の男性は以前宙港で働いていたらしいが現在は無職で酒浸りの生活を送っている。ほとんど家から出なかったらしい。後は家族達だが行動範囲はほとんどα2地区に限られている。今日の午前中に行動範囲すべて消毒は済んでいるはずだが」

「マスコミはすでに嗅ぎ付けただろうな」   

 司政官としての最初の大きな仕事は記者会見か。アルフレッドがフェスに段取りをつけるよう指示している横で、リードがコムにかじりつくようにして何か話し始めた。

「はい、え、20人」

「どうした。リード」

「司政官、患者がどんどん増えている。孫の通っていた小学校の生徒達も感染したらしい。父兄が大挙して病院に駈け付けて今、大変な騒ぎみたいだ」 

「緊急記者会見だ。フェス」

 アルフレッドは車の方に向かった。

「はい。指示があれば30分以内に開始できます」

 敏腕秘書が運転席に乗り込む。

「リード。予想される被害と感染対策を至急提出しろ、記者会見前に打ち合わせだ」

「コンクリンと自分達を滅菌してから、すぐ取り掛かりましょう」

 三人は司政庁に向かった。

「忘れてくなよ。俺を」

 見る見るうちに小さくなるコンクリンを呆然と眺めながら、生け捕りにした蝿や検体、といってもゴミだが、を両手一杯に下げてマーシャルは嘆いた。

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