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邂逅

4.邂逅


「さてと」

 司政官室に戻ろうとしたアルフレッドだったが、フェスを呼ぶ事はなんとなくためらわれた。信じた訳ではないが、やはりさっきのバクスターの言葉は心にひっかかるものがある。

 これもいい機会だ、今日はこのあとの予定はないようだし、一人で外に出てドーム内を散策してみよう。アルフレッドは冒険に出かける少年のような気分になって、悪戯っぽく微笑んだ。地図は頭に入っているし、人々の生の声を聞く事でこのドームが持つ問題点もさらに明らかになるはずだ。

 彼は司政庁を出て最も人口の多い民間区域と説明された方向に歩き出した。ゴミひとつない、きれいに整備された公園では数人の子供たちが元気に遊んでいる。植樹された木々も青々と茂っており、空調も時折強くなってあたかも地球の風のようだ。喉が乾いた彼は近くの自動販売機でジュースを買った。

 ぽかぽかと良い陽気だ。人工太陽光といえどもさんさんと照る光は気持ちいい。

「あんまり問題は見つからないな」

 白いベンチに腰掛けて、彼はジュースを一口飲んだ。

 が、甘すぎてあまり好ましい味ではない。彼はそのまま缶を傍らのゴミ箱に放り込んだ。

 その時。

「ちがーうっ。違うだろう。見つけたぞっ、この常習犯め」

 ごみ箱の中から何か黒いものが彼が捨てた空缶を持って飛び出してきた。

「な、何だ」

「解らないのか、ドームの手引きの中に、ここではゴミは分別して捨てましょうと書いてあるだろう。これはリサイクルできる資源ゴミだから、この青ボックスに入れてはいけないのだ」

 黒い塊は、一気にまくしたてた。良く見ればそれはゴミにまみれた若い男だった。

「お、お前は浮浪者か」

 お忍びの司政官の問いには返答せず、ゴミ男は続けた。

「おまけに、中身まで入っているっ!」

 良く見るとその男はアルフレッドのジュースでびしょぬれだった。

「中身は捨ててから、分別して捨てろ」

 人々が何事かと二人を見ている。

「失礼な奴だな、私は今日ここに来たばかりで良く知らなかったんだ。いいじゃないか、1回間違えたぐらい」

「甘いなおまえ。みんな自分ぐらいと思ってる。その自覚の無さが、許せないんだ。さ、来い」

 ゴミにまみれた男はべちょべちょの手でアルフレッドの袖をつかんだ。

 慌ててそれを振り払い、彼はゴミ男を睨み付ける。

「どこへ行くんだ」

「軽犯罪法違反で駐在所までだ」

「馬鹿じゃないか、お前。空缶を1回捨て間違えただけだぞ。私だけじゃない、きっとみんなやってる。なんで私だけ」

「ちょっとの気の緩みが、大災害に繋がるんだ」

 眼の下に隈を作ったゾンビのような姿で男がアルフレッドににじり寄った。

「お前は誰なんだ、ゴミ男」

「私は衛生局の者だ」

「え、衛生局……、公務員か?」

 これでは市民生活のストレスになるはずだ。

 衛生局長に明日厳重注意だ。しかしどんな些細な理由であっても司政官が一日目で逮捕されたとあってはえらく恥ずかしい。とりわけ、レイモンドの耳にでも入った日には、へそを噛んで死んだほうがましだ。とりあえず、逃げなければ。

 アルフレッドの頭は高速回転し、一つの結論に達した。

「わかった。駐在所に行く前に、せめてもの罪滅ぼしとして君の周りに散らばったゴミを片付けよう」

「いい心がけだ」

 アルフレッドはゴミを拾うふりをして腰をかがめた。

「ああ。これは」

 突然、彼はゴミを見て叫んだ。

「どうしたんだ」

 ゴミ男が近づいたその時、アルフレッドはむんずと砂をつかむと彼の顔に投げつけた。

「うわーっ」

「だいじょうぶ。ドームに撒かれているのは人工砂で無菌だ。よく、目を洗っとけよ」

 司政官は風のように逃げ去ってしまった。

「く、くやしい」

 人々はもがく彼を遠巻きにしている。ほとんどが近くの住宅ゾーンの主婦達だ。

「あれよ、あの変人」

「あ、あの衛生局のゴミ男?」

「いつまで続くのかしら、早く分別なんて面倒な事やめたいのに」

「セレクター購入費を彼が使い込んだって噂よ」

「石投げてやろうかしら。腹たつわね」

「そうね」

 主婦達は彼に向かって小石を投げ始めた。

 砂で前が見えない男は突然の小石の雨に打たれながらほうほうの体でその場を走り去った。




「どうしたんですか」

 目を真っ赤にして、たくさんの擦り傷を作って帰って来たリードをマーシャルはびっくりして出迎えた。

「畜生、やられた」

「ぽい捨て常習犯ですか」

「ああ、捕まえたと思ったら、砂を投げつけられて逃げられてしまった」

「だから、そんな無駄な事はおよしなさいって申し上げたでしょう。あなたは、運動神経も体力もないんですから」

 慌てて、上司を洗面所に彼を連れて行きながらマーシャルは呟いた。

「それにしても臭いですね。体中のこれ、生ゴミじゃないですか」

「ああ、ごみ箱の中に潜んでいた」

「はあああああっ? 全く、妙な根性だけはあるんだから始末が悪い。たまの休暇なのにそんな事してたんですか、全く馬鹿と天才は紙一重って言うけど……」

「なんか言ったか、マーシャル」

「いいえ。早く、目を洗ってください。はい、タオルです」

「おまえ、いい奴だな。怠け者だけど」

 タオルで顔を拭きながら、赤い目のリードはマーシャルを見つめた。

「人生の楽しみ方を知っていると言ってください。それに今は人一倍働いているつもりですが」

 あなたのお守りも加えて。心の中でマーシャルは付け加えた。

「それにしても、ああ、前は良かったですね、課長」

「前?」

「遠い昔に思えますが、リサイクラーが元気で昼間っから寝っころがって暇をつぶしていればよかった時ですよ。今みたいに不眠不休でゴミの分別なんかしなくてもよかったじゃないですか」

「しょうがないだろう。清潔で、健康的なドーム生活を過ごしていただくのが我々の使命だからな」

 一緒に安穏としていたのに、あのサイレン以来エザキ課長は人が変わって仕事に燃え上がってしまった。

「これが本来のこの人の姿なのかも知れないけど」

 マーシャルはため息をつく。

「そうだ。今日、ローズ局長とも相談したが、明日新しい司政官に会いに行くぞ」

「どんな人でしょうね」

「今度は若い有能な青年らしい。年齢は僕とほとんど変わらないとか聞いたぞ」

 マーシャルはちらりと横目で目薬を入れているリードを見る。

 同じ年で片や司政官、片や出世の道を絶たれた窓際族か。人生さまざまだ。やっぱり人生は悠々と自分の思うままに生きるのが一番……。

「おい、マーシャル。聞いてるか?」

「は、はい。課長なんでしょう」

「局長にセレクターの件で同行を頼んでいたんだが、なんか急に忙しくなったとのことで、昼間に断ってこられた。まあ実状を知っている僕が行けばいいだろうと言われたから、明日必ず司政官との面会のアポイントメントをとっておいてくれ」

「衛生局長もドーム中央病院の院長と兼任ですからお忙しいんでしょうね」

「今度の司政官が噂どおり本当に有能である事を祈るよ」




 その頃。

「ここは、どこだろう。フェス君」

「私が聞きたいくらいです。そこらへんは民間ゾーンで、建て増し、改築が多くて一番道がこみいってわかりにくい所なんですよ」

「もう、3時間さまよっているんだが」

「あなたを探している私も同じです。発信機をなぜ落としたりされたんです。あれさえあれば……」

「急いでいたんだ。それ以上聞くな」

「早くしなければ、夜間照明帯に入ってしまいます」

「ばちが当たったかな」

「え、何です。聞き取れませんでした」

「いや、なんでもない。頼むよ、フェス君。早く探し当ててね」

 アルフレッドの1779ステーション着任一日目はこうして暮れて行ったのであった。

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