レイモンド
3.レイモンド
執務室は今日引き継ぎというのに、前任者の私物がまだ散らばっていた。床にはゴミが散在し、部屋というより物置だった。
「たまらんな。これは」
前任者の仕事に対するいいかげんな人柄がしのばれる。司政官の器量とこのステーションの隋落は無縁ではあるまい。きっと辺境ステーションにつきもの使い込みや、汚職も横行しているに違いない。少なくとも自分が来たからには一切、そのような行為はさせるものか。
怒りに震えつつゴミを拾いながら、アルフレッドはまるで前任者を投げ捨てるように、ゴミ箱に放り込んだ。
「私はきれい好きなのだ」
ほこりを吹き飛ばし、荷物を置くと新しい司政官は再び部屋を見渡した。机の上には目も通していないであろう、ほこりをかぶった書類が山積みになっている。彼は何の気なしに、一枚の書類を手に取った。
緊急事態につき司政官の職権発動を要請いたします。ゴミ分別規則を遵守しない者に対する、罰則の強化、危険廃棄物の放置をしたものに対する退去命令を早急に発令してください。また、衛生局の人員、廃棄物処理ロボットの増補を至急お願いいたします。このままセレクターの故障が改善されなければ、廃物処理が遅れ、伝染病媒体の発生が懸念されます。可及的早期にセレクター購入費の計上を御考慮ください。
衛生局廃物処理課長 リード・エザキ
「放置されたままか」
アルフレッドは日付を見た。2ヶ月前である。状況はさらに厳しくなっているに違いない。職権発動ともなれば、宇宙軍への報告等煩雑な仕事が増える。任期終了間近の前任者は見て見ぬふりをきめこんだのだろう。
「プライス中尉、迎賓室にどうぞ」
秘書のフェスの声がした。髪をなでつけ曇った鏡で身だしなみを軽くチェックするとアルフレッドは部屋を出た。
「前任の司政官、バクスター小佐はどんな方だ」
フェスが答えるまでには少し間があった。
「慎重で、おおらかな方でした」
裏を読めば優柔不断で、繊細さに欠けるということだろうな。
ゴミの山を思い出して、アルフレッドは一人頷いた。
「そうか。君が補佐していたのか?」
「いいえ、いいえ、私はバクスター小佐とは関係ありません」
「えらく、否定するな」
「あまり、評判が良くなかった方ですので。一緒にしていただきたくなくて」
おとなしそうなフェスの大胆な発言に、思わずアルフレッドは隣に歩いていた彼の青白い顔をまじまじと覗き込んだ。
「何か?」
「いや、別に」
フェスは急に立ち止まるとまなじりを決して、アルフレッドを見返した。
「私は、ノーマルですので」
「は? なんと言った」
「私は同性との性行為を好む習性はありませんと申し上げました」
「別に僕は君を誘ってないぞ」
アルフレッドは不満げにフェスを睨んだ。この青年は確かに美貌の持ち主だが、ちょっと自意識過剰なのではないか。
「失礼いたしました。私の意に反してよく、そのようなお申し出を受けるので。あらかじめ上司にはお断りしているのです。私が独身なのはそのような理由では無く、自分の信念ですので」
「もしかして、前任者から?」
「ご想像におまかせします」
今まで明瞭に答えを出してきた彼が、はぐらかすというのは暗にイエスと言っているのと同じだろう。
「しつこいですが、私は男性を好きになることはありません」
そう言われれば、彼の端正な顔つきや、華奢な体型は女性的である。しかし、勘違いされては困る。私も言っておかなければ。アルフレッドは秘書に真正面から向き直った。
「あ、フェス君」
アルフレッドは意味もなく咳払いして、言葉を続けた。
「私が独身なのも、君と同じだ。別にその手の趣味があるわけじゃない」
「わかりました。その一言で充分です」
今までの緊迫した空気をあっさりと断ち切って、フェスは重厚な装飾が施された厚い天然木のドアのほうへ手を向けた。
「ここが迎賓室です。前任者がお待ちになっておられます。と、言うことで私は申し訳ありませんがここで失礼いたします。お帰りの際は、このコムでお呼びください。お迎えに参ります。念のためにこの発信機もお持ちになっておいてください、何かあったとき貴方を追跡できますから」
フェスは腕時計型のコムと1cmほどの平たい円形の発信機を彼に渡してそそくさとその部屋をあとにした。
独りにされたアルフレッドは憂鬱な気分でドアをノックした。
「失礼いたします。アルフレッド・プライスです。入室してよろしいでしょうか?」
「ああ」
部屋の中には、太った中年男がソファに沈み込んでいた。その傍らには痩せ型だが筋肉質の短い金髪の青年が立っている。
バクスターはアルフレッドより階級が上かもしれないが、立ち上がろうともしないのはあまりにも失礼だ。
「えっと、司政官の……」
「ああ、わしだ」
中年男がやっと身体を揺り動かし面度臭そうに立ちあがった。
「バクスターだ」
差し出したバクスターの手を握るとねっとりと湿っていた。
早々に手を引っ込めたアルフレッドは、不本意ながらよろめいたふりをしてテーブルに手を当て、テーブルクロスに脂分をなすりつけた。
「引き継ぎをお願いいたします」
「ん、引き継ぎと言ってもだな、そんなに話すことはないんだよ。なあ、レイモンド」
傍らに立っていた青年は鋭い目をアルフレッドに向けながら頷いた。アルフレッドはふと、彼はあの申し出を受けたのだろうかと思ったが、すぐ下世話な自分の妄想を振り払った。
「セレクターが壊れたとお聞きいたしましたが……」
「ああ、たいした事はないらしい。市民生活に影響は出ていないそうだ。だな」
前司政官はまた傍らのレイモンドをちらりと振り向いた。
なんなんだ、このおやじ。自分が司政官だろう。アルフレッドの頭が一瞬にして沸騰する。
時に仕事を秘書官任せにしてしまう司政官がいるが、きっと彼もそうに違いない。ここは徹底的にとっちめてやらねば。
「とてもそうには思えませんが、現に先ほど机の上には廃物処理課長からの上申書が……」
「彼は学者上がりで、少し神経質で、思い込みが激しいんですよ。なんでも、前の実験室に居られなくなるような事をしでかしてここに送り込まれたらしいですから」
レイモンドが冷たい声で口をはさんだ。
「あまり、信用されない方がよろしいかと思います」
「君に聞いている訳ではないのだが」
「は、申し訳ありません」
ぱっと頬を赤らめ、彼は少し頭を下げた。
「君の秘書はナイ・フェスか?」
バクスターが唐突に聞いてきた。
「奴に気をつけろよ」
薄笑いを浮かべて前任者は言った。
「誘惑するぞ彼は」
「何をおっしゃっているのですか」
「ふ、すぐに君も解る。彼に惑わされないようにすることだな。君のように、理想に燃えたまじめな青年ほど骨抜きになるのはすぐだぞ」
「いやよ、いやよも好きのうちといいますしねえ。バクスター小佐」
アルフレッドはレイモンドが自分を見る目に敵意があふれているのに気がついた。彼は爆発しそうになる感情をやっとの思いで抑えて言った。
「とにかく、引き継ぎを」
「御不満かもしれませんが、概要は私がご説明いたします」
アルフレッドをさらに苛立たせるように、レイモンドは薄ら笑いを浮かべながら言った。
こんな奴から説明を受けたくないが、とりあえず何も知らないだろう無能なバクスターから引き継ぐよりもましだろう。
「それでは、頼む。レイモンド」
アルフレッドはさっさと引継ぎを終えて、一刻も早くこの気分の悪い空間から逃げ出したかった。
「ご存知のようにこのドームは100年前に建設されました。今はこんなに寂れていますが、最盛期には『奇跡の宝石箱』とまで言われた宇宙有数の繁栄したドームだったのです。しかし、ミラクルストーンの採掘量の減少に伴い、経済は悪化、劣悪なドーム外の環境もあり、人口は最盛期三万人から三千人に減少しました。現在は典型的な縮小する都市、すなわちシュリンキングシティとなっております」
説明とともに壁に円形のドームの外観が映し出された。画像は様々な場所に刻々と変わっていく。
「このドームの面積は約28平方キロメートル。地中に掘られた円柱状の穴に人工太陽という全ドームを被う中空の照明施設を天井に被せたような形になっています。エネルギーはミラクルストーンから抽出、枯渇を騒がれて節約が叫ばれていますが、まだドームの維持に困るようなことはありません。水は地下の氷を溶かし、時々はスプリンクラーで雨も降らせます。排水はドーム外に処理施設を作って無害にして排出しています。ドーム内の温度はドーム地下と周囲に張り巡らされた温度管理システムで調節をし、農家の希望にそって四季も演出するようにしています」
「さすがに金に任せて造ったただけある、豪華な施設だな。ちなみに今の季節は」
「春の設定になっているはずです」
壁には大きなドームの地図が映し出された。
「ご覧ください、ドーム内はこの司政庁を中心に放射状と、同心円状に道路が通っております。ドーム外への大きな出口は90度間隔で4個、1番ゲートは宇宙港につながり、2番ゲートは採掘場に繋がっています。3番ゲートは緊急脱出用、4番ゲートは通称忌み口と呼ばれており、斎場に繋がっています」
思いのほか概要は良くまとめられており、引き継ぎは短時間ですんだ。
正直アルフレッドもその要点を押さえたプレゼンテーションには舌を巻いていた。嫌な野郎だがなかなか頭は切れる、しかし、知られてはまずい事はそれだけにきっとうまく隠されているのだろう……アルフレッドは見えないように肩をすくめた。
「これで、終了です」
「きれいにまとまっていた、さすがだ」
「この1ヶ月、このサマリーを作るためずっとこの司政庁の中におりました。最後にこのドームの中をじっくり散歩でもしたかったのですが、結局それもかないませんでした」
じっとアルフレッドの目を見ながら一言一言念を押すようにレイモンドは言葉を発した。
「わかった。で、しつこいようだが、さっきのセレクターのことだが……」
「さきほど申し上げたとおりです。市民はむしろ厳しい分別回収にストレスをためております。リード・エザキという廃物処理課長は、影で市民からゴミ男と呼ばれ嫌われているんですよ。あなたもドーム司政官なら、閉鎖空間における市民のストレスがどれだけ恐いかご存知でしょう」
確かに、閉鎖空間におけるストレスの蓄積は政情不安や些細なことでのパニックにつながる。
「セレクターはすぐ直りますよ。心配する必要はありません」
「レイモンド、そろそろじゃないか」
バクスターがそわそわと時計を見る。
「君もこのドームを出て行くのか?」
「はい、バクスター小佐はザベスの基地に、私はタイタンの司政官秘書に就任が決まっております」
ここにも負けない辺境のザベスの司令に比べて、タイタンの司政官秘書のレイモンドの方が栄転である。
「このドームはのんびりとして良いところです。私はリタイヤしたらここに戻ってこようと思っているんですよ」
レイモンドが意味ありげにニヤリと笑った。
「また、お会いできるかもしれませんね。プライス司政官」
レイモンドが微笑む。しかし、その眼には明らかなライバル意識が表れていた。
将来、こいつの風下にだけは立ちたくないもんだ。アルフレッドは唇を噛み締めて二人を見送った。