ゴミの日
2、ゴミの日
「また、分別してないっ」
ゴミ袋の中にはペットボトル、雑誌、残飯や何か解らない液体の入ったビンがごちゃごちゃに入っている。
「ええい、くそ、焼き討ちにしてやるこんな地区」
リードの叫びにマーシャルは慌ててあたりを見回した。
「やめてくださいよ。ここら辺は昔の港町で気が荒いので有名なんですから」
「もっと言ってやる。このドームの住民はやる気もないし、知恵もない。すべて行政のせいにすればいいと思っている。救いようのない馬鹿だ、大馬鹿だ」
「課長、夜間照明帯にそこの貯水槽に浮いちゃいますよ」
リードの手が一瞬止まったが、すぐパワーショベルを動かし廃品を荷台に積み込んだ。しかし口は止らない。
「僕のようなサイエンティストはな、いいかげんなことに我慢ができないんだ」
「サイエンティストの前にマッドがつきますよね。課長は」
上司を上司とも思わぬ発言にリードは目をつりあげた。まくしたてようとした瞬間、ショベルのコントローラーが急にすっぽ抜けるように軽くなった。
「あ、マーシャル、このショベル急に動かなくなったぞ」
荷台で廃品の分別を担当していたマーシャルが工具箱を小脇にかかえて車を飛び降りた。
「いいかげん、修理憶えてくださいよ、課長。サイエンティストなんでしょう」
「僕は生化学者だ。バイオテクノロジーを研究してたんだ。だから、配線とか、電気とか物理系統は苦手なんだよ」
えいっ。マーシャルの気合とともに車体がぐらり、と揺れた。そのとたん、リードの握ったシャベルのコントローラーのランプが点き、手応えが元に戻った。
「接触不良でした」
涼しい顔で助手席に戻って来たマーシャルが報告する。
「君の修理って蹴飛ばす事か」
「治ればいいんですよ」
大雑把な部下は何事もなかったように分別をやりつづけた。
「あ、なんでしょうね」
太陽を模した照明に眼を細めながら、マーシャルが空を指差した。リードが振り向くと宙港の天井の照明が落とされてひまわりのような黄色の光が空に広がって消えた。
「照明花火か」
「ねえ、課長。そう言えば今日えらくドックの方が騒がしくないですか」
「おまえ、ニュース見ないのか。新しい司政官が来るんだよ」
リードは、ゴミ収集の手を休めずに呟いた。
「おおっ。それでは、とうとう新しいセレクターを買って貰えるんですね」
「そりゃ、わからないけど」
「あの、無能な熊がいなくなるっていうだけで充分ですよ。司政官のくせに執務室で寝てばかりで」
「お前ですら働いてるっていうのにな。マーシャル」
リードの皮肉はどこ吹く風、マーシャルが両手を胸の前で握り合わせてうきうきした声で言った。
「次の司政官、司政官特権で買ってくれませんかねえ。セレクター」
「もちろん、嘆願はしてみるつもりだが、人生はそんなに甘くないよ」
この3ヶ月間繰り返しては呟いた一言を再びリードは口にした。
このドームにはきっと長居することはあるまい。
歓迎の照明花火には目もくれず、新任司政官のアルフレッド・プライスは宇宙港の薄汚れたエスカレーターに一歩を踏み出しながら心のなかでそっと呟いた。
人の上に立つものが必ず通る試練。そして出世の早道。それは辺境でのお勤めである。彼はここでの2年の任期を無難に勤め上げれば、辺境勤務終了ということで晴れて連合宇宙軍本部付の幹部へと昇格できるのだ。
しかし。
「私の並外れた才能を使って無難どころか、このドームを再開発して一気に同期を蹴落とし出世レースのトップに躍り出てやるのだ」
思わず口に出た言葉を飲み込んで、アルフレッドは秘かな(?)野望を気取られないように唇を噛み締めた。
「アルフレッド・プライス中尉ですね」
涼やかな声に振り向くと、若い長身のすらりとした青年が、アルフレッドに敬礼した。
薄紫の髪に、モスグリーンの切れ長の瞳、アルフレッド自身も自分の容姿を人並み以上と思っているが、その彼をして思わず息を飲むほどの美形であった。
「秘書を勤めさせていただきます、ナイ・フェスです」
ナイ・フェスと名乗る出迎えの筆頭事務官に答礼したアルフレッドは、さっそく厚み5センチほどの小脇に抱えられるくらいのパッケージをフェスに見せた。
「2日以内に外交郵袋のパッケージを返却する規定らしいんだが、どうせ中身はないし今頼んでいいかな」
「お預かりいたします」
外交郵袋は地球時代からの名残で、司政官だけが専用のパッケージに入るものに限って無検閲で持ち込める特権であった。
「折り返す便に乗せて軍に戻すから、2日以内に宙港に返却して欲しいっていうのは珍しい習慣だな」
「このパッケージは最新テクノロジーを使っても、中身がわからない相当な高級品らしいんです。無くされるとドームの賠償になりますから、紛失しないように数年前からこの返却制度ができたようです」
出迎えの秘書官はきびきびした動作でアルフレッドの荷物を受け取ると金色のコンクリンに導いた。
「これが、例のコンプリートリィクリーンカーか」
「ええ、ミラクルストーンから抽出したエネルギーで動きます」
「それにしても派手なコンパクトカーだな」
司政官はボンネットのキラキラした装飾をあきらかに嫌そうな顔で見た。
「もしかして、この電飾は夜間キラキラ光るのか?」
「ええ、このドームはこの手の備品が派手な傾向がありますので、御覚悟ください」
「フライヤーで飛んで行けないのか?」
「1年前に天井に当たる死亡事故がありまして、人工太陽も壊れたりして結構な損害だったため、今は条例で飛ぶ移動手段は禁止されています」
宙港からわずか3分でドームの中心にある司政庁に着き、二人はコンクリンを降りた。
「これが、司政庁か」
100年前に建てられたというその建物は、竜宮城かと見まごうほどの過度の装飾が施されている大きな建物だった。
人口三千人の辺境の司政庁、とみすぼらしい建物を想像していたアルフレッドは、初めて良い意味で期待を裏切られた。しかし、内に入って立て付けの悪いドアをフェスが苦労してこじ開けるのを見た段階で期待は一気に萎んでしまった。
「先ず執務室に御案内いたします。あ、迎賓室で前任者が引継ぎのためお待ち申し上げておりますので、お荷物を置かれたらお会いください」
「ありがとう。えっと、聞くのが遅れたがなんと呼べばいいかな」
「フェスとお呼びください」
若い長身の青年が身体を動かすたび、なんともいえない芳しい香りがした。
「私は大学では経済学を専門としていた。今回は専門としている分野とはいささか違った職務で戸惑う事も多いと思うが、君のようなてきぱきと仕事をこなす秘書だと助かる、よろしく頼む」
「プライス中尉は、おいでになる前から宇宙軍若手のなかでも、ピカイチの切れ者だ、という噂でもちきりでした。私こそよろしくご指導お願いいたします。あ、この廊下の突き当たりが執務室です」
「ん、これはなんだ。フェス君」
「ああ、これですか」
執務室から約10メートルのところに一枚のポスターが貼ってあった。
ゴミの日、燃えるもの 3の倍数日
燃えないもの2,7のつく日
危険物、粗大ゴミ1のつく日
お互いのため、朝9時までにきちんと分別しましょう
「ここは二十世紀か?なんでゴミの日なんかあるんだ。リサイクラーはどうしたんだ」
「お聞きになってないんですか。3ヶ月前に壊れてしまったんですよ」
「なにっ、聞いてないぞそんなこと。で、どうしてまた壊れたんだ」
「良くわかっていないらしいのですが、爆発が起こってリサイクラーの一部であるゴミの分別を行うセレクターが大破してしまったんです」
「で、いつ直るんだ」
「さあ、ご存知のようにこのドームは辺境ドーム条例によって軍の管理下に形式上置かれていますが、実は独立採算制なのです。リサイクラー修理に必要な部品は高いみたいでドーム議会からまだ予算が下りないのです」
財政が炎上している辺境ドームか。アルフレッドはため息をついた。冗談じゃない。リサイクラーのないドームなんて聞いたことがない。いったい大量に出るゴミの処理をどうするんだ……。
「で、これか」
壁のポスターを見ながらアルフレッドは信じられないというように頭を振った。
もしかすると、人事部にはめられたかもしれない。ここはただの平和な田舎ドームではないようだ。まだ足を踏み入れて10分もたたないうちに早くも二つの欠陥が露呈してきた。一つは、究極に金がない。二つは、リサイクラーの故障。良く世間では三重苦というが、すでにそのうちの二つをクリアーしてしまった。
「驚かれましたか?」
フェスが心配そうにアルフレッドの顔を覗きこむ。
しかし、若い司政官は突然にやりと不敵に微笑んだ。
「フェス君、私の容姿から、貴公子然とした線の細い男と思われては心外だ。私は今のところ同期の中では異例の出世をしている。まあ皆から見れば、打ちたくてたまらない出た釘だ。だが、残念ながら私はただの釘ではない。私を打った金槌は必ずその痛みにのたうちまわってきた」
彼は秘書を真正面から見据えた。
「覚えておいてくれ、私は何にも負けない男なんだ」
フェスは自信過剰気味の上司の言葉を、何かうれしそうに微笑みながらそっと頷いた。