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あなたって人は!

15、あなたって人は!


「時間はほとんどありません。光に強い奴も徐々に出てきているようです。このままですと、人々が避難しているこの司政庁ゾーンに彼らが来るのはあと2時間。もしそれまでに手段が無ければ、我々はあのネズミ達に埋め尽くされてしまうでしょう」

 フェスの冷静な分析が伝えられる。

「さきほど、マーシャルがホワイトデストロイヤーを引き付ける匂いを調合したから、それでなんとかならないかと私に相談に来ました。衛生局のお二人はそれでどうにかするおつもりなんでしょうか」

 フェスがため息をつく。

「しかし、ドーム外へネズミ達を誘い出そうとするのは大変な事です。彼らの大軍の真っ只中に行き、彼らを導びかなければなりません。匂いを出したまま彼らを導くのは生身では無理です。と、言って普通の機械ではすぐ噛みつぶされてしまいますし……」

「こんな事を言うのは変かも知れないが、私は奴を妙に信頼しているんだ。きっと何とかしてくれるかもしれない」

 あの薬は効いた。フェスと普通に話せるしあの時の事が嘘のようだ。

 あいつなら、何とかしてくれるかもしれない。アルフレッドは妙な確信があった。

 その時アルフレッドのコムが鳴った。

「もしもし、私だ」

「こちらベイリー。大変です。オキシジェン・グリーンに奴等が到達しそうです」

「なに」

「ここがやられれば、生命維持に必要な酸素が止ります」

「すぐ指揮を執りに行く。持ちこたえろ」

「はい、お待ちしています」 

「フェス君。君は避難しているシェルターの方に連絡を取って、安全を確認してくれ」

「はい」

 頼むぞリード。あの赤十字スタッフが言っていた。彼の頭脳はいくつもの不可能を可能にしてきたと。アルフレッドは制帽をかぶると鏡の前で少し帽子の角度を変え、部屋を出ていった。




「どこに行くんです、課長」

 電飾がキラキラする司政庁の金色コンクリンを運転しながらマーシャルは叫んだ。

「衛生局だ」

「え、もうそこはホワイトデストロイヤーが占拠しているはずです」

「奴等の習性としてあまり高いところは好まない。5階の僕の自室は無事なはずだ」

「でもそこにたどり着くまでが……」

「そう、命懸けだ」

「掛けにもなりゃしませんよ」

「防衛ラインぎりぎりのところに、人工太陽メンテナンスのために内側に入るエレベーターと非常階段が屋上から出ているビルがある。そこから、人工太陽の中を通って衛生局に行く」

「人工太陽はビルから20メートルも上にあるんですよ。闇の中で昇るなんて命がけですよ」

「いいよ、僕独りで行く。君はここで降りてくれ。衛生局にはこの縄梯子での下りになる。下手すれば死ぬかも知れないんだ」

「そんな事できるわけ無いでしょう。あなたは運動神経が不自由なんですから。私がいないとあなたは絶対衛生局の5階までたどり着けませんよ」

 息を吸い直してマーシャルは続けた。

「あなたをほっとけないんです」

「君はいい奴だよな」

「今解ったんですか」

「いや、前から知ってたけど。僕はここに来てすべてを失った気になっていて、大切なものが見えてなかったんだ」

「やめてください、しんみりするのは。死にに行くわけじゃないんですから。このドームが助かれば私達にはきっと特別休暇やボーナスが出るに決まってます。そしたら、それを持って暖かい海にリゾートに行くんですから」

「いいね、いつも前向きで」

「あなたも前向きじゃないですか。と、いうか前しか見えてない事もあるけど」

「悪かったな」

「そろそろ白ネズミの大群にぶち当たりますよ」

 その言葉通りコンパクトカーは硬い壁にぶつかったように激しく跳ね上がった。前後の強化合成樹脂はびっしりネズミに埋め尽くされて見えない。

 ガガガガガっ、タイヤが空回りしている。

「う、動かない。車全体がネズミに埋め尽くされたようです」

「ちくしょうっ、人生の底には限りが無いのか~っ」

 リードがうめく。

 ギリギリギリ、ガリガリガリ。

「車を食ってやがる」

「わ、亀裂が入ったぞ。この車に火器はないのか、マーシャル」

「ここにレーザーガンはありますが、窓を開けたとたん地獄絵図ですよ」

「ビブロス博士。あの世でまた実験しましょう」

「課長。何言ってんですか。あなたのその平時には働かないキチガイじみた脳みそをフル回転してください。きっと助かります。お願いですから私をまたあの安穏とした怠惰な生活に戻してください」

「女性関係から考えると、どうも君は天国に行けそうも無いからな。現世で楽しんどかないとな」

「この非常時になに失礼な事言ってるんですか」

 マーシャルはリードの顔を覗き込み、息を飲んだ。リードの目がらんらんと輝いている。

「マーシャル、このコンパクトカーの起動エネルギーは電気だったな」

「ええ、わ、あ、穴が」

 穴に向かってマーシャルはレーザーをぶっ放した。

 ギイイイイイーッツ。ネズミとは思えないほどの大きな叫びをあげてホワイトデストロイヤーが穴から剥がれ落ちる。

「このコンクリンのクラシカルな電飾のエネルギーも電気だったな。電飾に電気が流れる部分の配線を取り出せ。それからフェスに連絡を取れ、スプリンクラーでここに一時的に雨を降らせろと」

「車体を水に濡らせて車外に電気を流してネズミ達を振り払うんですね。フェス、フェス、こちら……」

「どうした」

「通じません。メインコントロール室へのコムが」

「中継アンテナがどこかでやられたか」

 暗い車内の中、マーシャルの焦りが手に取るように伝わる。

「ああ神様、お願いします。私を天国に……」

「何、気弱になってるんだ。天才はな、一つや二つの失敗くらいじゃめげないんだ」

「きっとあなた、実験を何回も失敗したんですね」

「うるさい、次の手もある。奴等の嫌いなものは、光だ。この車の中にある非常用照明弾を使うぞ」 

「もしかしてこれを車内で」

「暗闇の中、この車は20秒間光の玉になるぞ。そのまま目指す建物へ突っ込め」

「失明しちゃいますよ」

「だから、目隠しして運転するんだ」

 リードはシートベルトを手持ちのカッターで切ると、マーシャルの目に巻きつけ、自分の頭もぐるぐる巻きにした。

「きっと今からの人生恐いものはなくなりますね」

「時間がない、行くぞ」

 リードは口で照明弾を噛み切った。

 パン。軽い音と共に目を覆っていてもわかる明るい光が瞼に飛びこんできた。

 ドルルルルル。

「コンクリン、う、動きます」

「奴等びっくりしたんだろうな」

「行きますよ。わ」

 思い切り踏み込んだアクセルが思いのほか軽く、車は勢い良く飛び出した。

「ハンドル切ります。ぶつかりますよ。きっと」

 その言葉のすぐ後に激しい衝撃が二人を襲った。

「まだ明るい。目を開けるな。暗くなったら奴等が襲ってくる。光が消えた一瞬に飛び出すんだ、ネズミは光で痙攣を起こすものもいるからな」

「課長」

「どうした」

「ビル、間違えてたらどうしましょう。目を瞑ってたからぜんぜん全然距離感が解らなくて」

「なんとかなる」

「あなたの実験スタイルってけっこういい加減だったんじゃ……」

「消えた。行くぞ」

 レーザーガンを撃ちながら目の前のビルに飛び込む。ネズミを振り払いながら階段を掛けあがる時、リードの身体がふわりと浮いた。

「私が担ぎます。ネズミにあなたを齧らせるわけにいかない」

 マーシャルが有無を言わさず、上司を背中に担ぐ。

「ここは……」

「そうだ。1秒ハンドルを切るのが早かったなマーシャル。やっぱり人生は甘くない」

 そこは、人工太陽に通じるビルの隣のビル。

 その階段を懐中電灯を頼りに二人は飛び上るように上っていく。3階辺りからネズミはほとんどいなくなった。

「部屋に入ろう」

 8階のホールで息も絶え絶えのリードが壁にへばりつくようにして先に行くマーシャルに呼びかけた。

「何とかして隣のビルにたどり着かなければ。ロープか梯子かなんかないか探そう」

「隣のビルまではかなりあります。下に落ちればネズミの餌食ですね」

「やめてくれ。高いところは好きじゃないんだ」

「目を瞑って飛びますか」

 部屋はいかにも事務系のビルといった内装だった。机の上にはコンピューターが置かれているだけだ。

「なんにもないビルだな。ここは」

「だって税務署ですもん」 

「屋上にいけば、脱出用の梯子があるかもしれないな」

「下に降りるシューターならありますけどね。横のビルへ移動するものは……」

 屋上への扉を開けた二人の目に飛び込んで来たのはなにもない狭い屋上。そして細長いこの税務署のビルより約5メートル離れて、人工太陽メンテナンス用の梯子がある隣のビルがそびえていた。

「あちゃあ、あんなに距離があるんだ」

 暗闇の中、立ちすくむマーシャル。

「フライヤーがあれば、飛んで行けたのに。人工太陽の事件で全てリサイクラーに放り込まれましたね」

 フライヤーは小型のヘリコプターのようなもので、今まではドーム内の飛行交通手段だったが、事故のためすべて押収されていた。

「隣のビルに行くためには……」

 リードは下を向き、はっ、と息を飲む。

「そうだ、奴らに協力してもらおう」

 彼は、手元にネズミをおびき寄せる匂いを発する液体を取り出した。そして階段を走り下りる。

「待ってください、どうするんです」慌ててマーシャルが追う。

 ホワイトデストロイヤーが上がってくるぎりぎりの3階に下りると、リードは目指すビル側の窓を開けて、液体を税務署のビルの壁にまき散らした。

 ぐいいいいっ。

 高感度ゴーグルを通して、地面がいきなり波のように盛り上がり壁に張り付いたように見えた。波に見えたもの、それは白ネズミの大群だった。

 がりがりがりがり。

 すさまじい勢いでネズミ達が液体のついた壁に飛びつくと齧り始めた。

「屋上に戻るぞ」

 リードは揺れるビルの中の階段を駆け上がる。

 屋上に出るドアを開けて、二人はしっかり階段の手すりにつかまった。

「そろそろ、来るぞ」

「まったくあなたって人は!」

 マーシャルの叫び声とともに、ビルがぐらりと揺れる。

 そして次の瞬間激しい衝撃が二人を襲った。

 ドーンガシャンガシャンガシャンガシャン……。

 ネズミに齧られて削りとられたビルの片側が、自分の重みを支えきれず対側のビルに倒れ掛かかった。

「とんでもない、天才だ」

 マーシャルはほっと溜息をつく。

 彼らは傾く屋上に這い登って、隣のビルの窓を破ってもぐりこんだ。

 ずずずずずずずどどどどどどっ。

 二人が隣のビルの屋上にたどり着いた頃、税務署のビルは崩れ落ちた。

「た、助かった」

 マーシャルが胸をなでおろす。

「さあ、行くぞ」

 リードの指差す方向を唖然とマーシャルは見上げた。そこには人工太陽、すなわちドームの照明が切れた今では暗闇が広がっているだけだった。

「巧みな内装にだまされているけど、これは空じゃない。照明灯の入った特殊透明樹脂の二重構造の天井だ。天井裏から衛生局に侵入と行こう」

 それにしても、暗闇の中浮いているような状態での急な階段上りは恐ろしい。リードは震える手で手すりをつかんだ。

「ラジャー」それに引きかえ、マーシャルはぴょんぴょん飛ぶような調子で階段を昇っていく。

「まず、私が人工太陽内に入って、あなたをこの綱で引っ張り上げます。私は身体を使いますから、あなたはこの調子で頭を使ってください。これでもちょっとあなたの事を尊敬し始めてるんですから」

 言うが早いかマーシャルは暗闇の中に消えて行った。

 しばらくして、リードの身体に巻かれた綱がくいっくいっと2度引かれるのを合図に彼の身体はするすると引っ張られていった。

「すごい力だね」

「日々鍛えてますからね。だって女性をお姫様抱っこするときに、ふらつくのは許されません」

「君は人生の目的が明確でいいね」

 リードが苦笑する。

「それにしてもここから市街を見下ろした人間はそういないでしょうね、課長」

「気をつけろ。フライヤーが壊してから修復した部分は値切りに値切ったらしくて安普請だからな。そっと行け。あ、ここはべこんべこんしてるぞ」

 二人は四つんばいでドームの天井裏を進んで行った。

「衛生局、ここら辺でしょうか」

「だめだ、立つな。マーシャル」

 ズズッ

「あぶない」

 マーシャルのいた場所に亀裂が走り彼の身体は足から吸い込まれるように落下した。手を伸ばし彼の手を捕まえたリードも奈落の底に引きずりこまれる。

「ぐっつ」

 リードは這いつくばって、人工太陽内で持ちこたえた。右手だけが深淵の中に消えている。しかしその手にはしっかりとマーシャルの手首を握った感覚があった。

 しかし、非力な彼はマーシャルを持ち上げるだけの力が無い。

「課長、衛生局の通信塔にあと20センチで手が届きそうです」

 言っている事はまともだが、極度に裏返った声が聞こえてきた。

「いいか、聞こえるか。手を振るぞ。振り子の原理だ。反動を利用してポールに掴まれ。いくぞ、3、2、1、ゼロ」

 声にならない悲鳴が上がり、反動とともに右手の重みが無くなった。

「い、生きてます」かすれた声が人工太陽の中に届いた。

「よし、じゃあ僕はこのまま四つんばいでビルの上まで行って、レーザーで穴をあけて縄梯子を人工太陽内の突起に括り付けて降りる」

「縄梯子の端は僕が持っておきます」

 衛生局の屋上で顔を見合わせたとたん、二人はその場にへたり込んだ。




「司政官、あと1時間持ちません。司政庁ゾーンに到達します。司政庁付近のサブラインがすべて食い破られたら24時間持ちません」

 高感度カメラから送られてくる映像はネズミの大群が押し寄せる様子を刻々と伝えていた。

「溝はできたか」

「ほとんど」

 ベイリーと鉱夫たちは疲れた黒い顔をしてプライスに答える。順番に仮眠と休息を取っているといっても、現場は過酷で疲れがとれないまままた次の疲れが蓄積していく。

「溝に奴等の好きな匂いをつけた粘着剤を流し入れろ。少しでも足止めして時間を稼ぐんだ」

 反対側の前線で作業しながらプライスはコムに叫ぶ。

「しかし司政官、宇宙軍の到達は7日後です。少しくらい時間を稼いでも、そこまでは持ちこたえられません」

 ベイリーが皆の不安を代弁した。

「私が待っているのは宇宙軍じゃない」

「では、何を」

「あいつが何かしでかすのを」

 そう言うとアルフレッドは空を見つめた。


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