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君の使い魔を呼び覚ませ

14、君の使い魔を呼び覚ませ


「私は宇宙赤十字のレメットです」

 水色の宇宙赤十字医師の制服を着た男が、ディスプレイに浮かび上がった。

「ありがとうございます。赤十字の方々の御恩は一生忘れません」

 アルフレッドは深々と頭を下げる。

「しかし、到着は明後日と聞いていました。なぜ」

 アルフレッドは驚きの色を隠せない。

「確かに私どもの到着は、前任者のバクスター少佐からそれほどの事態ではない騒ぎすぎるなという横槍が入り故意に遅らされていました。ですが、星間議会の議長が、早急な到着と、救援隊の派遣を決めたのです」

「なぜ、事態が好転したのですか」

「各分野の最高頭脳を集めた賢人会議、これは大変高い発言力を持つ団体ですがその重鎮が議長に直言なさったのです」

「もしよろしければ、そのお名前を」

「メイヤード・ビブロス。生化学界の重鎮で、ここのドームのローズ博士、エザキ博士の恩師と伺っています」

「ところで、救援隊はいつ……」

「今から7日後になります」

 レメットは気まずそうな表情になった。

「先ほども聞かれましたが、到着を早くするために船も定員が10人の小型のものを選んで無理な行程で来ています。住民避難にはあまり協力できそうにありません」

 ホワイトデストロイヤーのために壊滅するかもしれないドームに捨て身で来てくれたのだ、これ以上何を期待する。アルフレッドは黙って頷いた。

「なんとかホワイトデストロイヤーの大群に襲われないで司政庁にたどり着ける方法があればそちらに参ります。ローズ医師から送られた菌の遺伝子情報から考えるとやや遺伝子形は違いますが、ネオペストと考えていいと思います。そちらにつき次第、抗菌薬投与とワクチンの接種を開始します」 

「なんとか、ネズミどもを退治するようにいたします」

 アルフレッドは唇を噛む。

「あ、その前にエザキ博士に二人だけで話をさせていただきたい。実は悲しい知らせをお伝えせねばならないのだ」

 レメットは懇願するようにアルフレッドに頼んだ。




「お会いできて光栄です、覚えておられますか、ミナト博士」

 リードの姿を見ると、頬を上気させてレメットは声を上げた。

「整形をされて、何処かに潜伏されていると聞きましたが、こんなところにおられたとは、ミナト……」

「ああ、レメットさん。もうマーカス・ミナトは消滅したから。目の前にいるのは、リード・エザキ、このドームの衛生局廃物処理課長」

 困ったように黒髪を掻くリード。

「あなたに実験をお教えいただいたのは、私の人生のうちで一番の自慢です。もちろん、これからも」

 興奮気味のレメットを制し、リードは用件を尋ねる。

「お手紙をお預かりしてきました。あなたの生体認証で開きます」

 古式ゆかしい、手紙風の表紙が現れた。

「これは」

 差出人を見て、リードは息を飲んだ。

「ビブロス博士からです。博士はあなたの窮状を知ると病身を押してこれをしたためられました」

「御病気なのか」

「ええ、重体です。手紙を書かれた後ほとんど意識が無くなられたと伺っております」

 リードの全身が震えた。

「恩師なんだ。私の」

「それは博士に伺いました。しかしそれ以上は何も語ろうとされませんでした。私も科学者の端くれです。まだ少年だったあなたの講演を聞いた事もあります。私はずっと不思議に思っていました。なぜ不世出の天才科学者と言われ宇宙バイオテクノロジー学会で一世を風靡したあなたが突然姿を消したのか。愛弟子といわれていたあなたの引退をなぜビブロス博士が容認したのか」

「破門されたんだよ」

「え、まさか」

「これ以上は語れない。僕はビブロス博士に封印されたんだ。でも、それで良かったと思っている」

 リードは足早にその場を立ち去った。

 彼は開いている部屋に入り、ドアを閉める。人気のない部屋は暗く、空調が聞かないために、寒々としていた。

 彼は、小さなディスプレイを立ち上げると、弱い明りの元でメールの受け取りに設定した。ビブロス博士の手紙が浮かび上がり、次に生体認証をするばかりとなった。

 しかし、その手は大きく震えてどうしても次に進めない。

 病身の博士が、今わの際にしたためた手紙。

 それは、もしかすると、最終的な絶縁状かもしれなかった。

 コンコン。

 ドアをノックする音がする。

 リードの震え声の返事で、銀色のスリムスラックスの足がドアから滑り込んできた。

「いや、どうかしたかな、と思って」

 司政官がちょっとばつの悪そうな顔で覗き込んだ。

 リードの瞳に浮かんだ涙が、司政官の持つランタンできらりと光る。

「も、もし、私が……何か力になれることがあれば、言ってくれ」

 リードは下を向いた。

 自分一人では支えきれない、大きな不安。

 目の前には、とっくみあい、罵り合い、そして心をさらけ出して助け合った男がいる。

 もしかしたら……この男は信じていいかもしれない。

「助けてくれないか」

 小さな声でリードは呟いた。

「私でできることなら」

 リードの震える肩に司政官はそっと手を置く。

「一緒に居てほしいんだ、もし僕が崩れ落ちたら助けてほしい」

「お安い御用だ」

 リードは指紋で生体認証をするとそっとページをめくった。

 そして、涙でにじむ文字をゆっくり追い始めた。

 

  親愛なるマーカスへ

 君が私の元を去ってからもう9ヶ月になる。

 あの朝、去って行く君の姿を見ながら、私はこれで科学の進歩は百年遅れたと思った。すべてを託すつもりであった後継者を無くした心の空虚さはいくら涙を流しても埋まらなかった。

 この9ヶ月どれだけ後悔し、どれだけ君を呼び戻そうと思ったか。しかし、最後の所で君の行った事を私は容認できなかった。君は神の領域に踏み込んでしまったのだ。君が私との共同研究以外にあの実験をしていた事を知ったときの私の驚愕は筆舌に尽くし難い。当惑した表情であの生物を持って来た君。学会で禁じられている新生物の誕生。その過程に一部偶然の要素があったとはいえ、やはり君が禁断の実験に手を染めていた事には間違いが無い。私は邪念の無い君の瞳を見ながらこのまま実験を続けさせる事に恐ろしさを感じた。科学は諸刃の剣だ。人類に対し、庇護の手を差し伸べる天使の一面と、牙をむく悪魔の一面を持つ。科学者は自分の実験に責任を持たねばならない。君が実験を続ければ、科学は今までの何倍ものスピードで発展して行くだろう。だが、前しか見えない時がある君は自分の実験結果がどのように利用されるか、悪用されないかを考える余裕が無くなっているように私は思えた。バイオテクノロジストとしてのエリートコースを歩んだ君は純粋培養の学者馬鹿で世間の常識、怖さを知らない。私は君とその実験成果が悪用されるのが恐かった。私は君を破門し、世間を見せようと思った。そしていつもたった一人で実験室にいた君に、君を助けてくれる信頼できる仲間ができる事を祈った。ちょうどその頃、君が来る前に私が期待していた男が辺境ドームの医者をしていると聞き、君を預ける事にした。そして君が世間に順応し、物事を広い視野で見られるようになってから再び私のもとに引き取るつもりだった。しかし持病の気管支疾患に変異結核が感染してしまった。もう君に生きて会えないかも知れない。

 君の部下のマーシャルという青年から君の窮状について連絡を受け、とても心配している。何としても生き延びてくれ。それが私の唯一の願いだ。あの時君の使い魔を私は封印しろと命令した。しかし、科学はいつか良くも悪くも進歩する。君が発見しなくても、作り出さなくてもいつかは誰かがその領域に手をつけるだろう。君やドームの人の命と引き換えにはできない。本当に必要な時には君の使い魔の封印を解け。それでは君の健康と成功を祈っている。いとしい愛弟子よさらばだ。

                             ビブロス


 目を閉じたとたん、あふれる涙がつぶとなって手紙の上に降った。暗い部屋でリードの鳴咽だけが響く。

「リード……大丈夫か」

 アルフレッドの問いに、涙をぬぐってリードは頷いた。

「こうしてはいられない」   

 彼の目は以前の科学者の目に変わっていた。

「僕は僕のベストを尽くさなければ」




「防衛ラインがまた突破されました、司政官」

 メインコントロール室に戻った二人に、フェスの報告が入る。

 ディスプレイには次々と倒壊する家屋が映っていた。

 そして地を埋め尽くす白ネズミの大群。彼らは雪崩のようにこちらに向かっていた。

「警備隊の火炎放射器もだめだった。地雷で吹き飛ばされてもすぐさま次の大軍が押し寄せる。彼らの通った後には屍すら残らない。まるで地獄絵図だ」

 憔悴した表情でアルフレッドが言った。

「彼らを何とかおびき寄せてドーム外に放りだせれば……」

「ハーメルンの笛吹きを呼ばなければいけませんね」

 マーシャルがぽつんと言った。

「そうか、なんとかできるかもしれない。待っててくれ司政官」

 突然リードは叫ぶと身を翻してメインコントロール室を出て行った。

「どうしたんだ、リード」

「待ってくださいよ、まったく危なっかしい。あなたはサイエンティストの上にマッドがつくんですから。」

 マーシャルも慌てて上司を追った。

「あいつが笛でも吹くっていうのか」

 いきなりのリードの変化に、呆然としてアルフレッドは二人を見送った。

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