仕掛ける罠、仕掛けられる罠
12、仕掛ける罠、仕掛けられる罠
マーシャルは一仕事終え一刻も早く仮眠をとろうと、高感度カメラを内蔵したゴーグルをつけて衛生局に早足で向かっていた。
「それにしても、寂れているよな、ネズミが湧くのも頷ける」
衛生局は市街地から少し離れたところにあるが、周囲には人がいなくなった住宅が立ち並ぶ。
時たま、ケーブル類や汚水が通る地下の空間におりるマンホールがあるが、その蓋はこの2、30年変えられていないものもあり、ところどころ朽ちている。
ふと、マーシャルは街灯の近くにあるマンホールの蓋がぐらぐらしているのに気がついた。
セレクターのように悪戯されてはたまらない、彼は震えるような動きをするそのマンホールに近づいた。
がたがた。
何か押し上げられているようだ。
彼は上に載ってみた。
足元のマンホールの蓋はガクガクと彼の足を突き上げるように動く。
その力がだんだん大きくなってくる。
「なんだ、これは?」
がくがくがくがくがくがくがぐぐぐぐぐぐいいいいいっ。
「地震か、いや他のところはゆれてな……まずいっ」
次の瞬間、彼の身体は吹き上げる飛沫によってマンホールの蓋ごろ宙に跳ね飛ばされた。
「な、な……」
そこは必要以上にすぐれた運動神経の持ち主であるマーシャル。宙返りをして街灯の曲がり角にかろうじて手を掛けてぶら下がる。そしてゴーグルについたカメラを撮影モードにした。
眼下には、マンホールから押し上げられた灰白色の塊が地上でぱっと広がり、一目散にドーム中心地の市街地に走っていく光景が繰り広げられていた。
塊の正体……それは、毛の長いネズミの大群だった。
後から、後から、ネズミの群れが溢れ出してくる。歯をむき出しにして、一心不乱に駆け出していくが、彼らが覆いつくした後のモニュメントはボロボロになり、落ちていたパンは一瞬のうちに消え去った。
ひとしきりネズミを噴出したあと、マンホールは何事も無かったように沈黙した。そしてネズミ達は皆、集団を乱すこと無く、ドームの中心に向かって消えていったのである。
「これは、まずいんじゃないか」
マーシャルは震え声で呟いた。
「司政官、とうとう死者が出たようだ。ドームで初めて感染した例の男性だ。これから解剖になる」
ようやく連絡が取れた病院からの、衝撃の情報に司政官は顔を曇らせた。
「まだ、特効薬は見つからないのか」
「症状をやや緩和するくらいで……、彼の孫も後2日持つかどうからしい」
リードの声も暗い。
「ただ、ホワイトデストロイヤーの動きがだんだんわかってきたようだ。彼らの糞塵は100%の確率でアレルゲンとなり、暴露すると必ず生体内にIgE抗体ができる。それを持っていたのが、亡くなった男性だったが、それ以外にα2地区、そしてα3地区の人間と特異的なIgEを持つ人間が多く見つかってきている。もちろん発病者以外の健康者にもその抗体を持っているものもあって、それはα2地区に多いようだ、すなわち高濃度の糞塵に暴露した人間が多いということだ」
「あのあたりに巨大な巣がある可能性があるな」
司政官は眉を潜める。
アルフレッドは就任2日目に行ったボタ山を思い出した。
「このネズミによる感染者が以前にいなかったかどうか、ここ半年の不審死のデーターを集めてみよう」
リードが呟く。
「ホワイトデストロイヤーに関する資料を集めました」
フェスが、ディスプレイに映し出す。
中にはどうやって手に入れたのか、禁持ち出しというファイルがいくつか含まれていた。
「これは?」
「マーシャルが、さる筋から掠め取ってくれました」
「あいつにそんな芸当ができるのか?」
リードが首をひねる。
「またどこかの敏腕ハッカーレディでもたらしこんだのかもしれないな」
このドームに来てから急に言葉が汚くなったことを自覚しながら、彼は呟いた。
資料の冒頭には、50年前宇宙ステーション103で起こったホワイトデストロイヤーの事件の詳細が書かれていた。偶然の変異を起こした毛の長い白ネズミ。通称ホワイトデストロイヤーが一斉にエネルギー系統を破壊し、ステーションを破滅させた事件である。高い場所と光を苦手とする彼らは、ある程度数が増えるまでは地下の暗いとことに潜伏しているが、大群になると一挙にエネルギーラインを破壊し、ステーションを制圧。大群になると知性が高くなり、固体同士で弱いテレパシー能力を持つため、それは一つの個体のように行動し始める。奴等の破壊力は想像を絶するものがあり、建築物を齧り尽くし、食べ物(時には生き物も)を食い荒らした……。
「恐るべきは彼らの繁殖力です。生後1週目からメスは一度に10匹の子を産むことが可能です。産後も1週おきにつがいは子供をつくります」
「何てことだ。単純に1つがいから生まれた10匹のうち雄雌5匹ずつがつがいになり、生涯1度のお産のみとしても、1か月後には1万5千匹を超える」
リードがため息をつく。
「ただ、近年さらに気になる報告があります」
フェスは先ほどの禁のマークがついた資料を提示した。
「軍事目的で、開発……」
アルフレッドが絶句する。
「少数の個体を放しておけば、時間がたって数が増えた段階で一挙に都市を制圧する。まるで、時限爆弾を仕掛けるようなものです」
フェスはさらに付け加える。
「この資料によれば、都市攻略用に噛むと新型のペスト菌を感染させる個体が開発されたようです。そして、体内で増殖した菌は感染者の気道から、咳や痰になって排出され2メートル以内にいる人間に空気感染させるようです」
「軍事用の菌だから、一般の感染体の検索に引っかからないのかもしれない。今回の病気はこの新型ペスト感染の可能性が大きいな」
リードの言葉にぼんやりとアルフレッドが頷く。
「すでに宇宙赤十字に連絡をとってこの新型ペスト、ネオペストというらしいですが、のワクチンと特効薬を宇宙船内で大量に産生して持ってきてもらうこととしました」
相変わらず手際の良いフェスが、当たり前のように報告する。
「それにしても、なぜそんな危険な生物がこのドームに」
司政官が呟く。
「密輸できるような体制にはなっていないぞ。そこらへんはきちんとやっている」
ローズ医師が。と、リードは心の中で付け加えた。
「軍事開発した側からいうと、何処かで試してその効力を宇宙中に知らしめたいところでしょう。だから、欲しがるテロリストにはお試し版として安価に下げ渡した可能性があります」
「でも、なぜこのドームに……」
その時、リードにマーシャルからの連絡が入った。
「大変です、画像を送ります。ホワイトデストロイヤーです」
「何っ」
「見てください!」
人々の目は画像の送られた大型ディスプレイにくぎ付けになった。
高感度カメラで撮影された暗い道に、マンホールから噴出するように湧き出る毛の長い白ネズミが映っていた。
「閾値を超えたか……これから奴ら戦闘モードだな」
リードが呟いて、アルフレッドの方を見る。
「司政官!」
虚空をぼーっと見つめる司政官に思わずリードが怒鳴った。
「早く、人々をこのあたりに避難させないと。あいつらは光が怖いんだから何とかこの辺りは明るくして寄せ付けないようにしないといけない」
「あ、ああ」
「指示を出せよっ」
「大丈夫ですか、司政官? 徹夜明けにほとんどお休みをとられてないし」
フェスの言葉がアルフレッドには辛かった。また、例の発作が襲ってきたようだ。この妄想の波に襲われると頭の中には彼のことしか浮かばない。この非常時に、打開策を考えなければならない時なのに。
頭の中には、血に染まったあの白い背中が左右に揺れている。
うつろなモスグリーンの瞳に長いまつげがかぶさって、猿ぐつわされた口から洩れるそのうめきが、甘く耳の中に繰り返される。
助けて、助けて……と。
助けてくれ。そう、むしろこの甘い罠から助けてほしいのは自分だ。
アルフレッドは天を仰いだ。
「住民を避難させないと」
絞り出すような声で言うと、司政官は荒い息をついた。
「司政庁に収容できるのはどんだけ詰め込んでも千五百人、病院は五百人、船で出航するのは五百人、あと五百人の居場所がない」
リードが提言するも、司政官は上の空である。
「ない……、ない……、ない。フェス……」
司政官がぼんやりと呟く。
その姿をいぶかしそうにリードはじっと見つめていた。
「まず、できる範囲で司政庁を中心に煌々と明かりを照らせ。そして、ホワイトデストロイヤーに罠を仕掛けるんだ」
リードは司政官に叫ぶ。
「どんな罠だ」
まるで、熱に浮かされたような表情で司政官が尋ねる。
「それがわかれば苦労はしないっ、今から考えるんだよ」
衛生局廃物処理課長は、司政官を睨み付けた。