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ホワイトデストロイヤー

11.ホワイトデストロイヤー


 リードは司政庁に舞い戻って、コンピューターでドームの住居の所有者を確認していた。

 優先避難者を抽出し終え、眠い眼をこすりながら何とか保有船への誘導の指示を出すと、彼はソファに倒れこんだ。

 気がつくと、辺りは真っ暗。

 コンピューターも節電モードになって、スイッチに小さい明りが点いているだけだ。

「課長」

 ランタンの強い光とともにマーシャルが現れた。

 司政庁でフェスの無事救出の報告を聞いてほっとしたのか、思わず寝てしまっていたリードは、頭をぼりぼりと掻きながら身体を起こした。

「どうした。何が起こったんだ」

「全館の明かりが消えちゃったんですよ。それにしても二重、三重のサブラインが設定されているはずなのになぜ停電なんか起こったんでしょう」

 ランタンの光に照らされて、彼の巻き毛の影が大きく揺れる。

「病院はだいじょうぶか?」

「多分。病院はそれ自体の自家発電装置がありますからね」

「司政庁にもないのか?」

「普通あると思いますが。多分生命維持装置なんかの重要ポイントにしぼってエネルギーを供給しているんでしょう」

 そう言いながらマーシャルは栄養ドリンクを2本取り出すと、1本を上司に渡し、残りの一本をぐいっと飲み干した。

「司政官はどこだ」

「さあ、暗闇の中でフェス君と共にメインコントロール室の方へ行かれましたが」

「フェス、フェスがもう復帰しているのか?」

 あの惨状を見ていたリードは目を丸くする。

「人工血輸血を司政庁の衛生室で受けて、抗感染薬や鎮痛剤をしこたま打って働いてますよ」

「凄い根性だな。おまえ、爪の垢を貰え」

「課長こそ、彼の爪の垢を飲んでもっと大人になってください」

 むっ、とした顔でマーシャルが言い返す。

「冷静で魅力的なフェスが課長だったら、廃棄物処理施設には今セレクターが所狭しと並んでますよ。だいたい初回からとっくみ……」

「ところで僕が寝てしまってからどれくらい経つ」

 形勢不利と見て、慌ててリードは話を逸らす。

「1時間くらいでしょうか」

「あれから病院のローズ局長とは連絡が取れたか」

「いいえ、通信機を鳴らしても誰も出ません。あっちも大変なんでしょう。結構、ひどいですよこの停電」

 二人はランタンの光を頼りにメインコントロール室にたどり着いた。部屋のドアは開け放してあり、弱い光が漏れている。

「司政官。なにが起こったんだ」

「私が聞きたいくらいだ」

 振り向きもせずアルフレッドが唸るように答えた。

「まだ、原因が良く解らないんです。かろうじて病院の自家発電装置は動いているそうですが」

 フェスの冷静なフォローが入る。

「この部屋は動いてるのか」

 リードは薄暗い部屋に、はっきりと浮かび上がるディスプレイをまぶしそうに見上げた。

「ああ、司政庁すべての自家発電装置を利用して動かしている。」

 アルフレッドは金髪を額からかき上げながら続けた。

「どうやらメインラインが寸断されたらしい。今、ドームの70%のエネルギーがカットされている。エネルギー供給がされているのは自家発電を持っている公的機関と、準備良く蓄電設備を備えていた家庭だけだ」

「酸素は大丈夫なのか?」

「オキシジェン・グリーン培養タンクにも自家発電装置がついているから大丈夫だろう。しかし、真っ暗だな」

 6つのディスプレイに映し出される市街は黒々とした、建築物の輪郭がかろうじて追える程度だった。画面からは物音ひとつしないが、この暗闇の奥には人々の動揺がうねっているに違いない。

 このドームに来てほぼ9ヶ月になるが、こんなに長い停電は始めてだ。と、リードは首を傾げる。百年前の最上のテクノロジーを集めているとはいえ、壁の外は有毒大気の極寒の死の世界である。通常のドーム生活では幸いにして忘れている、無限の暗闇の中に閉じ込められている感覚をリードはふと思い出した。

「すぐ、ドーム内のライフラインの確保をしろ。充電した宣伝カーをドームの隅々まで走らせろ。多少は寒くなるがドーム自体にある程度の保温機能はある。すぐには生命の危険はないから、動揺しないようにと全住民に伝えるんだ。早く警備隊に連絡をつなげ、全市の警戒にあたらせろ」

 アルフレッドからの矢のような命令をフェスがてきぱきとこなす。

 頭の回転は、救出劇以来徐々に戻ってきている。

 しかし、一瞬だが、司政官はすべるようにキーボードを走る部下の指に目を奪われてしまった。

 あんなに痛めつけられたのに、なんて精神力だ。こんなに優秀な奴がなぜこんな辺境ドームに埋もれているのかわからない。そんなことより、なんて白い手なんだ。細い指はまるで……。

「エネルギーラインの点検に当たっていたベイリーから連絡です」

 フェスの冷静な声にアルフレッドははっと我に返った。思わずゼイゼイ荒い息をしていたようだ。

 まただ、どうかしている。少し治まったと思っていたのに……。アルフレッドは恋の病が再発したのを感じていた。

「プライス中尉、どうぞ」

 フェスからコムを受け取った彼は内心の動揺を振り払うように落ち着き払った声で答えた。

「ああ、私だ。え、なんだって」

 アルフレッドの大きな声に部屋中のすべての人間が振り向いた。彼が真っ先に見た方向はリードのいる場所だった。

「おい、ゴミ処理班」

「廃物処理課長だ。司政官」

 助けてやったのにその言い草はなんだ。衛生局員達の眼がつりあがる。

「このドームの、ベクターコントロールはちゃんとしているのか?」

「なんだって?」

「エネルギーのメインラインが食い破られているらしい。切断じゃない、あきらかな噛み痕があるらしい」

「噛み痕。というと、ネズミか何かか。でもメインラインの強度は宇宙船の外壁と同じ。おまけに直径10メートル。怪獣じゃないんだから噛みちぎれる訳がない」

「今から現場に行ってみる。衛生局で惰眠をむさぼっていたお前らもついて来い」

 なんでも自分で見ないと気がすまない司政官は部屋を飛び出す。ちょっとふらつきながらもフェスが後を追う。

「まあ、否定はしませんがね……惰眠」

 リードとマーシャルも肩をすくめて司政官を追った。




 二十一世紀、宇宙に進出した人類に伴っていくつかの強靭な生命体も宇宙に進出していった。すなわち、蝿、ダニ、ネズミ、ゴキブリなどの伝染病を媒介するベクターといわれる生物達である。彼らも宇宙時代を迎えて著しくその姿、生態を変貌させた。

 閉鎖された社会であるドームや宇宙ステーションではその初期にこれらベクターの害を著しく被り、そのため宇宙居住区ではベクターに対する厳しいガイドラインが設定されている。現在、ベクターによる被害は無くならないものの、生活を脅かすものではなくなった。閉鎖空間に入る人間、物品は厳重に消毒を受け、準無菌状態にされる。そのため衛生害虫は居住区には入って来れない。が、それは建前でほとんどの居住区内の店舗には常に害虫駆除剤が置かれており、人々は取るに足らない害虫を今日もせっせと駆除している。

 しかし、今でも閉鎖空間の存続を危うくする一級指定ベクターに対してはさすがに厳しい対策、処置が嵩じられていた。




 ドームの真ん中にある司政庁から、コンクリンに乗って四人は斎場につながる忌み口近くの地下ケーブル入口に着た。

 地下道を通り、ケーブルに近づくもまだリードは信じられない。

「夢でもみてるんじゃないのか、その報告者は。あんなもの噛みちぎれるはずがない」

「フェス君、報告者について何か知っているか?」

 どこかぼんやりとした口調でアルフレッドが尋ねる。

「ベイリーは現実主義者で冷静な男です。前任地で、かなり深い立抗に落ちこんだ時、通信機が通じず焦る仲間を尻目に酸素を吸いながら翌日の昇進試験の勉強をしていたらしいですから。後で彼にその時の心境を聞いたら、騒いだって仕方ないし、かと言ってぼんやりするのも退屈だったからと言ってました」

「で、結局助けが来たのか?」

「夜になって、辺りが暗くなってからベイリーがサーチライトを立抗の底から空に向かって照らしたらすぐ助けがきたそうです」

「捜索隊もどうせそこらを探していただろうから、穴から光がでてくりゃ解るよな」

 マーシャルの呟きに、すかさずリードが反応する。

「お前は穴に落ちたらそのまま、これ幸いと寝ていそうだなマーシャル」

「課長は、絶対に反対側に出られるとか言って穴を掘りそうですね」

「なにおっ」にらみ合う衛生局の二人組。

 そんな二人を尻目にアルフレッドは戦っていた。

 もしフェスと一緒に立穴に落ちたら……。

 アルフレッドは脳裏に巣食うその妄想を振り払うのに必死だった。全く衛生局の奴等がくだらない話をするからだ、と司政官が怒気を含んだ声で注意する。

「頼むから、静かにしてくれ。今は非常時なんだ。こっちは大事な考え事をしているんだからな」

「皆さんこちらです。エレベーターは使えませんのでこの非常階段でおります。狭いですから気をつけてください」

 サーチライトを照らして先頭を行くフェスがベイリーとコムで通話しながら皆、ついて来るかとばかりに振り向いた。

「大丈夫かフェス、身体のほうは?」リードが尋ねる。

「ええ、これくらいなんでもありません」

 明らかに無理をしているとわかる顔色のフェスがにっこりと笑った。

 なんて健気なんだ!

 控えめに現れた彼のえくぼを見たとたん、アルフレッドは胸の鼓動が乱打されるのを感じて喘いだ。息が苦しい。どんどん顔が紅潮してくるのが解る。

「ええい、仕事中だぞっ」

「なんか言ったか?司政官」

「あ、いや独り言だ」

 自らを叱咤激励しようとするが、急速に落ちて行く集中力になすすべもない。ああ、再発だ。アルフレッドはさすがにもう自分の気持ちを抑えるのは無理だと感じた。恋は盲目、病気だと(それも熱病)言うけれど、まさかこんな非常事態の真っ最中に、それも同性に不適切な感情を抱くなんて。

「おい、聞いているのか?右に折れるぞ」

「アルフレッド中尉、御気分が悪いのではないのですか。額から汗が」

 フェスがアルフレッドの額に手を伸ばした。「触るなっ」

 フェスの手を振り払い彼は肩で荒い息をした。変だ、おかしい。鳩尾が焼けるように感じる。気が付くと彼は背中にびっしょりと汗をかいていた。自律神経が急な反乱を起こしているかのようだ。

「お前、少しまともだと思っていたのにまた変だぞ。本当にどうしたんだ」

 リードがアルフレッドの顔を覗き込んだとたんサーチライトを照らしたフェスが叫んだ。

「あ、あれを見てください」

 10メートル下で手を振っているのはおそらくベイリーだ。そしてその横には細かく食いちぎられ、屑となった元メインラインの残骸があった。

「いったい何が起こったっていうんだ」

 立ちすくむ四人に、ベイリーがかけ寄って来た。

「すごいですね。こりゃ。修復には急いでも3日かかります。何がこいつを食いちぎったのか解りませんが、メーターの異常察知から切断が起こった時間を考えるとものの10分のうちに切断されたようです」

 ベイリーは屑を拾い上げた。

「見てください。この歯形。大きい生物ではありませんね」

「そいつらはいないのか」

「ええ、私がここに来た時はすでにこの状態でした。他に何も見ていません」

「課長、来てください。」

 メインラインの影でマーシャルが手を振っている。パイプの影になった暗闇に15センチ程度の穴が無数に空いていた。

「この穴は、確か見たぞ、初めての患者の家で」

 リードが呟く。

「こんな毛がついています」

 マーシャルが3センチ程度の数本の毛を掴んでやってきた。それを見たとたんリードの顔が硬ばった。

「どうした、リード」

「司政官。これは、ホワイトデストロイヤーのしわざだ」

「なんだって、ホワイト……」

「ホワイトデストロイヤー、恐怖の白ネズミだ。すべて駆除されて絶滅したはずなのになぜここにいるんだ」

 アルフレッドに変わって、今度はリードの顔が青くなる。

「大変な事が起こる……」

「詳しく話せ、リード」

「50年前、宇宙ステーション103で同じような事が起こった。一斉に起こるエネルギー系統の破壊。そして光の無い市街で瞬く間に大量に繁殖した長い毛の白ネズミが夜目の利かない人間を尻目にステーションを食い潰してしまうんだ。奴等の破壊力は想像を絶するものがある。それに、知能が高くお互い精神感応力があるんだ。集団で行動する時、それはひとつの目的を持った生命体となる」

「本当にそいつらなら、こうしてはいられないぞ、フェス。奴等が何処に行ったか確認しなければ」

「でも、どうやってドームに侵入したのでしょう、課長」

「そりゃ、どこから来てもおかしくはないがそんなに簡単に侵入できるはずがない。第一級警戒生物に指定されているぐらいだからな。誰かがつがいで密輸した事も考えられる」

「リード、至急対策を講じろ。奴等の弱点はないのか。それからフェス、警備隊に生命維持に必要な施設を重点的に警備しろと伝えろ。市民にも第一級警戒宣言を出すんだ」

 リサイクラーの故障といい、伝染病といい、ホワイトデストロイヤーの出現といい、なんてついていないんだ。アルフレッドは混乱する頭の中で悪態をついた。まるで呪われているみたいだ。それとも両方とも誰かにしくまれた事なのか。

 まさか。このドームを滅亡させてなんのメリットになるというんだ。

 きっとニュースにもなりはしないぞ。

「司政官。さっきの話の続きだ」

 リードは真顔で話しかけた。

「α2地区で、発生した伝染病。症状は高い熱とくぐもった咳そして腫れるリンパ節。はるか昔、似た病気があった。それは」

 司政官がリードの方を向き直った。

「ペストなんて言うんじゃないだろうな」

「ホワイトデストロイヤーと蚤がペストを媒介したという報告はない。でも、ネズミの一種だし、この符号。まだ、本当の病名は何か解っていないしあくまで憶測だが、おそらく旧地球型のペスト菌とは違う感染経路の感染症を奴らが持っている可能性がある」

「可能性が、ある……か」

 アルフレッドがうつろな目で宙を見る。 

「そうと決まった訳ではないが、この事態をローズ局長に報告しなければならないな。抗菌薬の開発に手がかりになるかもしれないしな」

 リードはコムを手に取り、ふたたび病院に連絡を試みた。

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