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第四十章:狂おしき旋律
ダンスフロアの中央。アルリックの大きな手がエラの腰を抱き、もう一方の手が彼女の指先を優しく、けれど離さぬよう強く包み込む。
ワルツの旋律が流れ出すと、二人は吸い込まれるように踊り始めた。
アルリックの視線は、エラの胸元で揺れるサファイアと、その上の白い肌に釘付けだった。彼が動くたび、体温と共に放たれる濃厚な色香がエラを包み込む。
「……アルリック様。そんなに怖い顔をなさらないで。私、ステップを間違えてしまいそうですわ」
エラが囁く。その吐息がアルリックの顎にかかり、彼は理性の限界を感じていた。
「……怖い顔をしている自覚はない。ただ、君をこうして抱いているだけで……自分がどうにかなりそうなんだ」
「……?」
エラは小首を傾げた。その仕草で、またしてもサファイアが彼女の鎖骨の上で跳ねる。
「どうにかなりそう……。ああ、やはりこのドレスの締め付けが、エスコートされる貴方様にも伝わっているのですね。窮屈な思いをさせてしまって、ごめんなさい」
「……っ、違う。そうではないんだ、エラ!」
アルリックは内心で叫んだ。
なぜこれほどまでに言葉が通じないのか。彼は彼女の美しさに平伏したいほどなのに、彼女の中では「アルリックが無理をしている」という誤解が根深く居座っている。
第四十一章:独占欲の「とっちめ」
曲が終わると、アルリックは周囲の貴族たちがエラに声をかけようとする隙を与えず、彼女を強引にテラスへと連れ出した。
「アルリック様? まだ皆様にご挨拶が……」
「……挨拶などいい。今の君を、他の男に見せるわけにはいかない」
テラスを包む夜の闇と、遠くから聞こえる音楽。
アルリックはエラを壁に追い詰め、両手で彼女を閉じ込めた。
彼から漏れ出す色気は、今や怒りと愛しさが混ざり合い、熱風のようにエラを煽る。
「ヴィンセントにはあんなに素直に笑ったのに。……なぜ、僕の言葉は信じてくれないんだ?」
「それは……。ヴィンセント様は、あの、客観的な意見を仰ってくださったのだと思いましたから。アルリック様は、私に対して甘すぎますもの。……こんな、肌をたくさん出した格好……。本当は、お嫌いなのでしょう?」
エラは少し瞳を潤ませ、自分の肩を隠すように小さくなった。
その「無防備な魔性」に、アルリックの独占欲はついに爆発した。
「嫌いなわけがあるか! むしろ、好きすぎて狂いそうだと言っているんだ!」
アルリックは、彼女の首筋に深く、熱い顔を埋めた。
「そのドレスを選んだデザイナーも、君を褒めたヴィンセントも……君のこの姿を網膜に焼き付けた男たち全員を、今すぐとっちめてやりたい。……君のこの美しさは、僕だけが知っていればよかったんだ……!」
第四十二章:純粋な言葉の返り討ち
アルリックの低く、震えるような告白。
エラは、彼の背中に回した自分の指先に、彼が本当に「震えている」ことを感じ取った。
(……ああ。アルリック様は、本当におっしゃっていたのね)
エラは、自分の無自覚な自虐が、どれほど彼を苦しめていたかを悟った。
彼女は、首筋に押し当てられた彼の髪を、慈しむように優しく撫でた。
「……ごめんなさい、アルリック様。私、貴方様が完璧すぎて……ご自分を抑えて、私に合わせてくださっているのだと思い込んでおりましたわ。……でも、そんなに嫉妬してくださるなんて」
エラは、アルリックの耳元に唇を寄せ、とろけるような声音で囁いた。
「……嬉しいですわ。……貴方様が、私にだけ見せてくださるその『醜い独占欲』が。……もっと、私を困らせるくらい、独り占めしてくださいまし」
「………………っ!」
アルリックは絶句し、彼女を突き放すように肩を掴んだ。
今の一言。
「独り占めしてください」という言葉が、彼女の唇から溢れ出た瞬間の、あのなんとも言えない上品で淫らな響き。
「……エラ。君は、自分がどれほど……男を壊す天才か、分かっていない」
「あら。私はただ、真実を申し上げただけですわ。……アルリック様の、この熱い体温。……私、これだけで、今夜は眠れそうにありませんもの」
エラは、首筋に赤く残った彼のキスの痕を、隠すこともせずに誇らしげに指でなぞった。
第四十三章:魔王の降伏
アルリックは、もはやぐったりと彼女の肩に額を預けた。
勝てない。
自分の撒き散らす色気など、彼女が無自覚に放つ「純粋な恋の言葉」の前では無力に等しい。
「……帰ろう。今すぐにだ」
「まあ、まだ夜会は始まったばかりですわよ?」
「いいんだ。これ以上ここにいたら、僕は本当に……君を褒めた男たちの首を絞めて回りかねない」
アルリックは、エラの肩に自分の上着を乱暴にかけ、彼女の肌を世界から隠した。
「……このネックレスも、家に着くまでは外さないで。……僕の『印』が、そこにあることを忘れないでほしい」
「はい、アルリック様。……私の、大好きな色のお守りですもの」
エラが幸せそうに微笑み、彼の手をギュッと握り締める。
その指先から伝わる確かな愛に、アルリックは再び「最高の色気」をダダ漏れにさせながら、彼女を馬車へと導いた。
素朴で真面目。
けれど誰よりも情熱的に、色っぽく絡み合う二人の関係。
結婚式の日、アルリックが一体どれほどの「とっちめ」を参列者に仕掛けることになるのか……。
それは、王都中の男たちが戦々恐々としながら待ち望む、未来の話である。




