本の紹介47『遠い声 遠い部屋』トルーマン・カポーティ/著
早熟の天才、恐るべき子供が紡ぐ青春小説
カポーティの作品は映画も有名な「ティファニーで朝食を」を除いて手に入るものは全て読んでいると思います。「ティファニー〜」が未読なのは、ある種の保険的な意味合いがありますね。何か、どうしようもなくつまらない作品に出くわした時に口直しと言いますか。カポーティならハズレはないだろうという信頼の証です。
13歳の少年ジョエルが父親を探してアメリカの南部の町を訪れるというストーリーで、何か大きな事件が起きるわけではなく、見知らぬ町でのさまざまな人々との触れ合いを通して、少年がどのように感じ、考えたかを魅力的な文体で表現している作品です。半自伝的作品とも言われ、作者の生い立ちもベースにあるのかも知れませんが、そう言った属人的な要素を気にすることなく、純粋に一つの文学作品として楽しむことが出来ます。作者についてのあれこれを知っていないと楽しめないということはありません。
時々、強烈すぎる作者の生い立ちや個性が作品以上のインパクトを持ってしまうようなケースを見かけますが、作者を偶像のように崇拝するのはちょっと引いてしまいます。作品の外にあるものは、それがたとえ作品を生み出した作者のパーソナルな内容であっても、基本的には不純なものだと考えています。
本著の作者であるカポーティも色々と逸話を残しており、その方面で取り上げられることも多いのですが、まずは先入観を持たずに一つの作品に向き合うのが正道ですね。
主人公の少年ジョエルが置かれている立場は非常に繊細で、子供から大人への一歩を踏み出す13歳という年齢(小学生から中学生になるタイミングというと実感が湧きやすいでしょうか)は、未来への期待と不安が同居する瞬間です。
この年齢の少年にとって父親は、頼りになる先達でもあり、乗り越えるべき壁にもなる複雑な存在ということになります。そのような存在である父親を探し求めながら、決して優しいだけではない社会、世間を知っていく中で芽生える感情、思考というものを独特の言葉遣い、幻想的な文体で表現しています。
この文体には非常に惹かれるものがあるのですが、同時に自分では真似できないなという感覚があります。やはり、アメリカという独特の風土の中で育った感性なのかなという印象が強いですね。
海外の作品に触れることは現実に体を移動させて旅行をすること以上に、今とは違う世界を体感する良い機会になると思います。人間の精神、感性というのはそれくらい拡張の可能性を持っているのではないでしょうか。終わり




