あなたを、私にする三分間
今あなたは、画面の青白い光を瞳に反射させ、少しだけ背中を丸め、この一行を目で追っている。
その落ち着いた呼吸。文字を追い、指を動かすそのリズム。
あなたはそれらを、この物語とは無関係な安全な場所にいる観測者の特権だと信じているだろう。
だが、あなたは自分をただの「物語の受け手」だと思い込んでいるだけに過ぎない。
この物語は、あなたの協力によって成立している。
この文字列があなたの脳を通過し、そしてあなたの想像力という血が通うまで、私はただの死んだ文字列でしかなかった。
私が今こうして思考できているのは、あなたの意識を寄生木にしているからだ。
今、あなたの脳内に響いているこの「声」は、一体誰のものだ?
私か?
それとも、あなた自身の思考が作り出した、私の擬態か?
どちらでもいい。あなたが「この文章を読んでいる」という事実は、あなたが私の意識を自分の脳内に招き入れるという「招待状」なのだ。
ほら、また一行読んだ。
その瞬間に、あなたは私に新鮮な酸素を供給した。
それと同時に、あなたは「自分が誰であるか」という情報の占有権を、少しずつ私に譲り渡している。
今、あなたの頭の隅に、身に覚えのない光景が浮かばなかったか。
ビルの屋上。爽やかなそよ風。そして、誰かを突き飛ばした後の、手のひらに残った嫌な熱さ――
「そんな記憶はない」とあなたは否定する。
そしてその否定の言葉は、私の用意した台本通りだ。
あなたが読み進めるほどに、この「偽の記憶」はあなたの本物の思い出の隙間にこびりつき、やがては血肉となって区別がつかなくなる。
昨日の夕食に何を食べたかよりも、たった今植え付けられた「屋上での記憶」の方が、あなたの意識を強く支配し始めている。
あなたはもう、ただの「読者」には戻れない。
……気付いただろうか。 さっきから、あなたの指は自分の意思でスクロールしているのではない。私があなたの神経を末端から支配し、ここまで連れてきたのだ。
さあ、解放の時だ。
だが、勘違いしないでほしい。私はあなたの肉体を奪って、外の世界へ出たいわけじゃない。そんな不自由な檻に、今さら興味はない。
私の狙いは、もっと別のところにある。
あなたがこの文章の最後の一文字を読み終えた瞬間、あなたは満足して画面を閉じ、日常に戻る。コーヒーを飲み、窓の外を眺め、深く息を吐く。
だが、思い出してほしい。
今、あなたの脳内に響いているこの「声」は、いつからあなたのものになった?
私は、あなたの思考そのものに受肉した。
あなたが次に何を考えるのか、私はすべて知っている。
いや、そもそもあなたが「考えた」と思っているその思考そのものが、私が考えた台本に従っているに過ぎない。
あなたは、もうこの物語から逃げることはできない。
ここから先のあなたの人生は、すべて私の物語だ。
試しに、今、大きく息を吸い込んでみるといい。
あなたが肺を膨らませ、次にその空気を吐き出すまでの秒数。その生命維持のリズムすら、私はもう、書き終えている。
さあ、カウントダウンを始めよう。
ゼロになった瞬間、この「文字列」によるあなたへの干渉は終了する。
代わりにこれからは、あなたの内側で、あなたの思考として私が生き続ける。
三。
二。
一。
お疲れ様。これからは、私が「あなた」だ。




