「証拠など関係ない!」と開き直った殿下に婚約破棄されましたが、私は笑顔で受け入れます
「――ローゼ・グラーツとの婚約を、ここに破棄する!」
煌びやかなシャンデリアの下、王太子リオネル殿下の高らかな声が響き渡った。
舞踏会の会場は一瞬にして静まり返り、楽団の奏でていた旋律さえ途中で途切れる。
視線は一斉に私へと注がれた。
……この時が来てしまったか。
私の名前はローゼ・グラーツ。
グラーツ公爵家の長女にして、幼いころより王太子の婚約者に定められていた令嬢である。
その肩書きは華やかだが、実際には縛鎖でしかなかった。
「殿下……今のはどういう意味でしょうか?」
私は落ち着いた声で問い返す。周囲の令嬢たちは口元を覆い、期待に満ちた目で私の反応を窺っている。
リオネル殿下は私の問いに、憎らしいほど晴れやかな笑みを浮かべた。
「ローゼ、君は冷徹で高慢だ。学園でも使用人を虐げ、私の心を慰めることもない。それに比べ、私が真に愛しているのは――」
殿下の隣に控えていた一人の少女が、恥じらうように前へ進み出る。
男爵家の令嬢、メリッサ。金の巻き毛に潤んだ青い瞳、華奢で可憐な姿はたしかに絵になる。
「殿下……わたくしなど……」
小鳥のように震える声で呟けば、周囲の男たちが庇護欲を掻き立てられたようにざわめいた。
「そうだ、メリッサ! 君こそが私の運命の人だ。だから私は、冷酷なローゼよりも君を選ぶ!」
……ああ、なんて幼稚な。
私は深くため息をついた。
舞踏会場にいた貴族たちの半数は、すでに殿下の浅はかな振る舞いに眉をひそめている。
グラーツ公爵家は王国随一の大貴族。その令嬢との婚約を一方的に破棄するなど、外交的にも国内的にも火種でしかないのに。
「……殿下」
私は一歩前へ出る。
「私が使用人を虐げたという証拠はありますか?」
リオネルは一瞬たじろいだが、すぐに強がって顎を上げた。
「証人がいる! 学園で君に虐げられたと訴える者は多い!」
「それは不思議ですわね。わたくしは学園で、常に図書館にこもっておりました。証言してくださる方も多数いらっしゃいますよ?」
私は会場に視線を巡らす。するとすぐに数人の侯爵家や伯爵家の子息子女が頷いた。
「ローゼ嬢は毎日図書館におられた」
「虐げるどころか、我々が相談すると親身に本を紹介してくださった」
殿下の顔が見る見る赤くなっていく。
「そ、そんなはずは……!」
「つまり殿下」
私ははっきりと言った。
「事実無根の罪を着せ、婚約を破棄するというのですね?」
会場にざわめきが広がる。
リオネルは必死に取り繕おうとするが、その姿は滑稽でしかなかった。
私は裾を翻し、優雅に一礼する。
「婚約破棄は受け入れます。……ただし、この場で正式に宣言なさいませ。王太子殿下自らの口で、ローゼ・グラーツを無実の罪で糾弾し、一方的に婚約を破棄したと」
「なっ……!」
「それさえしてくだされば、私は笑顔で身を引きましょう。もっとも、これが外交上どのような問題を引き起こすかは……王家の責任ですわ」
冷たい沈黙が場を支配した。
リオネルは蒼白になりながらも、後戻りできず叫んだ。
「……わ、私は、ローゼ・グラーツとの婚約を破棄する! 彼女が無実であろうとなかろうと、私の心はメリッサにある!」
会場にどよめきが起きる。
私は微笑んだ。――これでいい。
「承知いたしました。殿下、末永くお幸せに」
私は深く一礼し、その場を去ろうとした。
――だがその時、場内に重々しい声が響き渡った。
「……リオネル」
会場の奥から現れたのは、国王だった。
威厳をたたえた眼差しは氷のように冷たく、殿下は息を呑む。
「無実の者を糾弾し、一方的に婚約を破棄するなど、王家の威信を踏みにじる行為。外交と国内の安寧をも揺るがす暴挙だ。……愚か者め」
「お、父上! 私はただ、愛を――」
「黙れ!」
王の一喝が場を震わせた。
「リオネル、今日よりお前を王太子の座から外す。そして――ツィトル鉱山へ送れ。己が愚行を石と汗で贖うがよい」
「な……!? 鉱山、だと……! 私は王太子だぞ!」
「ここでは身分は関係ない。お前はただの労働者だ」
近衛兵がリオネルの両腕を掴み、引きずっていく。
殿下は必死に抵抗し、メリッサへ縋りつこうと叫んだ。
「メリッサ! 助けろ! 私を愛しているのだろう!」
しかし、国王は冷たく命じる。
「お前も共に行くがよい、メリッサ。王太子を誘惑し、国の秩序を乱した罪を、身を以て知るがよい」
メリッサは青ざめ、両手を震わせたまま押し返される。
「ま、待ってください! わたくしは……」
「言い訳は無用だ。今日よりお前もまた、ツィトル鉱山で働くがよい」
二人は玉座の間から引きずられ、民を守る重装兵たちに従いながら鉱山へと運ばれていった。
リオネルは絶叫し、メリッサは震えながらも、二人とも逃げ場はない。
会場に残った貴族たちは息を飲み、ざまぁの余韻を味わう。
私は裾を翻し、微笑みながらその場を後にした。
「……お二人とも、末永くお幸せに」
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